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3.人材募集は慎重に


「はぁ……美味しかった……本当に」


 マリアさんが満ち足りた表情でナイフとフォークをお皿に置く。うん、マリアさんの言う通りマジでうまかった。ゴブ太のやつ、料理の腕がまた上がったんじゃねぇか?


「こんなにおいしいご飯は人間の世界じゃ食べたことないよ」


「魔族領の中でも美味しいお店ですよ、ここは」


 セリスが上品に口元をナプキンで拭きながら、満足そうに息を吐いた。


「つーか、すごい混みようだったな」


 俺は食後のコーヒーをすすりながら、客が減った店内を見回す。ランチタイムを終えたからなのか、来た時に比べてかなり落ち着いているけど、ピーク時はすごかった。ゴブ郎だけじゃなくて、ゴブ衛門もゴブ太も配膳に回ってたからな。


「ふ~……疲れちゃったよ~」


 俺達がゆっくりくつろいでいると、ゴブ衛門が疲れ切った顔で手に持ったお皿を俺達のテーブルに置いた。それを見て目を輝かせる女性陣。


「わぁー!美味しそう!!」


「いろんな果物が入っていますね!」


 ゴブ衛門が持ってきたのはフルーツタルト。甘いものに目がない女性を虜にするには十分な破壊力を秘めている。


「よく来てくれたな、クロ吉」


 その後ろからゴブ太もやって来た。マリアさんはゴブリン二人に笑顔を向ける。


「マリアです!クロ君の友人です!」


「ゴブ衛門だよ~」


「ゴブ太だ。よろしく」


 普通に挨拶を交わす三人。好奇の目でマリアさんを見ていた他の魔族とは違って、いつもと変わらぬ態度で接している。まぁ、こいつらは俺を最初に見た時も大した反応見せなかったしな。


