11.出さないようにと意識すればするほどボロは出る
「ふぁ~ぁ……」
俺は手で口を抑えながら大きく欠伸をした。まじで退屈なことこの上なさ過ぎる。
「ギャァオオゥ!!」
そんな俺の前に魔物が数匹飛び出してきた。俺は何も考えずに魔法陣を組み立て、無詠唱で中級魔法を放つ。俺の魔法を食らった魔物達はその場で倒れ、二度と動かなくなった。さっきからこれの繰り返し。
多分、街に行った騎士達が頑張っているのと、アルカが行きがけの駄賃で魔物を狩っているせいで、城の方にはあんまり魔物が来ないんだよ。来たとしてもよく分らん猿とか犬だし、さくっと倒せちまう。まさに単純作業。こんなん眠くなってもおかしくねぇだろ。
「ふんっ!!魔王軍指揮官といってもこの程!!これならば私の方が華麗に王をお守りすることができますぞ!?」
なんか少し離れたところで俺のことを見ていたド派手なおっさんが息巻いてんだけど。なら、俺は帰ってもいいかな?
嘲るような視線を向けるアニスとは異なり、オリバー王は油断なく俺の一挙手一投足を観察している。やっぱり、あの人の前じゃ下手なことできねぇな。そもそも敵軍の大将に手の内をさらけ出すような真似なんてしたくねぇよ。……人間の王を敵軍認定している俺って、もう人間やめてるよね?
つーか、オリバー王よりも油断ならねぇ奴が一人。
「ほれっ、魔王軍指揮官ならもっと派手な魔法を見せてみろぃ!」
なぜかすこぶる上機嫌でマーリンのジジイが俺のすぐ後ろで煽ってくる。オリバー王よりも手の内を見せたくねぇんだよなぁ……このジジイがいるせいで、わざわざ普段よりも時間をかけて魔法陣を組成してるし。
「ふぉっふぉっ……噂だけが先走っていたみたいじゃな。魔法陣の質も普通の者と変わらんしのぉ……こりゃ、期待して損したわい」
マーリンのジジイは心底失望した様に首を振りながら深々とため息を吐いた。
うっぜぇぇぇぇぇ!!まじうぜぇ!!勝手に期待してんじゃねぇよ!!そのひげ引っこ抜くぞ、クソジジイ!!
だが、我慢だ。耐えろ、クロムウェル。俺の本気を見せたところでオリバー王は魔王軍指揮官を警戒するだけで終わるが、妖怪ジジイは別。このジジイの魔法陣の腕は本物だ。今はどうかわからないけど、その技術に関しては学園にいた頃の俺以上なのは間違いない。そんなジジイの前で普通に魔法陣なんて使おうものなら確実にばれる。
俺が必死にジジイの戯言を無視していると、遠くですさまじい火柱が立ち上った。
「なっ、なんだっ!?」
アニスが慌ててオリバー王の前に立ち、目を見開かせながら火柱を見つめる。あの方角は第六地区か……つーことは、アルカが大分ハッスルしているみたいだな。
マーリンのジジイが手を双眼鏡のようにして、そっちを見ながら楽しそうに笑った。
「ほっほう!!やはりあの娘の方が見所がありそうじゃなぁ!!なんとか学園に入学してもらえんものかのぉ」
「……ふざけたことを抜かすな。魔族の者が人間の学校になど入るわけないだろう」
「ほっほっほっ、そうかのぉ?魔族の世界で暮らすもの好きな人間だっておるかもしれんし、魔族の少女が人間の世界で暮らしても別にええじゃろ?」
……リーガルの爺さんしかり、俺の周りにいるジジイは厄介な奴ばっかりだ。人生経験でぼろ負けしてっから、そっちの土俵で戦っても勝負にならん。
とにかく、ボロを出さないようにしないと、本格的にまずい。俺は俺の仕事を黙々とこなそう。
しばらく俺が無心で魔物を駆除し続けていると、マーリンのジジイがおもむろに指を組み、コキコキと音を鳴らしながら腕を伸ばした。
「ふむ……噂の魔王軍指揮官のお手並みも拝見できたわけじゃし、さっさとこんな茶番を終わらさてあの娘の勧誘にいそしむかのぉ」
「……どういうことだ?」
俺がちらりと目を向けても、ジジイはからかうような笑みをこちらに向てくるだけ。徐に空間魔法から巨大な樫の木の杖を取り出すと、ゆっくりと魔力を練り上げる。
「っ!?王よっ!!お下がりくださいっ!!」
アニスに忠告された王が急いでジジイから離れる。俺もその場で地面をけり、ジジイから距離をとった。
ただ魔力を練り上げているだけだっつーのに、ジジイの周りを激しい魔力の渦が取り囲んでいる。相変わらずの化け物っぷりだな。本当に人間か?
