13.壊れないものを壊すのは快感
おいおい……こいつは一体、何の冗談だ?なんで完全武装したエルザ先輩がこんな場所にいるんだよ。
俺が顔をヒクつかせながらジジイに目を向けると、太陽のように晴れやかな笑顔が帰ってきた。お願いだから今すぐ地獄に落ちてくれ。
「なるほど……確かに見たことのある顔だ。レックスの横によく引っ付いていたやつ。お前がクロムウェル・シューマンか」
俺はコバンザメかなんかか。レックスの人気に少しでもあやかりたいです~って、逆に誰も寄ってこなかったわ、くそが。
つーか顔ってなんだ?バレないようにちゃんと仮面を…………。
ジジイの部屋でとったの忘れてた。
おい、俺!?うっかりさんかよ!!ドジっ子アピールいらねぇんだよ!!さっき、もう少し慎重に行動するって誓ったばかりだろうが!!
「……どういうことか説明しろ」
ごまかすか、開き直るか迷った挙句、ジジイに話を振ることを選択。ジジイは相変わらずニコニコと笑いながら俺とエルザ先輩を見ている。
「いやぁそこにいるエルザがのぉ、どうしてもクロムウェルと戦いたいといって聞かんくてな。儂としても可愛い生徒の願いは断れんでのぉ」
「そういうことだ」
鋭利なナイフのように鋭い声でエルザ先輩が騎士剣を俺に向けてきた。どういうことかさっぱりわかりません。誰か教えてください。
「マジックアカデミア第二席、エルザ・グリンウェルがクロムウェル・シューマンに命を懸けて戦いを挑む」
……命を懸けて?
「……この挑戦を受けてやってくれんかのぉ?その代わりに、エルザはお主のことを一切口外しないと儂に誓ったのじゃ。この子は実直でのぉ……約束は死んでも守るぞい」
なんとなく気になる物言いだったが、とりあえず今はおいておこう。それより、その条件は悪くない。気が進まないが、俺のうっかりを帳消しにするチャンス到来ってやつだ。
俺がその申し入れを受けようとエルザ先輩に向き直ると、その前にアルカがエルザ先輩に声をかけた。
「お姉ちゃん、パパと戦うの?」
「……あぁ、その通りだ。アルカ殿には悪いが、私はこの男と戦わなければならない」
「ふーん……」
アルカが不思議そうにエルザの顔を覗き込む。なんとなく言わんとしてることはわかるが、それは口にしない方がいい。
「アルカや、儂と一緒に離れて二人の戦いを見守るとしようぞ」
「はーい」
ジジイも察したのか、柔和な笑みを浮かべながらアルカを呼び寄せると、アルカは素直にジジイのところまで走っていった。そして、そのまま二人で訓練場の端にある休憩場まで移動していく。
広い訓練場に二人になったところで、俺は改めてエルザ先輩に目を向けた。
「わかりました。その戦い、受けますよ」
「そうか、ありがたい」
エルザ先輩は静かにそう答えながら上級身体強化を発動する。そして、騎士剣を上空に構えると、どこからともなく落ちてきた雷をその剣で受け止めた。その様を見ても顔色一つ変えない俺を見て、エルザ先輩が眉を顰める。
「……”雷纏い”を見るのは初めてではないのか?」
「先輩の親父が使ってんのを見たことがありましてね」
「なるほど……これはグリンウェル家に伝わる秘術であるから不思議に思ったが、父上であれば納得だ」
と言ってもアルカと戦っている所をチラッと見たことあるだけなんだけどな。まぁ、でもなんとなく効果はわかる。それで最上級身体強化状態のアルカを圧倒していたから、身体能力を飛躍的に高める技なんだろう。
剣を構える先輩を眺めながら特に何もしない俺を見て、先輩は怪訝な表情を浮かべる。
「構えないのか?」
「あー……気にしないでください。これが俺のスタンスなんで。先輩のタイミングで適当に来ていいっすよ」
俺の言葉を聞いた先輩の目が更に鋭くなった。そんな怖い顔しないでくださいよ。俺のメンタルには荷が重すぎる。
エルザ先輩はゆっくりと息を吐き出すと、勢いよく地面をけった。その瞬間、雷が先輩の身体からはじけ飛ぶ。
俺は即座に最上級身体強化を施し、先輩の一刀を躱した。先輩は一瞬目を見開いたが、すぐに連撃を仕掛けてくる。
雷纏いか……身体だけ強化すると思っていたけど、そんなことはなさそうだな。剣自体にも雷が走っていやがる。ありゃ、斬られたら大分痺れそうだ。
先輩の剣筋はまさに剣術のお手本のようだった。センスにまかせて振るうレックスの荒々しい奴とは全然違うな。
