4.旅立
謁見の間から出ていくフローラ達を見て、ロバートはいやらしい笑みを浮かべた。
「いやぁ、エルザもフローラ嬢も美しく成長したな。……エルザは性格に難ありだが」
「……よろしかったので?」
ロバートのお付きの男が遠慮がちに声をかける。
「なにがだ?」
「勇者アベルについてです」
「はんっ!そんなことか」
ロバートは心底つまらなさそうに鼻を鳴らした。そして、お付きの男をギロリと睨みつける。
「魔族に敗れ、聖痕を失った男に何の価値もない。価値がなければ死んでいるも同然だ。いや、もうとっくにくたばっているかもしれんな」
「勇者アベルは本当に死んでしまっていると?」
お付きの男の言葉を聞いたロバートはつまらなさそうに鼻を鳴らした。
「本来であればコンスタンが勇者を始末する予定だったのだがな。あの男は温情を与え、魔力回路をとっただけで済ましたのだ。まったく……私の命令に逆らうとは。ゴミはさっさと処分するに限るというのに」
「で、ですが……」
「そもそも私はあの男が気に入らなかったのだ!!勇者の名をいいことに女をとっかえひっかえしていたらしいではないか!!」
それは大臣も同じことでは?などと、命知らずなことをいう勇気はお付きの男にはない。そんなことを口にした日には、何か適当な理由をつけて処刑されるに決まっている。目の前にいる男はそういう男なのだ。
傲慢で女好き。自分の思い通りにいかない者は容赦なく切り捨てる。古くから城に仕える由緒正しきズリーニ家の嫡男であるがゆえ、大臣のポストについているが、はっきり言ってそんな器のある男ではなかった。
「勇者などという危険な役目は、あの金髪の若造にでもやらせておけばいいのだ。そのために学園で最も強いやつを選び出したのだからな。シンシア様も賛同してくださったのは幸いだったな」
フローラが勇者になれば、自分はおいそれと手が出せなくなる。それを防ぐためにも、他に勇者となる人柱が必要だったのだ。
「兄を失った悲しみを私が癒してやろう。そうすれば、あの美しい小娘も私の物となる」
フローラを自分のコレクションに加えることを想像しながら、ニタニタと笑っているロバートを見ながら、お付きの男は内心、大きくため息を吐いた。
*
王様との謁見を終えた俺達は、そのまま城の裏手に移動した。目的はここに来るであろう人物と合流するため。オリバー王のあれはもう許可しているも同然だったからな。
「お待たせしましたっ!!」
五分ほど待ったところで、シンシアが息を荒げながら俺達の所にやって来た。先程までは、その桃色の髪に合わせた薄ピンクの華やかなドレスに身を包んでいたというのに、今は麻で出来た地味な服を着ている。
「さて、シンシアも来たことだし、フローラ?」
俺が目を向けると、フローラは真剣な表情を浮かべながら話を始めた。
「本当はみんなに会ったらすぐに話そうと思っていたことなんだけど、マリアの件があって話しそびれちゃったんだ」
「それは……魔王軍指揮官についてか?」
エルザ先輩が鋭い視線を向けると、フローラは控えめに首を縦に振る。
「あたし……実は魔王軍指揮官に会ったことがあるの」
「なっ!?」
おいおい、まじか。全く予想外の話だぞ、それ。驚きすぎて、エルザ先輩もシンシアも目を丸くしながら、口をパクパクさせてんじゃねーか。かくいう俺も相当驚いている。
「そもそもあたしが家に呼ばれたのは、兄さんを焚きつけるためだったんだ。ほら……兄さんは勇者だけど、全然それらしい働きをしていなかったから、城の方で問題視され始めてて……」
アベルさんはそうだろうな。何者にも縛られない自由な生き方って言えば聞こえはいいが、簡単に言えば好き勝手生きている人だ。『勇者の地』としてアーティクルが優遇措置を受けている以上、勇者が何もしないでいれば、そりゃ反発の声も上がるだろ。
「兄さんはあたしには甘いから……それで、あたしから兄さんに話して欲しいってお父さんから頼まれたのが今回の帰省の理由」
「うん、ここまではまっとうな話だな。特におかしな点もない気がする」
俺がそう言うと、エルザ先輩とシンシアが同意をするように頷いた。まだ、魔王軍指揮官が出てくる気配もない。
「そう……で、屋敷に戻ったあたしは、屋敷の周りをうろうろしている不審な人物を見かけた」
「まさか……それが?」
「そうです。魔王軍指揮官でした」
エルザの問いにフローラがあっさりと答える。まさか魔王軍指揮官が軽々しく人間の街にいるとは思わなかった。そんなことが可能なのか?
