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31.期待すればするほど落胆は激しい


「パパー!!ママー!!」


 荒廃した世界に一縷の希望として顕現せし大天使ことアルカが俺とセリスの間に勢いよく飛びつく。そのまま甘えるように顔をうずめてくる様を見て耐えられる奴がいるなら見てみたい。俺は無理、悶絶死。


 アルカはしばらくの間そうしていたが、急に鼻をひくつかせると、怪訝な表情を浮かべる。


「二人とも汗臭いよー?パパは置いといて、ママまで臭いなんて珍しー!」


「ん?あぁ、そういやしばらく風呂に入っていなかったからな」


 ここんところずっと野宿だったから濡れタオルで身体を拭いていただけなんだよ。って、ちょっと待て!俺は置いといてってことはいつも臭いのっ!?ねぇ、そうなのマイエンジェル!?


「臭い……?私が……?」


 まさに茫然自失といった様子でセリスが途方に暮れている。俺は全然感じないけどなー?いつものように少し甘い香りがすると思うぞ。


「ずいぶん苦戦したようじゃのう。まぁ、あの血気盛んな種族相手では無理もないか」


 アルカの後ろに控えていたリーガルがゆっくりとこちらに近づいてくる。セリスは慌てて頭を下げ、俺は軽く手を挙げて挨拶をした。


「お爺様、アルカがお世話になりました」


「サンキューな、爺さん。助かったよ」


「なーに、こちとら可愛いひ孫と一緒に過ごせたんじゃ。感謝こそすれ、お礼を言われるような筋合いはないのぉ」


 リーガルは俺とセリスにべったりくっついているアルカの頭を優しく撫でる。アルカの幸せそうな顔を見る限り、すっかりリーガルに懐いたみたいだな。


「アルカはとてもいい子にしておったぞ?」


 アルカがいい子にしていた?何を言っているんだこの爺さんは?そんなのは「右足と左足を交互に出したら前に進んだ」って言っているようなもんだぞ?

 アルカがいい子なんじゃない、いい子がアルカなんだ。アルカ自身がいい子の定義として存在しているんだよ。


「アルカのおかげで魔物の肉には困らんかったしのぉ」


「うん!!アルカ、たくさん狩りしたー!!」


 そもそもいい子の基準としてアルカが存在するわけで、どれだけアルカに近づけるかというのが、他の子どもがいい子かどうか判断する………………狩り?


 俺がギギギッと音を立てながら表情を失った顔を向けると、アルカは期待を込めた眼差しを向けてきた。それはずるいぞ、アルカさんや。


「魔物のお肉を持って帰ってくるとみんなが喜ぶから、アルカ頑張った!!」


「そ、そうか。え、えらいな、アルカは」


 あんな顔されたら褒める以外に道はない。チラッと隣に目を向けるが、アルカの「臭い」発言でまだショックから立ち直っていないセリスは、完全に心ここにあらずの様子。いや、もういい加減、元に戻れっての。


「ほっほっほ……もうフレノール樹海では、アルカに敵う魔物はいないのぉ」


 おい、じじい。ちゃんとアルカの面倒見てくれって頼んだだろうが。俺はこういうことを防いで欲しかったんだよ。もうアルカのやってることがライガと変わんねぇじゃねぇか。


 …………まぁ、いいか。


 とりあえずアルカは元気そうだし、リーガルとの仲も深まったみたいだし、良しとしよう。


 さてっ!今日は帰ったら久しぶりにアルカと一緒に風呂に入るかな!!



「ふぅ……」


 シャワーを浴びながらセリスは一つ息を吐く。何日かぶりのシャワーなのだ、気持ちよくないはずがない。


 最近はアルカと二人で入ることが多くなっていたのだが、今日はクロがアルカと一緒に風呂に入ったので、セリスは風呂場で一人きりだ。

 別にそれを嫌とは感じていない。アルカと二人で入る風呂は確かに楽しいが、こうやって一人でゆったりとくつろぐのもセリスは好きだった。特にここ最近は全くゆっくりできていなかったので、心と身体を休めるにはもってこいの場となる。


 にもかかわらず、セリスの心臓は大太鼓を叩いているような鼓動を轟かせている。


「……こんなに緊張するのは初めてのことですね」


 セリスは自分を落ち着かせるように、その豊満な胸に手を乗せた。しかし、軽快な8ビートを刻む心臓にリタルダントがかかる気配はない。むしろ、全部の音符にアクセントが付いているように、力強く音を奏でていた。


 こうなった原因ははっきりしている。先日、クロがセリスに告げた言葉。


 ―――視察が終わって家に帰ったらその時……


 今日、クロは無事、獣人族の視察を終えた。まさか本当にライガと分かり合えるとはセリス自身、夢にも思っていなかったのだが、それを成し遂げるあたり、流石という他ない。


 そして、久しぶりに家へと帰ってきた。これの意味するところは……。


 つまり、そういうことだろう。


 食事の時も、寝支度を整えている時も、片時も離れなかったアルカがなぜか一人で寝ると言い出した。子供とはいえアルカも女の子。そういう気配を察することに長けているのだろう。


 セリスは鏡に映る自分の姿を入念にチェックする。見る者すべてが感嘆の息を漏らすほどの美しいプロポーションをしているというのに、セリスの表情は浮かない。これまで生きてきて恋人ができたことがないセリスは基本的に自分の容姿に自信がないのだ。だから、クロに関してちょっとしたことで不安になるし、すぐにヤキモチも焼いてしまう。


「……もう少し、キレイにしておいた方がいいですよね」


 そう独り言を呟いて身体を洗うこと五度。やっとの思いで湯舟につかり、悶々としながらじっくりと身体を温めると、セリスは風呂場からあがった。


 髪を乾かし、いつものネグリジェに着替えたセリスは、逸る気持ちを抑えながら、音を立てずに暗いリビングを歩いていく。

 途中でふと気になり、アルカの部屋を覗くと、アルカは幸福そうな顔ですやすやと寝息を立てていた。そのあまりの愛らしさにセリスは表情を緩め、そっとその扉を閉める。


「アルカの気遣いを無駄にするわけにはいきませんね」


 セリスは覚悟を決めると、一歩ずつ階段を上って行った。一つ上がるごとに釣り鐘をついたように心臓が高鳴るのだが、深呼吸をしながら着実にクロのいる部屋へと歩を進める。


 そして、ついに寝室の前までたどり着いた。


 震える手でドアノブに手を伸ばす。触れた瞬間、ドアノブが濡れていると思ったがなんてことはない。濡れていたのは汗でびしょびしょになっている自分の手だった。

 それに気が付いた時、もう一度風呂に入りたいという欲求が沸き上がってきたが、何とかその思いを断ち切り、意を決して寝室の扉を開いた。


「お、お待たせしました」


 若干声が上ずったのはご愛敬。溢れんばかりの期待と、ほんの僅かな不安を胸に抱いているセリスの目に飛び込んできたのは―――。


 ベッドの上に横たわり、アルカよりも幸せそうな顔をして、布団もかけずに、ぐーすかといびきをかいている恋人の姿であった。


 しばし茫然とその場に佇んでいたセリス。その鼓動はもはやトライアングルレベル。ちーん。


「はぁ……」


 心に溜まったあらゆるものを吐き出すようにため息を吐くと、セリスはふらふらとした足取りでベッドに近づいていく。そして、クロを起こさないように優しく布団をかけると、心を無にして自分も床についたのだった。


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