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8.お偉いさん方の会議は腹の探り合い


 王都マケドニア。


 人間の支配する土地の中でも最南端に位置する都市。数多の人や資材が集まるこの街は、技術においても、学問においても、政治においても、ここなくしては始まらない、と言われるほどであり、人間界の端にありながらその中枢を担っていた。


 そんなマケドニアには人間を統べる王が構える城がある。


 その名もメリッサ城。


 まさに人間の威信を示すがごとく立派に建てられた城は荘厳と呼ぶにふさわしい佇まいで、一度目にすれば記憶からなくなることは決してない。そんな城に存在する会議室では今、国王を含めた国の重鎮たちが集まり、深刻な表情を浮かべながら厳かに話し合いをしていた。



「……状況を」


 部屋の中央に座っている、溢れんばかりの威厳を感じさせる壮年の男が静かに告げると、端にいた騎士然とした男が勢い良くその場で立ち上がる。


「報告します!!魔物の群れは完全に王都マケドニアを取り囲んでおり、一刻の猶予もありません!!なんとか高ランクの冒険者の力を借りて街への侵入を防ごうとはしていますが、もう第二地区までは魔物が迫ってきております!!」


「避難状況はどうなっている?」


「はいっ!!第一地区の住人は全員城の地下シェルターに避難済みです!!」


 自信満々の様子で答える男。貴族が住まう第一地区は国にとっても重要な人物ばかり住んでおり、その避難が終わったということで、オリバー王の憂いを払拭しようという考えからのものであった。だが、その思惑は見事に外れる。


「他の住人は?」


「はいっ?」


「他の住人はどうしたのだ?」


 オリバーに硬い口調で問われ、慌てて男は報告書を確認した。しかし、どこを探しても貴族以外の情報など書かれていない。大量の冷や汗を流している男の隣に座っていた男が、段々とオリバーの顔が険しくなるのを見かねて、ゆっくりと立ち上がった。


「恐れながら報告いたします。第一地区以外の者達は我がコンスタン隊の半数の者が第六地区へと避難誘導しております」


「なに!?そんな話は聞いていないぞ!?お前の隊の半分も出してしまったら城の守りが手薄になってしまうではないか!!」


 今の今まで必死に報告書を読み返していた男が、コンスタンに対して声を荒げる。コンスタンはあまり気にした素振りは見せなかったが、それでも、その男に頭を下げた。


「防衛大臣に無断で指示を出したことは大変申し訳ないと思っております。ですが、私は自分が最善だと判断したことをしたまでです」


「ふざけるなっ!!勝手な行動は許さんぞ!!すぐに兵を」


「よい」


 怒りを露にする防衛大臣をオリバーが片手をあげて制する。


「コンスタン、其方の機転に救われた。感謝するぞ」


「もったいないお言葉です」


「この会議が終わり次第、其方は第六地区の防衛に回れ」


「御意に」


 コンスタンは流れるようにお辞儀をすると、スッと着席した。完全に蚊帳の外に話が進められていることに腹を立て、顔を真っ赤にしながら防衛大臣は乱暴に席へと座る。


「それで、原因は判明したのか?」


 非難状況を確認し終えたオリバーは分厚い本を開いている学者風の男に目を向ける。鷹のように鋭い眼光を受けた男はしどろもどろになりながら答えた。


「は、はい!この現象は魔物暴走(スタンピード)で間違いありませんが、なぜそれが起きたかまではまだ……」


「ふんっ!!魔族の奴らの仕業に決まっておる!!」


 オリバーの隣に座る丸々と肥えた男が、尻すぼみになっていく学者風の男の声をかき消しながら吐き捨てるように告げる。


「ロバート、何か確証はあるのか?」


 オリバーがちらりと目をやると、ロバートは自慢するようにぷよぷよの両腕を広げた。


「確証も何も容易に想像がつきますぞ?大方、勇者が攻めてきたことへの意趣返しのつもりでしょうな。まったく、浅はかで野蛮な連中だ!!」


 アベル・ブルゴーニュが魔族の街に攻め入ったのはほんの一か月前。準備期間を考えてもこの時期に報復は妥当な考えであろう。しかし、オリバーの表情はどうにも腑に落ちていないようだった。