それにこの”雷纏い”とかいうやつ、なかなかにえぐい性能をしている。最上級身体強化の俺よりも上級身体強化のエルザ先輩の方が疾いっておかしいだろ。恐らく身体強化を一段階上げた時以上の強化がされてんな。そう考えると、なんだかんだ言ってコンスタンのおっさんはアルカと戦っている時、手加減していたんだな。
先輩の剣を避け続けた俺が一旦距離をとると、エルザ先輩は剣を構えなおし、俺へと視線を向けてきた。
「……なるほど、最上級身体強化か。確かに只者ではないということだな」
静かだが、重量感のある声。学園の中にあるエルザファンクラブには女子生徒も多かった気が。確かに、これなら同性からも人気でそうだな。俺から見てもかっこいいし。
「天下の第二席に褒めてもらえると光栄ですね」
「それだけに解せないな」
エルザ先輩が眉を顰める。
「なにがですか?」
「学園にいた時、どうして貴様は戦わなかった?貴様の力なら簡単に上位にいけただろう」
どうしてかって?そんなの決まってんだろ。
「つまらないからですよ」
「……つまらない?」
先輩の眉がピクリと釣りあがった。そんな反応されても困る。俺は正直に答えただけだ。
「どういうことだ?」
「まぁ、戦ってれば分かりますよ。それよりさっさとかかってきてください。俺も先輩と遊んでいる時間はあまりないんで」
俺が軽く挑発すると、先輩の身体に魔力が漲る。おっ、大技でもくるか?
「魔族に寝返った者に手加減をするつもりはない。全力でいかせてもらおう」
そう言うと、先輩は魔法陣を構築し始めた。一つは小型の中級魔法、そしてもう一つはなかなかの大きさの最上級魔法。どっちも雷属性だ。
ふむ……構築速度はかなり遅いけど、学生の身分で最上級魔法を交えた複数魔法陣を組めるなんて大したもんだ。レックスだって俺が知る限り、最上級魔法は単体でしか組めなかったはず。
「“地を這う電流”」
俺が暢気に先輩の魔法陣を観察していると、先輩は中級魔法の方を唱えた。何本かの電流が地面を抉りながら俺へと迫ってくる。釣りなのは見え見えだけど、俺はあえてその餌に食いつくことにした。
「"雷神の一撃"!!」
そして、空中へと回避した俺に放たれる本命。雷で形作られた巨大な槌が俺目掛けて射出される。
ドゴォーン!!!
雷槌はそのまま壁にぶつかり、すさまじい衝撃が訓練場に広がった。壁伝いに電流が四方八方へと飛散している。近くにあった照明魔道具がパリーンッと音を立てて砕け散ったが、エルザ先輩はまったく気にしてはいない。
「いやー、流石はオリハルコンの壁だな。最上級魔法が直撃してもびくともしねぇ」
「なっ!?」
直前で転移魔法により先輩の背後に移動した俺が壁の頑丈さに感心していると、先輩は驚きに目を見開きながら慌てて後ろへと飛びのいた。そんな幽霊でも見たような顔しないでくださいよ。なんか傷つきます。
俺は壁から目を離し、エルザ先輩へと顔を向ける。
「これでわかりました?先輩じゃ俺には勝てませんよ」
「な、何を言っている!?たまたま私の魔法を避けただけだろう!!」
たまたまって……そんな偶然で避けられるような魔法を撃たんでください。
まぁ、でも効果はあったみたいだな。いつもクールな先輩が面白いように焦っている。絶対に当てられる状況で自分の放った最高の魔法が避けられたんだもんな。そら、動揺もするわな。
冷静さを欠いた先輩が俺へと突っ込んでくると、しゃにむに剣を振るい始めた。あーだめだめ。そんなの当たるわけないっつーの。そもそもライガやフェルより遅くて数段迫力のない攻撃なんて何の脅威もないわ。
「くっ……なぜ、当たらない!?」
必死に剣を振る先輩の焦りが募っていく。表情に余裕もなくなってきた。まじでそろそろ諦めてくれないかなぁ……。
「はぁぁぁぁぁ!!!」
先輩の気合を込めた一刀。気合がこもろうがこもらまいが当たらないことには変わりない。俺はため息を吐きながら先輩から離れたところに転移する。
「はぁ……はぁ……」
大分息が上がっている様子の先輩が、何も斬ることなく地面に打ち付けた自分の剣を見てから、俺へと目を向ける。そこには敵意の他に、若干の恐怖が滲んでいた。
「……だから、つまらないって言ったんですよ」
「はぁ……はぁ……なにぃ……?」
先輩が重たそうに剣を持ち上げながら、訝しげな表情を浮かべた。
「こんなの戦いなんて言わないでしょう?相手にならない奴と戦っても退屈なだけだ」
