16.夜に外で子供と語らうのは父親の夢
家に帰ってきてからのことはあまり記憶がない。覚えているのはセリスに寝室まで連れられ、そのままゴミのようにベッドに捨てられたこと。そして夕飯まで寝ててください、と一言告げるとそのまま部屋から出て行ったこと。本当にあいつは容赦がない。病気になってもあいつだけには看病されないぞ、俺は。
そんな事を考えているうちにいつのまにか眠ってしまっていた俺は、アルカに起こされ、まだだるい身体を引きずりながら夕飯の席についたのだった。
「……で?なんでお前がいんだよ?」
「嫌だなー!ご飯はみんなで食べた方が美味しいですよ!」
俺のジト目もなんのその、マキは自分の分のご飯を美味しそうに頬張っている。
「うーん、やっぱり労働の後のご飯美味しいですねー!アルカもちゃんと食べてる?」
「うん、食べてるよ!」
アルカが笑顔でマキに答える。はっはっはっ、頬っぺたにご飯粒がついているぞ、マイエンジェル。そんなところも可愛いんだけどな!
つーかマキはアルカと一緒にいただけでなんも仕事なんかしてねぇだろ。俺が意識朦朧としながら帰ってきたとき、二人で折り紙してたの知ってんだぞ?
俺を仏頂面をしながらご飯を口に運ぶ。今日の料理は肉じゃがか。疲れている時はあんまりこってりしてない方がいいからこれは助かるな。うん、うまい。あっ、でもこのご飯って……。
俺はちらりと隣の様子を伺う。セリスはいつものように上品な感じでご飯を食べていた。こいつにはアルカの事もあるし、アイアンブラッドでもフォローしてもらったんだよなぁ。
「あー……セリス?」
「なんでしょうか?」
セリスが俺に視線を向ける。俺はなるべくそちらを見ないようにしながら話しかけた。
「今日のご飯はうまいな」
「はぁ……そうですか」
この反応だけで見なくてもセリスがこいつ何言ってんだ、みたいな顔をしているのがわかる。俺は極力気にしないようにしながら言葉を続けた。
「だから城の人に言っておいてくれ。いつも美味しいご飯をありがとうってな」
「……急にどうしたんですか?」
セリスが探るように俺の顔を覗き込んできたので、慌てて顔をそらす。
「別に深い意味はねぇよ。ただそう思っただけだ」
「……わかりました。伝えておきます」
俺が横目で確認すると、セリスは口角を少しだけあげていた。
これは今日一日分の礼だからな。それにうまい飯を作ってくれていることに感謝しているのは本当のことだ。だからマキ、そんな顔で俺を見るなら今すぐここから締め出すぞ。
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夕飯を食べ終わるとマキは「ご馳走様でしたー!!これ以上いると給仕長に大目玉を食らいそうなんでこの辺で失礼します!アルカ、またねー!」と言ってさっさと帰っていった。本当に台風のような奴だ。
セリスも後片付けを終えると今日はすぐに帰っていった。おそらく俺とアルカに気を遣ったのだろう。相変わらずだな、ったく。
そんなわけで俺はアルカを膝の上に乗せながらウッドデッキから二人で星を眺めていた。
アルカは誰かの、っていうか俺とセリスの膝の上がお気に入りの場所らしく、座っているといつも上に乗りたがる。ちょっと甘やかしすぎかなぁ……セリスも俺もそれが好きだから、構わず膝の上に乗せちゃうんだけど。
だけど、今日は違った。おずおずと俺のそばに寄ってきたアルカを、俺が抱き上げ膝の上に乗せる。なんだかんだ言って、今日の事でアルカも負い目を感じているんだろうな。
しばらく何も言わずに夜空を見ていたアルカが静かに口を開いた。
「パパ……今日は本当にごめんなさい」
絞り出すような声に俺は心が締め付けられるようだった。俺はアルカの頭に手をおき、優しく撫でてやる。
「……俺とセリスのお弁当を届けようとしてくれたんだってな。アルカは優しい子だ」
「…………」
アルカのしょんぼりとした肩を見ていると抱きしめたくなる衝動に駆られるが今は我慢。
「今日反省した事をもう二度としないようにする。それが大切な事だ」
「……はい」
「とは言っても俺はよく同じ失敗をしちゃうんだけどな」
「パパが?」
俺がおどけた調子で言うと、アルカが膝の上から驚いたようにこちらを見上げてきた。
「そうだよ?だからよくセリスに怒られているよ」
「ふふっ、ママに怒られるのはアルカと一緒だね!」
「そうだな」
アルカが笑ったので俺も笑いかえす。少し元気が出たのか、アルカは座りながら足をプラプラとし始めた。
「今日のパパ凄かった……それにかっこよかった!」
「そうか?アルカにそう言ってもらえると照れるな」
