32.打ち明ける悩み、差し伸べられる救いの手
最近、悩みがあります。
今までも薄々感じていたことではありますが、今になって顕在化してきました。
それは自分に魅力がない、ということ。
私のことを奇麗だと褒めてくださる方はいます。その割にはこの歳まで恋人ができたことがありませんでした。つまり、今までのは皆さんの厚意によるおべっかで、本当は自分には魅力なんてものはない、と考えざるを得ません。
それでも、以前はそれほど気にしておりませんでした。別に恋人がほしかったわけではありませんし、自分に魅力がなくても生きていけるからです。
ですが、そんな私にも恋人ができました。
照れ屋で、少しひねくれ者で、面倒くさがり屋な人。でも、心の奥底には皆を惹きつけてやまない温かみをもった人。
何度も助けていただきました。何度も守っていただきました。その度に、私の瞳が、心があの方に吸い寄せられていくようでした。
そんな、私が心の底から愛したあの方と結ばれたことは、本当に幸せなことだと思っています。
ですが、そこで大きな問題が生じました。
自分に魅力がないこと。
私も『色』を司るサキュバスの端くれ、そういったことに興味がないと言ったら嘘になります。ですが、あの方は全くというほど私に手を出してきません。……いえ、一度だけそういうことになりそうな雰囲気になったこともありますが、結局は何もされずに終わりました。……本当に意気地のない方です。
大切にしていただけていることは十二分に伝わってきます。ただ、それだけではどうしても物足りなさを感じてしまうのです。
……我ながら、自分のわがまま加減に嫌気がさしますね、本当。
*
「はぁ……」
ため息とともに羽ペンを滑らしていた私の手が止まります。よくないですね。ため息の回数がここ最近増えたような気がします。
先ほど自分で入れた紅茶に手を伸ばし、喉を潤しました。ですが、心は乾いたまま。カップをソーサーに戻す「カチャン」という音が誰もいないリビングで虚しくこだまします。
やっと獣人族の視察が終わったということで、クロ様は、今日はアルカを連れてベジタブルタウンに向かいました。なんでも「俺が手塩にかけて育てた作物を収穫していいのは俺だけだ」とか、何とか言っていましたっけ?
クロ様は種を撒いて何度か水をあげたくらいしか世話をしていないと思いますが、まぁ、息抜きにはいいんじゃないでしょうか。なんだかんだあの方は働きすぎな感が否めませんからね。
私も誘われましたが丁寧にお断りさせていただきました。クロ様が指揮官としてゴアサバンナで行った事、それをまとめた報告書を作るのが秘書としての大事な役目ですから。
とは言うものの、まったく羽ペンが進みません。
書くことがないわけではありません。あの方を題材にして小説が書けるほどにトラブルメーカーな人ですからね。問題は私の心持ちの方です。
「はぁ……」
またため息を吐いてしましました。本当にダメですね。
このままでは報告書どころの話ではありません。少し悩んだ私でしたが、何かを振り払うように立ち上がると、道具一式を片付けて小屋を後にしました。
*
「ふ~ん……そんな悩みがねぇ……」
私の向かいに座っているフレデリカが、私の持ってきたケーキを頬張りながらこちらにジト目を向けてきました。
「贅沢」
「ふんぎゃっ!!」
あろうことか、フレデリカは持っていたフォークを私のおでこに突き立てます。私はたまらずおでこを押さえながら、フレデリカの家のテーブルに顔をうずめました。
そう、ここはフレデリカの家。
いつもの部屋で仕事をしていたフレデリカは、私の顔を見るや否や、事情も聞かずに仕事を放り出して私を家へと連れてきました。同じ長としてそれはどうかと思いますが、私のせいなので何も言えません。
そんなわけで私はフレデリカの自宅にお邪魔しています。ここはフローラルツリーの上層。数多くあるツリーハウスの中でも一際豪華なのがフレデリカの家です。
ここに来るのは二度目ですが、やっぱり華やかですね。ピンクのクッションが置かれていたり、白いレースのおしゃれなカーテンがかけられていたりと、まさに女の子の可愛らしい部屋って感じがします。その部屋の主も圧倒的な美貌を兼ね備えていますからね。益々、自分に自信がなくなりそうです。
と、こんな話をしている場合ではありません。私は涙目になりながら顔をあげ、フレデリカに抗議をします。
「な、なにをするんですか!?」
「悩みが贅沢すぎるのよ!!そんな話、フラれたあたしにするもんじゃないでしょ!?」
