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20.盲目な女性は怒らせると怖い


「そこに木の根っこが出ております!!足元に気をつけてください!!」


「水分補給はされていますか?もしよければ私のを飲んでください!!」


「疲れていませんか?少しでも疲労を感じたらおっしゃってください!!」


 ………………はい。朝からずっとこの調子です。まるで王族を相手にしているかのような丁寧な対応。少し、いやかなりうっとおしい。

 おまけにシェスカの距離がやたらと近いんだよ。おかげでセリスの機嫌がすこぶる悪い。


「……怒ってる?」


「そうですねぇ……」


 後ろでむくれているセリスに声をかけると、セリスはトゲトゲした口調で答える。


「はっきり言いますと、拗ねています。クロ様がデレデレしているわけではなく、シェスカさんに悪気があるわけでもないです。えぇ、誰も悪くありません。なので、怒っていませんし、怒ることもできません。ですが、気に入らないものは気に入らないのです。だから、私のことはほっておいてください」


 それだけ早口でまくしたてると、セリスはぷいっと顔を背けた。そんなセリスを見て、すぐ横を歩いているシェスカが心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。


「私はセリス嬢の気に触るようなことをしてしまいましたか?」


「いや、気にするな。……それより、シェスカの仕事について教えてくれる?」


 おそらく、ゴアサバンナに戻ってシェスカと別れるまで、セリスの機嫌が直ることはないだろう。気を取り直して自分の仕事に取りかかることにしよう。


「はいっ!!クロ様の知っての通り、我々獣人族は素材の収集を任されております!!私の担当はその中でも植物系統の採集がメインとなっております!!」


 植物採集ねぇ……そういや、葉っぱやら木の実やらを集めていたもんな。


「今回はネンチャクルミとオイリーフだっけか?」


「そうです!!私達は素材を提供するだけなので詳しくは知りませんが、ネンチャクルミはすり潰すと強力な接着剤になり、オイリーフは燃やすと魔力を放ち、魔道具を動かす燃料になるらしいです!!」


 ネンチャクルミの接着材はボーウィッドの工場にもあったな。すげぇ接着力だった。不用意に触って、半日は手から部品が離れなくなったのはいい思い出だ。

 オイリーフは聞いたことなかったぞ。照明魔道具とか、誰かからの魔力供給なしに魔道具が動き続けるのが不思議だったんだけど、オイリーフのおかげだったんだな。めちゃくちゃ重要な資源じゃねぇか。


「本来であれば集めた資材を持ったまま帰還するのですが、クロ様のおかげで我々全員身軽になる事が出来ました!!本当に感謝しております!!」


 あー……朝出発しようとしたら、みんな重い籠を背負ってたから、俺が収納魔法に全部しまってやったんだよ。あん時の獣人族ったらなかったな。俺を神かなんかと勘違いしているのかと思うくらいひれ伏していたから。


「流石はクロ様です!!益々尊敬し直しました!!」


 ずいっと顔を近づけてきたシェスカから、顔を引きつらせながらさりげなく身体をそらし、距離を取る。これ以上、ヤキモチメーターを上げたら後が怖い。まじで。


「そ、そういやライガやザンザは何を集めているんだ?」


「あぁ、あの二人ですか」


 シェスカがわかりやすい感じに顔をしかめる。ん?気になる反応だな。


「あの二人はクロ様の素晴らしさを全く理解できない愚か者ですからあまり話すのは気が進みませんが、クロ様に尋ねられたのであれば答えないわけにはいきません」


 そういうことか。こいつはどんだけ俺のこと好きなんだよ。


「ザンザは鉱石の採掘、親父は魔物の素材を集める隊をまとめています。あの二人と私の隊を合わせた三隊が、ゴアサバンナにある素材採集部隊となっております」


「鉱石と魔物かぁ……あいつらの視察も大変そうだな」


「はい……はぁ……ゴアサバンナに戻ったら私の視察も終わってしまうんですね……」


 シェスカが猫耳をしょんぼりと垂らす。なんかものすごく悪いことをしているような気分になったんだが。

 あー、シェスカの耳を見て思い出したことがあるわ。


「ライガって人間と同じ耳をしているよな?他の獣人族はそれぞれ動物の耳をしているのに」


「親父は特別で、獣の力を完璧に操ることができるんです。普段は力を極力抑え、戦いになった時にそれを解放します。だから、他の獣人族とは実力が段違いなわけです」


 腐っても獣人族の長ってわけか。ライガのくせに生意気だな。

 それにしても、なんとなく引っかかっていた疑問が解決してスッキリしたわ。それもこれもシェスカのおかげだ。


 俺が目を向けると、シェスカは少しだけ寂しそうな顔で笑った。さっきの視察がもう少しで終わってしまう、っていうのが効いているようだ。えっ?なんでわかるかって?エスパーセリスじゃなくてもわかるわ、そんなん。だって、めちゃくちゃ顔に書いてあるもん。


