3.迷宮
扉の中は完全なる闇が支配していた。辛うじて見えるのは土色の壁。空間を遮り、いくつもの細い道をかたどっている。
「フローラ」
試しに名前を呼んでみても反応は無し。やっぱり隔離されているか。入った瞬間、転移魔法に似た感覚に襲われたからな。まっ、複数人が協力して挑める試練ってわけにはいかないか。
とりあえず壁に手をつけて先へと進んでみることにする。リーストさんは迷路だって言ってたけど、どれくらいの規模かもよくわからない。
とにかく前へと進んで行く。分かれ道で迷ってる暇なんてない。そんな事してたら一生ここから出れないだろ。
しばらく歩いて気づいた方がある。この空間、魔力が満ちているんだ。しかもかなり高濃度の。ってことは、この迷路自体が魔法ってことになるのかな。これほどの魔法は見たことがない。あいつでも難しいんじゃないか?それだけ勇者様が桁違いだって事だ。
それにしても、なんだって勇者様はこんなものを用意したんだ?本当に試練のためか?……そんなわけないだろ。自分が死んだ後にその力を託し、誰かに魔王を倒してもらうなんて、勇者のやる事じゃない。俺が勇者だったら、こんな事に力を割かずに、全力で魔王をぶっ飛ばす。
……考えても答えが出るようなもんじゃねーな、これは。
俺は迷路について考える事をやめ、ただひたすらにゴールを目指す。
片手を壁に添え、右足と左足を交互に出していく。まさに作業。そこに他の意思が介入する余地はない。
目に映るのは無機質な壁だけ。罠もない。魔物も出てこない。この空間には何もない。
時間の感覚など、とっくのとうに失った。それどころか方向感覚も完全に麻痺している。前に進んでいるのか、後退しているのかそれすらわからない。
無心で足を動かすだけの存在。ここにずっといたら、生きていることすら忘れそうになる。
こうよく分からない暗い道を歩いていると、あのバカと探検した遺跡を思い出すな。
自分達の住んでいる村の近くにあった名もなき遺跡。まだガキだった俺達は大人の忠告も無視して意気揚々とその遺跡に潜り込んだんだ。
当然のように迷子になった。遺跡から出れないかもしれないという不安と暗闇から何かが襲いかかってくるかもしれないという恐怖。俺はずっと半べそをかきながらクロムウェルの後についていた。
あいつは泣いていなかったな。絶対大丈夫だレックス!必ず村に帰れる!そう言って、ひたすら俺の前を歩き続けた。
あの頃からだったか?俺があいつに負けたくないって思い始めたのは。
それまではただの悪友、仲良しの幼馴染って感覚しかなかった。当時はまだ魔法陣も覚えたてで俺とあいつに差はなかったし、他の事は全て俺が勝っていた。
それでも、暗い遺跡の中で歯を食いしばりながら歩くあいつを見て、敵わないと思った。
そして、俺があいつに挑み続ける日々が始まる。あいつはいつの間にか魔法陣の腕に磨きをかけ、俺じゃ手が届かない所に行っていた。それが悔しくて悔しくて、俺は自分を鍛え続け、あいつにぶつかっていった。それでも、俺はあいつに勝ったことが一度もない。
クロムウェル……お前はあの時からずっと俺の前を歩き続けているんだな。
魔王軍指揮官、クロ。フローラの兄である勇者アベルを破った男。
そんな事はどうでもいい。
それが俺の知っている親友なのだとしたら、俺は挑まなくてはならない。
いつの日かあいつの横に俺が追いつくその日まで───。
「……ん?」
不思議な感覚に襲われる。まるで誰かに手を引かれているような感じ。
「これは……リーストさんが言っていた勇者の声ってやつか?」
確か、それを聞かない奴は絶対に迷路を抜けられないんだったか?ならこいつに逆らわずに進んでいけば……。
引かれるままに進んで行くと、今まで歩き続けてきたのが嘘のように、あっさりと広い場所に出た。迷路の壁と同じ素材で作られた真四角な部屋。恐らくここがゴールだとは思うけど、何もない。リーストさんの話なら、ゴールにはボスが待ってるって事だったけど、どぎつい魔物でも飛び出してくるのか?
俺はいつでも魔法陣を組成できるように準備をしながら、部屋の中を歩く。ちょうど部屋の中心に来たところで、突風が吹き荒れた。
俺が腕で自分の顔をかばいながら、様子を伺うと、天井から光の球がゆっくりと落ちてくる。それは目も絡むような閃光を撒き散らしながら、何かを形作っていった。
なるほど、あの光の球がボスだって事ね。さて、と。一体どんな魔物に変身するのやら。
光がゆっくりと収束していく。そこに現れたモノを見て俺は大きく目を見開いた。
───そこには己の中に潜む最大の敵が待ち受けている
俺の中にいる最大の敵。なんとしてでも倒したい相手。
俺の目の前で気怠そうな目をした黒髪の男が頭をかきながら、退屈そうに大きく欠伸をしていた。