2.久々に帰省すると街は様変わりしているもの
久方ぶりのアイアンブラッド。ライガんとこの視察とか、マリアさんの事とかで忙しくて足を伸ばすことがなかったからな。
「これが魔族の街なんだね……」
リーガルが住む屋敷と魔王城、そして最近足を運ぶようになったチャーミル以外の街を見たことがないマリアさんが珍しそうに街を見渡す。その顔には驚きが広がっていた。かく言う俺も驚いている真っ最中です。
「いろんな種族の人達がいるんだね」
そうなんです。精霊族とか魔人族とか獣人族とか、色々いるんです。以前はフルプレートが無言で闊歩する、魔族領屈指のホラースポットだったっつーのに。
マリアさんと一緒になって目を丸くしてキョロキョロしている俺に、セリスが楽し気な笑みを向けてきた。
「すごいですよね。こんなに変わってしまうんですから」
「……なにがあったんだ?」
「工場でオーダーメイドの武器や防具を作るサービスを始めたんです。しかも、その武器作りを体験できたりするみたいですよ?自分好みの物が作れる、といって、今、アイアンブラッドは大人気なんです」
「まじかよ!」
コミュ障なデュラハン達がいつの間にそんな事を!?全然知らなかったぞ、俺!!なんでセリスは知ってるんだ?
「アニーさんからです。彼女は料理がとても上手なので、よく新しいレシピを聞きに行くんですけど、その時に話を伺いました」
……そうなのか。武器作りとかすっげー楽しそうじゃん。そら、人気もでるわな。子供とか大はしゃぎだろ。現にうちの娘もめちゃめちゃテンション上がってたし。
「それにしてもあいつらがねぇ……他人と関わるのが苦手な癖にな」
「クロ様の影響ですよ?……心許ないあなたを見てたら、幹部としてしっかりしなければ、って思うようになるんです」
悪かったな、危なっかしくて。結果的に街の雰囲気が良くなっているからいいじゃねぇか。
俺がムスッとした顔をしていると、隣で話を聞いていたマリアさんが俺に笑みを向けてくる。
「流石はクロ君だね。こんなにもいろんな人に影響を与えるなんて、すごいことだよ」
天使降臨。唯一無二だった俺の天使がほかの男にとられそうな今、俺の癒しはマリアさんだけだよ。
「あまりクロ様を甘やかしてはダメですよ?図に乗るだけですから」
「ふふっ、セリスさんはクロ君に厳しいね」
それに比べて俺の恋人の冷たいこと冷たいこと。少しは優しくしてくれても罰は当たらないっつーの。
「……とりあえず店に向かおうぜ」
口答えしたところで藪蛇なので、俺はおとなしくブラックバーに向けて歩き始める。そんな俺の後ろを、くすくす笑いながら二人がついてきた。
うーん……建物自体は変わってないから街の景色に代わり映えがない。でも、街を包んでいる空気が一変してる。なんつーか……生き生きしてるんだよな。
最初来たときは静かなだけの街だった。俺が魔族領に来て初めての街だったし、かなり印象的だったのを覚えてる。なんで話し声が聞こえないんだろうって。
寂しい街、ってわけじゃなかったんだけどな。どっちかというと物足りなかったって言った方が正しいかな?
でも、今は全然違う。あそこにある工場からも、そこにある武器屋からも、正面に見える見慣れない立派な建物からも、にぎやかな喧騒が聞こえてくる。
……見慣れない立派な建物?
あれ?確かここはバカ三人がやってた芋臭い居酒屋があった場所じゃなかったっけ?少なくとも、こんなに大きくてお洒落な建物はなかったはずだ。
「わー!素敵!!」
マリアさんが黒地に白い文字で『Black Bar』と書かれた看板を見て、手を口元にあてながら目を輝かせていた。俺とセリスはポカンと口を口を開けたまま、凄まじい変貌を遂げた店をただひたすら見つめている。
「……二人とも、どうしたの?」
そんな俺達を見て、マリアさんが不思議そうに首を傾げた。
「いえ……あまりにも前とは違ったもので……」
「……俺の知っている店じゃない」
こんなシャレオツな店、俺は知らない。こんな所、初見だったら絶対に緊張して入れないわ。
「と、とりあえず中に入ってみようか?」
「そ、そうですね」
「楽しみだなぁ!」
アンティークを思わせる装飾の施された扉に手を伸ばし、思い切って開いてみる。
…………どこ、ここ?
木の机と椅子、それにしみったれたカウンター席しかなかったブラックバーはもうない。奇麗に整列されたテーブルは、明らかに高級感にあふれている。天井にはいくつものファンが店の中の空気を循環させるべく、一定のリズムを刻みながら回っていた。
壁紙は落ち着いた雰囲気を醸し出すためか、シックな焦げ茶色で統一されており、観葉植物もそこかしこに置かれている。
結論、ここはブラックバーではない。
様々な種族で埋め尽くされた店内を見ながら、俺は途方に暮れていた。
「こんなにお洒落なお店がクロ君の行きつけのお店なんだ!」
俺がゼンマイ仕掛けの人形のようにギギギッと首を動かすと、マリアさんが興奮した面持ちで見えを見渡している。その隣では俺と同じような顔をしている秘書が一人。
そんな入り口で突っ立っている俺達を、あくせく働いていたゴブリンが目に留めた。
「あっ!クロ吉でやんす!!久しぶりでやんすー!!」
その言葉に反応した店の中にいる魔族が一斉にこちらに目を向ける。……やべ、マリアさんがいることをすっかり忘れてた。人間のマリアさんがこんな所に姿を現したら大混乱必至だぞ、これ。どうしよう。
焦りまくっている俺とは裏腹に、魔族達は笑顔で俺に頭を下げると、興味深げにマリアさんを観察するだけだった。これは予想外の反応。
「……言ってませんでしたか?魔王様から、自分の治める住人達にマリアさんの事を説明しておくように、と各幹部に通達が出ていました」
まだカルチャーショックから抜け出せないのか、気持ちのこもらない声で俺に告げる。聞いてねぇぞ、そんなこと。まぁ、フェルがそういう根回しをしてくれたことには感謝するけど。
「食べに来てくれたでやんすか!って、この人が噂の人間でやんすね!!」
ゴブ郎が両手に巨大な皿を持ったままこちらにやって来た。マリアさんがいつものように慌てて頭を下げる。
「初めまして!マリアって言います!!」
「ゴブ郎でやんす。厨房にゴブ太とゴブ衛門がいるでやんすが、申し訳ないでやんすが、ちょっと今は手が離せないでやんす。あと、優遇したいでやんすが、この混みようだとちょっと厳しいでやんすね」
「あぁ、気にすんな。忙しそうみたいだし、適当に席が空いたら座るから、ゴブ郎は仕事に戻ってくれて構わねぇよ」
その手に持ってる料理が冷めないか気になって仕方ない。とりあえずそれをお客さんに持っていってやれ。
「わかったでやんす!料理はサービスするから、注文するとき呼ぶでやんす~!」
早口でそう言うと、ゴブ郎はそそくさとテーブルの間をかけていった。セリスを前にして照れることなく一生懸命だったな。なんかあぁやって必死に働いている姿を見ると、身につまされるような気持になる。……ゴブ郎のくせに。
俺は店に来ている客に話しかけられながら、二人と一緒に席が空くのを大人しく待った。