「……街に着くまでシェスカの話を聞かせてもらってもいいか?」


「っ!?は、はいっ!!私の話でよければ喜んでっ!!」


 俺の言葉がよほど嬉しいのか、シェスカははち切れんばかりの笑顔で答えた。

 あーぁ、後でするセリスのフォローがまた大変になっちまったな。でも、あんな顔されたらほっとけねぇっつーの。


 ゴアサバンナに到着するまで、俺は一生懸命話すシェスカの話に耳を傾け続けた。



 俺達に合わせてなのか、かなりのスローペースで移動していた俺達は、結局ゴアサバンナに戻って来るのに丸二日もかかった。その間、なるべく俺の近くにいたいシェスカのおかげで、セリスの機嫌が悪化していったのは言うまでもない。


 ゴアサバンナに帰ってくると、シェスカがいるため門番達は俺とセリスの顔を見ても何も言わずに門を開いた。さて、とりあえず行きたくねぇけどライガの屋敷に向かうか。


「親父のところに行きますよね?私もそこまでご一緒いたします!!」


「ん?そうか?隊の獣人達はどうするんだ?」


「一度採集に出たら、最低一日は休暇を与えます。連続で行っても作業効率が落ちるだけですから。それが獣人族にある、破られてはいけない掟です」


 おぉ、意外とまともな労働環境。他の種族と比べても圧倒的に肉体労働だから休息もしっかり取らせるのか。ということは、ここで彼女たちとはお別れか。なら、預かっていた荷物はここで返さねぇとな。


 俺が空間魔法から集めてきた素材を取り出すと、シェスカ隊の面々が揃って頭を下げてくる。うん、感謝されるのはいいけど、周りの視線がマジで痛い。そら、人間の俺にこんな態度を取ってたらガン見するわな。しかもあのシェスカも一緒になって俺に感謝しているし。


「お礼なんていいから。とにかくお疲れ様。しっかり体を休めてくれ。……シェスカ、さっさとライガの所に行くぞ」


「えっ?あっ、はい!!お前達、次の遠征は明後日だ。それまで英気を養っておくように」


「「「はいっ!!!」」」


「よしっ!!それではクロ様、行きましょう」


 俺はシェスカに手を引かれながら屋敷に向かっていく。前にも増して『サバンナ』にいるやつらの憎悪の視線が半端ないのは、気のせいではないだろう。なんなら嫉妬も混じっている気がする。やっぱシェスカは美人だから仲間からの人気も高いんだなぁ。


 えっ?セリス?恐ろしすぎてそっちに目を向けられるわけねぇだろ。


 とりあえずシェスカに引かれるがまま歩いていたら、屋敷の前で男だけの集団に出くわした。先頭にいる犬耳の男には見覚えがあるぞ。あちらも俺達に気がついたらしく、セリスを見てでへへ、と表情をだらしなくしたのも束の間、俺とシェスカを見て、その目を大きく見開かせる。


「なっ……姐さんっ!!なんでそんな野郎と手なんかつないでやがる!?」


「えっ……きゃっ!!」


 ザンザに言われて、ようやく自分がしていた大胆行動に気がついたシェスカが、顔を赤くしながら、頬に両手を添え、俺から少しだけ距離を取った。それを見て、ザンザが怖い顔で俺を睨みつけてくる。


「おい、てめぇ!!権力をひけらかして姐さんを無理やり従わせやがったな!?」


「はぁ?何言ってんだお前?そんなことするわけねぇだろ。大体シェスカがそんなくだらないもんに屈するタマかよ」


「気安く姐さんをシェスカって呼ぶんじゃねぇ!!ぶっ殺してやるッ!!」


 完璧に頭に血が上り、今にも突っ込んできそうなザンザを、シェスカが容赦なく殴りつけた。


「いてぇ!!」


「この大バカ者がっ!!クロ様に失礼な口を利くんじゃない!!!」


「ク、クロ様ぁ!?」


 頭をさすりながら涙目で自分を見てくるザンザに、シェスカが憤怒の表情を向ける。


「このお方は私が憧れて止まない、ミスターホワイト様なのだぞ!?話し方には気をつけろ!!」


「なにぃ!?こいつがミスターホワイトなのかっ!?」


「様をつけろっ!馬鹿たれ!!」


 なぜか憎しみのこもった目で俺を見てきたザンザを、再びシェスカの拳が襲った。なんだ?こいつもミスターホワイトに特別な思い入れでもあるのか?


