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6.敗者

 大聖堂の最前列で手を組みながら座っていたシンシアの目の前で、沈黙を貫いていた扉がゆっくりと開いた。それを見てシンシアが慌てて立ち上がる。扉の中からは、入った時よりもかなりボロボロになったフローラが笑みを浮かべながら出てきた。


「ただいま」


「お、お帰りなさい!フローラさん!!」


 シンシアは目に涙を浮かべながら駆け寄り、フローラの身体に抱きつく。


「シ、シンシア……気持ちは嬉しいんだけど、先に回復してくれないかしら」


「あっ、すいません!!」


 顔を赤らめながら離れると、シンシアは回復属性の魔法陣を組成した。見る見るうちに塞がっていく傷を見ながら、フローラはホッとした様に息を吐く。


「ふぅ……まったく、趣味の悪い試練だったわ」


「どんな感じだったんですか?」


「どうもこうもないわよ。ただひたすら広大なだけの迷路。歩いているだけで気が狂いそうだったわ」


 フローラが顔をしかめながら、近くにある長椅子に腰を下ろす。


「気が狂いそうな迷路ですか……想像がつきませんね」


「あれは実際に体験した人しかわからないわね。歩いているのに右も左もわからなくなるのよ。自分が進んでいるのか、戻っているのかすら全然把握できないわ」


「そんなことになってしまうんですね……恐ろしいです」


 シンシアも暗い面持ちでフローラの隣に座った。


「それでも、最後に控えていた敵に比べれば全然ましだったわ」


「最後の敵?」


 シンシアが首を傾げながら尋ねると、フローラは忌々しそうに今出てきた扉を睨みつける。


「己の中にいる最大の敵とはよく言ったものね。……本当に最悪だったわ」


「……迷路の先にはどんな相手が待っていたんですか?」


「私の兄さん」


 フローラがさらりと告げると、シンシアはハッと息をのんだ。そんなシンシアを見て、フローラは優しく笑いかける。


「大丈夫よ。心配してくれてありがとう。どんな形であれ、兄さんにまた会えたんだからよかったのかしら?……結局、戦うことになったけどね」


「そうなんですか……」


 シンシアがスッと顔を伏せた。兄を失ったのがつい先日のこと。なんとか立ち直り始めたというのに、この仕打ちはあまりにも残酷すぎる。その戦いの結末など、シンシアに聞けるはずもなかった。


 そんなシンシアの心境を察したのか、フローラは小さく笑うと、腕をあげ、自分の手の甲をシンシアに見せる。


「そ、それは……!!」


 そこには十字に組まれた黒い紋章が刻まれていた。その紋章にシンシアは見覚えがある。勇者の試練を終え、晴れて勇者となったアベルが国王に謁見した時に見せていたモノと一緒であった。


「じ、じゃあ!!」


「えぇ、なんとか勇者ってやつになることができたわ」


 興奮気味のシンシアに満面な笑みを向けるフローラ。


「何か変わったこととかあります!?」


「変わったこと……そうねぇ。前とは比べられないくらい自分の中に力を感じることね。あと、暖かな魔力も身体中をめぐっているわ。これが聖属性魔法なのかしら?」


「聖属性魔法……確か、魔法陣によらずに魔法を放てる強力無比な力ですね」


「そうよ。……この魔法さえあれば、なんだってこなせる気がするから不思議だわ。ある意味怖いわね」


 そう言いながらフローラは肩をすくめる。この力を知ってしまった今、日に日に慢心していった兄の気持ちが少しだけわかった気がした。だからこそ、自分はこの力に驕らないことをフローラは強く胸に刻む。


「無事に戻ってきたようだな。そして、新しい勇者に祝福を」


「リーストさん!!」


 突然声を掛けられ、完全に気を抜いていたフローラは慌てて姿勢を正した。


「その若さで勇者の力を授かるとは、貴殿の兄、アベル殿と同じだな。お父上もさぞ誇らしいだろう」


「そう……ですね。はい」


 感心した様にうんうん、と頷くリーストを見ながらフローラは微妙な表情を浮かべる。二人の父であるダビド・ブルゴーニュが、好き放題、やりたい放題していたアベルを誇らしく思っていたか、正直のところ疑問であった。


