5.諦観
俺は懐かしい親友の姿を見つめる。俺らの年代では平均的な体格、醸し出される雰囲気、面倒くさげな佇まい、全てが俺の知っているあいつのモノだった。だが、あいつではない。魔王軍指揮官の正体があいつにしろ、本当にあの魔王に殺されているにしろ、こんな所にいるわけがないんだ。
「……ボスの登場ってわけか」
「ボス?何言ってんだ、お前」
話し方もあいつそのもの。ここまで精巧に偽物を作る魔法があるのか。だとすると、例の指揮官の正体はこれと似た魔法で作り出された可能性も考えられる。
俺は悠々とその場に立つクロムウェルを静かに観察する。
服装は林間学校の時と同じだ。と、いうことは俺が最後に見たあいつの姿ってわけだな。つまり、俺の記憶を投影する魔法ってところか。もうなんでもありだな、勇者様は。ここを作ったのが本当に勇者アルトリウスなのかは知らんが、もし違ったとしても、それに匹敵するぐらいの実力者であることは間違いない。
「なに、黙りこくってんだよ」
俺が考えを巡らせていると、クロムウェルが訝しげな表情を向けてきた。俺の記憶を元にしてるって事なら、この本人と変わらない態度も頷ける。
「いや、なんでもねーよ。大したことじゃない」
そう答えながら俺は魔力を滾らせた。益々怪訝な表情を浮かべるクロムウェル。こいつが相手なら最初からフルスロットルで行く。
「なんだよ?いつもみたいに鍛錬に付き合えってか?」
「いや、そうじゃない」
俺は四重の魔法陣を自分の身体に組成した。俺の最上級身体強化を見ても、クロムウェルは特に驚いた素振りはない。俺は息をゆっくりと吐きだすと、身体に力を込めた。
「お前を倒しに来たんだ」
「……ふーん」
至極つまらなそうな声。俺はそれを聞きながら、思いっきり地面を蹴る。頭の中にあるのは一つ。目の前にいる男を超えることだけ。
「俺を倒す、ねぇ……」
猛スピードで眼前まで迫った俺を、クロムウェルはしっかりと視界に捉えていた。
「お前が勝てんのか?」
「……勝つさ」
俺の右ストレートを、一瞬で身体に二種最上級身体強化を施したクロムウェルが軽々と受け止める。流石は魔法で作られた部屋、俺とクロムウェルを中心にかなりの衝撃が広がったっていうのに、ビクともしないな。
これなら思う存分暴れられる。
俺は身体を捻らせ、クロムウェルの顔面に蹴りを放った。それをクロムウェルは涼しい顔で腕を構え、難なく防ぐ。それは織り込み済みだ。
「“飛び交う岩槍”!!」
攻撃を加えながら魔法陣を組んでいた俺は、そのままの体勢で上級魔法をぶちかます。空中に現れた鋭い岩の槍達が、クロムウェルを目指して解き放たれた。だが、ほとんどゼロ距離で放たれたにもかかわらず、それらは虚しく空を切り、部屋の壁へと突き刺さる。
「転移魔法かっ!!」
即座に部屋を見渡し、隅っこに立っているクロムウェルの姿をとらえるや否や、俺は魔法陣を組成しながらそっちに向かっていった。この転移魔法が厄介なんだ。俺がどんなに素早く動いたとしても、クロムウェルは一瞬で遠くに移動してしまう。まじで手が付けらんねーよ。あんな難解な魔法陣を瞬時に構築できるこいつの魔法陣の腕がおかしいって言ったらそれまでだけどな。
「いつの間に最上級身体強化なんか、身に付けてたんだよ。相変わらずの天才っぷりに鼻くそほじりたくなるわ」
「お前には言われたくねーよ。”燃え上れ炎刀”」
俺は両手に炎でできた剣を構え、クロムウェルに斬りかかる。クロムウェルはしっかりと俺の動きを見ながら、俺の振るう剣を躱していった。
とにかく、今のままじゃ話にならない。こいつの身体強化は後二段階パワーアップするからな。四つも最上級身体強化を身体に組み込めるとか、俺はこいつを人間とは認めたくない。こちとら、一つの最上級身体強化をヒーヒー言いながらマスターしてるっていうのによ。
