11.子供と遊んでいたらムキになるのがダメな大人
初めてゴアサバンナに赴いてから一週間が経った。現在、俺はウッドデッキに座りながら愛娘と魔王のじゃれ合いをぼーっと見つめている。
いや、別にサボってるわけじゃねぇぞ?
毎日のようにセリスとゴアサバンナに顔だして、ライガがいるか聞いてるんだよ。だけど、答えは初日と同じ。親父はいないの一点張り。
最初は『サバンナ』を後回しにして、街の様子を見てたんだけど、特に気になることもなく、一週間も同じとこを見れば流石に見るとこもなくなるって。
そんなわけで早々にゴアサバンナから帰ってきたら、アルカとフェルが中庭で遊んでたので、それを眺めてるってわけだ。セリスは家でご飯の支度をしてる。
ちなみに、アロンダイトの件をフェルに問い詰めたら、あいつはニコニコ笑いながら「だって、聞かれなかったから」って言いやがった。あんなにあっさり渡されて「これはあなたの大切なものですか?」なんて聞く奴いねぇだろ。くそが。
もう、あいつに文句を言うのは諦めました。
「…………タッチ!やった!ルシフェル様が鬼ね!」
「や、やるじゃないか!ぼ、僕が手を抜いていたのを差し引いても、す、すごいよ!」
おいおい魔王様、笑顔が引き攣っておりますぜ?つーか、最上級身体強化かけてんだから、今の本気だったろ。
勇者のゴタゴタでアルカもなぜか最上級身体強化使えるようになってたからな。ガチの殴り合いじゃ話にならないが、鬼ごっこなら転移魔法が上手なアルカもフェルといい勝負ができんだろ。現にフェルのやつ捕まってるし。ざまぁみさらせ。
俺が意地になってアルカを追いかけ回しているフェルを眺めていると、セリスが小屋から出てきた。お、今日はパウンドケーキだな。セリスの作るパウンドケーキは甘さ控えめで中々に美味なんだよ。
俺の分のケーキと紅茶を置き、自分の分と中庭でじゃれあってる二人の分も机に置くと、セリスは俺の隣に腰を下ろした。
「なんというか……凄まじい光景ですね」
セリスが半ば呆れた表情でフェル達を見つめる。うん、俺もそう思うわ。
俺が知ってる鬼ごっこっていうのは走り回って鬼から逃げるやつなんだけど、二人のは根本から違ってる。息を吐くように"無重力状態"で飛んでるからね。しかも、超高速で。
そのうち一人はバンバン転移してるし、相手を阻むために魔法を駆使してるし、下手な鍛錬より効果あるぞ、あれ。
「とっくの昔に気づいていましたが、幻惑魔法なしじゃ絶対にアルカに勝てませんよ」
セリスが少し残念そうに眉を落としながら、ため息をついた。まぁ、そうだろうな。ってか、アルカに勝てる奴なんて今じゃ数えるほどしかいなくね?
とは言ってもセリスには幻惑魔法があるから、アルカはおろか、俺だって頭が上がらんわ。あのクソ勇者みたいに圧倒的な魔力耐性を持ってなきゃ太刀打ちなんて無理無理。対人戦においてセリスは最強。
「んなことより、どうするよ?」
「……ゴアサバンナですか?」
「あぁ」
俺はセリスの方を見ながら、パウンドケーキを口へと運ぶ。ん、素朴な味で美味い。
「ああも門前払いされると、手のうちようがないですね」
「そうなんだよな。親父はいない、の一点張りだし」
あんまり食べると夕飯食べられなくなりそうだな。でも、フォークが止まらん。パウンドケーキが美味いのが悪いということで自己完結。
「強行突破しかないんじゃない?」
「うわー!ケーキだー!美味しそう!!」
なんかセリスと話してたらいつの間にかフェルとアルカがやってきたんだが。
「アルカ。食べる前に手を洗ってきてください」
「はーい!」
素直に返事をするとアルカは早足で小屋の中へと入って行った。うーん、やはりうちの娘はいい子や。ばい菌のついた手でおやつを食べるわけにはいかないからな。フェル?存在がばい菌みたいな奴だから、洗っても落ちようがない。
「また失礼なこと考えてるでしょ」
フェルがジト目を向けながらパウンドケーキを頬張った。その通りだが、素知らぬ顔して紅茶をすする。
「強行突破って……視察の目的が幹部と関係を築くって事なのに、そんな事してもいいのか?」
「殴り合いから始まる友情もあるんだよ」
俺とライガの場合はどちらかの息の根が止まるまで殴り合いをしそうだけどな。
「それに、すぐ突っ返されてフラストレーションも溜まってるでしょ?」
「それは否定しない」
『サバンナ』の門番の態度が日に日に悪くなってるからな。完全に俺の事を舐めくさってやがる。幹部だというのに俺ほどじゃないがセリスもないがしろにされてるし。
今日なんて小蝿でも見るような目で見てきたんだよ。危うく"七つの大罪"かますところだったわ。あいつらは俺を止めたセリスに感謝したほうがいい。
つーか、魔王様から許可出たんならやっちゃって構わないよね?あの『サバンナ』を文字通り草原地帯に帰してもいいって事だよね?
「物騒な事を言わないでください。この人なら街を更地にするくらいのことしかねないです」
セリスがフェルにジト目を向ける。相変わらず俺の事をよくわかっていらっしゃるようで。
「そこはセリスがブレーキ役になってくれるから心配してないよ!」
「……秘書の役目にしては荷が重いです」
「恋人としてだよ」
フェルに屈託のない笑みを向けられ、セリスは諦めたようにため息を吐いた。おい、なんか俺がどうしようもないやつみたいじゃねぇか。すげぇ気にいらねぇ。
「手を洗ってきたよ、ママ!食べてもいい?」
「はい、召し上がれ」
アルカが満面の笑みを浮かべて戻ってきたので、この話は終了。味覚でパウンドケーキを楽しみ、視覚でアルカの可愛らしさを堪能する至福の時間がやってくる。はぁ……幸せや。
とにかくゴアサバンナの方はもう少し様子見って感じでいくしかねぇかな。