8.契約の内容はよく確認すること
ゴブリン達の成長は目覚ましいものだった。俺達が教えたのは霧のような水を撒く水属性魔法、土を耕す地属性魔法、雑草を刈り取る風属性魔法、そして移動の時間を短縮するための転移魔法であった。
最後の転移魔法はかなり苦労している様子であったが、俺達の熱心な指導の甲斐もあって、なんとか青空教室に参加したゴブリン達は全員習得することができた。
ゴブリン達に魔法陣を教えてから三日、俺は倉庫の影からゴブリン達の様子を観察している。段違いの成長を遂げたゴブリン達の作業のスピードは、今までとはくらべられないほど上がっていた。
まぁ、当然だろうな。俺達が魔法陣を教えたのは三十人ぐらいなんだが、それでも十分すぎる数だろ。それだけいれば俺一人が魔法を使ってやるのと同じくらいの時間で畑仕事を終えることができるはずだ。
まぁ、今は畑仕事をやるゴブリンとまだ魔法陣を習得していない者に教えるゴブリンと半々に別れてはいるが、それはそれで魔法が使える奴が増えれば作業のスピードはもっと上がることになる。
ということで、ベジタブルタウンにおける俺の仕事は終わりってことだな。
「……やっぱり行ってしまうんでやんすね」
突然後ろから声をかけられても別に俺は驚かない。少し前からそこにいるのは気配で察していたしな。
俺が振り返るとガリガリゴブリンのゴブ郎と、太っちょゴブリンのゴブ衛門が俺の方を見ている。
「ゴブ太監督はこないよ~。クロ吉がいなくなって清々するって言ってたけど、寂しがるところを見せたくないんだろうね~」
俺の視線が何かを探すように、左右に動いた事に気がついたのか、ゴブ衛門が肩を竦めながら教えてくれた。
「そうか……まぁ仕事がきつくて脱走するんだから監督には会わねぇ方がいいかもな。お前らもサボるのはほどほどにしておけよ?」
俺は苦笑いを浮かべながら二人の脇を通り抜ける。そんな俺を二人は黙って見ていた。少し離れたところで、俺はピタッと足を止める。
「……なぁ?お前ら二人と、あとゴブ太は他の街とか興味はあるか?」
俺は二人に顔を向けずに問いかけてみた。突飛な質問に二人が戸惑っているのを俺は背中に感じる。まぁ、いきなりそんなこと言われたら困るよな。でも、重要な事なんだよ。
「……ないわけじゃないでやんすけど、そういうのは領主様の許可なしにはできない決まりでやんすからねぇ」
「そうだね~。領主様は監督と違って全然ちょろくない相手だからねぇ~」
「そうか……」
やっぱりギーを説得しないうちには話が前には進まないってこったな。せっかくいい人材に巡り合えたってのに。
「あ~でもゴブ太はわからないよ~?」
「そうでやんすね。ゴブ太はここが結構気に入っているみたいでやんすから」
確かにな。あいつの農場に対する愛情は本物だった。いくらギーの許可があったところで、違う街で店を出してくれって言っても首を縦には振らないかもな。
「あっ、でも~指揮官様の頼みなら断れないかもな~」
……はい?
俺が慌てて振り返ると、ゴブ郎もゴブ衛門もニヤニヤと笑いながら俺のことを見ていた。それだけで俺はすべてを悟る。
「ばれてたのか…………」
「バレないとでも思っていたでやんすか?」
「うんうん、クロ吉みたいな捕虜なんかこの世界どこを探してもいないよ~」
なんだと?完璧に捕虜である自分を演じきっていたはずだが……?とはいっても、農業生活2日目ぐらいから捕虜っていう設定忘れてたけど。
「人間が魔王軍の指揮官って噂は有名でやんすからねぇ……でも、多分気がついているのは拙者とゴブ衛門くらいでやんすよ?」
「他のゴブリンはおっとりしているからねぇ~」
お前に言われたらおしまいだな。
「ゴブ太は……って聞くだけ愚問だな」
「そうでやんす。ゴブ太は基本あほでやんすから」
「気がついていたらクロ吉とか呼べないよねぇ~」
あー確かにあいつは弱いやつには強気で出て、強いやつにはへこへこしそうだなぁー……でも、弱いやつに強気に出ても高が知れてるから憎めねぇんだよ。
「まっ、そういうわけだからさ。もしかしたらまた顔出すかもしれねぇわ」
「拙者たちはダラダラ仕事していると思うからまたいつでも来るでやんすよ」
「その時はなんか美味しいもの持ってきてねぇ~」
こいつら……俺を指揮官って知っておきながらこんな態度だからなぁ。だから気に入っちまったのかもな。
俺は二人に背を向け、セリスと待ち合わせをしているベジタブルタウンの入り口へと向かう。さて、と。首を洗って待っていろよギー。絶対あの三バカはアイアンブラッドで酒場を経営してもらうからな!
