5.自分と口喧嘩したら勝てる見込みがない
朝食をとり、アルカとの稽古を終えた俺は現在、小屋でボッチです。
稽古中に家事を終わらせたセリスは足早にフローラルツリーに向かい、アルカはリーガル爺さんにお呼ばれされているみたいなんで、チャーミルに行ってしまった。
あぁ、アルカの「親達の許可がなければ外出禁止」ってのは取りやめたんだよな。できれば行くところは俺かセリスに言ってから出かけるようにして欲しいけど、あんまり縛りたくはない。
まぁ、今のアルカをどうこうできるやつなんて、ほとんどいないだろ。多分、ドラゴンにすら普通に勝てそうだからね、あの娘。
そんなわけで、俺は一人寂しくセリスの帰りを待っているところ。いや、別に出かけてもいいんだけどさ、やっぱりフレデリカの事が気になるだろ。セリスがいないと指揮官としての仕事をやる気がしないし。
だが、一つ問題が発生した。
信じられないくらい暇だ。
まじでやる事がないんだけど。掃除とか洗濯とかは全部セリスがやっていってくれたからな。……まぁ、やってなかったとして、やるとは限らんが。
とりあえずダブルベッドに横になってゴロゴロ転がり、全身で布団の柔らかさを堪能してみたものの、全然楽しくない。
「はぁ……」
俺はため息を吐くとベッドから起き上がった。ここにいてもしょうがねぇか。とりあえず下に降りよう。
特にやることがあるわけではないが、何とは無しにリビングへと向かう。当然、最愛の娘も、少々口うるさい恋人もいない。
あれだな。この小屋に一人でいるなんて初日以来だからなのかな。……うん。寂しい。
絶対にアルカかセリスのどちらかはいてくれたからな。そう考えると、俺ってボッチを脱したんじゃねぇか?
人間の世界にいた時は、ほとんど一人でいたっつーのに。今は、話し下手のホラーアーマーに上半身裸の緑魔人、青みがかった肌の色っぽい超絶美人(根は内気)ともダチっつーか兄弟になれたわけだしな!これはもうボッチとは言わせないぜ!ハッハッハッ……。
………………虚しい。
凄まじい空虚感に苛まれながら、俺はリビングにある席に着いた。そのまま机の上に突っ伏そうとしたのだが、机に置かれているあるものに目がいく。
「これは……アルカのか?」
俺が手に取ったのは猫のぬいぐるみ。裁縫の得意なフレデリカがアルカのために作ったものだ。これをもらった時のアルカの喜びようったらなかったな。毎日欠かさずにこの猫を抱きながら寝てるみたいだし。
「……お前の生みの親は大丈夫かな?」
両手でぬいぐるみを持ちながら、なんとなく話しかけてみる。当たり前のことだが、答えるわけないよな。仕方ないから俺がアテレコするしかねぇな。
『大丈夫だよ!フレデリカ様はそんなに弱い人じゃないよ!』
俺のファルセットは今日も絶好調。手で適当にぬいぐるみを動かしながら、自分に答えた。
「それはそうなんだけどな……やっぱり辛いと思うんだよな」
『そんなことないよ!クロムウェルが思っているほど気にしてないって!』
中々優しいことを言ってくれるじゃないか。愛らしいぬいぐるみ(自分)に癒される俺。
「そうか……そうだといいな」
『そうだよ!あんまり自惚れんなよ!』
「え?」
なんか酷いことを言われたような気がするが。
『なにかの気の迷いでお前みたいなダメな奴のことを好きになったんだよ!病気みたいなもんだよ!だから、全然気にしなくていいんだよ!むしろ病気が治癒したって喜んであげなきゃ!』
「いや、病気っておかしいだろ!?あれか!?恋の病的なやつか!?」
『違うよ!化膿した際に傷口から出てくるあれに近いやつだよ!』
はぁぁぁぁ!?なんだよ、このクソぬいぐるみ(自分)!?人を膿扱いしやがって!!まじでこいつ(自分)許さん!
