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3.急転

 わけがわからないまま、フローラに手を引かれ連れて行かれる俺。マリアも慌ててその後ろについてきていた。


 やってきたのは、無駄に派手な装飾がされているドアが開くついた部屋。フローラはノックもそこそこにずかずかと中に入っていく。腕を握られている俺もそれに従わざるを得ない。


 部屋の中には一人で使うには豪華すぎる机と、名の知れた画家が描いたであろう絵画の数々が飾られていた。一目見ただけで、国の重役の部屋であることは明白。正面に座る男を見て、俺はある意味で納得した。


「ん?これはこれは勇者様。先程、王の間であった以来だな。して、そちらはコレット氏のご息女かな?赤子の時に見た限りであるが、こんなにも美しく育っているとは驚いたぞ」


「あ、ありがとうございます」


 マリアが微妙な表情を浮かべながら頭を下げる。相変わらずこの大臣は女好きのようだ。


「……それと勇者になる事が出来なかったレックス・アルベールか」


 ロバート大臣の声のトーンが二、三度下がった。声だけじゃない、視線もかなり冷ややかなもの。ここまで露骨だと笑えてくる。


 でも、今はそんな事どうでもいい。


 俺はフローラに視線を向けた。なぜこんなところに連れてきたのか。さっき言ってたことを詳しく教えてくれるのがこの男ってことなんだろう。


 俺の視線に気づいたフローラは、間髪入れずロバート大臣に話しかけた。


「突然、大勢で押しかけて申し訳ありません。どうしても、先程の話を詳しく聞かせていただきたいと思いまして」


「先程の話ということはハックルベルの?……あー、なるほど」


 一瞬、俺に視線を向けたロバート大臣が納得したような声を上げる。そして、椅子から立ち上がると、ゆっくりと俺の方に歩いてきた。


「そういえば君の出身もハックルベルであったな。ならば、話を聞いておくべきだ」


 ゴホンっと一つ咳払いを挟むと、ロバート大臣は芝居掛かった口調で話し始める。


「ハックルベル出身であるなら、あの村が別名なんと呼ばれているか知っているな?」


「……『勇者の地』ですか?」


「そうだ。今代の勇者が生まれた街に命名される『勇者の地』ではなく、歴代最高の勇者であるアルトリウスが生まれた村に与えられた称号としての『勇者の地』である」


 その話は聞いたことがある。お酒を飲むといつも村長が俺とクロムウェルを捕まえて、耳にタコができるくらい聞かされた。勇者の血を引くものが悪戯ばかりするんじゃない、とか、『勇者の地』に生まれたことを誇りに思え、とか小言を言われまくったな。俺もクロムウェルも殆ど居眠りしてたけど。

 だって、どんなに大層な名称がついていたところで、俺にとってあの村は数人しか住んでいないしょぼくれた村ってだけ。実感なんか湧くわけないし、そもそも勇者の故郷だからなんだって話だ。


 その村が誰かに襲われたとかフローラは言ってたけど……。


「そのハックルベルが魔王軍指揮官の手によって壊滅したのだ」


「…………は?」


 思考回路が急停止をする。村が壊滅した?このおっさんが言っていることが理解できない。


「自分の村が滅んでしまったのだ、信じられないのは無理もあるまい。だが、事実だ」


 唖然としている俺を見ながら、ロバート大臣はにべもなく告げた。


「昨日の夜遅く、ハックルベルの村に現れた魔王軍指揮官は何を要求するでもなく、村に火を放ったらしい。あのような小さな村だ、それこそ火の手が埋め尽くすのにさほど時間は要さなかったはずだ」


 ……火の手が埋め尽くしたってことはマジで壊滅したのかよ。おいおい、嘘だろ。俺は信じねーぞ。


「理由は定かではない。だが、推測はできる。おそらく自分の正体が明るみになったことで、生まれ故郷に残された自分の弱みを抹消しに来たのだろう。もしくは、『勇者の地』に眠ると言われている勇者の遺品を排除したかったのかもしれぬ。いずれにしろ、魔王軍指揮官が村を滅亡させたのは事実だ」


 弱点?あいつに弱点なんかそれこそ星の数ほどあんだろ。むしろ、取り柄が魔法陣くらいしかないやつだぞ?

 勇者の遺品?そんな立派なものはあの村になんかない。あるのは古ぼけて錆びついた剣が村の中心に刺さってるだけだ。


 そんなくだらない理由で村を滅亡させた?……ふざけんじゃねぇよ!そんな事あるわけないだろうがっ!


