4.感極まると、本音がこぼれる
目を覚ますとなんとなく違和感を感じる。なんかベッドが広いような、少し甘い香りがするような。
寝ぼけ眼で身体を起こしながらキョロキョロと周りを見回す。どこここ?見覚えのない部屋なんだけど。
あー……そうだ。思い出した。昨日からセリスがウチに来て、何故か二人一緒の部屋になったんだ。
俺は身体を起こし隣に目をやるが、そこにセリスの姿はなかった。
その時、勢いよく扉が開かれる。
「パパー!おはよう!!」
おお、俺の天使は朝からご機嫌みたいだな。アルカはそのままの勢いでベッドに飛び込み、俺に抱きついた。
「おはよう、アルカ」
俺は優しく抱きしめながら、アルカの柔らかい感触を楽しむ。まじでこの一瞬のために生きていると言っても過言じゃないわ。
アルカは俺の胸に頭をぐりぐりと押し付けると、大きな目をこちらに向けた。
「そろそろご飯が出来るから身支度してください、ってママが言ってたよ!」
「そうか。なら歯を磨いたりしなきゃな」
俺は大きく伸びをすると、ひっついているアルカを横におろし、収納魔法から服を取り出す。
いつもの服に着替えた俺が部屋を出ると、パンの焼けるいい匂いが鼻を刺激した。なんか新鮮だな。朝ごはんに関しては、前まではセリスが城で作ってから持って来てくれていたから、こうやって起きた時、すぐにご飯の匂いがするのはちょっと嬉しい。
「おはよう」
「おはようございます。もうできますから早く支度をしてきてください」
エプロン姿のセリスに声をかける。相変わらずハキハキしたもの言いだが、なんとなく愛情を感じないでもない。
「寝起きは特にひどい顔なんですから、さっさと顔洗ってしゃっきりしてください」
やっぱり愛情なんて感じない。恋人になってもセリスはセリスだ。ニードルウーマン。こいつの前世は絶対ハリネズミかヤマアラシに違いない。
俺はアルカと二人で仲良く洗面所に向かう。歯を磨きながらアルカに顔を向け、目が合うとアルカはニッコリ笑いかけて来た。二人で並んで歯を磨いているだけなのに、この癒しよ。やっぱり都会の喧騒に疲れたら、滝の近くかアルカだな。心の疲労回復効果絶大。
朝の身支度を終え、俺達がリビングに戻ってくると同時に小屋の扉が開かれた。そこに立っていたのは給仕服を着た短めのポニーテールをした少女。
なんだよ、マキじゃねぇか。どうした、こんな朝早く。
「マキちゃん……?」
アルカも隣で不思議そうな顔をしている。
いつになく真剣な顔をしているマキは、セリスの姿を捉えるや否や、全速力で駆け寄り、目に涙を溜めながらセリスに抱きついた。
「セリス様!!話聞きましたよ!!本当に良かったです!!うわぁぁぁん!!」
「マキさん……心配かけて申し訳ありません」
セリスは少し困ったように笑いながら、号泣するマキの背中に手を添える。なんだあいつ、そこまで心配してたのか?