「それだけで判断するのは些か早計な気がするのだが」


「それだけじゃございませんぞ!!」


 オリバーが自分の思った通りの反応を示さないので、ロバートが興奮しながら目の前にある机に手を叩きつけた。


「前にも似たような卑怯な手を使っておりました!!確かあれは……そう!!マジックアカデミアの生徒が実地訓練に行った時のことだ!!あの時は生徒一人が帰らぬ者になっております!!」


「……存じておる」


 オリバーが硬い口調で告げる。そんな王の様子を目端にやり、ロバートは唾をまき散らしながら、ここにいる者達に自分の主張を続けた。


「あれは防ごうと思えば防げた悲劇!!そんな悲劇を繰り返さないためにも早急に魔族を滅ぼす作戦を―――」


「やれやれ。なにやら耳が痛い話をしているようじゃの」


 全員の視線がロバートの話を遮った声の主の方へと向く。そこには、床につきそうなくらいに白いひげを蓄えた老人の姿があった。さっきまでは確実に誰もいなかったはずの席に座り、悠々と紅茶をたしなんでいる。


「おぉ、マーリン殿!来てくれたのか!!」


 突然現れたにもかかわらず、オリバーが旧友に会ったかのような笑みをマーリンへと向けた。マーリンはゆっくりとカップを机に置くと、軽く頭をさげる。


「学園の方は良いのか?」


「ふぉっふぉっふぉ……校長の儂が学園を離れるわけにはいかないんじゃがのぅ……とりあえず、魔法障壁で囲ってきたから安全だと判断したんじゃ」


 軽い口調で言った事ではあるが、この場にいるほとんどの者がその異常さに度肝を抜かれた。マジックアカデミアほどの広大な敷地に、遠隔操作で魔法障壁を張るなど、まさに神業と言っても過言ではない。


「ふんっ……なら、マケドニア全域に張ってくれればいいものを」


 自分の話を中断されたロバートが不機嫌そうに小さい声で悪態をつくも、マーリンはどこ吹く風で全く聞いていない様子。


「それで、王よ。儂を呼びつけるとはいったい何用じゃ?」


「おぉ、そうであったな。……実は聖地・エルサレムに赴いた者達を連れてきてほしいのだ」


「エルサレム……レックスやフローラをか?」


「うむ。この緊急事態、彼らの力を借りたいと思っている。しかし、彼らは遠く離れた地に行ってしまっているので、転移魔法を使える者しか迎えに行くことができないのだ」


 オリバーはそう言うとマーリンの様子をうかがった。だが、マーリンは顎に手を添えたまま、何も答えない。

 一瞬、静寂に包まれた会議室であったが、それを破るようにド派手なローブを着た男が唐突に立ち上がった。


「本当は、マーリン・アンブローズ様の一番弟子にして、宮廷魔法陣士筆頭、Sランク冒険者のアニス・マルティーニが行くことができれば一番いいのですがね!!あいにくエルサレムには訪れたことがないもので!!」


「儂に弟子はおらん」


 舞台俳優のように大袈裟なしぐさで話すアニスを、マーリンはばっさりと切り捨てる。アニスは眉をひそめて何か言おうとしたが、マーリンは無視してオリバーへと視線を戻した。


「あやつらは学生じゃぞ?」


「それは承知の上。だが、この国の民であり、勇者候補でもある。マケドニアの危機に彼らの力を借りない手はない」


 オリバーは力強くそう告げたが、本当の狙いは他にあった。


 確かに、レックス達の実力が下手な騎士よりも上であることは、愛娘からも話を聞いており、重々承知している。だが、その程度の戦力が増えたところで、この窮地を抜け出せると考えるほどオリバーは愚かではない。


 真の狙いは生ける伝説、と称されている大賢者・マーリンの力を借りること。だが、この国に興味がないマーリンに守ってくれるよう頼んだところで、返事は決まっている。

 だからこそ、大事にしている学園の生徒を使って、マーリンを戦場に引きずり出そうとしているのだ。


 それが、王としての判断。どんなに姑息で卑怯者だと罵られようとも、限りなく犠牲を減らす。これが今代の王、オリバー・クレイモアのやり方なのだ。


「……まぁ、いいじゃろう」


 そう言うと同時にマーリンの姿が会場から消える。そして、5分とたたずして、黒髪の少女を連れてこの場に戻ってきた。その少女を見て、コンスタンが僅かに目を見開く。


「すまんのぉ……レックスとフローラは勇者の試練の真っ最中だった故、連れては来れんかった」


「マーリン様、ここは……?えっ!?」


 突然連れて来られて困惑していたエルザは国の重鎮ばかりがこの場にいることに気が付き、慌てて跪いた。


「というわけで、エルザだけを連れてきたというわけじゃ。この子の面倒はコンスタンに見てもらおうかのぉ」


 のほほんと笑っているマーリンを見て、オリバーは内心苦笑いを浮かべる。王国きっての腕前を持つコンスタンの側にいれば、エルザの身に危険が及ぶことはまずあり得ない。つまり、マーリンの出る幕はないというわけだ。