「くっ……!!」
先輩が悔しそうにギュッと唇をかみしめる。これくらい言わないと諦めてくれんでしょうが。完全に悪役だな、おい。
「それでも私は……!!」
先輩が魔法陣を組成し、自分の身体に組み込んでいく。って、ちょっと待て。魔法陣を見る限り、上級身体強化を習得したのは最近だろ?それなのにそれは無理があるだろ。
「貴様に勝たないといかんのだぁぁぁぁぁ!!」
先輩の魔力が爆発する。歪な形をした四重の魔法陣が先輩の身体に浮かび上がっていた。
「私の大事な後輩の肉親を殺めた貴様を許すわけにはいかない!!フローラのためにも私は貴様なんぞに負けてはおれんのだ!!!」
無理をした反動でいたるところから出血しているにもかかわらず、先輩は俺を睨みながら騎士剣でブンッと空を切った。
「貴様を倒し、フローラに懺悔させる!!貴様の犯した罪を償わせてやる!!」
…………はぁ。
そんな付け焼刃の最上級身体強化で俺に勝てるつもりでいるのか。
本当に困った人だよ、あんたは。
「覚悟しろッ!!クロムウェル・シューマンッ!!!!」
先輩が地面を踏みこんだのを見計らって、俺は地面に手をつき、魔法を詠唱する。
「"雪の日は足元にご用心"」
瞬間、全て凍り付いた。圧倒的な冷気がこの空間を支配する。
「な、なにぃ!?」
地面に足がついていたエルザ先輩の下半身が見事に氷漬けになっていた。無理やり氷を引きはがそうとしているが、その程度の力じゃ俺の氷はビクともしねぇぞ?
「……そういや、最初に『命を懸けて』とか何とか言ってたな、あんた」
必死にもがいている先輩に冷たい視線を向けながら、俺は静かな声で告げる。
「なら、死んでも文句は言えないよな?」
俺は急激に魔力を高めると、空中に魔方陣を編んでいった。今、俺が作り出せる最大の大きさ、すべてが違う属性の最上級魔法の魔法陣を七つ。
「あっ……あっ……」
それを見た先輩の身体が小刻みに震えている。下半身が凍ってるから寒いんだろうな。可哀そうに。
さて、と。こんな茶番に付き合わせてくれた誰かさんにもお礼をしなくちゃいけねぇな。
俺がちらりと目を向けると、ジジイが慌てて魔法障壁を作り出す。……あそこか。
「……“七つの大罪”」
圧倒的な魔力、絶望的な破壊力。
七つの魔法陣から生み出された極光波がエルザ先輩をギリギリかすめて、ジジイの用意した魔法障壁目掛けて飛んでいった。止まったのは一瞬。その魔法障壁をガラス細工のように打ち砕くと、そのままオリハルコンの壁にぶち当たる。そして、堅牢なはずの壁を完膚なきまでに破壊し、極光ははるか上空へと消えて行った。
俺が全ての魔法陣を消すと、氷から解放されたエルザ先輩は力なくその場に膝をつく。氷はなくなったっていうのにガタガタ震えながら、うつろな目を俺に向けていた。
「……あんたとはもう戦わない。意味がないからな」
俺はそれだけ言うと、先輩に背を向ける。そして休憩場の方に顔を向けると、笑顔で駆け寄ってくるアルカと、顔をひきつらせたジジイの姿が目に入った。
「やっぱりパパの合成魔法はすごい!!」
「修理費が……」
飛びついてきたアルカを優しくキャッチする。半分魂が抜けているジジイは無視。ざまぁみろ。
俺はアルカを抱きながら顔を向けずに、先輩に声をかけた。
「……お望み通り戦ったんだから、先輩も約束を違えないでくださいよ」
「…………」
先輩からの返事はない。まぁ、大丈夫だろ。あの人は約束を破るくらいなら、自分の腹に剣を刺すような人だ。
アルカは俺の肩越しに放心状態のエルザ先輩を見る。
「もう少し……少しじゃないか。もっともっともーっと訓練しないとパパの相手にならないよ!!頑張ってね、お姉ちゃん!!!!」
……多分、親切で言ってるんだろうけど、世間一般じゃそれはトドメっていうんだよ、アルカさん。
「つーわけで、俺は帰るわ。……先輩の事、頼むな」
「あそこまでプライドをずたずたに引き裂いておきながら、頼むもないじゃろうに……できる限りアフターケアはしておくがの」
ちょっとやりすぎた感は否めないけど、あれくらいやらないとあの人は引き下がらないだろ。どうしてもあの壁を壊しておきたかったし、ジジイを困らせる意味で。まぁ、後のことは校長先生にお任せするとしよう。
「よろしく」
俺は軽い調子で言うと、アルカを連れて城へと転移していった。