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14.空気を読むのは商売人の必須条件

 ゴアサバンナから戻った俺達は、すぐにアルカに事情を説明した。俺達二人が何日か帰らないことをアルカは笑顔で了承してくれたので、今は必要なものを揃えるために三人で買い物に来ているところだ。


 俺は少し前を仲睦まじく二人で歩く姿を何も言わずに眺めていた。アルカの手にはしっかりとセリスの手が握られており、身体もぴったりと密着させている。……やっぱり寂しいんだな。

 チクリと心が痛んだが、俺達に迷惑をかけまいとするアルカの優しさに、言葉には出さずに感謝と謝罪をしながら、少しだけ歩を早め、二人の横についた。


「それにしても、チャーミルにこんな場所があったとはな」


 優しくアルカの頭を撫でながら周りを見回す。少し広めの裏路地通りには様々な露天商が所狭しと立ち並んでいた。

 驚いている俺を見ながら、セリスは嬉しそうに笑う。


「チャーミルが、子供には見せられない店だけの街だと思っていましたか?」


「まぁな。実際、表通りはそんな感じじゃねぇか」


「それは……否定できませんね」


 セリスも横目でお店を見ながら、苦笑いを浮かべた。


 アルカを連れてチャーミルに行くと言い出した時にはマジでビビった。おまけに裏通りを進んでいくもんだから、獣人族への怒りのあまりに頭がおかしくなったのかと思ったぜ。

 

 アルカは物珍しそうにキョロキョロとお店に目を向けている。そうか、こうやってゆっくりと買い物に連れて来たことなんてなかったからな。いろんなものが売られているのが楽しいのか、俺とセリスと三人で買い物に来られたのが嬉しいのか、アルカは鼻歌を歌いながら目をキラキラさせていた。

 そんなアルカを見て、ほんわかした気持ちになりながら、俺は陳列されている商品に目をやる。


「……なんつーか、統一感がまるでないな」


 売られている物は野菜や果物、肉、酒といった日常的な食料品はもちろん、本に洋服、家具、レジャーグッズ、登山用具、娯楽品、武器や防具までもが置かれている。


「この通りは通称『アウトストリート』と呼ばれておりまして……『アウト』、つまり人間界の商品を仕入れてきて販売しているんです」


 あー、なるほど。商品の種類を統一しているんじゃなくて、商品の仕入れ先を統一しているってわけか。どうりで俺が見たことのあるような物ばかり並んでいるわけだ。


「そういえば悪魔族の仕事の内に、人間との交易も含まれていたっけか」


「正規の交易とは言い難いですけどね。身分を偽らないと話すらまともにできませんから」


 そりゃそうだ。信用第一の商いなのに、相手が人間だ、魔族だ、なんてことになると信用もへったくれもありゃしない。

 

 まぁ、人間相手の商売の仕方なんて俺には関係のないことだな。とりあえず今は明日に備えてしっかりと買い物をしないと。これだけいろんなものが売っているんだ、お目当てのものもすぐに見つかるだろうよ。


 俺がアウトドア関連の露店に足を伸ばそうとした時、不意にアルカの足が止まった。


 突然だが、うちの娘は慎ましやかな性格をしている。


 おねだりなんてしないし、わがままも言わない。別に我慢しているわけじゃなさそうではあるが、いい意味でも悪い意味でもあまり自分の欲求を口には出さない。

 だけど、稀に俺やセリスにはわかる程度に、何かを欲しがったり、嫌がったりする時がある。今がまさにその時だ。ちなみに欲しがっている方で。


 魔王軍指揮官として結構な給料をもらっており、使い時が偶に行う気の合う奴らとの酒代くらいで懐に余裕のある俺としては、そういったアルカの願いは是が非でもかなえてやりたい。


 だが、俺は涙を呑んでスルーの道を選んだ。


 なぜかって?アルカの視線の先にあるものが、可愛いぬいぐるみやアクセサリーなんかではなく、自分の背丈を優に超える大きさのいかつい大剣だからだ。はっきり言おう。我が天使にそんなものを買い与えたくない。


 アルカさんや、お願いだからもう少し子供っぽいものを欲しがってくれ。


 当然、セリスも気がついており、俺に微妙な笑みを向けてきた。アルカの扱いに長けているセリスでも、流石にこれはお手上げのご様子。


 あれだよ。コンスタンのおっさんと戦ってから剣に興味を持っちまったんだよな。まぁ、あのおっさんは剣の達人で有名だったから憧れるのはわかる。だけど小さなダガーとかならまだしも、あんな武骨な大剣って。