十分な魔力を蓄えたジジイが俺に不敵な笑みを向けてきた。
「さて、魔王軍指揮官よ。お主は相手の魔力を感じ取る術についてはまだまだのようじゃな。……まぁ、これについては完全に経験がモノを言うがのぉ」
そして、目の前に作り出すのは魔法陣……じゃない。いや、魔法陣は作り出しているんだろうけど、このジジイは魔法陣を完全に消すことができるんだよね。だから、どんな魔法陣を何個組成しているか全くわからん。
ただ、この肌がヒリつく程の魔力量なら、相当やばいのが来そうだけどな。
「相手の魔力を感じ取れればこういうこともできるんじゃ。……”雷よ、魔物を駆逐せよ”」
ジジイが詠唱した瞬間、すさまじい雷鳴が轟いた。慌てて街に目を向けると、いたる所で落雷が起こっている。
「ピンポイントで魔物だけを攻撃する魔法じゃ。お主にはまだ無理であろう?」
「魔物だけを?」
つーことはあの雷は魔物だけに落ちてるっていうのか?しかもこの広範囲を?マジでどうやってんだよ。俺がやったら間違いなく、人間も魔物もこんがり肉にしちまうっつーの。
驚いている俺にジジイがどや顔を向けてきた。すごい、確かにすごいけど、その顔見たら素直にすごいって思えない。
「さ、流石は私のお師匠様っ!!」
俺が仏頂面を浮かべていると、アニスが小躍りしながらこちらにやってきた。おい、王様の護衛はいいのかよ。
「儂に弟子などいない」
ジジイが顔を顰めながら告げるが、アニスは一切気にしていない様子。なんだろう、このおっさんから半端ない小物臭がするんだけど。
「見たか、魔族めっ!!これが大賢者マーリン様の力だっ!!恐怖で足がすくんでしまっているだろう!!」
なんであんたが偉そうなんだよ。あんたは趣味の悪いローブを着て、王の隣で喚いていただけだぞ?
ジジイが面倒くさそうにため息を吐くも、アニスの口は止まらない。
「マーリン様は二百年以上も魔法陣の研究をなさってきたお方だぞっ!?魔王軍指揮官とかいう胡散臭い新参者は足元にも及ぶまいっ!!」
そうなんだよなー。このジジイの年齢は二百歳以上なんだよなー。やっぱり魔族か妖怪の類だよね?
「魔物の次は貴様の番だぞっ!!せいぜい無様に倒されるがいい!!マーリン様が過去に打ち倒した裏切り者のように―――」
「アニス」
それまで街頭演説をしているかの如くべらべらとしゃべり続けていたアニスがピタリと止まる。それほどにジジイの声は冷めきっていた。
俺がちらりと目を向けると、ジジイは老いを全く感じさせない凄みのきいた視線をアニスにぶつけている。
「マ、マーリン様……?」
「得意げに話すのは別に構わんがのぉ……自分の事だけにしておくれ」
「も、申し訳ありません……」
「とりあえず魔物の脅威は去ったんじゃから、お主は城へと戻っているんじゃ」
「わかりました……」
アニスは完全に意気消沈してトボトボと城へと戻っていく。いい年したおっさんのあんな姿はなかなかに心に来るものがあるな。アニスのおっさん、強く生きろよ。
それと入れ替わるように、オリバー王がこちらへと近づいてきた。
「指揮官殿、ご助力感謝申し上げる」
「わ、私は何もしていない。この街を救ったのはジ……マーリン殿だから」
「そんなことはない。指揮官殿がここで城を守ってくれたが故、我々の騎士団も街へと繰り出せたというもの」
「そ、そうか……」
いや、まじで俺は何もしてないだろ。それなのに王様に感謝されるとか気まずすぎて今すぐこの場から立ち去りたい。
俺がオロオロしていると、オリバー王の纏う空気が変わった。
「ところで……今回の件の見返りはいったい何をお考えであるか?」
「……見返り?」
「そうだ。敵とはいえ助けてもらったのは事実。ある程度の要求であればこちらにも覚悟はある」
猛禽類を思わせる眼光で俺を射抜いてくる。要求ですか、ならその怖い目で俺を見るのを止めてもらえませんかね?
