2.結局は純粋な子供が最強
ゴアサバンナの街で獣人族が集う場所。
そこには身体を鍛える道具が所狭しと並べられており、トレーニング好きの彼らにとって、まさに楽園のような場所であった。
通称『サバンナ』。
獣人族の者達が日々汗を流すこの場に、今日は珍しくこの街の長の姿があった。
「いいか、お前らっ!!鍛えた身体は裏切らねぇ!!長生きしたいんなら死に物狂いで鍛えまくれっ!!」
「「「押忍ッ!!」」」
ライガの前に並んだ獣人達が素早く何度も上体を起こしながら威勢よく返事をする。その中には隊長であるシェスカとザンザの姿もあった。
「よーし!!いい返事だ!!じゃあ追加で腹筋もう千回っ!!」
「せ、千回!?」
基礎トレーニングが嫌いなザンザが情けない声をあげると、ライガが眉を寄せながらギロリと睨みつける。
「なんだ?文句あるのか?」
「い、いや……」
その迫力に押され、ザンザは思わず口ごもった。文句など言えるわけもない。目の前で睨みをきかせている男は、自分達が千回腹筋をする間に、その三倍は腹筋を行なっていたのだ。
「隊長として示しがつかないぞ、ザンザ!!口を動かしていないで身体を動かせっ!!」
男よりも遥かに男らしいシェスカはザンザに一喝すると無心で己を鍛えていく。それを見たザンザが諦めた様子で上半身を上下させる仕事に戻った。
「おっ、やってんねぇ。相変わらず泥臭いことしてんなぁ」
「ク、クククク、クロ様!?」
「あっ、兄貴じゃないっすか!!」
そこに突然現れる魔王軍指揮官。一人はちゃんと腹筋を続けながら慌てふためき、一人は腹筋を中断し、嬉しそうにクロへと駆け寄ろうとした。当然、後者にはライガの鉄拳が贈られる。
「よぉ、ライガ」
「何しにきやがった?」
軽い口ぶりのクロに対してぶっきらぼうな口調で答えるライガ。ただ、以前のような刺々しさはすっかりなりを潜めている。少し離れたところでピクピクと痙攣しているザンザを一瞥しながら、クロはライガに話しかけた。
「暇か?暇だろ?暇だよな」
「バカが。どう見ても忙しそうだろうが」
ライガが呆れたように言うと、クロはムッと顔をしかめる。そして、訓練をしている獣人達に目をやり、こちらに熱視線を送りながら激しく身体を上下させているシェスカに目を留めた。
「よし、わかった。シェスカ」
「はい♡」
名前を呼ばれたシェスカが色っぽい声を出しながら、即座にクロの前に跪く。若干、顔を引き攣らせていたクロだったが、咳払いで気持ちを落ち着けると、シェスカに向き直った。
「ライガを借りて行くから後はよろしく」
「わかりました!!お任せください!!」
「はぁ!?何勝手なことを―――」
ライガが文句を言いきる前にクロはライガへと手を伸ばすと、一瞬で転移魔法を発動する。
「なっ……!!ここは……!?」
ライガの目に飛び込んできたのは年季の入った木造の部屋。そこにいたのは椅子に座りながら酒を飲んでいるトロールと必死に何かを読んでいる白銀のデュラハン、そして、そのデュラハンの膝の上に乗って、自分の身体よりも大きい剣を大事そうに抱えているメフィストの少女であった。
「おっ、お前も指揮官様に拉致られてきたのか」
グラスを傾けながらにやりと笑みを向けてきたギーに対して、状況が全く把握できないライガは答えることができない。そんなライガにお構いなしの様子のクロは空間魔法から正方形の台を置くと、それをテーブルの上に置いた。
「よーし!面子もそろったことだし、麻雀やっぞ!」
*
俺は茫然と突っ立っているライガを無視して席に座った。
「よぉ、兄弟。ルールは大体わかったか?」
「……なんとなくは…………点数計算はできないと思うが……」
「そんなん、俺やクロがやるから心配すんな。とりあえず役を覚えたら問題ねぇよ」
