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21.コストパフォーマンスは大切

 頼まれたものを集め終えた俺は、早速セリスを連れてピエールの待つ城へと戻ってきた。部屋に入ると、ツンとした薬品の臭いが鼻を刺激する。


「持ってきたぜ」


「おぉ、待ちわびたぞ!」


 フラスコと睨めっこをしていたピエールは俺に気が付くと、そそくさと近づいてきた。そして、手に持つ二つの素材を見て、目を輝かせた。


「す、素晴らしい!天にも届きうるこの力強い角はまさしくキングベヒーモスの象徴!そして、これほどまでに溢れんばかりの生命力を感じる血液はエンシェントドラゴン以外にはありえない!!」


 ピエールは俺の手から奪うようにして素材を取ると、先ほどのフラスコの前まで戻っていった。何やらブツブツ呟きながらすり鉢に角を放り込み、すり潰していく。


 えーっと……これで終わりかな?ヴァンパイヤの長であるピエールの頼みごとを聞いたわけだから、もう視察は完了ってことでいいよね?


 俺が視線を向けると、セリスは小さく肩をすくめた。


「やはり究極の魔道具とやらができるまでは……」


 やっぱりそうですよねー。でも、ピエールは自分の作業に没頭しちまってるし、魔道具の作り方なんてさっぱりわからないし、どうしたもんかな。


「なぁ、ピエール……」


 困り果てた俺が声をかけようとすると、ピエールがこちらを見ずに手でそれを制止する。そのまま二つのフラスコを掴み、すり潰した角が入っているビーカーにトクトクと注いでいくと、最後にエンシェントドラゴンの生き血をゆっくりと混ぜていった。


「……完成だ」


「え?魔道具完成したの?」


 少しだけ期待を込めて聞いてみると、ピエールは笑いながら首を左右に振った。


「いや、できたのは魔道具の媒体だ。この液体をろ過したものに魔法陣を組み込んでいく」


「なんだそうか……って、液体に魔法陣を刻み込むのか?そんなことできんの?」


「だから緻密な魔法陣操作が必要になるといったではないか」


 緻密って……家具とか武器に魔法陣を埋め込むのは何となく想像できるんだけど、液体に魔法陣をってのが全然ぴんとこねぇ。


「……つーかさ、これは最初に聞いておくべきことだったんだけど、どんな魔道具を作るつもりなんだ?」


「むむっ、我輩としたことがまだそれを指揮官には説明していなかったか」


 究極の魔道具としか聞いていないからな。具体的なことは何もわかない。


 ピエールは自信ありげな表情で青い液体が入ったフラスコを俺の前で軽く揺らした。


「我輩達が作ろうとしているのはほかでもない……伝説の薬、エリクサーだ!!」


「えりくさー?」


 なにそれ?聞いたこともないんだけど。魔族の中だと常識なの?


 こういう時は秘書の反応を見るに限る。……うん、エリクサーは魔族の世界でも知られていないものだな。


 俺達のぽかんとした顔を見てもピエールの表情は変わらない。


「くっくっく……まぁ、知らなくても仕方がないことだ。世に出回ったことなど皆無であろうからな」


 至極楽しそうなピエールとは対照的に、俺とセリスは困惑しながら顔を見合わせた。それってなんかやばい薬とかじゃないよね?


「……それにはいったいどんな効果があるのですか?」


「ほう?セリス嬢も気になるのだな?いいだろう!この幻の魔道具の効果を教えてしんぜよう!」


 ……なんか聞くのが怖いんだけど、大丈夫かなぁ。効果によってはピエールの暴走を止めなきゃならんくなるな。


 ピエールは丁寧にフラスコを置くと、たっぷりとためを作って人差し指をピンッと立てた。


「ずばり!魔力の回復だ!!」


 …………。


「えっ?それだけ?」


「ただの回復ではない、完全回復だ!魔力が尽きたとしても、これさえあれば一瞬にして魔力が復活するのだ!!」


「それは……すごいですね」


 セリスが曖昧な笑みを浮かべる。なるほど、確かにそれは便利な魔道具だ。この魔道具があれば無理して魔力切れが起ころうと、たちまち元通りになるんだろう。そして、この魔道具が幻になった理由もわかった。


 コストパフォーマンスが悪すぎんだろ。


 一人の魔力を完全回復するのに、キングベヒーモスとエンシェントドラゴン、二体の伝説と対峙しなきゃなんねぇんだぞ?やってられねぇだろ。それだったら二、三日寝込んで魔力を補充した方が遥かに楽だっつーの。


 まぁ、効率うんぬんの話じゃないんだろうな。魔道具作りに携わる者なら一度は作ってみたいっていう思いがあるんだろ。やばい薬じゃなかったことだけ喜ばねぇとな。


「作りたい魔道具は分かった。で?俺はどうしたらいい?」


 約束しちまった以上、最後まで付き合うぜ。俺の言葉を聞いてピエールが嬉しそうに笑う。


「ふっ……指揮官の力が借りられるのであれば千人力だな。我輩がこの液体に魔法陣を刻み込むので、指揮官は一定量の魔力を注ぎ込んで欲しいのだ」


「魔力を流し続ければいいんだな?」


「いかにも。本来であれば魔法陣を刻む作業と魔力を注ぐ作業は一人のものが並行して行うのだが、この魔道具に関しては魔法陣がかなり複雑になっているので、一人では到底不可能なのだ」


 なるほどね。そりゃ誰も作らんわな。


「おっけー、俺のやることは理解したよ」


「……指揮官の腕ならば問題ないと思うが、流し込む魔力は常に同じでなければならない。少しでも多すぎたり、少なすぎたりすると我輩の組成している魔法陣が崩れ去ってしまう」


「まかせとけ」


 緻密な操作が必要だ、とか言ってたっけ。こいつはかなり大変な仕事になりそうだ。


「それじゃ早速取り掛かろうか。ちなみにどれくらいかかる見込みなんだ?」


「そうだなぁ……初めての試み故、はっきりとしたことは言えないが、これくらいか?」


 ピエールは少し悩んだ後、指を二本立てた。


「二時間?そんな早く終わるのか?」


 あれ?半日くらいは覚悟してたんだけど案外大したことない?まぁ、でも早く終わるにこしたことはねぇか。こいつが終われば視察も完了になるしな。


 そんなことを考えていると、ピエールは首を左右に振って俺の言葉を否定した。


 えっ、てことは……。


「まじかよ!?二日もかか」


「二週間くらいだな」


 あっけらかんと言い放つピエール。完全に凍りつく俺。


 ポクポクポク…………チーン。


 究極の魔道具、恐るべし。


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