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24.娘の初恋は父親という夢物語

 ふぅ、とりあえず終わったな。色々すっきりしないところはあるが、まぁしょうがないだろ。つーか、アルカのおかげって言うのもおかしいけど、防御壁造りに邪魔だった謎の建築物を撤去できたんだよな。どうしようか悩んでいたんだが、やっぱり邪魔なものは掃除するに限るってこった。


 俺はセリスに近寄ると、眠っているアルカを受け取る。かなり蹴られていたみたいだけど、セリスの回復魔法のおかげで傷は癒えてるな。あっ、やべ。思い出したらまたムカついてきた。やっぱり追いかけて断罪しておくべきか?


「クロ様……そちらの方は?」


 俺が物騒なことを考えていると、セリスがフライヤを見ながら尋ねてきた。


「あー、家で話しただろ?奴隷のロリババアだ」


「誰がロリババアじゃ。せっかく協力してやったのに感謝もないのかのう」


 フライヤは自慢の杖を空間魔法にしまうと、俺にジト目を向けてくる。流石にSランク。完璧な魔法障壁だったぞ。ってか、フライヤさん。奴隷の方は否定しないのね。


「すげー感謝してるって。ありがとな」


「ふんっ!!その態度からは全く感じられんわい!!」


 アルカがやばそうだってセリスから報告を受けた俺は、一生懸命岩を加工していたフライヤに声をかけたんだよね。俺が手を出してここにいる奴らと正面衝突とかになったら面倒くさいし、その保険としてな。まぁ、ここにはそんな根性ある奴いなかったみたいだけど。


「……金髪の悪魔」


 フライヤが真面目な顔をしてセリスを見ながらぽつりと呟く。なんだよ、その反応。なんか気になるじゃねぇか。


「どうした?セリスに気になることでも?」


「……お前さんは指揮官の大切な人なのかのう?」


 俺の問いかけには答えず、フライヤはセリスに話しかけた。セリスは俺にチラリと視線を向けると、少し戸惑った様子で答える。


「そうですね。お付き合いさせていただいております」


「そうかそうか……天下の指揮官が守ってくれるのであれば、安心じゃろうな」


 このロリババア……含みを持たせた言い方しやがって。


「どういうことだよ?」


「なんじゃ知らんのか?ならば知る必要のないこと、というわけじゃな」


「おい、煙に巻こうとすんなよ!言いたいことははっきり」


「それよりも、逃がしてしまってよかったのか?」


 ぐっ……無理やり話題を変えてきやがった。どうやら話す気はないらしい。だったら最初から言うんじゃねぇよ。


「いいんだよ、別に。あんな連中、逃がしたところで釣りがくるわ」


 実際、工場は破壊できたわけだし?これで何の支障もなく建設作業を続けられるってもんだ。


「フェフェフェ……存外甘いのだな。ほれ、その抱きかかえている小娘も大事な者なのじゃろう?」


「俺の娘だ。命より大切なのは間違いない」


「ならなおさらじゃな。……同じ人間の妾ですら殺意が湧いたほどに腐った連中じゃったぞ?」


 ……こいつ、魔族が虐げられているのを見て腹が立ったって言うのか?変わったばーさんだ。俺も人のこと言えないだろうけど。


 俺は腕の中で幸せそうに眠るアルカを優しく見つめた。


「……この子が必死になって俺の言いつけを守ろうとしたんだぞ?人間に手を出してはいけないっていうな。それを俺が破るわけにはいかねぇだろ」


「がっつり手を出しておるではないか」


「俺が壊したのは工場だけだ。あいつらには指一本触れていない」


 うん、俺は正しいことを言っている。そんなへ理屈がまかり通るか分からんけど。


「気に入らないなら今から約束を破って目の前にいるロリババアと戦っても俺は構わないけど?」


「……バカ言うな。こんな規格外の魔法が撃てる相手となんか、頼まれたって戦いとうないわい」


 フライヤが若干怯えたように工場跡地を見ながら言った。安心しろ。あんな魔法、連発できるわけもない。


「とにかく、契約通り演じきったんじゃ。これで妾も自由放免かの?」


「あぁ、もう帰っていいぞ。次会ったときは敵同士だ」


「……お主と戦うのはもうこりごりじゃ」


 フライヤはうんざりした様にため息を吐くと、転移魔法でこの場からいなくなった。


「ん……」


「目が覚めたか?」


「パパ……?」


 俺はゆっくりとアルカを地面へと下ろす。アルカはまだ意識がはっきりしないのか、ぼーっと周りを見回した。そして、工場がなくなっていることに気が付き、慌てて俺へと視線を向ける。


