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23.野菜を収穫するの!


 美食の街・デリシアの長であるギーは、自分の執務室で腕を組みながら仕事机に置かれている書類を睨みつけていた。


「うーん……これから冬が始まるからなぁ……」


 ギーが見ているのはそれぞれのタウンで一月当たりどれだけの収穫があったかのデータ。どこも棒グラフ右肩上がりではあるが、その中でもベジタブルタウンの伸びは他とは一線を画していた。

 ギーはそのベジタブルタウンのデータが書かれている羊皮紙を手に取り、顎を撫でる。


「クロのおかげで飛躍的に生産力があがっているが、流石に冬になるとこうはいかないだろうな」


 デリシアが誇る三大業、漁業、農業、畜産業。他の二つに比べ、農業は季節によって取れ高に大きな差が出てしまう。冬になれば雪も降るデリシアでは育てられる作物も限られてくるため、基本的には秋に収穫していた作物を備蓄して、各魔族の街に供給するという手法を取っていた。


「例年、冬の終わりには野菜不足に悩まされるからな。今年はかなりの備蓄が期待できそうだからそうはならなければいいんだが」


 人間、食べるものがなければ餓死してしまう。それは魔族にとっても同じこと。ある意味で魔族の生命線を握っているギーの担う責任は想像以上に重いのである。


「とは言っても、その野菜を全部保存できるくらいに倉庫があるのかも問題だな。こりゃ一度見に行かねぇとダメそうだ」


 めんどくせぇ、とため息をついたところでコンコンと扉がノックされる。ギーが返事をすると、屋敷の門番兼執事であるトロールのフィンが部屋へと入ってきた。


「なんだ?」


「お仕事中申し訳ありません。ギー様にお客様がお見えになっています」


「客ぅ?」


 ギーが頭を巡らせるも誰かと会う約束などした覚えはない。その表情からギーの考えを察したフィンが素早く補足をする。


「部屋の外でお待ちいただいている方は、ギー様とお会いになる約束を取り付けたお客様ではありません」


「はぁ!?アポなしでいきなり来たっていうのかよ!?」


「そういうことになります」


 淡々とした口調で告げられるフィンの言葉を聞いて、ギーが呆れた表情を浮かべた。魔王軍の幹部である自分にアポイントもなしでやってくる相手など、どっかのアホ指揮官か魔王ルシフェル、そして、自分と同じ幹部以外にはありえない。

 しかし、もしそうであればフィンガ「幹部の~~様がお見えです」と自分に報告してくるはずだし、クロであれば遠慮なしにこの部屋に直接転移してくるはずだ。つまり、その扉の先にいる奴は世間知らずの()()()()()()ということになる。そんな輩に割いている時間などギーにはない。


「話にならねぇな。そのお客様とやらには丁重にお帰りいただけ」


「かしこまりました」


 一切の興味を失ったギーが書類に目を戻しながらそっけなく言うと、フィンは恭しくお辞儀をして部屋から出ていった。


 再び一人になり、仕事に集中しようとするギーに不意に芽生える違和感。それは突然やって来た相手に対するものではなく、フィンに対するもの。

 あの男の執事としての腕は一級品だ。常にこちらに気を配り、仕事の邪魔になるようなことは、やむを得ない状況でもない限り絶対にすることはない。こちらの空気を察する能力にも長け、今が多忙な時期であることも十分理解しているはずなのだ。