 昨日も城で働いている仲良しのマキと掃除用具でチャンバラしてたしな。折れたモップが俺の顔に直撃したのを見て、マキが腹を抱えて大爆笑しやがった。即行で給仕長にチクって大目玉&減給の刑に処してやったわ。


 さて、どうしたもんか。


「これはこれは!セリス様と街を救った小さな英雄さん、そして我らが指揮官様じゃないですかっ!!」


 どうやって剣からアルカの気を逸らすか悩んでいたら、突然後ろから声をかけられた。そっちに顔を向けると、人のよさそうな小太りの男がニコニコと笑いながらこちらに近づいてくる。


「マルクさん。ご無沙汰しております。相変わらずここは盛況ですね」


「いえいえ、セリス様こそ相変わらずの美しさで。ここに並ぶ商品が霞んでしまいますぞ」


 セリスが柔和な笑みを浮かべながら気さくな感じでおっさんに話しかけた口振りからするに、顔見知りのようだ。


 マルクと呼ばれた男はセリスへの挨拶もそこそこに俺の方へと向き直った。


「ご挨拶が遅れました、指揮官様。私はこの『アウトストリート』を取り仕切っておりますマルクと申します」


「あっ……ご、ご丁寧にどうも。魔王軍指揮官のクロです」


 差し出されたふくよかな右手を、俺はドギマギしながら握り返す。そんな俺に、セリスが信じられないようなものを見るかのような目を向けてきた。


「……なんだよ?」


「いえ……あまりにもクロ様らしくないので。いつもの横柄な態度はどこにいったのかな、と」


 うるせぇ。魔族領(ここ)に来てから碌な奴に会ってないから問題なかったけど、こういうまともな人と面と向かったら俺のコミュ障が火を噴くんだよ。ほっとけ。


「そんなにかしこまらないでください。指揮官様は我々にとっていわば天上人。そのような丁寧な応対をされてしまうと、こちらは恐縮してしまいますぞ」


 あぁ……冗談っぽく言うことで嫌味にならず、それでいて俺がいつものように振舞えるようささやかな気遣いが感じられる発言。この男……できる。


「ならお言葉に甘えさせてもらおうかな。それでこの()が」


「アルカですっ!!よろしくお願いしますっ!!」


 俺が手を伸ばすと、アルカは元気よく自己紹介をした。マルクは頷きながら、暖かな目をアルカに向ける。


「存じております。街を脅かす人間どもを相手に、勇猛果敢に戦った小さな戦士はチャーミルの街で人気者ですから」


「アルカが人気者っ!?えへへ……」


 アルカが頬を赤くしながら、照れ臭そうに頭をかく。やばい、可愛すぎてえずいた。


「それにしても……」


 マルクが意味ありげに、俺とアルカへと視線を向け、そしてセリスへと視線を流した。


「三人で仲良く買い物に来られているということは、噂は本当なのでしょうか?」


「噂?」


 なんだそれ?俺とセリスが付き合い始めたことがもう知れ渡っているのか?


 マルクは変わらず笑顔のままだが、その表情を少しだけ真面目なものにする。


「はい。クロ指揮官様とセリス様がご結婚なさり、当主としてクロ指揮官様がチャーミルを治める。そして、そのご子息であるアルカ様が次期魔王として君臨する、というものです」


 ……………ソンナ噂ヲ流シタ大馬鹿野郎ハドコノドイツダ?


 ちらりと隣を見ると、セリスがあんぐりと口を開いていた。


「な、な、なんですか!?その噂はっ!!?」


 そうだ、セリス。言ってやれ。その噂は全くのでたらめだってな。


「前者はいいとして後者は聞き捨てなりません!!アルカは魔王になんてさせないんですから!!」


 おい、ちょっと待て。前者もよくねぇよ。結婚はまだしてないっつーの。


「その噂は誰に聞いた?」


「噂ですか?」


 俺が努めて冷静な口調で問いかける。犯人だけはしっかりと突き止めなければならない。


「お話を聞いたのはリーガル様です。『いつの間にか可愛いひ孫ができておった!!』ってはしゃいでおられましたよ」


 あの狸じじぃぃぃぃ!!この後、アルカの面倒を見てくれるように頼みに行くつもりだったけど、やめた方がいいだろ!!またよからぬ噂を流すぞ、絶対!!