「今、フローラ殿の身体に流れているのが勇者の力……魔を滅する聖なる力である。それは、いかなる魔法にも劣ることはないとされている」


「魔法に劣らない?」


「うむ。二人は属性魔法の優劣については学園で学んだか?」


 リーストの言葉に二人が頷いて答える。


「基本属性の火、水、地、風。それに派生属性の雷、氷を加えた六種類の属性魔法には、それぞれ優劣があるってことですよね?例えば、火は水に強く、風は地に強い」


「水、火、氷、風、地、雷、水……という感じに属性の優劣は回っている、と教わりました」


「その通りだ。二人とも、よく授業を聞いているみたいで感心した」


 スラスラと答える二人を見て、リーストは笑いながら頷いた。


「聖属性魔法はその属性の輪廻から超越した存在。それゆえにどの属性魔法よりも有利に立つことができる。それどころか、枠にとらわれない魔法であるため、身体強化(バースト)に類似した効果を得たり、空中を自由に飛んだり、様々な事が可能になる」


「そ、そんなことまで出来るんですか?」


 規格外の効果にフローラもシンシアも驚きを隠せない。


「だが、聖属性魔法が使えるのは勇者の力を授かりし者だけ。だから、聖属性魔法を誰かに教わることは不可能と言っていい。己の研鑽だけがその力を昇華させる。それはわかっているかな?」


「はい。日々、聖属性魔法の練習は欠かしません」


「それでいい」


 真剣な表情を向けてくるフローラに、リーストは満足げな笑みを浮かべる。


「とにかく、今は新たな勇者の誕生を喜ぼう。おめでとう」


「ありがとうございます!」


 若干、頬を赤く染め上げながらフローラが元気よくお礼を言った。リーストはゆっくりと首を縦に振ると、試練の扉の方に目を向ける。


「さて、もう一人の勇者殿はどうなっているかな?」


「レックスさんなら大丈夫です!必ず試練を乗り越えて帰ってくるはずです!」


「そうですよ!あいつは私なんかに比べてはるかに勇者が似合う男なんですから!!」


 シンシアが威勢よく答えると、フローラもそれに続いた。


「なるほど。それなら期待───」


 ギーッ……。


 リーストの言葉を遮るように、試練の扉が無機質な音を立てて開く。三人の視線が同時にそちらへと向いた。


「レック……」


 歓喜の声をあげたフローラの表情が凍り付く。そこから出てきたのは、試練に挑む前とは比べられないほど見るも無残に傷ついたレックスであった。レックスは扉を跨ぐと、崩れるようにその場に倒れ込む。


「レックス!!」


「レックスさん!!」


 二人が慌ててレックスに駆け寄った。リーストも後ろから心配そうにレックスを覗き込む。


「シ、シンシア!!は、早く回復魔法を!!」


「は、はい!!」


 急いで魔法陣を組成しようとするシンシアの腕を、地面に倒れたままレックスは掴んだ。


「レ、レックスさん!?」


「……わ、悪い……フローラ……ダメだった……」


「そ、そんなことどうでもいいわよ!とにかく傷を!!」


 フローラはオロオロしながらレックスを見やる。だが、レックスはシンシアの腕を握りしめたまま離さなかった。


「勝てなかった……やっぱりあいつに勝てなかった……」


「レ、レックス……」


 フローラはレックスを支えながら、チラリと手に目をやる。そこにはあるはずの選ばれた者の証はなかった。


「勝てなかったんだ……俺は……」


 自らを虐げるかのような声音。悔しさがこちらに伝わってくるほど震えた肩。何も言うことができないフローラとシンシアに見守られながら、レックスは目の前が真っ暗になっていった。


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