ギーの言うとおりだな。ってか、こいつはもう酒飲んでんのかよ。まぁ、大分買ってきたからなくなることはないと思うけど。
「麻雀というものは四人でやるものだと伺いましたが、最後の一人はライガだったんですね」
俺達がリビングで話していると、セリスが掃除道具を持ちながら階段から降りてきた。
「まぁな。他に誘えそうな奴もいないし」
「ルシフェル様には声をかけなくていいのですか?」
「あいつはいっつもアルカと遊んでるんだから誘わなくていいだろ」
「……知られたら絶対に機嫌が悪くなると思いますが」
知らんな。勝手に機嫌が悪くなればいい。あいつは狡い打ち方する気がするから却下だ。
「おい、セリス。なんか摘まめるもの作ってくれよ」
「ご自分で用意すればいいんじゃないですか?」
ギーがワインを注ぎながら言うと、セリスが白けた目を向ける。だが、ギーはニヤニヤと悪そうな笑みを浮かべた。
「おいおい、俺達は招かれた客だぞ?そういう奴らにささっと手料理でも振舞うのが良妻ってもんじゃねぇのか?」
「……っ!?すぐに用意してきます」
セリスは電流が走ったような表情を浮かべると、そそくさとキッチンへと向かっていった。その後姿を見ながら、ギーはくっくっ、と笑っている。
「随分お熱いようじゃねぇか。羨ましい限りだ」
「うるせぇ。人の恋人をいいように利用すんな」
あのセリスが手玉に取られるとは、やはりこの緑の変態は油断ならねぇ。つーか、ライガはいつまでそこに立ってんだよ。
「何してんだよ。早く座れっての」
「いや、そうは言ってもよぉ……」
ライガが気まずそうに頬をポリポリ掻きながら視線で訴えかけてくる。俺がライガの見ている方へ眼を向けると、ボーウィッドの膝に座っているアルカがじーっとライガのことを睨んでいた。
……忘れてた。
「あー……アルカ?」
「なんで虎のおじさんがうちにいるのっ!?」
敵対心むき出しの我が娘。そして、その手にはアルカ命名『ラブリーソードちゃん1号』が握られている。やべぇよやべぇよ。
「いや、虎のおじさんとパパは仲が悪かったんだけど、ちゃんと仲直りしたんだ」
「仲直り?」
アルカが懐疑的な目をライガに向ける。おい、バカ虎。早く俺に合わせろ。
俺の視線に気付いたライガが慌てて首を縦に振った。
「仲直りしたんだ……って、ことは虎のおじさんもパパのお友達なの?」
「あー……そういうこった。俺とクロは……その……お友達だ」
しどろもどろに答えるライガを見て、ギーが必死に笑いをこらえている。ライガはキッとギーを睨みつけたが、すぐにアルカに向き直った。
「嬢ちゃんにも前に失礼なこと言っちまったな……すまん」
まさか、ライガがこんな素直に謝れる奴だとは思わなかった。俺様ちょっとびっくりだぞ。
アルカは少しの間ライガの顔を見つめると、空間魔法に大剣をしまい、トコトコとライガのもとに近づいていく。そして、笑顔で手を前に差し出した。
「はい!アルカとおじさんも仲直り!」
一瞬面を食らった様子のライガだったが、柔和な笑みを浮かべると、アルカの手を優しく握り返す。もはや、うちの娘は天使であることを否定するような輩は誰もいない。
「ライガおじさんもこれでパパのお仲間だね!よろしく!」
「……あぁ、そうだな。よろしく」
ライガの反応に満足したアルカは今度は俺の膝の上に飛び乗った。ライガはふっと力が抜けたように席に着く。
「泣く子も黙る人虎も形無しだな」
「……うるせぇぞ、ギー。覚えてやがれ」
ギーが瓶を投げ渡すと、不機嫌そうな顔で受け取り、豪快に一気飲みした。こいつは見た目通り、酒に強そうだ。体育会系は酒豪じゃなきゃやってらんねぇ。
「よっしゃ!じゃあいっちょ始めますか!!」
アルカとライガも丸く収まったことだし、これで気兼ねなく麻雀ができるってもんだ。
俺はアルカを膝の上に乗せながら、ジャラジャラと牌を卓の上にばらまいた。