「パパがやったの!?」


「あぁ。この辺りは魔族の領土だからな、人間の建物なんていらない、ってな」


 正確にはここが魔族の領土なのか知らないけど、防御壁を敷いちまえばこっちのもんだ。早い者勝ちってことで。


「やっぱりパパはすごいの!!」


 尊敬の眼差しを向けたアルカだったが、すぐに気まずそうに顔を下に向ける。


「あの……パパ?ごめんなさい」


「……なにがだ?」


「人間さんともめ事起こしちゃったの……。アルカのせいで人間さん達と仲悪くなっちゃた」


 心底申し訳なさそうな表情を浮かべるアルカ。俺は微笑みながらアルカの頭の上に手を置いた。


「そうだな……でも、俺もアルカに謝らなければいけないことがあるんだ」


「えっ?」


 アルカが驚いた様子で俺を見つめる。俺はアルカの頭を撫でながら、苦笑いを浮かべた。


「助けるのが遅くなってごめんな。痛い思いさせちまったな」


「まったくです。……なるべくアルカの手助けをするな、と命じられていたので、とてもヤキモキしていたんですよ?」


 セリスが厳しい顔で睨みつけてくる。しょうがねぇだろ。アルカが自分の力でなんとかしようとしてたんだ。手を出すのは野暮ってもんだ。


「……ですが、その考えに賛同した私も同罪です。アルカ、申し訳ありませんでした」


 セリスが頭を下げる。俺たち二人からの謝罪を受けたアルカは慌てふためきながら顔を左右に振った。


「パ、パパもママも悪くないよ!!だから謝らないで!!」


「ふふっ、そうですか。ならみんな悪くないですね」


「そうだな。誰も悪くない」


 俺とセリスが笑いかけると、アルカは嬉しそうに笑みを返してくる。だが、すぐに何かを思い出したアルカがハッとした表情を浮かべ、急いで網に捕らわれている仲間に目を向け、駆け寄っていった。


「み、みんな!!」


 アルカは網に手を伸ばし、ピクっと身体を震わせると、熱湯を触ったみたいに手を引っ込める。セリスも近づき、アルカと同じように網に触れ、眉をひそめた。


「クロ様……」


 セリスがこちらに振り向いたので、俺は頷いて二人の所まで歩いていく。そして、メフィスト達を拘束している網を掴んだ。


 うん、やっぱり俺には何の効果もないわ。あのクソ研究者が言っていたことは本当みたいだな。


 俺はそのまま網を引き上げ、投げ捨てる。網から解放されたメフィスト達はよろよろと立ち上がると、躊躇いがちに俺のことを見た。


 さて、どうすっかな。セリスの話じゃ、俺はこいつらの目の敵にされているってことだが。まぁ、理由が理由だし、しょうがないとは思う。


「魔王軍指揮官……」


 メフィストの一人が俺に鋭い視線を向けてきた。確か、こいつらのリーダー役だったよな、こいつ。名前はゼハードだったか。特に俺のことを、ってか人間を憎んでいる奴だな。


「メフィスト達とは初めて会うんだったな。俺は魔王軍指揮官のクロだ。よろしく」


「…………」


 割と愛想よく自己紹介したんだけど、微妙な反応。俺、すごく寂しい。


「みんなも知っているとは思うけど、俺は人間だ。人間界(あっち)の世界じゃ死んだことになっているから、他の人間の前じゃこんなもんつけているけどな」


 俺は紺の仮面を顔から取り、空間魔法に投げ入れた。依然として口を開くものはなし。もしかしてメフィストってデュラハンと同じで寡黙な種族だったりするのか?……んなわけねぇよな。


