17.父親に娘は四倍弱点
「パパ~!!早く早く~!!」
前を歩く天使が俺を呼んでいる。あぁ、心が浄化されるようだ。このままずっと癒しの時間を過ごしていきたい。
今俺達は三人で人間領にある丘陵地帯を歩いている。久しぶりに家族そろってのピクニックってやつだ。なんで人間領にいるのかっていうのは置いておいて、偶にはこういうのも大切だと思う、うん。
仲睦まじく歩いているセリスとアルカを見ていると幸せを実感するよ。もう血なまぐさいことなんて全部忘れて、この幸福を守っていけばいいんじゃないかな?
そんな事を考えていたらアルカがこちらに振り返り、満面の笑みを向けてきた。
「キングベヒーモスさんってすっごい強いんでしょ?楽しみなの!!!」
……どうやら戦いの輪廻からは逃れられそうにないです、はい。
どうしてこうなったか、それを話すには少し時間を遡る必要がある。
セリスと二人きりになった俺は早速ピエールに頼まれたキングベヒーモスとエンシェントドラゴンの素材を回収しに行こうと思ったんだけど、ここで一つ問題が発生した。
その二体の魔物の居場所が全く分からない。
いや、そんなことは百も承知だったんだけどな。そもそも話にしか聞いたことないから実際にいるのかどうかも分からん。存在しなかったら完全に詰みだぞ?俺は一生厨二共の視察をしなけりゃならなくなる。それは本当に勘弁してほしい。
てなわけで、わからないことはわかりそうな奴に聞くのが一番。セリスと話した結果、フェルなら心当たりがあるんじゃないか、ってことになって城に戻ってきたんだ。
そしたら、中庭が爆心地になっていました。
すさまじい規模の魔法が飛び交ってるのを目の当たりにした俺とセリスは慌てて魔法障壁を展開した。砂塵が荒れ狂う中、必死に目を凝らすと中央で二人の影がぶつかり合っているのが見える。
「まさかここまで腕を上げているなんてね!!こんな近くに僕の遊び相手がいるなんて思ってなかったよ!!」
「むぅ……やっぱりルシフェル様は強いの!!でも、アルカだって負けないよ!!」
二人の魔法が衝突するたびに城全体が震えている。遠くで女中さんたちが不安そうな表情で二人を見守っていた。あれは多分、二人の身を案じているんじゃなくて城が壊れないか心配してるんだな。
「ク、クロ様!!早くなんとかしてください!!」
「いや、無理だろ!!」
二人とも結構本気でやり合ってんだぞ!?あの間に入ってったらそっこーでお陀仏だろ!!アルカが城に来たての頃はかくれんぼとかおにごっこをしていたのに、戯れ方が進化しすぎだっつーの!!
とりあえず、これ以上被害が出ないように魔法障壁を広げた。城ってよりもあのボロ小屋が心配なんだよ、俺は。あそこが吹き飛ばされたら帰る家がなくなっちまう。
とにかく、俺達の存在を気づかせれば何とかなるはずだ。俺は二種最上級魔法の魔法陣を組成する。
「“雷神の双槌”!!」
咄嗟に頭に浮かんだのはエルザ先輩の魔法。それに滅多に使ったことがない重複魔法陣を二人に向けて放った。今のアルカなら不意打ちでこれを食らっても大丈夫だろ!フェルは知らん。むしろそのまま消えてもらっても一向にかまわない。
魔法を撃ちながら拳をぶつけってい二人がこちらへと顔を向けると、ほとんど同時に魔法障壁を展開した。そして割とあっさり防がれる俺の最上級魔法。エルザ先輩ぇ……。
「あれ?クロとセリスじゃん」
「あっ!パパー!ママー!!」
俺達に気が付いたフェルは身体強化を解き、アルカは空を飛んだままセリスの胸に飛び込んでいった。セリスは優しく抱きとめながら、傷だらけのアルカに回復属性魔法を唱えた。
「おかえりー!!今日は早かったね!」
「えぇ、ちょっと色々ありまして……村の復興は終わったのですか?」
「ううん!少しずつ進めてるけど、まだかかりそうなの!でも、ゆっくりやっていけばいいってゼハードさんが!!」
アルカが嬉しそうに報告してくれる。俺達が作った防御壁のおかげであの村に人間が攻め込んでくることはなくなったからな。メフィスト達のペースで建て直していけばいいだろ。
「ピエールのところに行ったんじゃなかったの?もう終わり?」
「いや、流石に一日で視察が終わるわけねぇだろ。お前に聞きたいことがあってな」
「聞きたいこと?」
俺達の近くに着地したフェルが不思議そうな顔を向けてくる。
「あぁ、少し面倒なことになってな。単刀直入に聞くけどキングベヒーモスとエンシェントドラゴンがいる場所って知ってるか?」
「また随分と突飛な質問だねぇ……それは視察に関係あるの?」
「大ありだ。そいつらに会わないと視察が終わらない」
「ふーん……指揮官様も大変だ」
他人事みたいに言ってんじゃねぇよ。そう思うんだったらもっと待遇をよくしやがれ。
「エンシェントドラゴンは魔の森の奥地にいると思うよ。正確な場所までは把握していないけど、なんかそれっぽいとこにいるでしょ」
「なんだよ、それっぽいところって」
「やばそうな雰囲気がする場所ってことだよ」
……やっぱり面倒くさそうな相手だってことだな。魔王がやばそうって言ってんだから。
「キングベヒーモスはどうだったかなぁ……僕の記憶が正しければ禁足地を縄張りにしていた気がするけど……」
「禁足地ってあの人間界の?」
「そう、その禁足地」
まじかよ。危険すぎるからって理由で一切の立ち入りを禁じられた人間領でも辺境の地にあるあそこだろ?確か、入った奴は無期懲役の刑に処されるやつ。そもそも入った時点で死刑みたいなもんだけど。
「……まぁ、人間領でもそこなら人間と会うこともないし、不幸中の幸いってところか」
「なんでその魔物に会いたいのかは知らないけど、気をつけなよ?その二体は他の魔物とは明らかに違うんだから」
「そんなにすごいの?」
アルカが無垢な瞳でフェルに問いかける。あ、すげぇいやな予感がする。
「なんたって幻の魔物だからね!その強さも他の魔物とは比べ物にならないんだ!」
「へー!会ってみたいの!」
なぜかワクワクしている我が娘。予測可能、回避不可能な状況。
俺がなんて言って断ろうかを考えていると、フェルがアルカにニッコリと笑いかけた。
「アルカも行ってきたらいいよ!たまにはパパとママとお出かけしたいでしょ?」
「えっ!いいの!?」
……この野郎、マジで余計なこと言いやがって。
「アルカ……これから行くところはすごい危険な場所なんだ。申し訳ないけど」
「アルカも一緒に連れていくこと。これは魔王の命令だから。じゃあ、そういうことで」
フェルは言いたいことだけ言うと、転移魔法でこの場からいなくなった。残された三人、期待に満ちた表情を浮かべる天使に、心底困った顔をしている悪魔。そして、無表情の俺。
「……悪い、セリス。キングベヒーモスとエンシェントドラゴンの前に倒すべき敵がいたわ。ちょっとやってくる」
俺は正義の心に目覚めたのだ。今こそ酒池肉林を食らい、欲望の赴くまま世界に混乱を招く憎き魔王を打ち滅ぼす時だ。
あのバカを追おうとした俺の裾をアルカがちょこんと掴むと、少しだけ瞳を潤ませ、上目遣いで俺を見つめてきた。
「……パパ?一緒に行っちゃダメ?」
…………アルカさんや、それは反則でしょ。