 それにもかかわらず、フィンはわざわざ来客を告げてきた。


 ギーはゆっくりとフィンが出ていった扉に目を向ける。几帳面な性格をしているフィンにしては珍しくドアが僅かに開いていた。そこからフィンと例の客の声が聞こえる。


「申し訳ございません。ギー様はお忙しいため誰にもお会いにならないとのことです」


「そうなんだ……ううん!フィンさんは悪くないから謝らないで!突然押し掛けたアルカが悪いんだから!!」


「そう言っていただけると救われます」


 そういうことか……フィンの野郎……。


 ギーは内心舌打ちをすると立ち上がり、執務室の扉を開ける。


「おいおい、この俺がレディのお誘いを断るわけねぇだろ?」


 ギーの方に振り向いた茶色髪の可愛らしい少女がとびきりの笑顔を浮かべた。


「わー!!ギーおじさん!!こんにちはっ!!」


「おう、アルカ。相変わらず元気そうだな」


 ギーは手を挙げてアルカに応えながら、隣にいるフィンにジト目を向ける。しかし、フィンは涼しげな顔でこちらを見ているだけ。


「誰ともお会いにならないんじゃなかったのですか?」


「バカ野郎。アルカは俺の娘みたいなもんなんだぞ?会わないわけねぇだろうが」


「それは考えもつきませんでした」


「……わざと扉を少し開いていたくせにか?」


 あれは明らかにアルカとの会話をきかせるためにフィンが仕組んだもの。フィンはギーの言葉を無視してアルカに笑みを向ける。


「それではアルカ様、私は失礼させていただきますね」


「フィンさん!ありがとねっ!!」


 フィンは微笑みながら頭を下げると、そのまま自分の持ち場へと戻っていった。


「……クロはよぉ、俺の事を食えない奴だというけど、上には上がいることを教えてやりたいぜ」


 フィンの後姿を目で追いながら、ギーがぼそりと呟く。そんなギーの顔をアルカが下から覗き込んだ。


「ギーおじさん、お仕事平気なの?」


「ん?そんなのアルカが気にすることじゃねぇ。それよりどうした?」


 少しだけ不安そうに聞いてくるアルカの頭の上に、ギーが優しく手を置く。撫でられるのが大好きなアルカは嬉しそうにはにかんだ。


「今はリーガルお爺ちゃんの家にいるんだけどすっごく心配性でね……なんでもかんでも危ないって言って止められちゃうから、昼間はこっそり抜け出して遊びに行ってるの!!」


「リーガルの家?……あぁ、そうか」


 一瞬不思議に思ったギーだったが、クロが獣人族の視察に行っていることを思い出し、一人納得する。いくら転移魔法が使えるとはいえ、あの種族は常に移動しながら仕事をこなすため、いちいち家に帰ってくることはできないのだろう。


「クロもセリスも家にいないのか。なら、寂しい思いをしているんじゃねぇか?」


 ギーの問いかけに少しだけ表情を曇らせたアルカであったが、すぐに太陽のような笑顔を向けてくる。


「みんな優しいから全然平気っ!!一昨日はボーおじさんとアニーさんとご飯を食べたし、昨日はフレ姉さんとお花摘みに行ったの!!リーガルお爺ちゃんだってアルカの事を可愛がってくれるんだよ!!」


 本音8割、強がり2割ってところか。


 アルカの様子からそう察したギーであったが、そんなことは口にしない。多分他の者達も同じように感じていたに違いない。だからこそ、ボーウィッドもフレデリカもアルカと一緒に時間を過ごしたのだ。


「……他の兄弟がしっかり面倒見ているのに、俺だけってわけにはいかねぇわな」


「えっ?」


 ぼそりと呟いた言葉にアルカが反応する。ギーは優し気な笑みを浮かべながら、首を左右に振った。


「いや、なんでもない。それよりアルカは遊びに来たんだろ?俺と一緒にベジタブルタウンに行かないか?」


「ベジタブルタウン?ゴブリンさん達のところ?」


「あぁ、俺もベジタブルタウンに行く用事があってな。それに、今は収穫の時期でもあるから、アルカにも手伝ってもらいたいんだが、どうだ?」


「野菜の収穫!?やってみたいっ!!」


 目をキラキラさせながらギーの話を聞いていたアルカが元気よく頷く。そんなアルカの嬉しそうな顔を見ていたら、ギーもつられて笑顔になった。


「よーし、じゃあ決まりだな。それじゃ、早速……ん?」


 ギーが魔法陣を組む準備をしようとしたら、おもむろにアルカが手を伸ばしてくる。疑問に思ったのも束の間、ギーとアルカは一瞬でベジタブルタウンへと転移した。あまりの出来事に目をぱちくりと瞬かせるギー。


「ギーおじさん!!早くいこうよ!!」


「…………そういや、ただの女の子じゃなかったわな」


 目の前でスキップしている少女はあの魔王軍指揮官の一人娘。息をするかの如く高難度の転移魔法を発動したアルカを前に、あらためて親子ともども規格外であることを認識する。