「そ、それは……!!……その通りですね。申し訳ありません」
ぐうの音が出ないほどの正論。言い返す言葉もありません。私自身、どうかと思いましたが、こういうことを話せる親しい女性の方がフレデリカしかいなかったのです。
フレデリカは意気消沈している私を見て、大きくため息を吐きました。
「……まぁ、セリスの気持ちもわかるし、相談には乗ってあげるわよ」
「あ、ありがとうございます」
「お礼なんていいわよ。美味しいケーキももらったし……それに、ギー風に言わせてもらうと、私達は兄弟……いえ、姉妹なんだから」
フレデリカが少し照れながら可憐な笑みを向けてきます。
あぁ……本当にフレデリカには頭が上がりません。どうして私はこんなにも優しい人と長い間いがみ合っていたのか理解に苦しみます。
「問題はクロよねぇ……そういうことに興味津々のわりにものすごい初心でヘタレだからねぇ……あいつから手を出させるのは難しいわよ……」
「そうなんですよねぇ……」
「でも、一度は手を出されかけたんでしょ?」
フレデリカは少し興奮した面持ちでこちらに身を乗り出してきました。男の人だけではありません、こういう話は女性も好きなのです。
「えぇ……まぁ……」
「その時はどういう感じだったの?」
どういう感じ、ですか……。確かあの時は……。
「シェスカさんにヤキモチを焼いて、ザンザ隊の方々にクロ様と引き離されて、欲求不満が募り募った結果、思い切って気持ちをぶつけたって感じですかね」
自分で話していて、死にたくなってきます。どれだけ面倒くさい女なんですか、私は。
「ふ~ん……やっぱり男はストレートな表現に弱いのね。……女もそうだけど」
勝手に気落ちする私とは裏腹に、フレデリカは難しい顔をしながら思案に暮れると、ゆっくりと紅茶をすすりました。それをすべて飲み干したところで、何かひらめいたのか、指をパチンと鳴らします。
「よし!決めた!!この作戦で行くわよっ!!」
「何かいい案があるのですか?」
私が尋ねても、フレデリカは自信満々の笑みを浮かべたまま答えてくれません。
「作戦はまた後で話すわ!とりあえずセリスは一度家に帰って、夜になったらクロとアルカをウチに連れてきて頂戴!歓迎するわ!」
「はぁ……それだけでいいんですか?」
「えぇ!それまでに私がいいものを作っておくから!!」
「いいもの?その作戦には道具が必要なんですか?」
「いいからいいから!!さーて!私はこれからやらなきゃいけないことがあるから、あなたはさっさと家に帰りなさい!」
詳しい話は聞かせてもらえず、さっぱり意味が分からないまま、追い出されるように私はフレデリカの家を出て行こうとしました。
「……あぁ、ちょっと待って」
そんな私をフレデリカが呼び止めます。振り返ると、真剣な表情を浮かべたフレデリカがいました。
「あの事、クロには話したの?」
あの事……フレデリカの表情から察するに、私が絶望に打ちひしがれているときに、自棄になってフレデリカに話したことでしょうか。
「……私の親の話ですか?」
「えぇ」
フレデリカがきっぱりと頷きます。
やはりそうでしたか。クロ様の両親が私の親に殺された話ですね。
「はい、しました」
「……それで?クロの反応は?」
クロ様の反応……。
「……『そんなくだらないことでお前を失いたくはない』と」
……おそらく、私の顔面はトマトよりも真っ赤になっている事でしょう。恥ずかしすぎてフレデリカの方を見ることができません。
「…………はぁぁぁぁぁ…………」
信じられないくらい大きなため息が聞こえます。私が顔を向けると、フレデリカががっくりと肩を落としていました。
「やっぱりクロは最高ね……諦められる気がしないわ。やっぱりこんな作戦やめちゃおうかしら?クロを誘惑する方が大事な気がするわ」
「そ、それは……!!」
困ります。ものすごく。今のフレデリカとクロ様を奪い合ったら、正直言って勝てる気がしません。
慌てふためく私を見て、フレデリカはプッ、と小さく吹き出しました。
「冗談よ。セリスには私の分まで幸せになってもらわなくちゃ困るから、ちゃんと協力するわ」
「フレデリカ……」
「さぁ!やることたんまりあるんだから、セリスはさっさと帰ってちょうだい!!あとは私にまかせなさい!!」
「……本当にありがとうございます」
「貸し一つよ?」
フレデリカは悪戯っぽく私に笑いかけてきました。フレデリカと仲良くなれたことを心の底から嬉しく思います。
私はもう一度深々と頭を下げてお礼を告げると、転移魔法で小屋へと戻っていきました。