「そんなものはない」
「……なに?」
オリバー王の目が更に鋭くなった。俺は目をそらしながらなるべく落ち着いた口調で告げる。
「風評被害を出したくなかっただけだ。このような姑息な手段に出る魔族ではない、とな。私の娘が戻ってきたら早々に魔族領へと帰らしてもらう」
「…………」
オリバー王が俺の真意を探るような目を向けてきた。真意も何も、それが本当なんだから問題ないはず。でも、なんかバレたらまずいことがバレそうだから、勘弁してほしいんですが。
俺がオリバー王の前でドギマギしていると、突然転移の魔法陣がこの場に現れる。
ほっ……アルカが戻ってきたか。これでさっさと退散できる。やっぱり元人間の身としては国王と話すのはどうにも生きた心地がしないんだよなぁ。
…………ってか、なんか余計なの引き連れていませんかね?
「パパー!!いきなり雷がたくさん降ってきて魔物はズバババーンって倒しちゃったよ!!」
戻ってくるなりアルカが俺の身体に飛びついてきた。可愛いねぇ、アルカは。ところで、後ろにいるお二人さんはどちら様ですか?
俺が仮面の下の顔を引き攣らせていると、アルカと一緒にやってきた精悍な男が俺に話しかけてきた。
「久しぶりだな、指揮官殿。ディシールの街で会った以来か」
「ディシール……?あぁ、チャーミルの事か」
「ほぉ……あの街の本当の名はそれなのだな」
俺はコンスタンと会話をしながら、後ろに立つ黒髪の美少女に目を向ける。あの凛とした佇まい、高めに結んだポニーテール、規律に厳しそうな雰囲気……間違いなくあの人だよな。つーか、レックスと旅に出てるんじゃなかったのかよ。フェルの野郎、適当なこと抜かしやがったな。くそが。
俺の視線に気が付いたコンスタンがエルザ先輩の方に顔を向けた。
「あぁ、指揮官殿は娘のエルザとは初対面だったな」
その言葉に俺の眉がピクリと反応する。コンスタンのおっさん……あの時、俺が調子に乗って先輩を知っている素振りを見せたのになかったことにしてくれるのか。まじで助かります。
でも、先輩が俺のことをめちゃくちゃ怖い顔で睨んでいるのが気になるんですが、それは。
とりあえず、コンスタンの厚意に甘えて、ここは波風立てずに切り抜けていく方向で。
「世間話をしたいところではあるが、私も忙しい身でな。そろそろ帰らせてもらう」
「そうか。引き留める理由もない。だが、手を貸してくれたことにはお礼を言わせてくれ」
「気にするな。こちらも考えがあっての事。お礼を言われる筋合いはない」
よし、こんなもんでいいだろ。せっかく気を遣ってくれたのにちょっと冷たい言い方にはなっちまったが、俺達は敵同士なんだ。許してくれよ、おっさん。
さて、やることも終わったし、こんな場所からはさっさとおさらばを……。
「魔王軍指揮官、クロ」
ギクッ。
転移の魔法陣を組もうとした俺にエルザ先輩が静かな声で話しかけてきた。なんで声をかけてくるかなぁ……。
「……なんだ?」
なるべくドスの利いた声で答える俺。頼むから不思議そうな顔でお父さんのことを見ないでくれ、アルカ。
「アベルを殺した、というのは本当か?」
「えっ?」
あっ、やべ。普通に声出ちゃった。
ってか、殺したってなんだよ。確かにあのバカをボコボコにしたけど、殺しちゃいねぇぞ?
