9.フツメンの恋人が美人だとなんか気に入らない(狭量)
最近思うことがある。俺はタイミングの男なのかもしれない。
いや、何を言っているのかわからないと思うけど、そういう事なんだ。何かのタイミングの時に来たり、行ったりしている気がする。良い時ばかりじゃないから、「タイミングがいい男」じゃなくて「タイミングの男」ってわけ。ちなみに今回はタイミングが良かったと言える。
ギガントとフレデリカに結婚報告をした日の翌日、今日もゼハード達とメフィストの村の復興に行ったアルカを見送った俺とセリスはリーガルの屋敷に向かった。やっぱりいざとなると、かなり緊張して行ったんだけどな。本人の顔を見た瞬間、そいつも吹き飛んだわ。だってめちゃくちゃニヤニヤしてたんだもん。緊張しろっていう方が難しいっつーの。
特に問題なく報告を済ますと、俺達は屋敷を出た。なんか帰り際に「これでアルカが正式な儂の孫だぁぁぁぁぁぁ」みたいな雄たけびが聞こえたような気がするけど、気のせいだろう。
そして、次はいよいよ俺の方。正直かなり行きたくない。どんな顔して村に戻ればいいのかわからねぇって。多分、俺が魔王に殺されたって話は流石に聞いていると思う。でも、魔王軍指揮官の正体が俺ってのは知ってるか分からん。あそこは王都から離れた辺鄙なところにあるからなぁ……そういう情報は届くのが遅かったり届かないこともしばしば。
あぁ、本当に嫌だなぁ……別に行かなくてもいいんじゃねぇか?
昼食後、何かと理由をつけてハックルベルに行こうとしない俺は、セリスに尻を叩かれる形で渋々ハックルベルに転移した。
転移した俺の目に初めに飛び込んできたのはぶt……大臣のロバートとアベルを殺そうとしていた無気力無感情の騎士達。それとロバートの従者っぽいひ弱そうな男。……あれ?ちょっと待って?
俺が慌てて振り向くと、セリスは黙って首を左右に振った。うーん、もう殆ど答えているようなもんだけど、とりあえず気にしないでおくか。今はそれどころじゃない。こんなド田舎に大臣が来るとか、厄介ごと以外にあり得ないからな。
茂みに隠れて様子をうかがう。どうやらあの豚は勇者の何かを探しに来たらしい。よかった……俺のせいで村の人達が捕まるかと思って焦ったぜ。まぁ、話を聞いている限りその可能性も全然あるけどな。
なんだかんだ一触即発の場面はあったが、あの豚は牧場へと帰っていくようだ。ホッとしたぜ。戦争が終わったばかりなのに、争いごとの種を蒔くわけにはいかねぇからな……まだ。
さて、と。トラブルも無事解決したみたいだし、俺達は魔王の城へと……帰りませんよね、すみません。
俺の考えを読み取ったセリスが怖い顔で睨みつけてきたので、俺は嫌々ながら茂みから出ていく。当然仮面はしていない。
あの豚が帰ったってことで、村の人達が全員家から出て来て村長から話を聞いていた。全員って言っても五人だけだ。レックスの親父であるティラノさんに、その奥さんのアンヌさん。後はティラノさんの悪友であるゲインおっちゃんに、妹のエマおばさん。後は口うるさい村長だ。あの輪に入っていくのはかなり度胸がいるんですが、それは。
セリスに背中を押されながらちんたら歩く俺に一番最初に気が付いたのはアンヌさんだった。信じられないようなものを見たような顔で、ティラノさんの肩をバシバシと叩き、気怠そうにこちらに顔を向けたティラノさんが口をあんぐりと開ける。そして、それはエマおばさん、ゲインおっちゃん、村長と感染していった。
俺は気まずさのあまり、頬をポリポリと掻きながらみんなから目をそらす。こういう時ってなんて言えばいいんだろう……いつも村に帰ってきたときは……。
「えーっと……ただいま」
その言葉を聞いた村の人達の方がビクンと跳ねた。そして、ゲインおっちゃんとティラノさん、村長の三人がものすごい剣幕で俺に近づいてくる。
「おい、クロムウェル!!どういうことだっ!?」
おっちゃんが俺の胸ぐらをつかんで怒声を上げる。流石に畑仕事で鍛えているだけはあってすげぇ力だな。村長もティラノさんも眉を怒らせている。……まぁ、怒るのも仕方ねぇよな。勝手にいなくなって魔王軍指揮官になったなんて笑えない冗談……。
「後ろの別嬪さんはどこで捕まえてきやがったんだ、この野郎っ!!」
「そっちぃぃぃぃぃぃ!?」
おかしいやろがい!!死んだと思ってたみんなのアイドルクロムウェル君が魔王軍指揮官になって帰ってきたんだよ!?もっと他に言うことあるよね!?