「これはいただいてもいいんですか?」


「うん~。忙しくてあまりかまえなかったからねぇ~。サービスだよ~」


「本当!?嬉しい!!」


 マリアさんとセリスが歓喜の声をあげる。なんちゃらは別腹っていうけど、本当なんだな。俺は正直腹いっぱいで食べれる気がしないよ。


 幸せそうにフルーツタルトを頬張る二人を横目に、俺はゴブ太に話しかけた。


「いやいや、驚いたわ。大繁盛じゃねぇか」


「おかげさまでな!って、驚いたのはこっちの方だぞ!クロ吉の他に人間が魔族領に来るなんて!」


 普通に接してると思ってたが、ゴブ太は違ったみたいだ。三バカの中じゃ割とまともだからな、こいつ。


「てか、ゴブ衛門もゴブ郎も落ち着きすぎなんだよ!!少しは驚け!!」


「ん~でも、クロ吉だって人間なんだから、別に驚くことないでしょ~」


 唾をまき散らすゴブ太と対照的に、ゴブ郎がフルーツタルトにフォークをさす。いや、それ俺のフルーツタルトだろうが。何、普通に食ってんだよ。


「まぁ、そういうこともあるだろ」


「ないよ!人間だぞ!?」


「俺だってそうだよ」


「クロ吉はほとんど魔族だろ!」


 あっ、そっか。俺ってもう魔族だった。んなわけねぇだろ。ってか、ゴブ太が変なこと言ってるからマリアさんが気まずそうにこっちをチラチラ見てるじゃねぇか。


「あの……私はなんか悪いことしちゃったかな……?」


「あっ……いや……そういうわけじゃ……」


 眉を落としながら困った顔でマリアさんが聞くと、ゴブ太の奴がオロオロし始めた。


「ゴブ太のことは気にしなくていいよ~。バカだから」


「オイラもお前には言われたくない!!ってか、お前は何食べてんだよ!!」


 ゴブ太は眉を怒らせながら、一瞬でフルーツタルトを平らげたゴブ衛門をビシッと指さす。相変わらずこいつらと話してると先に進まねぇな。


「おい、ゴブ太。こんなにお客が来るのに他の店員はいないのか?」


「ん?あぁ、募集してるんだけどな。中々集まらないんだよ」


 ゴブ太はため息を吐きながら、かぶっていたコック帽をテーブルの上に置いた。


「仲間のゴブリン達に声をかけてみたんだけど、今は冬に備えての農作業が忙しくて……住み込みで働けるように、店の二階はオイラ達の居住スペースになってるんだけど」


「居住スペース?お前らもここに住んでるのか?」


「そうだよ~。転移魔法が使えるって言っても、いちいち帰るのはめんどくさいからねぇ~。ボーさんにも許可もらったし~」


 確かにこんなに忙しいと帰るのが億劫になるな。仕込みで夜遅くまでいなくちゃいけない時だってあるだろうし、店に泊まるのが効率的ってもんだ。ボーウィッドがいいって言ってるんなら問題ないだろ。それならこの大きさの建物も納得だ。


「それにしてもよくこんな大きな建物を建てられたな。資金的にも技術的にも」


「プロに依頼したんだ!」


「プロ?」


「そうだ!オイラ達じゃこんなにすごい建物なんて無理に決まってるからな!建築と言えば巨人族!」


 あー……そうだった。ってか、やべぇ。魔王軍指揮官としての仕事を完全に忘れていた。チャーミルの復興はとっくに終わっているみたいだし、視察に行かねぇとな。


「資金はボーさんとギー様、後はフレデリカ様が援助してくれたんだ~」


「あいつらが?……なるほど。責任感じてたのか」


 前の店はフレデリカの暴走でおじゃんになっちゃったみたいだし。そうなると俺も何かしてやった方がいいんじゃないか?


 そんな俺の考えを読み取ったのか、ゴブ衛門がのほほんとした顔で手を左右に振った。


「クロ吉はお店を出す機会をくれたんだから別に何もしてくれなくていいよ~。偶にこうやって食べに来てくれればね~」


「そ、そうだぞ!本当はあの三人も全然悪いことしたわけじゃないから最初は断ったんだけど、いい店にしてくれ、って言ってくれて……お言葉に甘える形になったってわけだ!」


 そうは言ってもなぁ……俺がセリスに目を向けると、セリスも申し訳なさそうに考え事をしている。資金援助でもいいが、今のこの店に大切なものはそれじゃないよな。


「よし!俺が新しい店員を見つけてやるよ!」


「え?」


 俺が威勢良く言い放つと、ゴブ太とゴブ衛門が驚いたような目を向けてきた。


「それはいいですね!私もお手伝いします!」


 セリスは嬉しそうに笑いながら名案、とばかりにパンッと両手を打つ。ゴブ太とゴブ郎は顔を見合わせると、おずおずとこちらに視線を向けてきた。


「それは助かるけど……頼んでもいいのか?」


「あぁ!魔王軍指揮官のネットワークを舐めるなよ!!」


 これでもいろんな街に顔出してるんだ!コミュ障だったのははるか昔の話だっつーの!これなら俺にもできる、いや!俺にしかできないはず!!


 とりあえず、今まで行ってきた街の奴らに片っ端から声をかけてみるか!


~デュラハンの場合~


「…………注文は…………?」


「わかった……すぐに持ってくる……」


「料理長……5番テーブル……フライドポテト一皿……スペアリブ一皿……」


「……待たせた……冷めないうちに食べるといい……」


「…………ありがとう……また来てくれ…………」


 愛想っ!!渋すぎんだろっ!!職人気質は飲食店に向かなすぎる!!次ィ!!


~オークの場合~


「注文者発見!!早速救助に向かう!!」


「注文を述べよ!繰り返す!注文を述べよ!!」


「機密情報により暗号で報告する!T12にMS-SPG1!!」


「持ってきたぞ!5分いないに完食せよっ!!」


「また来てくれ!!我々は諸君の入隊を心待ちにしているぞ!!」


 軍隊かっ!!入隊ってなんだよ!?T12にMS-SPG1だぁ!?12番テーブルにミートソーススパゲッティ一皿って言えやっ!!次ィ!!