「いいじゃないか!!騎士団長の最後の仕事として、娘とともに戦場を駆けるがいい!!」


 オリバーの胸中など知る由もないロバートが、いやらしい笑みを浮かべながらぱちぱちと両手を叩く。その言葉に引っ掛かりを覚えたエルザが勢いよく顔をあげ、父親へと向けた。


「父上?最後の仕事とはいったいどういうことでしょうか?」


「……会議が長引きそうなので、私はこの辺で失礼させていただきます」


 コンスタンはスッと立ち上がり、エルザの問いかけには答えず、出口の方へと歩いていく。そんなコンスタンをロバートはニヤニヤと楽しそうに見つめた。


「勇者を守れず、その上自分だけがおめおめと生きて帰ってきてしまったのだ。騎士団を辞める、という選択をしても無理はないだろう」


「そんな……!!まさかっ!?」


 エルザが驚いた顔で父親に顔を向ける。ロバートの言葉に一瞬だけ身体が止まったコンスタンだったが、そのまま何も言わずに会議室を後にした。


「お、お待ちください!!」


 慌ててその後をエルザが追っていく。そして、扉の前で部屋にいる者達に一礼し、エルザも部屋を出て行った。


 二人がいなくなった会議室に異様な空気が流れる。そんな中、一人暢気に紅茶をすするマーリン。


「だから、この国には興味がないと言っているのじゃ、オリバーよ」


「……返す言葉も見つかるまい」


「それに、儂を駆り出そうとしても無駄じゃぞ?大事な後継者を失った今、この世界はどうでもよくなってしまったからのぉ」


「後継者を失った?何を言っておられるのですか!?大賢者の名を受け継ぐ後継者なら、このアニスがいるではありませんか!!」


「お主を後継者にと思ったことは一度もない」


 マーリンが冷ややかな視線を向ける。老人とは思えないその迫力に、アニスは思わず口ごもった。


「あれほどの才覚……儂が生きてきた中であんなにも心躍ったことはないというのに。……まぁ、今となっては関係ない話じゃがな」


 少し寂しそうに言うと、マーリンは紅茶セットを空間魔法に収納する。


「儂の仕事は終わったようじゃな。高みの見物を決め込ませてもらうぞ」


 マーリンは朗らかな笑みを浮かべると、来た時と同じように煙のように姿を消した。オリバーは目を瞑り、ゆっくりと息を吐き出す。


「……マーリン殿の助力が見込めない以上、我々だけでこの難局をしのぎ切るほかない」


「オリバー王」


 厳しい表情を浮かべるオリバーに顔を向け、ロバートが静かに口を開いた。


「例のアレを試してみてはいかかですか?実験段階はとうに過ぎておりますし、実戦形式の試験と考えれば……」


「ならん、危険すぎる」


 オリバーは真剣な顔でロバートの提案をきっぱりと却下する。その口調には二の句を告げさせない迫力があった。おとなしく引いたロバートであったが、内心顔をゆがめて舌打ちをする。


「お任せください!!このアニス、命に代えても魔物を城へと侵入させません!!」


「……期待しているぞ」


 言葉とは裏腹に硬い表情のオリバー。だが、頼られた本人は誇らしげに大きく胸を張った。


 その後も、あまり建設的とは言えない話し合いは続けられた。ここにいる者達は自分の保身ばかりに目がいっており、周りのことなどお構いなしの様子。挙句の果てには、統括大臣であり、この国の実質ナンバー2であるロバートは、会議の途中で一足先にシェルターへと避難する始末。


 これはマーリンもこの国を見限っても仕方ない、とオリバーのイライラが募りに募ったころ、その報告は突如として届けられた。


「報告しますっ!!魔王軍指揮官を名乗る男が城の前に現れましたっ!!」


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