12.いいとこ取りは主人公の特権
監視塔で片時も目を離さずに戦場を見ていたオリバーは古代兵器の力に戦慄を覚えていた。
凄まじい兵器だ。Sランク冒険者をもってしても簡単には打ち崩せなかった魔族をいともたやすく蹂躙している。それも三十機という少ない数で、一切の損傷なく。
オリハルコンと同等の強度を持ち、魔族の力を封じる鉱石、デモニウム。それから作り出された魔族を殺す機械。
魔族として生きる限り、デーモンキラーに太刀打ちなどできない。
なすすべもなく倒れていった魔族を見たオリバーは、アーティファクトが禁忌とされる所以を思い知らされた。
今、そのデーモンキラー達と相対するのは一人の魔族。虎を思わせる凶暴性を持ったその男はデーモンキラー相手に奮戦していた。いや、これは断じて戦いではない。公開処刑だ。もはや立っているのがやっとの状態であるその男は、デーモンキラーが袋叩きにしていた。
しかし、その男は役目を全うしたと言える。
なぜなら、その場に倒れた魔族は一人もいなかった。身を挺して仲間の命を救ったのだ。その魂に敵ながら称賛せざるを得ない。
「……今日の所はこれで終いだ」
「え?」
オリバーの隣でデーモンキラーを操作していたアイソンが驚きの声を上げる。
「古代兵器の性能は十分わかった。魔族達もその恐ろしさをその身をもって知っただろう。これで交渉の余地も出てくる」
「で、ですが……!!」
「もうじき日が暮れる。太陽の光で稼働している古代兵器の弱点をさらしたくはない。早急に退かせろ」
「……わかりました」
自分に屈辱を与えた魔族の仲間を痛めつけるのに快感を覚えていたというのに、それを邪魔された。アイソンは僅かに顔を歪めると、デーモンキラーに撤退の指示を出す。
デーモンキラーもいなくなり、戦場に一人立つ魔族をオリバーは監視塔から眺めていた。彼は日が沈むようにゆっくりと地面に倒れていく。その男を他の魔族が助けに来たのを見届けたオリバーは踵を返し、監視塔の階段を下りていった。
*
アラモ砦から城壁にかけて作られた魔族の待機所。巨人族をも収容できるほど広く設計されたそこは、負傷した魔族で溢れかえっていた。
治療を施しているのはフレデリカが連れてきた精霊族。回復属性魔法は魔族の魔力と相性が悪く、使える者は一部しかいなかった。
「みんな!!とにかく重症者から治療してっ!!」
シルフのララが大きな声で指示を出す。他の四つ子達も忙しなく待機所内を飛び回っていた。
「ララ!!傷薬が足りないっ!!」
「今リリが取り入ってるから、とりあえず出来る限りの応急処置をっ!!」
いつもはのんびりしているルルも今回ばかりは必死に救助活動に勤しんでいる。
「拙者達だけでは手が足りぬぞっ!!」
「わかってる!!わかってるけどっ……!!」
ララは悔しそうに歯噛みをすると、待機所の端に置かれているベッドに目を向けた。いくら回復属性魔法が使えると言っても、自分達のは擦り傷を治す程度の効果。この場にいる者中で、最も性能が高い回復属性魔法が仕えるのは自分達の長であるフレデリカなのだ。だが、彼女はそのベッドに寝ている死に瀕した一人の魔族を必死に治療していた。
「はぁ……はぁ……!!」
大量の汗を流しながら必死に魔法を唱え続ける。隣にいるギーとボーウィッドは自分達が傷ついているのも構わず、ジッとその様子を見つめていた。腕はブルブルと震えており、その拳には血が滲んでいる。自分達の仲間が死にかけているのに、何もできない自分に激怒していた。そんな二人の後ろから心配そうにギガントがライガを覗き込む。
「もう……無茶しすぎなのよ……!!」
悪態をつきながらも魔法を放つその手は止めることはない。なんとか出血を抑えることはできたが、それ以上に受けた傷が深すぎた。これをどうにかしない限り、ライガの命を救うことはできない。しかし、それはフレデリカの技量を超えたものだった。そんな事は彼女が一番わかっている。だからと言って治療を止めることはなかった、止めることなどできなかった。
「お、い……フレデ、リカ……」
ライガが最後の力を振り絞ってフレデリカに話しかける。いつもはうるさいくらいの大声が、今は消え入りそうなくらい小さいものだった。フレデリカが必死の形相でその声に反応する。
「な、なに!?」
「バカ、かお前は……こ、こんな死に損ないに、か、かまってないで……他の奴らの治療をしやがれ……」
その言葉を聞いたフレデリカは怒りに顔を歪めた。
「バカはあんたよっ!!私は精霊族の長よ!?こんな傷くらいどうってことないわ!!」
「けっ……無駄、なんだよ……」
ライガは目を瞑ったまま、静かに口角を上げる。
「て、自分の……身体は……自分が一番よくわかる……」
「黙りなさいっ!!それ以上しゃべったらはったおすわよっ!!」
「この傷じゃ……助からねぇ……お、お前の魔力を……無駄にするな……」
「うるさいっ!!」
「はぁ……はぁ……あのバカに伝えておいてくれ…………先に地獄で待ってるってな……」
「うるさいって言ってるのよっ!!!!!!!!!」
フレデリカの目から涙が零れ落ちた。それも一粒二粒ではない、滴り落ちた涙でライガの服が雨に打たれたように濡れていくほど。
救いたい。身体を張って自分達を守り抜いたこの勇敢な獣人を救い出したい。その思いしかないというのに、どうして助けることができないのか。
「許さない……!!」
フレデリカの肩を震わせながら、懸命に声を絞りだす。
「死ぬなんて許さないっ!!私があんたを絶対に死なせないんだからっ!!!」
両腕から血が出るのも厭わず、フレデリカは魔力を極限まで高めた。そして、決死の覚悟で魔法陣を組成する。
だが、発動したのは出来損ないの回復魔法。
魔法陣は強い思いだけで上手くできるわけがない。そんなことはわかりきっていた。
「お願いよ……」
何かに縋るように血が流れる両手をライガに添え、その身体に顔をうずめる。
「誰か……誰かこのバカを……ライガを助けてよっ!!!!!!!!」
フレデリカの心からの叫びが待機所内に木霊した。だが、それに応える者は誰一人としていない。
いない、はずだった。
「―――“手が届くものに癒しを”」
その声に反応し、フレデリカがガバッと顔を上げる。慌ててライガに目をやると、その傷は少しずつ塞がっていき、顔には僅かに生気が戻ってきた。
フレデリカはゆっくりと待機所の入口へと目を向ける。そこに立つ二人の人物を見て、ボロボロと安堵の涙を流した。
黒いコートの男に、金髪の悪魔。ここにいる誰もが目にしたことのある最強タッグ。
魔族の窮地を救うべく、魔王軍指揮官とその秘書がアラモ砦へとやって来たのであった。





