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21.一人で思い悩むなら暗い部屋で

 フレデリカが俺達のもとに尋ねて来てから、マリアさんは飛躍的に魔法陣の腕が上がった。その前も手を抜いていたわけではないはずなのに、なにが起こったんだろ。理由はよくわからないけど、フレデリカのおかげではないはず。


 そんなわけで、今日は転移魔法の最終試験。これさえ上手くいけばやっと話を進められるってもんだ。


 朝食を終え、後片付けを済ませると、セリスはリーガルの屋敷へと転移していった。マリアさんが魔族領で行ったことがあるのは、魔王城を除いてそこだけだからな。ここからセリスの部屋に転移して、セリスと一緒に戻ってくるっていうのが試験内容だ。


「さて、と。じゃあ、ぼちぼちやってみようか」


「はい!!」


 やる気満々の様子で返事をすると、マリアさんは意気揚々と中庭へと出ていく。これまでの転移魔法の出来を考えると、問題なくいけるはず。


 俺が一つ伸びをしてマリアさんの後を追おうとすると、隣に座っていたアルカがぴょんっと元気よく椅子から飛び降りる。


「アルカも出かけまーす!!」


「ん?今日はどこに行くんだ?」


「へっへー!秘密!!」


 秘密を抱える歳になってしまったのか。娘の成長に若干の寂しさを感じていた俺だったが、アルカは気にせずどこかへさっさと転移してしまった。辛い。


 っと、落ち込んでいる暇はなかった。早くマリアさんの所に行かねぇとな。


 俺が中庭へと出ると、マリアさんは中央で集中力を高めていた。俺はゆっくりと近づき、声をかける。


「マリアさん準備はいい?」


「……はい。準備オッケーです」


 緊張感の帯びた声色。それでも、顔には確かに自信が浮かんでいる。これなら大丈夫だ。


「一応確認しておくけど、最終試験はリーガルの屋敷にいるセリスの所まで転移して、ここに戻ってくること。それも一分以内に」


「はい」


 マリアさんが硬い表情で頷いた。もっとリラックスしていいのに。失敗しても死んじゃうわけじゃないんだし。


「マリアさんの好きなタイミングでいいよ。魔法陣を組成し始めたら時間を計測するから」


「わかりました」


 マリアさんは目を瞑り、大きく息を吸い込み、深呼吸をする。おそらく、精度的には問題ないだろうね。マリアさんは魔法陣を丁寧に組成するから、練習段階でも転移場所のズレはほとんどなかったし。

 問題は時間だ。ぶっちゃけ、戦闘で使うんじゃわけでもあるまいし、時間を制限する必要はないんだけどね。ただ、こうやって追い詰められた状況で正確に転移できれば、転移魔法をマスターしたって言えるからな。


「……いきます」


 その言葉と同時に、マリアさんは転移の魔法陣を構築し始める。おっ、結構いいペースなんじゃないか?十秒足らずで魔法陣の構築が終わったぞ。


 魔法陣が発動し、マリアさんが中庭からいなくなる。これは心配なさそうだな。


 マリアさんがいなくなってから十数秒、中庭に二つの転移魔法陣が浮かび上がり、次の瞬間にはマリアさんとセリスが現れた。マリアさんはキョロキョロと周りを見渡し、見知った中庭であることを確認するとほっと息を吐いたが、すぐに俺の方に詰め寄ってくる。


「ク、クロ君!!どうだった!?」


「……タイムは26秒。合格だよ。素晴らしい早さだね」


「本当っ!?やった!!」


 俺が笑顔で答えると、マリアさんがその場で飛び跳ね、身体全体で喜びを表現した。セリスも穏やかな笑みを浮かべる。


「マリアさん、おめでとうございます」


「ありがとう!!セリスさんのおかげだよ!!」


 マリアさんは感極まって目に涙を浮かべながらセリスに抱きついた。少し驚いてるみたいだったけど、セリスはマリアさんの肩をポンポンと優しく叩きながら、俺に視線を向けてくる。


「マリアさんも転移魔法を使えるようになったことですし、これからどうするかそろそろ話してもらってもよろしいですか?」


「ん?そっか、まだ話してなかったか」


「そうだね!私も気になるよ!」


 マリアさんがセリスにくっつきながら、期待の込めた目でこっちを見てきた。そんな大したことじゃないんだけどな。上手くいくかも正直不安だし。


「とりあえず、ある人に会わないといけないから、そこに向かいながら説明するよ」


「ある人……ですか。それは誰ですか?」


 まったく心当たりがないセリスが訝しげな表情を浮かべる。そんなセリスに、俺は不敵な笑みを浮かべた。


「アウトストリートのまとめ役、マルクさんだよ」



 王都マケドニア第四地区。一般階級の者が住まうこの地に、不釣り合いな程巨大な屋敷が存在した。

 その屋敷の長は、商人として大成し、王から貴族として認められたというのに、貴族の住まう地に暮らさず、昔からの場所に居を構え続ける変わり者。


 その者の名はブライト・コレット。貴族嫌いで、コレット商会の大頭取。莫大な財をなし、豪邸を築いた今も質素な生活を続ける倹約家でもある。

 他の貴族とは違い、自分の地位を鼻にかけることはせず、どんな相手にも平等に接する人柄は好感を集め、マケドニアの住人達からは信頼を勝ち取っていた。


 そんな貴族らしくない貴族のブライトであったが、普段は昼夜問わず商売に精を出しているというのに、今は暗い応接間で一人、ソファに座り思い悩んでいた。


 部屋には照明魔道具があるというのに、一切起動しようとはしない。この部屋に籠ってから三時間。ブライトは膝の上に腕を乗せ、両手を口に添え、ひたすら虚空を見つめていた。


