18.どんな願いもかなえてくれる猫型ロボットはやっぱり偉大
「うーん……それは厳しいね」
俺の目の前でこめかみをぐりぐり指で押し付け、うーんと唸り声を上げながらフェルは眉を寄せた。
アルカとの朝の特訓を終えると、セリスとマリアさんが近づいてきて今後の話をしてくれたんだけど、まさかの魔族領に残りたい発言。アルカは嬉しそうだったけど、俺はまじで驚いた。だって、マリアさんがここにいる利点って何一つないだろ。いや、俺も別にあるわけじゃないんだけどさ。
そんなわけで、戸惑いながらもフェルのところに来たら、ここでも驚かされた。フェルの事だからてっきりイケメンスマイル付きの二つ返事でOKすると思ってたのに。
俺は難しい顔をしているフェルに目を向ける。
「……勘違いしないでね。別にマリアの事が嫌いだからそう言ってるわけじゃないよ」
「そんなんはわかってるよ。ただ理由が気になってな」
正直、マリアさんがここにいてもフェルになんら影響はない。絶対に無いけど、マリアさんがフェルの寝首をかこうとしたところで、無理な話だしな。
「マリアの父親が必死にマリアの行方を探しているからだよ」
……なるほどな。そう言う事ね。
「お父さんが?」
マリアさんが驚きを隠せない声でフェルに問いかける。いや、驚く方がおかしいでしょ。子供がいなくなったら、親は死に物狂いで探すもんじゃ無いの?俺には親がいないからよくわからないけど、少なくともアルカがいなくなったら何もかも投げ出して探す自信がある。
フェルがマリアさんの顔を見ながらコクリと頷いた。
「そうだよ。マリアが魔王城にいるって知れば、なりふり構わず突貫してくる勢いでね」
「……それは困っちまうけど、そう簡単にバレるもんかね?こっちは魔族領にいるんだぞ?」
「商人の情報力を甘く見ない事だね。特にコレット商店はそれら商人を束ねる親元みたいなもの。総力を挙げてマリアを探せば、いずれ知られることは間違いない」
そうだった。マリアさんは大商家の一人娘だった。あの学校にはレックスみたいにズバ抜けた才能でもない限り、普通の家で生まれた奴はいないんだよな。俺は巻き込まれただけだから例外中の例外。
「魔物暴走といい、コレット家といい、相変わらずあっちの世界のことをよく調べてるんだな」
「僕だっていつも遊んでいるわけじゃないんだよ?アーティクルでのクロの報告に気になる事があったから、以前よりも慎重に調査してるってわけさ」
アーティクルでの報告……コンスタンのおっさんとフローラさんの親父さんが話してた事か。勇者の件は片がついたから古代兵器の方だろうな。その辺はノータッチだからフェルに任せる。
「そういうわけで申し訳ないけどマリアが魔族領に留まることは認められないな。下手したら魔族と人間の戦争にもなりかねないからね。ここで暮らせる人間はいなくなってもそれほど騒がれない可哀想なぼっちじゃないとダメなんだ」
おい。それは誰のことだ、こら。
「そうなんだ……それならしょうがないね」
明らかに気落ちしたように肩をすくめるマリアさん。なんでそれほどまでに彼女が魔族領に残りたいのかがさっぱりわからない。だけど、こんなに落ち込んでいるところを見ると、ただならぬ理由があるんだろ。全然、心当たりないけど。
「クロ様……」
セリスが縋るような目でこちらを見てくる。え?なんでお前がそんな感じなんだよ。
「パパ……」
アルカもか。一日、二日くらいしか一緒にいないのに、随分マリアさんは懐かれてますね。
「クロ君……」
って、マリアさんもかーい!そんな顔されたって、俺には道具一つでなんでも解決できるような度量なんてねぇぞ?
いやー、でも今回はきついだろ。フェルにしては言い分がまともだ。マリアさんは正規な貴族の子じゃないにしろ、国の大物に違いないコレット家の娘。身寄りのない片田舎の男がいなくなったのとはわけが違う。誰が田舎者だ、ゴルァ。
とりあえずマリアさんが人間界に、ってか家に帰るのはマストだ。さっさと転移魔法で王都まで送ってやれば話は早いんだけど、どうにも女性陣の視線が痛い。怒らせたくないからなんとかしないといけないんだが……どうしたもんかなー。
フェルの言う通りこのままじゃ、人間との戦争不可避。せっかくマケドニアで魔物を追い払ったのに骨折り損のくたびれもうけになること必至だ。つっても、商人の情報網がどんなもんなのかよくわからないし、それを防ぐなんて100パーセント無理だろ。
……待てよ?マリアさんの親父さんは大商人だよな。
「マリアさんが家に帰りさえすれば問題ないよな?」
「そうだね。そうすればコレット家の当主も無駄な詮索なんてしないだろうしね」
「って、ことは時々ここに遊びに来ても問題ないわけだ」
「……何を企んでいるんだい?」
フェルが俺にジト目を向けてくる。そんな目で見るなって、照れるだろ。
「なーに。うちの秘書と娘がマリアさんにゾッコンみたいでな。このまま会えなくなったら恨まれそうだろ?だから、マリアさんにはいつでもここに来れるようになってもらうわけだ」
「それは……マリアの事を疑うわけじゃないけど、リスクが高いんじゃないかな?それに理由もなく人間が魔族領と人間界を行き来するっていうのもなんかね」
「ないとは思うけど、マリアさんを利用して人間達が押し寄せてきたら俺が全員返り討ちにしてやるよ。そして、マリアさんがここにくる理由がないなら作ればいい」
俺がきっぱりと言い切ると、フェルは無言で俺の顔を見つめる。そして、呆れたような表情を浮かべると、盛大にため息をついた。まったく失礼な反応だな。上手くいけば問題が一つ解決するっていうのによ。
「元々は僕が蒔いた種だからね。これ以上は何も言わないけど、何かあったらちゃんと責任を持って対処してよ?」
「わーってるって。優秀な魔王軍指揮官を信じろ」
「こんなにも信用できない相手も珍しいよ」
フェルが頭痛を堪えるように頭を抱えた。これはもう許可をもらったも同然だろ。こいつの気が変わらないうちに退散するに限る。
「ク、クロ君?一体どうなったの?」
わけがわからない、といった顔でフェルの部屋を後にし、俺についてくるマリアさん。セリスが理解しているだろうから、後で説明してくれるだろうよ。
さーて!これからマリアさんは魔法陣の猛練習だ!!