16.告白はわかりやすい言葉で
見張り台までやって来た俺は静かに景色を眺める。今、ここには誰もいない。さっきまで見張りの任についていた獣人達はライガに呼ばれ、どこかへと行ってしまった。
俺はゆっくりと息を吐き出す。白い吐息が風にさらわれ、夜の闇へと消えていく。その奥に見える灯りをぼんやりと見つめていた。
人間達が作った監視塔から左右に延々と伸びていく光。あの灯りの数だけ人間が集まったてことだ。その数がどれくらいなのか数えるのも嫌になる。
また自分を責めそうになった時、セリスの言葉を思い出した。正直、あれには救われたわ。もしあいつがいなかったら、俺は自責の念に押しつぶされていたに違いない。
俺のせいではない。だが、俺にも責任はある。だから、俺にできることをやってやる。
魔族を殺すための兵器を用意するなら、俺はその兵器を壊す修羅になるだけだ。
「……まだここにいらしたんですね。あまり長い間夜風に当たると風邪をひきますよ」
子供をあやすように優しい声。振り返ると、微笑を浮かべるセリスが立っていた。
「セリス……待機所の方はいいのか?」
「えぇ。クロ様の魔法のおかげでほとんどの魔族が全快しておりました。フレデリカの出番もないほどに」
「そうか、そいつはよかった」
俺はセリスから人間達の陣地に視線を戻す。そんな俺の隣にセリスが立った。
「明日のことを考えているんですか?」
「ん?あぁ、そうだな。これだけの人数がぶつかり合うんだ、どんな戦いになるか想像もつかねぇよ」
「そうですね……口から出まかせの作戦など意味をなさないですからね」
驚いた俺が慌ててそっちを見ると、ジト目を向けているセリスと目が合う。……やっぱりばれてたか。
セリスは静かに首を左右に振ると、呆れたようにため息を吐いた。
「あれで演技しているつもりなら考え方を改めるべきですね。もう少し練習をした方がいいと思いますよ?」
「……うるせぇ。別にお前にバレる分にはいいんだよ」
元々、セリスには協力してもらうつもりだったしな。話す手間が省けたってだけで……。
「私でなくても気が付きます」
うわっ……俺の演技力、低すぎ……?って、まじか。流石に他の奴らにはばれてないだろ?いや、セリスの顔を見る限りバレてますね、これ。
「少なくともギーとフレデリカは勘づいていますね。先ほど一緒に待機所内を回った時、クロ様に怒っていましたから」
結構、迫真の演技だと思ったんだけどな。俺には役者は向かないらしい。
「なら、なおさらお前の力を借りなきゃいけないってわけだな」
「……私が大人しく力を貸すとでも?」
「あぁ。なんたって俺の秘書だからな」
俺がニヤリと笑みを浮かべると、セリスは再びため息を吐いた。
「あなたの秘書になったこと、少し後悔しました。まぁ、私の希望でなったわけではありませんが」
「辞表でも提出するか?」
「あなたの無茶の尻拭いは私にしかできません」
こいつ、きっぱりと言い切りやがった。完全にオカンだよ。身体から染み出るオーラがオカンのそれだよ。
……そのオカンにどれほど救われてきたんだって話だ。
数えだしたらキリがねぇんだろうな。それ程にセリスは俺の一番近くで支え続けてくれた。
セリスがいたから今まで好き勝手やってこれたんだ。セリスがいたから魔族と絆を結べたんだ。セリスがいたから俺は今でもここにいるんだ。
だから、俺はセリスとこれからもずっと一緒にいたい。
今日、自暴自棄になりかけた俺に救いの手を差し伸べてくれた時に覚悟を決めた。
俺の一生をかけて、セリスを幸せにすることを。俺の一生をかけて、セリスと幸せになることを。
俺は……もう逃げない。
「セリス」
俺は真剣な表情でセリスに向き直った。
「この戦いが終わったら……これから毎朝俺のために味噌汁を作ってくれないか?」
これが俺の本当の気持ち。ずっと頭の中で考え続けた愛の言葉。
それを聞いたセリスがハッと息を呑み、自分の口を手で押さえた。そして、ゆっくりと手を離すと、微かに笑いながら返事をするべくその口を開く。
「クロ様は、朝食はご飯派なんですね。わかりました、極力パンは控えるようにします」
あー気分によるなー。パンに目玉焼き、それにサラダっていうのも捨てがたい。あぁ、目玉焼きはちゃんと半熟にしてくれよな?
…………って、ちげぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!
どう考えてもちげぇだろ!!この空気!このシチュエーション!このタイミングでなんで朝飯のリクエストをしなきゃいけないんだよ!?
俺はパンよりご飯がいい(キリッ
んなわけあるかっ!キリッ!じゃねぇんだよ!俺のドヤ顔返せっ!一世一代のキメ顔無駄にしたぁぁぁぁ!!!
頭を抱えて床に転げ回りながら悶絶する俺を見て、セリスはくすりと笑った。
「ごめんなさい……余りにも古典的な言い回しだったもので」
…………へっ?のたうち回っていた俺の動きがピタッと止まる。
「くすくす……そのような言い方で思いを伝えてくださるとは思いもしませんでした」
「……悪かったな、古臭くて」
嬉しそうに笑っているセリスを見ながら、俺はゆっくりと立ち上がった。これでも練りに練った上に、考えに考え抜いたセリフだぞ?純情な男心に謝れ。
「味噌汁、ですか……」
噛み締めるようにつぶやくと、セリスは一歩一歩ゆっくりと歩を進める。そして、見張り台の際まで来たところで、振り返り、俺に向かってはにかんだ。
「一つだけ条件があります」
「……条件?」
えっ、ちょっと待って。二つ返事でOKもらえると思ってたからこんな展開予想していなかったんだけど、条件って何?もしかしてピエールのやつより無理難題が来る感じですか?
俺が困惑していると、セリスは微笑みながら俺に近づき、ポスンと俺の胸に倒れこんだ。慌ててその身体を受け止めた俺はあることに気が付く。
セリスの身体は……震えていた。
「……お願いだから……死なないで……!!」
セリスの口から零れた本音。それは条件というよりも懇願であった。
そんな不安を払いのけるように、俺は胸に顔をうずめるセリスの身体をギュッと強く抱きしめた。