俺がチラッとおっさんの様子をうかがうと、コンスタンは何かを耐え忍ぶように口を真一文字に結び、ギュッと拳を握っていた。……ワケありか?
「……誰を殺したかなんていちいち覚えてはいない。そもそも貴様にそれを教える義理はない」
うはっ、めっちゃ悪役っぽいセリフ。エルザ先輩が更に怖い顔になっちまったな。コンスタンのおっさんは何とも言えない顔で俺のことを見ているけど。これでさっきおっさんが俺を助けてくれたのはチャラだぞ。
「そうか……聞いた私が馬鹿だった、ということか」
そう言うと、エルザ先輩は持っていた剣を俺に向けながらアルカに目を向ける。
「アルカ殿には助けられた恩がある。……たとえ魔族であったとしても、だ。だが、魔王軍指揮官、貴様のことは許すことはできない」
「許すことはできない、か……ならばどうする?私に手を出して、魔族と人間の戦争の火蓋でも切るつもりか?」
頼むから余計なことはしないでくれ。エルザ先輩とやり合うなんて胃が痛くなるっつーの。
「戦争の火蓋?確かに私が魔族に手を出せばそうなるだろうな」
……ちょっと待て。まじでやばいことを口にしようとしてないか、この人。
「だが、そうはならないだろう?」
先輩は勝ち誇った笑みを俺に向ける。まずい、これは本格的にまずい。なんとかあの人を止めないと面倒くさいことになるぞ、これ。
「フローラから聞かせてもらった。なぜならお前の正体は」
「そこまでにするんじゃ、エルザよ」
俺が内心焦りまくっていると、マーリンのジジイがエルザ先輩の言葉を遮った。
「マ、マーリン様?」
「今回は我々に力を貸してくれたんじゃぞ?いくら魔王軍指揮官とはいえ、そこまで敵視する必要はないじゃろう」
「し、しかし……!!」
「それとも、お主は助けてもらった相手に礼を尽くさないような無礼者じゃったかのぉ?」
「うっ……」
エルザ先輩がバツが悪そうな表情を浮かべながら、ジジイから目をそらす。……なんか知らんがジジイに助けられた。すげー怖いんですけど。
「指揮官も帰りたそうなんじゃが、オリバー王よ。なにか言っておきたいことはあるかの?」
「……いや、伝えるべきことは全て済んだ」
「ふむ、なるほど」
相変わらずオリバー王は俺を見定めるように見ていたが、特に何か追及されずに済んだ。ジジイはオリバー王から視線を外すと、今度は俺とアルカに向き直る。
「そういうわけで、もうここにいる理由はなくなったようじゃが、この街を救ってくれた二人に何もせずに帰っていただくのは忍びないのぉ」
「…………」
「儂の学園でお茶でもご馳走しようと思うんじゃが、どうじゃ?」
……断りたい。本気で断りたい。でも、この誘いを断ったらものすごく嫌な予感がする。
「……少しだけなら」
「そうかそうか!!」
ジジイは満足そうに何度も頷くと、エルザの方に目を向けた。
「エルザよ、ついでにお主のことも学園に送ろう」
「……ありがとうございます」
エルザ先輩はジジイに頭を下げながら、それでもずっと俺のことを睨んでいる。
「では、儂達はこの辺で失礼させていただく」
ジジイはエルザ先輩の肩に手を置きながら、転移の魔法陣を組成した。俺はアルカを抱いたまま仕方なくジジイへと手を伸ばす。
……まじで面倒くさいことになった。魔王軍指揮官になる前からこの妖怪ジジイと話すのは嫌だったっつーのに、今は尚更話したくないっつーの。
俺は大きくため息を吐きながら、ジジイに連れられて学園へと転移していった。