「……俺には信じられません」


 湧き上がる怒りを必死に抑えつけつつ、俺は囁くような声で言った。それを聞いたロバート大臣は心底呆れたような顔で俺の事を鼻で笑う。


「確か君は魔王軍指揮官の幼馴染であり、親友だったな?それでいて、奴の心に潜む魔に気づかなかったとは……勇者の試練を越えることができなかったのも必然ということだな」


「ロ、ロバート大臣!そんな言い方あんまりですっ!!」


 あまりのいいようにフローラが怒りに顔を歪めて抗議した。だが、そんな事で自分の非を認めるような男じゃない。


 ロバートは僅かに非難めいた視線をフローラに向ける。


「フローラ殿もそうであるぞ?勇者であればもう少し悪の気配に敏感にならなくてはならない。同じ学園、同じクラスであったならば、あの男の危険性については気づいて欲しかったぞ。……まぁ、貴殿が勇者になる前の話なので仕方がない事ではあるがな。だが、その結果があの大敗であるぞ。先の戦いではその男に苦渋を飲まされたらしいではないか?」


「そ、それは……!!」


「勇者である以上、しっかりと敵を倒してもらわなければ困る。例えそれが魔王であってもだ。その手下の人間如きに遅れを取っているようでは、過去の勇者達に笑われてしまうぞ?」


 薄く笑いながら告げられたロバート大臣の言葉に、フローラは顔を真っ赤にして悔しそうに俯いた。その後ろでマリアが酷く冷たい目でロバート大臣を見ている。


「……あいつは魔王の手下なんかじゃありません。それに、あいつの強さは勇者を凌駕します。戦争にもいかず、城でぬくぬくと過ごしていたあなたにはわからないと思いますが」


 嫌悪感丸出しの俺に対して、ロバート大臣が顔をしかめながら鋭い視線を向けてきた。


「はんっ!勇者になれなかった負け犬がほざきおる!やはりど田舎の農村で育った者は礼儀も知らんようだな!あの村に住んでいた者達も民度が低い者ばかりであったしな!」


「……なに?」


「大して力もないくせに、伝説の勇者の名に縋りおった情けない連中であったぞ!大臣の私に礼を尽くさぬ態度には流石に言葉を失った!粗暴で下等で低俗で……猿が服を着て歩いているのかと疑ったほどであったわ!」


 ……こいつ、今俺が育った村を馬鹿にしたのか?


「まったく嘆かわしいものだ!あのような村が『勇者の地』と呼ばれているなどと、勇者アルトリウスが知ったら、さぞや残念がるであろうな!あのような村で育ったのであれば、魔王軍に従事するような人間が生まれるのも納得―――」


 ゴスッ!!


 気がつけば俺の拳が豚の横っ面に突き刺さっていた。


 ロバート大臣は受け身も取れずにその辺にあるものを吹き飛ばしながら、派手に倒れこむ。


「レ、レックスっ!?」


 フローラが目を丸くして、驚きの声を上げるが、俺は無視してロバート大臣に背を向けると徐に走り出した。


「だ、大臣の私に手を挙げただと!?国家反逆罪に匹敵する大罪だぞ!?おいっ!!誰かこっちに来いっ!!あの男を捕まえろっ!!」


 背中で豚の鳴く声が聞こえたが、そんなの関係ない。とにかく一秒でも早く村に帰る、俺の頭にはそれしかなかった。


 王都からハックルベルまでは結構な距離がある。それこそ馬車を引いて行ったとしても、三日以上はかかるだろう。だが、最上級(クアドラプル)身体強化(バースト)を発動した俺なら一日足らずでいけるはず。


 走る。ただひたすらに駆けていく。王都を出るまでは誰かに追われている気配があったが、今は何の気配も感じない。つっても、追われていても関係なかった。村の様子が見れればそれでいい。


 筋肉が軋む。城を出てからぶっ続けで全力疾走してるんだ、無理もない。だが、止まらない。吐きそうなくらい苦しくても、走る事を止めるなんてできるわけがない。


 俺が村に着いたのは、満月が天頂を越え、少し沈み始めた頃だった。見慣れた森の中を駆け抜けていき、ぶっ倒れそうな疲労感を押し殺して、俺は村の前に立つ。


 そこには無数に転がった黒焦げの塊以外、何もなかった。

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