「魔王軍の指揮官だろ?人間の街になんかいたら、すぐにわかるんじゃないのか?」
「その男の側にはサキュバスがいたの。その女が魔族を人間と認識するように幻惑魔法をかけていたのよ」
「なるほど。フローラはそういった類の魔法が効かないから見破ることができた、と」
かなり厄介な相手だな、それは。幻惑魔法……聞きなれない魔法だ。それで認識をごまかして、忍び寄られたら防ぎようがないぞ。
「フローラさんはその方が魔王軍の指揮官だってよくわかりましたね。魔族であることはわかると思いますが……」
シンシアの疑問はもっともだった。フローラの魔力耐性の高さで防げるのは幻惑魔法のみ。だが、それは相手が人間か魔族か判別できるに過ぎない。その者の正体が見破れるわけではないからな。
「それは……その……自分からそう名乗ったから」
「話したのか!?」
俺が驚きの声を上げると、フローラはばつが悪そうな表情を浮かべた。
「お前……それがどれだけ危険な事かわかってるのか?下手したらフローラの命がなくなっていたかもしれないんだぞ?」
「だ、だってしょうがないじゃない!その魔王軍の指揮官って男はあたしの顔見知りにそっくりだったんだから!!」
「顔見知りに……?」
そんなことがあるか?フローラに魔族の知り合いなんていないだろ。俺ですら二人ぐらいしかいない。……そのうち一人は残虐非道な魔王様だしな。
だが、次の瞬間、フローラは驚くべき発言をする。
「えぇ、そうよ!!シューマン君にそっくりだったのよ!!」
「はっ?」
俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。クロムウェルを知らないエルザ先輩は眉をひそめたが、俺と同様、奴を知っているシンシアは目を大きく見開いた。
「シューマンって、あのクロムウェル・シューマン君ですか?」
「クロムウェル・シューマン……その名前、聞き覚えがあるぞ。たしか、お前たちの林間学校で犠牲になった生徒の名前だ」
流石はエルザ先輩、他学年の事なのによく知ってらっしゃる。だが、今の俺にとってはそんなこと、どうでもよかった。
クロムウェルが魔族と一緒に……?だけど、あいつは魔王に殺されたはずじゃ……。
「確かに瓜二つだったけど、あれは別人に違いないわ。なんていうか……圧倒的な威圧感みたいなものを感じたの。あと冷酷さも……あれは人を殺すことを何とも思っていないような目だったわ」
フローラがギリッと唇を噛み締める。圧倒的な威圧感か……奴ならば出すことは可能だろう。
「……フローラはそいつに何かされたりしなかったのか?」
「あたしは一緒にいたサキュバスと話していたんだけど、急にその女に襲われて……そしたら……その……魔王軍指揮官が止めてくれたわ」
なんとも微妙な表情を浮かべながらフローラは答えた。益々わけがわからない。話を聞けば聞くほど、その魔王軍指揮官の正体が俺の親友としか思えない。だが、同時に矛盾も感じている。クロムウェルならアベルさんに勝つこともできるだろう……でも、息の根を止めるとはどうしても考えられなかった。
「なんで止めてくれたんだ?」
「それはあたしにはわからないわ。あたしなんてどうでもいいと思ったのか、はたまた騒ぎを起こしたくなかったのか……どっちにしろ、あの男が兄さんの仇であることは間違いないわ」
フローラの声には憎しみが込められていた。そんなフローラを見て、俺は思わず閉口してしまう。
「……いずれにせよ相手は魔王軍なのだ。敵であることは間違いない」
エルザ先輩の言葉にシンシアが黙って頷く。敵……敵か。魔族だから敵っていうのは、正直あまり好きな考え方じゃないんだが、身内が殺された以上、黙っているわけにはいかない。
「……その魔王軍指揮官の男が、俺達じゃ太刀打ちすることなんてできない相手であることは事実だな。今はとにかく、王様の言いつけ通り、エルサレンに向かい、勇者の力を手にすることが先決だろ」
「そうね……強くならなきゃ、敵討ちもできないもんね」
フローラが力強く頷いた。頼もしい反面、情緒不安定な恐ろしさもある。
「我々はその道中、二人の事を護衛させてもらう」
「わ、私も!しっかりサポートしますから!」
この二人がついてきてくれるのはありがたいな。道中の魔物というよりも、フローラのメンタル面の方が心配なんだよ。でも、二人がいれば必ずフォローしてくれるはずだ。
「それなら一度学校に戻って各自旅の身支度を整えよう。おそらく長旅になるだろうから、しっかり用意すること。全員の準備が終わり次第、聖都・エルサレンを目指す」
俺の言葉に反論の声が上がらなかったので、俺達は城を後にし、マジックアカデミアへと向かう。隣を歩くフローラの顔が、いつの日かのマリアの顔と重なるような気がしたのは、多分俺の勘違いじゃないだろう。
こうして、俺は旅に出ることになった。目的は天下無敵の勇者様になること。
本当は勇者なんて、どうだってよかったんだけどな。
……なぁ、クロムウェル。
お前じゃないよな?
魔王軍指揮官になんてなってないよな?
もし、お前が本当にフローラの兄貴を殺したのであれば、俺はお前を───。