「今日はえらく好戦的だな。なんかあったのか?」
クロムウェルがドッジボールの球を避けるみたいにひょいひょい動きながら、俺に話しかけてきた。たく……俺はこんなに必死に斬りかかってるのに、こいつにとっては子供の戯れと変わらないって感じか。
「お前を倒して勇者になるんだよ」
「勇者に?お前が?」
クロムウェルがなぜか楽しそうに笑う。そのまま流れるように転移魔法を発動し、俺から距離をとった。
「ついに主人公としての自覚が芽生えたか……勇者レックス、結構じゃねぇか」
「いつも通りわけが分からねーな、お前は」
俺は魔法陣の発動を止め、両手の炎剣を消した。そして、即座に魔法陣を組成する。クロムウェルは俺の魔法陣を興味深そうに眺めていた。
「“突き出ろ土壁”」
俺とクロムウェルの左右に天井まで届く土の壁が出現する。ついでに、魔法城壁も重ね、転移魔法による脱出も封じた。これなら、俺の魔法を受ける以外に道はないだろ。
「行くぜ……”死を運ぶ海のギャング”!!」
手を前に突き出し、最上級魔法の魔法陣を発動させる。俺の魔法陣から生まれた水でできた三匹の巨大なサメが、クロムウェルに牙を突き立てるべく、向かっていった。
「水属性の最上級魔法まで使えるようになってるとは……お前の成長速度は産まれたての赤子並みだな」
そう言いながら、クロムウェルはゆっくりと手を前にかざす。
「“炎を灼き尽くす炎”」
そして、息を吐くように最上級魔法を唱えた。その瞬間、部屋の中が凄まじい熱気に包まれる。クロムウェルの魔法陣から放たれた炎の奔流は瞬く間に俺のサメを焼き尽くし、水蒸気へと帰した。
「……劣勢属性の魔法で打ち消すか」
「まぁ、覚えたての最上級魔法ならこんなもんだろ」
……やっぱりこいつの魔法陣の腕は尋常じゃない。魔法戦は分が悪いってレベルの話じゃねーな。
クロムウェルは軽く肩をすくめると、俺に向かって突進してきた。完全に攻守が逆転する。雨あられと降り注ぐ攻撃を前に防戦一方の俺を見ながら、クロムウェルが声をかけてきた。
「勇者になるんだっけか?」
「それがどうした?」
拳が重い。ほとんど感覚で防いでいるが、一発でも貰えば致命傷は避けられないだろう。とにかく今はチャンスをうかがうしかない。
「勇者ってのは悪者をやっつけるヒーローだ。どんなに強い奴が相手でも、負けることは許されないんだよ」
「……何が言いたい?」
クロムウェルは俺に攻撃を加えながら、更に二つの最上級身体強化を己の身に刻んだ。
「心の中で俺なんかに敵わないって思ってるお前が、勇者になんてなれるのか?」
急激に強化されたクロムウェルの拳が、交差させた両腕のガードもろとも俺の身体を吹き飛ばす。そのまま俺は部屋の壁にしこたま叩きつけられた。
「がはっ!!」
一瞬呼吸ができなくなったと思ったら、すぐに口の中に鉄の味が広がる。身体に力が入らず、俺は壁伝いにズルズルとずり落ちていく。
……ここまで力の差があるのか。少しは強くなったと思ってたんだけどな。勝てるビジョンが全く見えない。
いや、それは違うな。それは勝とうとしていた奴のセリフだ。クロムウェルの言うとおり、俺は戦う前からこいつに勝てるなんて微塵も思っていなかった。偉そうにお前を倒しに来たとか言ったのは……ただの強がりだ。
ぼやけた視界に、こちらへと鋭い視線を向けるクロムウェルの姿が映る。
「立てよ、レックス。みんなを守るかっこいい勇者様になりたいんだろ?」
俺はうなだれるように顔を下に向けると、力の入らない身体で、グッと拳を握りしめた。