「セリス様がいなくて本当に大変でしたぁぁぁ!!アルカは元気ないし!指揮官様は怖いしぃ!!」
あぁ、そういうことか。確かに、セリスが居なくなって、俺は相当荒んでたからな。それにもかかわらず、マキはご飯を届けてくれていたんだよな。マキには大分迷惑かけちまった。その涙もセリスが戻ってきた喜びと、安堵が入り混じってるんだろうよ。
「食事の時にあたしが気を遣って話しかけるのに、二人とも全然反応してくれないんですよ!?別に普段から指揮官様の話は面白くないけど、それでも無反応よりは全然ましです!!」
散々な言われようだが、今回に関しては全面的に俺が悪いからな。返す言葉はない。
「自分が魔王軍指揮官だっていう自覚を持って欲しいです!一メイドにとっちゃ幹部様と並ぶ雲の上の人なんですよ!?そんな人が同じテーブルでブスっとしてれば、どれだけ神経すり減ると思ってるんですか!?本当にあの人は無神経でダメダメです!!」
……い、いや。悪いのは俺なんだ。マキの心の愚痴を甘んじて受けるしかない。
「大体顔が仏頂面過ぎるんですよ!少しは愛想良くしないと、みんなが離れて行っちゃうってもんです!!」
……悪いのは俺……。
「デリカシーもないですからね!どうせセリス様に失礼な事とか沢山言ってるんですよね!?」
…………。
「その上、鈍感なんですから終わってます!もっとセリス様に寄り添っていれば、あんなことには」
ゴスッ。
「痛っ!?」
俺の手刀がマキの頭に突き刺さる。頭を押さえながら、涙目で振り返ったマキの視線の先には慈愛に満ちた笑みを浮かべる俺。マキの表情が一瞬にして固まった。
「あー……部下のピンチを救いに行く、心優しい指揮官様じゃないですか!」
「違うだろ。無神経で、仏頂面で、デリカシーがなくて、鈍感で、話が面白くない指揮官だろ?」
俺的に、一番最後のやつが一番堪えた。トークが下手で悪かったな。上手かったらボッチなんてやってなかったんだよ。
マキは目を泳がせると、隣にいるアルカの後ろにサッと隠れた。年下に庇ってもらうんじゃねぇよ。
「パパ!マキちゃんに暴力振るったらダメだよ?」
アルカが両手を広げてマキを守りながら、俺の目を見つめる。確かにーアルカの言う通りだなー。
「そうだな。マキには色々と迷惑かけたからな。申し訳ない」
俺が素直に頭を下げると、マキは少し意外そうな顔をしながら、おずおずとアルカの背中から出てきた。セリスはなぜか微妙な表情を浮かべている。
「いや……そんな本気で謝ってもらわなくてもいいんですよ?指揮官様もアルカも、セリス様が居なくなって落ち込んでたのは知ってますし……」
「いいや!それじゃ、俺の気が済まない!マキには本当に悪いと思っているんだ!」
自分の失敗を嘆き、俺は手を添えながら顔を歪める。マキは少し困った顔をしていたが、セリスは訝しげに俺を見ていた。
「どうにかして、今回の埋め合わせをしたい!」
「い、いや!だから、そんな気にしないでくださいって!!あたしはそんなつもりじゃ」
「と、言うわけでマキにお詫びをしたいと思う」
俺がすこぶる爽やかな笑みをマキに向ける。あれれー?何故だかマキちゃんの表情が凍りついてるぞー?俺はこんなにも笑顔だと言うのに。
一切の企みもない俺は、キョトンとしているアルカに向き直る。
「なぁ、アルカ。俺はマキちゃんにお詫びを兼ねて、また朝の稽古に誘いたいと思うんだけど、どうだ?」
俺の言葉の意味を少しだけ考えたアルカは、すぐに顔を綻ばした。隣にいるマキは顔から冷や汗がダラダラと垂れている。
「いいと思う!今度はアルカがマキちゃんの相手をしたいし!」
「ほぉ……今度はアルカがマキと稽古をするのか。いいんじゃないか?お父さんは止めないぞ?」
俺の言葉を聞いたマキの身体がビクッと跳ねた。そして、みるみる顔色が悪くなっていく。うん、俺がフィッシュタウンで船に乗ってた時と同じような色してんな。
「じゃあ、そういうことで日にちは」
「お、お詫びとか結構ですからっ!あと、あたしは朝の仕事がありますのでこの辺で失礼しますね!」
マキは早口でそう言うと、脱兎の如く家から飛び出して行った。流石はエリゴール。中々の足の速さだな。前に稽古をつけた時とは大違いだ。
「……あまりいじめないであげてください。私も含め、迷惑をかけたのは本当の事なんですから」
「わーってるよ」
気落ちしている俺達をなんとか元気づけようとしてくれたのだって、ちゃんと理解してる。だから、あいつが本当に困った時は力になってやんよ。
「さーて、朝飯にしようぜ」
「アルカはもうお腹ペコペコだよ!」
そそくさと席に座る俺達を見て、軽く微笑むと、セリスはキッチンから料理を運び始めた。