 コンコン。


 両開きの豪華な扉をノックする音。それまで微動だにしなかったブライトの身体が、ビクッと反応する。ブライトがゆっくりと目を向けると、白髪の老人が部屋へと入ってきた。


「旦那様」


「セバス、挨拶はいい。とにかく報告をしてくれ」


「かしこまりました」


 コレット家の執事、セバスは恭しく頭を下げると、早速報告を開始する。


「マリア様は馬車を乗り継ぎ、大陸を北上していったようです。最後にマリア様と話した者空の情報では、フレノール樹海に向かったと」


「フレノール樹海……」


 ブライトは自分の胃がキュッと締まるのを感じた。フレノール樹海は《欲望の街・ディシール》の周りにある魔物の巣窟。そして、そのディシールは最近魔族の街だと判明した場所。そんな場所に一人で向かったということは、理由は定かではないにしろ、目的地は明確だった。


「魔族領に向かったのか」


「……恐らくは」


 ブライトの心に絶望の波が広がる。勇者が魔族の街を強襲したことで、魔族とは緊張状態にある、というのが自分達人間の共通認識だった。その影響でつい先日起こった魔物暴走(スタンピード)も、魔族の仕業だとまことしやかに噂されていたのだ。最近、台頭してきた魔王軍指揮官がそれを否定するために助力に来たようだが、それさえも魔族の罠だと考える者も少なくない。


 そんな危険な敵がいる地に自分の娘が向かった。それは考えうる限り最悪な状況であった。


「ご苦労、さがっていいぞ」


「旦那様……マリア様は……」


「すまない、セバス。……少しの間、一人にしてくれ」


「…………かしこまりました」


 セバスは悲痛な表情を浮かべながらお辞儀をすると、応接室を後にする。一人、残されたブライトは大きくため息をつくと、、両手で自分の頭を抱えた。


 どこで間違えてしまったのだろうか。妻を失った時から自分の歯車は狂ってしまった。


 当時はまだしがない商人だった自分は、潤沢な資金などなく、その日食べていくのがやっとの状態であった。それでも愛する妻と、可愛い娘に恵まれ、幸せな日々を過ごしていた。


 商品を売ることよりも早く帰って家族に会うことが楽しみな毎日。安定した生活など望めもしないが、それでもその生活にブライトは満足していた。


 そんな彼に突如見舞われた不幸。最愛の妻が重い病に侵された。魔力が身体からどんどん漏れ出していき、やがて死に至るという難病。治癒するには一握りの最高位の治癒魔法陣士に頼むしかない。それでも、生き残る確率は十パーセントを切る。


 それでも彼は諦めなかった。妻の病気が分かるや否や、城に常駐するという名高い治癒魔法陣士に直談判をしに行ったのだった。


 だが、ダメだった。治療を受けるには資金が圧倒的に足りなかった。


 涙を流し、地に頭をこすりつけて頼み込んだところで門前払い。その治癒魔法陣士に会うことすら叶わない。貴族ではない彼を城にいる貴族達はゴミを見るような目を向けた。


 そして、彼はあっけなく失う。この世で最も大切なものの一つを。


 その日から彼は変わった。この腐った世界で一番力を持つものは金だ、と。その金を得さえすればどんな願いも叶うのだ、と。


 毎日、摩擦で火が出るほど頬ずりをしていた娘とのスキンシップは一切なくなり、何かにとりつかれたように働き続けた。身体を酷使し続けて血を吐いたこともある。それでも彼は止まらなかった。止まれなかった。


 そんなことを続けているうちに、いつの間にか彼は商人のトップに立つ。その辺りで幅を利かせている貴族などとは比べられないほどの巨万の富を築いた。


 だが、それで得られたのは虚しさだけであった。


 金を貯めるために必死に働いていた彼は目的を見失う。それもそのはず。目的など、最初からなかったのだ。ただ単に妻を失った悲しみを埋めるために、がむしゃらに悪あがきをしていただけだから。


 日に日に成長していくマリアに、死んだ妻の面影を見るのも辛かった。親子だから似ているのは当然で、喜ばしいことではあるのだが、ブライトにとっては、古傷を抉るだけのことでしかなかった。


 だから、マリアをマジックアカデミアへと入学させたのだ。妻の幻影から逃げ出すために。


 そんな弱い心のせいで、再び自分は大切なものを失おうとしている。何という愚か者であろうか。


 ブライトは俯いたまま、怒りに任せて目の前の机に己の拳を叩きつけた。


「……随分と虫の居所が悪そうだな。これは出直した方がいいか?」


 自分以外誰もいないはずの応接室で自分以外の声が聞こえる。ブライトはバッと顔をあげると、声のした扉の方へと目を向けた。


「ごきげんよう。コレット家当主、ブライト・コレット」


 そこには紺の仮面をつけ、黒いコートに身を包み、腕を組みながら壁に寄りかかっている男の姿があった。

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