「まさかあの村で生き残った者達がいるだなんて思ってなかったから、少し驚いているぞ。まぁ、でも、他のメフィストがいたら言いたいことがあったから丁度いいか」


 俺はだんまりを決め込むメフィスト達に対して、おもむろに頭を下げた。


「すまなかった」


「……すまなかった?」


 それまで一切話そうとしなかったゼハードが棘のある口調で呟く。


「それは何に対しての謝罪だ?まさか自分と同じ種族の人間が村を襲ったことに関してか?」


 静かな口調だが、その声からは確かな怒りを感じる。俺は何も言わずにゼハードの顔を見つめた。


「貴様が謝ったところで人間達の罪が消えると思っているのか?人間を代表して謝罪をすれば私たちが納得すると思ったのか?」


 ゼハードの視線が更に鋭さを増す。うーん、こいつ勘違いしてるな。


「村を滅ぼしたわけでもない貴様が頭を下げたところで、私たちは何も感じない。むしろ、哀れまれているとさえ思えるので、不愉快なだけだ」


「違う。そうじゃねぇ」


「違う?だったらなぜ謝罪など―――」


「俺が謝ったのは村の襲撃に間に合わなかったことだ。魔王軍指揮官として、魔族のお前らを守ることができなかった。すまない」


「なっ……!?」


 俺がゼハードの言葉を遮って理由を話すと、奴はこれでもか、というくらいに目を開けて俺を見てきた。


「もう少し早く村に到着してればなんとかできたかもしれないのにな。……本当、自分で自分に腹が立つよ」


 つーか、言うのが遅かったフェルが悪くね?あのバカがすぐに俺を呼んで村に行かせればよかったんだよ。つーことで、あいつも謝るべきだ。……でも、アルカの故郷を守れなかったのは俺にも責任があるのは確かだ。


「本当に申し訳なかった」


 安っぽい言葉だが、これくらいしか出てこない。それでも、心の底から悪かったと思っている。


「……人間としてではなく、魔王軍指揮官としての謝罪、か」


 小さい声でそう呟いたゼハードはしばらく俺を吟味するように眺め、徐に背を向けると、そのまま歩き出した。


「……何もしないのか?一発くらい殴られる覚悟はあったんだが」


 俺がその背に声をかけると、ゼハードはピタリと足を止める。


「……人間という種族が憎いのは今も変わらない。ただ……」


 そして振り返ると、僅かに口角を上にあげ、俺の顔を見た。


「魔王軍指揮官という種族は、どうにも嫌いにはなれないらしい」


 それだけ告げると、再び前を向き歩き始めた。森に入るところでゼハードは再び立ち止まると、静かに口を開く。


「……アルカ、すまなかった。そして、ありがとう」


 アルカが驚きに目を丸くした。ゼハードはそれだけ告げると、森の中へと消えていく。他のメフィスト達も、無言で俺に頭を下げ、アルカに感謝の言葉を述べるとその後についていった。


 俺はちらりと隣に目を向ける。


「……いいのか?お前も謝りたかったんだろ?」


「そうですね……ですが、今は魔王軍指揮官とメフィストとの場。悪魔族の長はまた日を改めて、きちんと謝罪に参りたいと思います」


 セリスは真剣な表情でメフィスト達を見送っていた。こいつも色々と思う所があるはずだろうに、今回は俺に譲ってくれたみたいだ。


 それにしても魔王軍指揮官っていう種族か……人間のくせに魔族の世界にどっぷり浸かっている俺にはぴったりかもな。今はこれくらいの距離感が丁度いいだろ。いつかあいつらとも仲良くなりたいな。


「あ、あの……!!」


 そんな事を考えながら去っていくメフィスト達に目を向けていた俺に、一人の少年が遠慮がちに声をかけてくる。確かアルカの幼馴染だったよな。何か俺に用があるのか?


「な、仲間を助けてくれてありがとうございました!!」


 突然、お礼を言ってきたロニを見て、俺は目をぱちくりさせる。あれ?この少年も俺の事嫌ってなかったっけ?


「魔王軍指揮官だからな。魔族を守るのが仕事だ」


 俺はどや顔で言い放った。……さっき守れなかったとか言った手前、よくドヤれたな、俺。


 そんな俺を見て、ロニは微妙な表情を浮かべる。


「そうだけど……俺達は魔王軍じゃないし……」


「関係ねぇよ。俺にしてみりゃ、魔王軍に属してても、属してなくても魔族は魔族だ。そこに境界線なんてない」


「そ、そうなのか?……なんかかっこいいな」


 ロニが羨望の眼差しで俺を見つめてきた。おいおい、なんか照れるな。


「俺……魔王軍指揮官を誤解してた。村を襲った奴らと同じ人間だからって勝手にひどい奴だって思い込んでたんだ……。でも、実際は違った!!俺達が危険な時に助けに来てくれるヒーローだったんだ!!」