「とにかく!お前のようなバカに付き合っている暇はない!!さっさとそこをどいてクロ様に道をあけろっ!!」


「や、屋敷に行っても無駄だぜ!!親父は狩りに出ちまっているからな」


「なん……だと……?」


 すさまじい剣幕でザンザに迫っていたシェスカが唖然とした表情を浮かべる。そこまで驚くことか?あいつの仕事的に屋敷にいる方が珍しいくらいだろ。

 絶望にも似た表情から、何かを耐え忍ぶような顔へと変えると、シェスカは勢いよく地面に手と膝をついた。


「申し訳ございませんっ!!一緒に行くと言っておきながら、肝心の親父が不在という不始末っ!!いかなる罰をも受ける所存でありますっ!!」


「いや、いいから。ライガがいないのは、別にシェスカのせいってわけじゃねぇだろ」


「いいえっ!!心優しいクロ様が許してくださっても、私は自分自身を許すことができませんっ!!」


 穴を掘るつもりか、と聞きたいくらいシェスカは地面に頭をこすりつける。わかったから、普通に接してくれないかな。さっきからザンザとその後ろにいる奴らが血走った目で俺の事を見てくるんだよね。


「シェスカさん。クロ様もこう言っておりますので、あまり自分を責めることはないと思います」


 今まで我関せずだったセリスが、この状況を見かねて助け舟を出してくれた。シェスカがしょんぼりと落ち込んだ様子で差し伸べられたセリスの手をとる。


「セリス嬢……すまない。少し取り乱してしまったようだ」


 なんとか落ち着きを取り戻したシェスカがゆっくりと立ち上がり、上目遣いで俺を見てきた。


「あ、あのー……クロ様?大事なのは親父じゃなくて視察ですよね?」


「あー……まぁ、そうだな。それさえできれば別にライガと会う必要はない」


 その言葉に満足そうに頷くと、シェスカは俺に向けていたものとは正反対の顔をザンザに向ける。


「ザンザ、その様子から察するに、お前達は今採掘から戻ってきたのか?」


「そうだよ。だから俺達は今から酒を飲んでトレーニングでもしようと」


「行け」


 ザンザの言葉を遮るように、シェスカが冷たい声で言い放った。この場にいるシェスカ以外の全員の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。


「もう一度クロ様とセリス嬢を連れて採掘に行け」


 なーんだ、そういうことか。って、最低一日は休まなきゃいけないっていう破ってはいけない掟はどうした?

 当然、ザンザを含めザンザ隊の連中から不満の声が上がる。


「おいおい!そりゃねぇぜ!!」


「姐さん!!横暴だよ!!」


「俺達だって休みてぇよ!!」


「セリス様はともかく、なんでこんな野郎を連れて行かなきゃならねぇんだよっ!!」


 うーん、今回はこいつらに賛成だな。なんでこんな奴らについて行かなくちゃならねぇんだよ。なんだかんだで俺は疲れてるんだ。それにセリスの機嫌も取らなくちゃいけねぇし、アルカ成分を補充する必要だってある。ここは一度家に帰って……。


 ドゴォォォォォン!!!


 シェスカの放った拳が地面に突き刺さり、無数の亀裂を走らせる。それまでギャーギャーと文句たれていたザンザ達は水を打ったように静まり返った。


「さっさと行け。殺すぞ?」


 これでもか、というほどドスのきいた声音。全員が魔法でもかけられたみたいにコクコクと首を縦に振る。その中にはちゃんと俺も含まれていた。


 シェスカは表情を一変させると、溢れんばかりの笑みを俺に向けてくる。


「これで視察に行けますね!!ホッとしました!!」


「あっ、はい。ありがとうございます」


 役に立てたのが嬉しいのか、シェスカが身体をもじもじさせながらチラチラとこちらを窺ってきた。そんな可愛らしい仕草で言われても、さっきの見たら恐怖心しか抱けないです。


「では、クロ様。視察、頑張ってください!!」


 シェスカは元気よく別れを告げると、名残惜しむように俺から離れていく。が、ザンザ達の横を通るときに、ピタッとその足が止まった。


「……クロ様に迷惑をかけたら命はないものと思え」


 それで身体が切れるんじゃないか、と思えるほど鋭利な視線をザンザ達に向けて、シェスカはこの場を後にする。このまま視察に行くのは決定ですね、はい。


 こりゃ、楽しい残業になりそうだ。今にも殺し合いが始まりそうなほど、身体中から殺気があふれ出しているザンザ達を見ながら、俺は乾いた笑いを浮かべた。


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書籍化に伴い、特設ページを作っていただきました!下記のリンクから足を運んでみてください!
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