 だが、待てよ?あの爺さんだったら俺とセリスが結婚した、とか平気でうそぶくのも納得できる。でも、アルカが次期魔王だ、なんて大それたことを言うか?下手したら不敬罪で罰せられる可能性まであるぞ?


「ちなみに後半部分は魔王様から聞いた、とリーガル様はおっしゃっていました」


 あっ、疑問解決したわ。そりゃ魔王直々にそう言っておられたのであれば全く問題ないよねー。くそが。


「ルシフェル様がそのようなことを……最近のルシフェル様のアルカに対する態度には目が余りますね。少しお話しした方がいいかもしれません」


 セリスが魅惑的な笑みを浮かべながら恐ろしいことを言っている。程々にしておけよ?お前の氷の微笑み(そういうの)に慣れていないマルクさんが顔を引き攣らせてんぞ。


「そ、そういえば今日は何を見に来られたのですか?」


 流石は一流の商売人、空気を読むのはお手の物みたいだな。周囲の気温を2,3度下げていたセリスがいつもの笑顔に戻る。


「仕事の関係で野営の道具が必要になりまして。それでこちらに立ち寄ったのです」


「そ、そうですか!ならあの店がいいでしょう!コレット印の質のいい商品が揃っていますよ!」


 あからさまにホッとした様子のマルクさんが指差す先には、他の露店よりも一回り大きなお店があった。店頭に並んでいるものを見る限り、確かに俺達に必要な物がすべて揃いそうな店だ。


「なるほど。良さそうだな」


「はい。マルクさん、ありがとうございます」


「いえいえ、これくらいはお安い御用です。……もし他にもこの場所で入用なものがあれば早く購入することをお勧めいたします。私に言ってくださればお店を紹介いたしますし」


「ん?早く?……何か理由でも?」


 これがマルクさんじゃなければ押し売りを疑ったが、そんなことをする人じゃないことは短い時間で理解している。っつーか、街の長と指揮官に押し売りする奴なんてほぼいないだろうし。

 俺が尋ねると、マルクさんは困ったように肩を竦めながら、眉尻を落とした。


「この間の騒動でこの街が魔族の街であることが人間達に知られてしまいましたからね。人間相手の交易がやりづらくなってしまっているので、仕入れが滞る可能性が高いんですよ」


 あー……そういうことか。ずっと自分達の街だと思い込んでいた場所が、実は敵側の街だったんだもんな。そら、色々チェックも厳しくなるってもんだ。……うん、俺もその騒動に加担している手前、なんとなく申し訳ない気持ちになってくる。隣を見ると、セリスも少しだけ表情を曇らせていた。


「指揮官様やセリス様が負い目に感じることは何一つありません。我々はあなた方に感謝こそすれ、恨み言をいうようなことは万に一つもありませんから」


 そんな俺達の心内を即座に見抜いたマルクさんがきっぱりとした口調で告げる。あまりの気の遣いように、俺はただただ苦笑いを浮かべることしかできなかった。


「……お気遣い感謝いたします」


 セリスが深々と頭を下げようとするのを手で制すると、マルクさんはニッコリと笑顔を見せる。


「あまり家族の団欒を邪魔するわけにもいきませんから、私はこの辺で失礼いたします」


 マルクさんは丁寧にお辞儀しながら茶目っ気たっぷりにウインクをした。


「ありがとう、マルクさん」


「いえいえ、ショッピングを楽しまれますように」


 最後に俺達に爽やかな笑みを向けると、マルクさんは颯爽と雑踏の中に消えていく。


「……珍しく普通にいい人だったな」


「はい。彼は人格者です」


 魔族にしてはどこか人間臭いところがあったな。もしかしたら、人間と交易をしていくうちに、少しずつ染みついていったのかもしれない。人間との交易……できることがあれば、何とか力になりたいな。


「ところで、アルカはどこにいった?」


 途中から完全に気配を絶った愛娘の姿を求めて、顔をキョロキョロと動かした。はて?まじで見当たらないんだが?


「クロ様……あそこ……」


 極めて真面目な顔をしたセリスの視線の先へと顔を向けると、そこには先ほどの大剣をかぶりついて見ているアルカの姿が。


「……ゴアサバンナの視察が終わったら、ボーウィッドに頼んでアルカに合う剣でも作ってもらうか」


「……それがいいかもしれませんね」


 おもちゃを見るようなキラキラした瞳を鈍重な凶器に向けている娘を見て、俺達は盛大にため息を吐いた。


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