「あー!!アルカだー!!」


「ギー様もいるぞー!!」


 二人に気がついたゴブリン達が一斉に集まってきた。ギーはゴブリン達を見渡しながら軽い感じで挨拶をする。


「よっ、相変わらず仕事を頑張っているみたいだな」


「「「はいっ!!」」」


「結構な豊作みたいだが、それだと収穫が大変だろ。今日はアルカが助っ人として来てくれたぞ」


「みんなー!!よろしくねー!!」


 アルカが愛嬌満天の笑顔を向けると、ゴブリン達の間で歓声が上がった。アルカの人気っぷりに若干面食らいつつも、咳ばらいを挟み、ギーは話を続ける。


「つーわけで、アルカと一緒に野菜を収穫してくれ。その間俺は倉庫の───」


「サツマイモを掘りに行こう!!」


「アルカ!!こっちこっち!!」


「後で焼きいもやろうぜー!!」


 ワイワイと盛り上がりながらアルカの手を引いていくゴブリン達。アルカもウキウキしながらそれについていく。


「……話聞けよな」


 ギーはため息を吐きながらも、嬉しそうに笑いながらゴブリンの輪に入っていくアルカを見て、思わず笑みをこぼした。


 しばらく何も言わずにアルカとゴブリン達を見つめる。ああしているとアルカも年相応の可愛らしい女の子見えた。子どもに一切の興味がなかったギーだが、顔に泥がつくのもお構いなしで楽し気に芋堀をしているアルカを見ていると、無性に自分の子が欲しくなるから不思議だ。


「俺も年を取ったってことかねぇ……」


 自分の爺臭い発言に思わず苦笑すると、ギーは倉庫へと向かっていった。



 ギーは一人でベジタブルタウンにある倉庫を一つ一つ調べていく。結構な数の倉庫が存在しており、十分な保存領域を有しているように思えた。


「貯蔵は問題なさそうだな。あとは野菜が取れるのを待つだけ……ん?」


 ある程度倉庫を見終えたところで、なにやら外が騒がしいことに気が付く。


「なんだ?焼芋で盛り上がってでもいるのか?」


 それにしては声の感じがおかしかった。和気あいあいとした話し声というよりも魔物の甲高い鳴き声のように聞こえる。

 不審に思い倉庫から顔を出してみると、畑の真ん中で大量の落ち葉を集めてたき火をしているゴブリン達と、それに群がる十羽以上の巨大な怪鳥の姿があった。


「ありゃ、スティッキンバードじゃねぇか?」


 アルカ達の上空を旋回しているのは体長五メートルを超える鳥の魔物達。この魔物は誰かが仕留めた獲物を横取りする卑怯かつ狡猾な魔物であるが、自身の戦闘力もばかにはならない。ドラゴンやベヒーモスといった最上位の魔物には劣るものの、群れで行動する奴らの危険度は非常に高い。


「まずいな……助けに行かねぇと」


 大事な同朋が危機に瀕しているのであれば、助けるのが長としての役割。この時、ギーの頭の中には非力なゴブリンが厄介な魔物に襲われているということしかなかった。


 そう、ギーは失念している。今この場にはかの名高き魔王軍指揮官の秘蔵っ子がいるということを。


「このお芋はアルカ達が一生懸命掘ったものなの!!鳥さんたちにはあげないよ!!」


 アルカは顔をむっとさせながら即座に魔法陣を構築していく。それは、ギーが今まで見たこともないような大きさの一種(ソロ)最上級魔法(クアドラプル)の魔法陣であった。


「全力で行くよー!!”雪だ()るま()さんは優しくて力持ち(スノーマン)”!!」


 魔法陣から飛び出してきたのは立ち並ぶ倉庫を軽く超えていくほど巨大な氷の生命体。形は完全に雪が降ったら子供達が作り出すあれそのもの。違うのは帽子であるバケツも、ニンジンが刺さっているだけの鼻も、小枝にはめられた手袋も全てが氷でできているということである。


「いけー!!雪だるまさん!!悪い鳥さんをやっつけて!!」


 アルカの声に反応すると、身体の部分が回転し始め、そこから冷気を噴出していった。その冷気をまともに受けたスティッキンバードは次々と凍り付いていき、地面へと落下していく。それを見てゴブリン達は暢気に手をたたいていた。


「流石はアルカだなー!!」


「ありがとう!!」


「アルカのおかげで焼き芋パーティが続けられるよー!!」


 ゴブリン達に褒められ満更でもない表情を浮かべながらアルカ達は再びたき火へと戻っていく。一部始終を見ていたギーはピクピクと頬を引き攣らせていた。


「……前にセリスが『アルカと真っ向から戦ったら絶対に勝てません』って言ってたけど、俺も厳しそうだな。……闘技大会の時よりもさらに強くなってねぇか?」


 無限の可能性を秘めた少女に若干の戦慄を覚えつつも、アルカがいれば問題なしと判断したギーは、昼ご飯は焼き鳥だな、などと暢気に考えながら再び自分の仕事に戻った。


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