*
俺達は執事のトロールに連れられ再びギーの部屋に訪れた。
「あー戻ったか。どうだった?指揮官さんよ」
相変わらずの似合わない部屋で、ギーは自分の仕事を進めながら尋ねてくる。
「ゴブリン達に魔法陣を教えることによって仕事の効率を段違いに上げた。これで人手不足は解消だろ」
「そうか、そいつはよかった」
おっ、これはいい感触か?人出も足りるようになった事だし、このまま引き抜きの話に持っていきたいところだが、後ろにセリスがいるんだよなぁ……。酒場の件は極力バレたくねぇし、どうすっかなー。
「じゃあ、次はミートタウンの方をよろしく」
「…………はっ?」
セリスをどう出し抜くかで悩んでいた俺にまさかの言葉。俺は呆気にとられた顔でギーに目をやる。
「何驚いてるんだ?まずはベジタブルタウンをって言っただろ?そこが終われば次の所だ」
……そういえばそう言ってた気がする。いやいや、だとしてもありえないだろ。ゴブリンで結構時間を使っちまったんだ。これ以上付き合ってられるか。
「生憎だが俺にも仕事が」
「俺達の視察が仕事なんじゃないのか?なら他の場所も見て回るのが筋だろ」
うわ、正論すぎて腹立つ。俺は後ろにいるセリスに目を向けると、セリスはさも当然のような顔をしていた。こっちも腹立つ。
「まぁ、ミートタウンは別に問題を抱えているわけじゃないから、何日か様子を見てくれればそれでいい」
「……三日間だけだぞ?」
俺が顰めっ面で指を三本立てると、ギーは満足そうに頷いた。
「今回は指揮官が来るってあらかじめ報告しておくから」
「いいのか?」
「あぁ。ゴブリンの時は特別だ。あそこの監督役は権力者に弱いからな。本来の姿が見れないと思って、あえて隠してもらったんだ」
流石は領主様。ゴブ太のことをよくわかっていらっしゃる。
「じゃあ視察の方よろしく」
ギーは机の書類に視線を戻しながら適当に手を振った。ったく……食えない野郎だな。
✳︎
俺はセリスに連れられさっさとミートタウンに来た。
ミートタウンはベジタブルタウンと同じくらいに広大で、見渡す限り牧場であった。牧舎らしき建物以外は本当に何もない場所。そして何より臭い。マジで家畜臭い。
とにかくゴブリンの時とは違い、三日間という短い期間だけだ。この黒コートに家畜の臭いが染み込む前に視察を切り上げちまおう。
しばらくミートタウンを歩いていると、羊が飼われている、柵で囲まれた放牧地が目の前に現れた。
はー……羊毛でできた服とか羊肉は食ったことがあったが、生で羊を見たのはこれが初めてだな。結構な数がいるが……なんか全員汚くねぇか?羊って基本的に白い生き物なんじゃねぇの?こいつらどっちかっていうと黒に近い灰色だぞ。
「……なんか大分汚れてねぇか?」
「そうですね……私は畜産を知らないのでなんともいえませんが、こういった動物は洗わないんでしょうか?」
うーん……俺も詳しくないからなぁ……。でもなんとなく洗ったり毛をといてやったりした方がいいと思う。素人考えだが。
「指揮官様とセリス様。こんな所にわざわざご苦労様です」
そんな事を考えていると背後から声をかけられる。俺とセリスが振り返ると、普通の服を着た少し毛の薄いイノシシが二足歩行していた。毛の色はイノシシらしくない青色だが。
「俺はここの牧場を取り仕切ってます、オークのタバニって言います」
あーこれがオークか。学校の授業で聞いたことがあるな……確かゴブリンを使って人間の女を攫わせるとかなんとか。
俺は目の前に立つオークを観察する。なんていうかそんな雰囲気は一切ない。気だるそうなオーラ全開で、何に対しても興味がなさそうな表情。女を攫うくらいなら家で寝ていたいって感じだ。
つーか、こいつそもそも女に興味あんのか?全然セリスの方を全然見てねぇぞ。こいつは性格は終わっているが、見た目と胸は一級品だぞ?性格は本当に壊滅的に破壊的だが。
「領主様から話は聞いています。俺達の仕事っぷりを観察しに来たんですよね」
「あ、あぁ」
「そ、その通りです」
あまりに覇気が感じられない口調に、俺もセリスもたじろぎながら頷いた。
「じゃあ仕事場まで案内します」
そう言うとタバニはのっそりと歩き始めた。俺達はその後に黙ってついていく。
うーん……大分イメージと違うな。ゴブリンの時は大体想像通りだったんだが、オークってこんな感じなのか?いやいや、多分タバニのやつが特別なんだろう、うん。
俺達が案内されたのは牛舎。沢山の牛が飼育されている場所なのだが、そこに足を踏み入れた俺達二人は目の前に広がる光景に唖然とする。
ここには沢山のオークがいた。なぜかそいつらは全員藁をベッドにダラダラと寝転がっている。こいつら……豚みたいな面しやがって、どっちが家畜だがわかんねぇよ。
「えっとー……なにこれ?」
「やる事がないので今は休憩時間です」
特に悪びれることもなくタバニが告げる。そうか休憩時間かーそれならしょうがないのかなー?なわけねぇだろ。
「タバニ、1日のスケジュールを言ってみろ」
「朝ニワトリから卵を回収して牛から乳を絞って羊から毛を刈ったら、朝昼夜って餌やって終わりです」
わーお、シンプル。つーかそれ朝しか仕事してねぇだろうが。
「……今すぐ全員を外に集めろ」
「はっ?」
「今すぐだ!」
「は、はい!」
ぼけっとした表情で俺を見ていたタバニも、俺が声を荒げると慌てて他のオークに声をかけにいった。俺はそれを一瞥するとさっさと牛舎から出て行く。
「ク、クロ様?」
セリスは困惑した様子で俺についてきた。だが俺はなにも言わない。なぜなら俺は今猛烈な怒りを感じているからだ。
牛舎をちらっと観察したが、糞の始末もろくにしてねぇじゃねぇか。家畜だからってこんな扱いしやがって……。絶対許さねぇ。
俺はな!!動物が大好きなんだよ!!