「フレデリカは俺の優しさに惚れたんだよっ!気の迷いじゃねぇだろ!」
『自分に優しさがあるなんて妄想に固執しているなんて、可哀想な人だね!鏡を見てごらん?クロムウェルにあるのはやらしさだけだよ!そんなに下心丸出しの顔、見たことない!』
上手いこと言ってんじゃねぇよ!なにこいつ?猫のぬいぐるみの分際でめちゃくちゃ腹立つんだけど!?(自分)
『そもそも心配できる立場じゃないよね?だって、傷つけた張本人なんだから。あぁ、クロムウェルが心配しているのはフレデリカ様のことじゃなくて、フレデリカ様とまた仲良くできるかってことなのかな?』
「べ、別にそういうわけじゃ……!!」
『まったく浅はかだよね。男女の友情なんて幻想だというのに』
「ぬ、ぬいぐるみのお前にわかってたまるかっ!」
『そうだね。そういう意味じゃ、僕はぬいぐるみで幸せだったかもしれない。煩わしい男女の機微に悩まされなくて済むし、自責の念に押しつぶされることもない。クロムウェルもいっそのことぬいぐるみになったらどうだい?君は煩悩の塊だから、なにも考えなくていいぬいぐるみになる事をオススメするよ?』
「なんだと……!?言わせておけば……」
まじでキレた!このクソぬいぐるみ(ry)、ギッタギタのボッコボコにしてや……。
「あの……一人でぬいぐるみに向かって何をやっているんですか?」
俺と猫のぬいぐるみが同時に声のした方へと顔を向ける。猫のぬいぐるみは俺が手でそう操作したんだが。
そこには、憐れみ半分、恐怖半分の眼差しでこちらを見ているセリスが立っていた。
「…………いつからそこにいた?」
「クロ様がぬいぐるみに『……お前の生みの親は大丈夫かな?』って話しかけたところからです」
すげぇ序盤んんんんん!!??つーか、『クロムウェルの愛と憎悪の人形劇』を丸々見られてんじゃねぇか!?声かけろよ!
「……趣味は人それぞれですから、いいと思いますよ?」
おーい、セリスさん。なんで微妙に距離とってんのー?趣味じゃないから!ただの暇つぶしだから!
「セリス、今見たことは忘れろ。これは指揮官命令だ」
「べ、別に恥ずかしいことじゃないですよ?私も理解に励みますから……」
「いや、いいから!さっきのこそ気の迷いだから!まじで忘れて!?忘れてください!お願いします!」
俺が必死に頭を下げると、セリスはまだ少し微妙な顔をしていたが、見なかったことにしてくれるようだ。呪いの人形劇はもう二度とやらん、絶対にだ。
「……それで?フレデリカは大丈夫だったのか?」
隣に座ったセリスに目をやりながら、固い声で尋ねる。すると、セリスは難しい顔をしながらこめかみを抑えた。
「大丈夫と言えば大丈夫なんですが、大丈夫じゃないと言えば大丈夫じゃないです」
こいつは何を言っているんだ?もしかして最近色々ありすぎて、頭の方があれしてしまったのかもしれない。
「セリス……少し休んだ方がいいんじゃないか?」
「一人で人形劇に興じていた人に心配される筋合いはありません」
労うように声をかけた俺に対して、セリスがぴしゃりと言い放つ。セリスは人の傷をえぐる天才だな。
「最初の大丈夫って言ったのは心の話です。最初はかなり落ち込んでいたみたいですが、ギーとボーウィッドが慰めてくれたみたいです。今はクロ様に会いたいって言っていたので、大分立ち直ったのではないでしょうか?」
そうか……あいつらが、か。それに、フレデリカも会いたいと思ってくれてるのか。本当に俺の兄弟はいい奴らばっかだな。
「セリスとの仲は平気だったか?」
俺の言葉にセリスは笑顔で答えた。
「はい。油断していたらクロを奪っちゃうからね!って言われましたけど、以前と変わらぬ態度で接してくれました」
「そうか……良かったな」
強いな、フレデリカは。俺も見習わないといけねぇよ。
ん?ちょっと待てよ?
多少無理しているとは思うが、心の方は平気なんだろ?なら、なんでフローラルツリーの住人達の前に姿を現さないんだ?
俺が疑問に感じている事を、表情から読み取ったセリスが、静かに口を開く。
「それで、後の大丈夫じゃないって方なんですけど……」
あっ、そういや言ってたな。大丈夫じゃないって言えば大丈夫じゃないって。あれはどういう意味なんだ?
「あの日、フレデリカはギーとボーウィッドを伴ってブラックバーに赴いたようで……」
あっ……(察し)。
「かなりの量を飲んだらしく、今もまだ二日酔いでダウンしています」
……あいつ、酒に弱すぎんだろ。二日酔いってそんな何日も続くもんじゃねぇよ。たしかにそれなら心は大丈夫で、体調は大丈夫じゃねぇな。
「ちなみになんですが……」
「えっ?まだなんかあんの?」
フレデリカの話は全部理解したぞ?他に聞くべきことなんてないと思うんだが。
「かなり悪い酔い方だったらしく……ブラックバーは半壊して今は営業停止状態。ギーとボーウィッドも倒れるまで酒を飲まされたとか……」
「…………」
「…………」
「あー……セリス?今日はちょっと用事が出来たから、アルカと二人で夕飯食べてくれ」
「わかりました。私の分もしっかり謝ってきてください」
神妙な顔でそう言ったセリスに、俺は真顔で頷く。
こりゃ、兄弟達に一杯おごらないと割りにあわねぇわな。