「そっちもなにもあるかい!それ以外に儂らが何を聞くことがあるというんだ!!」
「そうだぞ!俺に似てイケメンなレックスがそんな美人を連れてくるんなら話は別だが、お前はダメだ!!なんか腹立つ!!」
村長もティラノさんも目がまじなんですけど!!つーか、ティラノさんに至ってはただの嫉妬じゃねぇか!!
「え、えっと……」
俺の責められている理由が予想外すぎて、目を白黒させてテンパるセリス。悪いな。うちの村の男どもはこんなもんだ。でも、大丈夫。それでもこの村がやっていけるのはしっかり者の二人がいるからだ。
ゴギンッ!!
ゲインおっちゃんとティラノさんの頭に二つの拳が突き刺さった。コツン、とか、ポカッ、とかではないゴギンッ!!だ。その威力は音が物語っている。村長は二人の女傑から距離を取り、生きる屍となった同志を不憫そうに見つめる。
「……本当にクロムウェルなの?」
最初に口を開いたのはアンヌさんだった。その美しい顔に似合わない悲痛な顔で俺の顔を凝視する。
「……うん」
そう返事をするのが精いっぱい。なんだか言葉を忘れちまったような気がする。その顔を見ているのも辛い。俺は段々と顔を俯けていった。
沈黙、沈黙、沈黙。誰一人として口を開こうとしない。やっぱり、俺がしゃべらないといけないよね?後ろから金髪悪魔の視線を猛烈に感じるってことはそういうことなんだろう。
かなり逡巡したのち、覚悟を決めた俺は困ったように笑いながら、みんなに目を向けた。
「……何の説明もなく、いなくなったりしてごめんなさい」
その瞬間、二人が俺の身体を抱きしめた。一瞬面食らった俺だったが、徐々に身体の緊張を解いていく。こうやって抱きしめられたのはいつぶりだろうなぁ……セリスとは違う暖かさを感じるよ。
「このおバカ!!ちゃんと連絡寄こしなさい!!」
心底頭に来ている声色だったけど、エマおばさんの目には光るものが浮かんでいた。それはアンヌさんも同じ。俺は身動き一つとれず、謝罪の言葉を口にするだけだったけど、心の中は温もりで満たされていく。
しばらく俺を抱擁していた二人はゆっくりと身体を離すと、目元を拭いながら後ろに立つセリスに向き直った。
「……あなたは魔族ね」
「はい。あの……」
セリスが何か言う前に、二人は同時に頭を下げる。
「見た瞬間に分かりました。この子を支えてくれてありがとうございます」
「すぐに無茶をする子だから大変だったでしょう?本当にありがとね」
「え、えっと……その……顔を上げてください」
困惑しながらセリスが二人に声をかけると、二人は顔を上げセリスに目を向けた。そんな二人を見て、セリスは嬉しそうに微笑を浮かべる。
「……クロ様がこんな風に育った理由が分かりました。私もクロ様にたくさん助けていただいたので、お礼は不要ですよ。むしろ私の方が感謝したいです。クロ様を大切に思っていただき、ありがとうございます」
その顔は俺から見ても奇麗だった。美人な二人が見惚れるほどだからよっぽどだろう。
「や、やはり、クロには相応しくなぐへぇ!!」
三途の川から戻ってきたゲインさんが、容赦なく妹に踏みつぶされ、再び黄泉の国へと舞い戻る。南無さん。
「とにかくうちにいらっしゃい。積もる話もあるでしょうに。それでいいですよね、村長?」
有無を言わせぬ口調に、ただただブンブンと首を縦に振る村の長。相変わらず、この村は女性陣が強すぎる。……魔族領も変わんねぇか。
俺はアンヌさん達に促され、懐かしい村の中を歩いていった。





