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16.老人は太陽よりも起きるのが早い


 日が落ちてきたころ、ようやくシェスカの指示が下り、本日の強行軍は終わりを告げた。


 明らかに疲労の色が濃い獣人族の女性達。元気なのはへたり込む仲間たちに檄を飛ばしているシェスカと、さっきまでずっとお姫様抱っこされていたセリスくらいだ。俺?俺はもちろん元気いっぱいだ。

 かっこつけてセリスを抱え上げたのはよかったんだけど、流石に疲れがたまってきちゃってさ。ほら、普段は転移魔法で移動するから、スポ根よろしく全力疾走なんてガラじゃないんだよね。途中から”無重力状態(ゼロ・グラビティ)”をこっそり唱えて、走っているフリして空飛んでたから。


 今は、獣人族の奴は持ってきたテントを張ったり、夕飯を狩りに行ったりしているところだ。俺達もテントは張ったが、食材は空間魔法に入れて持ってきていたから狩りに行く必要はなかった。いつも通りセリスがご飯を作っているのを首を長くして待っているってわけだ。


 とは言うものの、やることもないので少し散歩をしてみることにするかな。


 俺は狩りに行っていない待機組の獣人族の間を回り始めた。一応、視察で来ている身の上、こういう時も獣人族の様子をチェックする必要があるよな。とりあえず、歩きながらどんな様子か盗み見る感じで…………。


 うん。かなりシェスカはハッスルしたみたいだな。今日の朝、初めて会った時は全員が俺とセリスの事を睨んでいたっていうのに、今はぐったりと座ったままこちらに目を向けようとすらしない。毎回こんな状態なら劣悪な労働環境として改善させなければならないんだけど、多分違うだろ。


 こんな獣人達を見ていても何も良いことはないので、唯一元気な奴に仕方なく声をかける。


「よぉ。みんな随分疲れているみたいだけど、いつもこんなものなのか?」


 シェスカはつまらなさそうにこちらを見ると、すぐに俺から視線を外した。割と想定の範囲内の反応。


「なんだ?口がきけないくらいお前も疲れているのか?」


「……だまれ。この程度で疲れるわけがないだろ」


 安い挑発に乗ってくれるちょろすぎるシェスカちゃん。ある意味で扱いやすいな。


「まぁ、シェスカはそうだろうな。だけど、お仲間はそうじゃないみたいだぜ?」


「鍛え方が足りないのだ。同じ獣人族として恥ずかしいくらいにな」


 シェスカが怖い顔でキッと睨むと、その辺で休んでいた獣人族達がばつが悪そうな顔で、そそくさと離れていく。うーん、パワハラ案件ですね。イエローカード。


「……ふんっ!!」


 シェスカは、情けないと言わんばかりに鼻を鳴らすと、野営地から離れて行こうとする。


「待てよ。少しくらい俺の話に付き合ってくれても罰は当たらねぇぞ?」


「貴様と話をするくらいなら、今日の食料を探してくる方が遥かに建設的だ」


 まぁ、それは一理ある。どうせ大した話なんてできないだろうし。つっても、はいそうですかって行かせるわけにはいかねぇ。俺にも仕事があるし、何より暇なんだよ。


「そんなに人間様がお嫌いか?」


 歩いていくシェスカの背中に話しかけると、シェスカはピタリと足を止め、こちらに振り返った。


「私は弱いやつが大嫌いなんだ。特に何の努力もせずに、弱いことを享受し、守ってもらえることが当たり前だと思っている輩がな」


「……人間がそうだっていうのか?」


「人間は群れたがる生き物だ。自分一人で生きていこうとせず、他人に縋ろうとする脆弱な存在だ。そういう輩も虫唾が走る」


 ……なるほどな。極端ではあると思うが、言いたいことは理解できる。実際、俺もそういうのはあんまり好きじゃねぇしな。


「……貴様は他の人間共とは違う、ということは今日観察してみて分かった。魔王軍指揮官の名は伊達じゃないということも」


「……そりゃどうも」


 まさかこのタイミングで褒められるとは思わなかった。超実力主義であるがゆえ、認めるところはきっちり認める性質なんだろうな。


「むしろ気に入らないのは貴様よりもあの女だ」


「あの女……セリスの事か?」


 俺の問いかけには答えず、シェスカはサッと俺に背を向けた。


「……私はあの女を絶対に認めない」


 それだけ言うと、猛スピードで森の中へと飛び込んでいく。こりゃ重症だわ。いまだかつてこれほどセリスに恨みを持っていた奴がいたか?


「……お前、何やったんだよ」


「まったく見当もつきません」


 俺の声に呼応するように、セリスが物陰から静かに姿を現した。その表情には困惑以外の感情はない。


「折を見て話をしてみる必要があるかもしれませんね」


「だな」


 果たしてあの頑固な脳筋女が素直に口を割るだろうか。まっ、今悩んだところで状況は何も変わらねぇな。


「とりあえず飯にするぞ。誰かさんのおかげで腹ペコだ」


「ふふっ……ちゃんと感謝をこめて作りましたよ」


 俺とセリスは、シェスカが消えていった森から顔を背けると、自分達のテントへと戻っていった。



 寝袋にくるまって熟睡していた俺は、セリスに叩き起こされる形で目を覚ます。何事かと思い、慌ててテントの外に出てみると、まだ空は薄紫色をしており、星すら輝いていた。

 どう考えても起きるには早すぎる時間、だというのに働き者の獣人族はせっせと朝の準備をしている。老人か、こいつら。


 俺はセリスが用意してくれた朝飯を流し込むように食べると、ノロノロとテントを片付け始めた。

 やっとの思いで出発準備を整えると、当然のように他の獣人達の用意は済んでいて、遅れてやってきた俺達は冷ややかな視線で迎えられる。そんな目をされても困るっつーの。ただでさえ俺は低血圧なんだ。早起きなんかさせるんじゃねぇよ。


 シェスカは何か言いたげにこちらを見ていたが、何も言うことなく森を進み始める。今日も『チキチキ!!草木香る地獄の耐久マラソン』の開幕だ。


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