4.生理的に受け付けないおっさんっているよね
「……ようやく準備が終わったか」
中庭に所狭しと並んでいる騎士団と冒険者達を見ながらオリバーは囁いた。結局、人員や物資を集めるのに一週間以上も要してしまったが、特に問題はない。
屈強な戦士達の中に緑髪の新米勇者の姿を見つけ、僅かに心を痛める。娘と仲睦まじい関係にある彼女を戦場に出すのは躊躇いがあったが、本人が決めたことである上に、王として私情を持ち込むのは禁物。使えるものは使う、その結果力を持たない者達が守れるのであればそれが最善の策になるのだ。
オリバーは目を閉じ、ゆっくりと息を吐き出すと、集まった精鋭達に激励を飛ばす。
「諸君、よくぞ我が声に応えてくれた!感謝する!」
威厳に満ちた声。広大な城の中庭だというのにその声はその場にいる者の全ての耳に届いた。
「あれこれと言葉を並べるのは無粋というもの。諸君らに求めるのは、全力で人間達の未来を守って欲しいということだけだ!!」
オリバーの言葉に戦士達は怒声で答える。オリバーは力強く頷くと、隣にいるフライヤに目を向けた。
「それではフライヤ殿、頼んだぞ」
「流石にこの人数を連れて行くのは骨が折れるからのぉ、まずは転移魔法が使える者達を監視塔へと連れていく。その後、その者達と協力してこ奴らを運ぶ、という手順でよいか?」
「お任せする。その最初に転移する者達の中に私も含めてほしい」
「ふん……自ら戦場に赴くとは物好きな王じゃ」
フライヤはおっくうそうに鼻を鳴らすと、第一陣を転移させる転移魔法を組成する。ふっと、オリバーが周りを見渡すと、桃色の髪をした自分の娘がフローラ・ブルゴーニュに近づいているのが見えた。
「シンシア……」
また少しだけ胸が痛む。だが、感傷に浸っている暇などない。
オリバーは気持ちを切り替えると、フライヤの転移魔法により、この場からいなくなった。
*
「フローラさん!!」
人でごった返している中庭から目当ての人物を見つけたシンシアが必死に声を上げる。それに気が付いたフローラがシンシアに目を向け、笑顔を見せた。
「シンシア!来てくれたの?」
「当り前じゃないですか!友達が戦に赴くのですよ?ジッとなんてしていられません!」
「ふふっ、ありがとう」
お姫様だというのにこんなに髪を乱して自分を探してくれたのかと思うと、喜びを隠しきれない。
「本当に行ってしまうのですね……」
「そのために勇者になったんだからしょうがないわ」
心配そうに自分を見つめるシンシアを見て、フローラは腰に刺した剣を抜いた。
「そんな不安そうな顔しないで。あなたのお父様からいただいたこの剣と勇者の力があれば大丈夫よ」
「レーヴァテイン……数多の勇者が用いた名剣ですか」
「そうよ。……兄さんは受け取らなかったみたいだけどね」
相変わらず素直じゃない自分の兄を思い、思わず苦笑いを浮かべる。シンシアは一瞬寂しげな表情を浮かべたが、すぐに真剣な顔でフローラの目を見つめた。
「……ご武運をお祈りしています」
「ありがとう。必ず生きて帰ってくるから待っててね」
そのシンシアの気持ちに応えるように、フローラは確固たる意志を持って告げる。
そうこうしているうちに、中庭に集まった者達が次々と転移していった。そろそろフローラも戦場に向かう頃合いである。
「これはこれは勇者様」
自分の番を今か今かと待っていたフローラに、丸々太った男が話しかけた。
「ロバート大臣……」
フローラがあまり感情の籠らない声で返事をする。自分のことをねっとりとした視線で見つめてくるこの男のことがフローラは苦手であった。
「なかなか精悍な顔つきをしているご様子。貴殿の力が存分に振るわれることを願っておりますぞ」
「ありがとうございます。勇者の名に恥じぬよう、精一杯頑張りたいと思います」
「それは結構。兄上の様に悲惨な結末にならぬよう、祈っておりますぞ」
下卑た笑みを浮かべるロバートから視線をそらし、フローラは思い切り自分の唇を噛みしめる。丁度いいタイミングで転移する順番が回ってきたため、ロバートに顔を向けることはせず、そのままこの場から転移していった。
シンシアはキッとロバートを睨みつけると、何も言わずに頭を下げてそそくさと城へと戻っていく。それを見てロバートはつまらなさそうに鼻を鳴らした。
「ロ、ロバート様~!!」
そんなロバートのもとに情けない声を上げながらお付きの男であるルキが走ってきた。
「ルキ……貴様、今までどこに行っていた?」
「ひ、人が多すぎて迷子になっていたんです……」
「はぁ……相変わらずどんくさい奴だ」
ロバートから蔑みの視線を浴び、ルキは子供の様に身を竦める。ロバートはルキを無視してつかつかと城の方へと歩き始めた。慌ててルキがその後を追う。
「まぁいい。今日は気分がいいのだ。ついに私の持つ兵器の威力をあの臆病者に見せつけることができるのだからな」
「はぁ……古代兵器の事ですね」
「そうだ。……あの憎たらしい指揮官のせいでもう二度と作り出すことができなくなってしまったがな。だが、魔族を滅ぼすには十分な程の数は万が一に備えて儂の屋敷に移しておいてよかった」
移しておいた、と簡単に言うが、それをやったのは付き人であるルキと家来者達であった。その時の大変さを思い出し、ルキはげんなりした顔をする。
「今夜は最上級の女を用意しろ。祝杯を上げなければなるまい。……ベッドの中でもな」
「は?ロ、ロバート様も戦場に行くのでは?」
「行くわけなかろう、そんな危険な場所。古代兵器の操り方はアイソンが心得ておる。私は屋敷でゆっくりと戦果を待つだけだ」
上機嫌な笑い声をあげるロバート。しばらくの間、この我儘な主人から解放されることを期待していたルキは人知れず大きなため息を吐いた。