~シルフの場合~


「いらっしゃいませー!って、リリ!!ハンカチ噛みながらセリス様を睨んでないでお客様を席に案内して!!」


「ご注文をお伺いしま……ルル!!料理を運びながらつまみ食いしないの!!」


「料理長!!3番テーブルに……って、蓮十郎!!お水をこぼしたからってこんな所で切腹しようとしないで!!」


「お待たせしましたー!!いや、なんでルルがお客さんと一緒に座ってるの!?なんでリリは自分のお財布をステーキにして昼ドラのヒロイン気取ろうとしてんの!?なんで蓮十郎はナイフを砥石で研ごうとしてるのぉぉぉぉ!!!?」


「はぁ……はぁ……ありがとうございました……ま……またのお越しを……お待ちしています……」


 ララが死ぬぅ!!ララの負担がやばすぎるだろ!!三バカよりも忙しそうじゃねぇか!!次ィ!!


~獣人族の場合~


「客は散らばっている。各個撃破せよ」


「客の入りが多い。回転数を上げるためにアニマルフォーゼを行使する」


「料理は出来次第、テーブルに届けよ。投擲は正確に」


「こちらにふしだらな目を向ける輩を視認。討伐する」


「ご苦労。次この店に来るまで、解散!!」


 ツッコミどころが多すぎんだろ!!まず、オークと若干かぶってんだよ!!皿を投げんな!!客に手をあげんな!!店の中めちゃくちゃになるからアニマルフォーゼすんな!!






 俺がいろんな奴に体験店員をやってもらったらいつの間にか夜になっていた。途中まで付き合ってくれていたけど、マリアさんには流石に帰ってもらったよ。次々と俺が呼んでくる魔族の連中に挨拶していて大変そうだったな……悪いことした。


 俺は脱力した様に店の椅子に腰を下ろした。


「……新しい店員を探すのって意外と大変なんですね」


 セリスも隣で困った表情を浮かべながら頭を悩ませている。


 本当だよなぁ……もっと簡単に見つかるかと思ったのに。つーか、これだけ声をかけたっつーのにまともな奴が一人もいねぇってのは、まじで魔族どうなってんだよ!


 夜の客を捌きながら仕込み作業を始めた三バカを見ながら、俺は盛大にため息を吐いた。


 良くも悪くもキャラが濃い連中が多すぎる。それに魔族の奴らってのは自分達の得意分野に関しては特化しているけど、分野が違うと不器用なことこの上ない。


 接客態度はとりあえず置いておくとして、デュラハンは一つ一つの動きが丁寧すぎる。そして、遅い。あれだと絶対にランチタイムは回せない。


 オークはマニュアルに書いてないことは一切やらない。アドリブが利かなすぎるんだよ。仕事内容をきっちり身体に叩き込めば出来るようになるかもしれないけど、何年かかるんだって話。


 シルフ……ってか、ララはいい感じだったんだけど、身体が小さくて重い料理が運べない。肉の解体作業を見て腰を抜かしてたし。ちなみに他の三人は論外ね。


 獣人族は何もかもが雑。スピードが命。料理がこぼれるなんてお構いなし。これじゃ飲食店の店員なんて無理も無理、絶対無理。


 そう考えると、まだ声をかけていない魔族の奴らに声をかけても結果は同じだろうな。そもそもあいつらにはあいつらの仕事があるわけだし、片手間で手伝っても根本的な解決になんてなりゃしない。こりゃ、マジで困った。


 あーぁ、どっかに何でもそつなくこなして暇な奴いねぇかな。接客も普通にできて、忙しいときは料理の手伝いもできて、ここに住み込みで働けるような奴。そんな理想的な労働力は……。


 …………待てよ?


 あいつならどうだ?接客態度はちょっと心配だが、多分なんでも器用にできるだろ。セリスから報告を受けた限り、牙も抜かれているみたいだしな。フェルがなんて言うかわからないけど、少なくともリスク云々の話は問題ないはずだ。大人しく言うことを聞く玉じゃないけど。


 試してみる価値はあるか。


 急に立ち上がった俺を見て、セリスが目をぱちくりとさせる。


「クロ様?」


「セリス、出かけるぞ。案内しろ」


「はい?」


 突然のことに戸惑うセリス。俺は頭の中でプランを立てながら、ブラックバーを後にした。


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