まぁ、魔力枯渇の一歩手前までいったからな。アルカにそう思ってもらわなきゃ割に合わないってもんだ。
「パパはすっごく強いから怖いものなんてないんだろうな……アルカはドラゴンさんが怖くて何もできなかったよ」
アルカは昼間の事を思い出しのか、少し辛そうな様子で顔をうつむかせた。そんなアルカに俺は優しく声をかける。
「そんなことないぞ?俺も今日は怖かった」
「パパも?あのドラゴンさんのこと?」
俺は首を左右に振って否定した。強い魔物と対峙して感じる恐怖心は慣れればどうってことなくなるからな。俺が感じた恐怖はそんなのとは比べられないような奴だったよ。
「俺はな、アルカ。お前を失うんじゃないかって事が一番恐ろしかった。ドラゴンなんかよりずっとな」
今膝の上や腕の中に感じている温もりを失う、そう思うと今でも足が震えてきそうだった。ちょっと前までは学生やってて、そんなこと微塵も感じたことなかったのにな。今はアルカを失う事が何よりも恐ろしいって思っちまってる。
俺は後ろからアルカの事をぎゅっと抱きしめた。
「パパ……?」
「あんまりパパのことを怖がらせないでくれな?」
「…………うん」
アルカが俺の腕の中で頷く。まったく……いつのまにか子煩悩になりやがって。レックスにこんな姿見られたら笑われるだろ、絶対。あいつにだけは見られるわけにはいかねぇな。
「……少し冷えてきたな。そろそろ家に入るか?」
「うん、そうする」
アルカが俺の膝から降りて扉の方に行く。だが俺が付いて来ないことに気がついてこっちを見ながら首を傾げた。
「先に風呂に入りな。俺はもう少し外の空気を吸ってから家に戻るから」
「……わかった」
今日は一緒に入りたかったのだろうか、アルカは少しだけ残念そうに家に入って行く。本当は俺も一緒に入りたかったんだけどな、相手をしなくちゃいじける奴がいるから。
「……親子の対話を覗き見するなんて悪趣味だぞ」
「すっかりお父さんだね」
そう言いながら、フェルが小屋の屋根から飛び降り、俺の隣に座った。
「いい父親しているみたいで安心したよ」
「ほっとけ」
からかう口調で言われたらこっちが安心できないわ。つーかお前は毎度毎度ここに来るときは姿隠して来るのな。
「セリスから聞いたよ?僕の魔法を使ったんだっけ?勝手に使うとは感心しないなぁ……」
「それが嫌なら名前でも書いとけ。じゃなきゃ真似されても文句は言えねぇよ」
「あれを簡単に真似するのは君ぐらいだよ」
フェルが呆れたような表情を向ける。いや、だってすげー効率のいい魔法陣式だったからさ。注ぎ込む魔力と魔法の威力にほとんど無駄がねぇんだもん。そりゃ真似するだろ。
「まぁ、それはいいとして……アルカの事、本当に悪かったね」
「……だからお前のせいじゃないって言っただろ?むしろすぐに俺に教えてくれたことに感謝してるくらいだっつーの」
「そう言ってくれると救われるな。……君に嫌われるのは勘弁だからね」
「……俺に男の趣味はねェぞ?」
俺が椅子に座りながら少しだけフェルから距離を取る。確かにこいつは美男子で女装すれば可愛い女性になるだろうけど、やっぱ男はねぇわ。そういう趣味の人を疑う気持ちはこれっぽちもねぇけど、俺はないって話。
フェルがそんな俺を見ながら楽しげに笑った。
「そういうことじゃないよ。でも君のそういう反応は見ていて飽きないね」
「俺で遊ぶな」
「ごめんごめん」
フェルがまったく悪びれもせずに謝る。俺はそんなフェルを見ながらアルカを探していたときのことをふと思い出した。
「そういやあの剣は一体なんなんだ?」
「あの剣ってアロンダイトのこと?」
「あぁ」
呼び出してもいないのに勝手に出てきたアロンダイトはまるで意思を持っているようにアルカのところへと誘ってくれた。正直あれがなきゃ、俺は助けに入るのが間に合わなかったかもしれない。
「急に出てきて俺の腕を引っ張っていったぞ?」
「へぇー……そうなんだ」
フェルが興味深げな視線を向ける。こいつ……なんか知っていやがんな。
「どういうことだよ?」
「アロンダイトは魔剣だからね。そういうこともあるんじゃない?」
いや、魔剣って言えばなんでも納得できるわけねぇだろ!ってかそういうことってなんだよ!意思を持つ魔剣なんて聞いたことねぇぞ!
「さーて、やることも済んだし、僕はそろそろ部屋に戻って寝るよ」
「あっ、おい!まだアロンダイトについてなんも聞いてねぇぞ!」
「おやすみ」
フェルは笑顔でマントを翻すと、即座に転移の魔法陣を組み上げこの場からいなくなる。結局あいつは何しにきたんだ?俺はこんなことのために娘との楽しい入浴タイムをおしゃかにしたのか?
俺は大きくため息をつくと、小屋の中へと入っていった。