 ヒーロー?いやー……人間からしたら悪の組織の幹部なんだけど。小説ならどっちかって言うと、ヒーローに倒される側。まぁ、魔族から見たらヒーローか。


「それなのに憎んでたりして、本当にごめんなさい……」


 肩を落として謝るロニを見て、笑みを浮かべると、ロニの隣を指さした。


「ロニが謝る相手はそっちだろ?俺じゃない」


「え?」


 ロニが俺の指さす方へ顔を向けると、こちらを見ているアルカと目が合う。その瞬間、ロニはバツが悪そうな表情を浮かべ、アルカから視線をそらした。俺は苦笑すると、ロニの背中を優しく押してやる。こちらを見たロニに頷きかけてやると、ロニはおずおずとアルカの前に歩いていった。


「アルカ……その……ごめん!!」


 ロニは固く目を閉じ、必死に頭を下げる。


「アルカの気持ちも考えないで、お前の事、仲間とは思わないとか言っちゃって、アルカを傷つけて……本当ごめん!!……俺って最低だよな」


「そんなことないの!!」


 必死に謝るロニを見て、アルカは泣きそうな顔で首を左右に振った。


「ロニ君はアルカのことをやっぱり仲間だって言ってくれた!!アルカのことを守ろうとしてくれた!!だから全然最低なんかじゃないの!!」


「アルカ……」


「ロニ君のこと騙していたのは本当のことだし……嫌われちゃってもしょうがないって思ってたんだ」


「俺がアルカのことを嫌いになるわけないだろ!!」


 しょんぼりと眉を落とすアルカに、ロニが声を大にして否定する。危なかったな。嫌いだって言ってたら俺の拳が火を噴くとこだったぞ?


「むしろ俺の方が嫌われてもおかしくないだろ……?」


 ロニが恐る恐るアルカの顔に目をやると、アルカはニッコリと笑顔を見せた。


「ううん!!アルカはロニ君のこと大好きだよ!!」


「ほ、本当か!?」


 むっ……親の目の前でその発言とは、流石は我が娘。大胆すぎる。しかし、あのクソ研究者からアルカを守ろうとしたロニには漢気あったからなぁ。まぁ、健全な付き合いなら認めてやらんでも……。


「なら、大きくなったら俺のお嫁さんになってくれないか!?」


 気が早えだろ!!何段飛び越えてんだ、このマセガキ!!いや、慌てるな俺。子供のころのこういう約束なんて、セミよりも短命だ。例えアルカが承諾したところで何の問題もないだろう。


「それは無理なの!!」


「え?」


 え?


 想像以上にはっきり断ったアルカに俺とロニの目が点になる。


「アルカは強い人と結婚するの!!アルカよりもつよーい人!!ロニ君はあんまり強くないから結婚は無理かな!!」


「なっ……なっ……!!」


 ……お、おふ。太陽のような笑顔から氷のように冷たい言葉。ロニも言葉を失っている。


「つ、強くなればいいんだろ!?今から死ぬほど鍛えてアルカよりも強くなってやる!!」


「うーん……あんまり期待できないの」


「つーか、アルカもそんなに強くないだろ!!」


 ロニが半べそを掻きながらアルカをビシッと指さした。あー……ロニ?それは違うぞ?アルカの戦闘力は魔族の中でもトップクラスだ。


「そうだね!アルカもまだまだ強くなるの!!」


 それ以上強くなられたらそろそろ抜かされそうなんですが?勘弁してもらえませんかね?


「とにかく、今のままならロニ君とは結婚できないの!!」


「そ、そんなぁ……」


「それに……」


 アルカは俺の方に身体を向けると、嬉しそうに俺の胸に飛び込んできた。


「アルカは将来パパと結婚するの!!」


「っ!?!?!?!?」


 ロニが絶望に打ちひしがれた表情で俺とアルカを見つめる。だが、アルカは全然気にせず、幸せそうな顔で俺に頬ずりしてきた。


「……ちくしょぉぉぉぉ!!やっぱり指揮官なんて大っ嫌いだぁぁぁぁぁ!!」


 絶叫しながらロニは森へと消えていく。微妙な表情でそれを見ていた俺に、セリスがジト目を向けてきた。


「子供を泣かせないでください」


「……これって俺のせいなの?」


 困り顔で俺が言うと、セリスは呆れたようにため息を吐く。せっかく解けた誤解も、これは無駄に終わりそうだな。

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