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3.謁見

 エルザ先輩を交えて昼食をとった俺達は、教室に戻って来てもシンシアの姿がないことに気がつく。わざわざ城の奴が来たんだもんな、そりゃ話も長くなるだろ。授業が始まる頃には戻ってくるか?


 だが、俺の予想は見事に外れた。午後の授業が始まったというのに、シンシアが戻ってくる気配は一向にない。

 先生もシンシアがいない事を疑問に思っていないようだし、これはいよいよ面倒事の線が濃厚だな。


 まぁ、城での事だ。間違っても俺が巻き込まれることはないだろう。シンシアが戻ってきたら話を聞いて、力を貸せそうなら貸すくらいしか俺にはできねーな。


 そう思っていた自分を殴り飛ばしたい。


 俺は、授業が終了した瞬間に入ってきた騎士の男達を見て、そんな事を考えていた。



 騎士が操縦する馬車に乗って城へと向かう。馬車の中には、半ば連行されるような形で連れてこられた俺とフローラ、そして、なぜかエルザ先輩の姿があった。


「なんで先輩がいるんすか?」


「……私が聞きたい。最後の授業が終わるや否や、騎士の者達が無理やり私を引っ張ってきたからな」


 あー俺達とほとんど同じ感じか。ただ、先輩の場合は騎士の訓練に参加しているせいか、俺達に比べて大分荒っぽい扱いを受けたみたいだが。それが原因なのか、先輩は少しだけ不機嫌そうだった。


「なんでお城になんて呼ばれたんだろう……?」


「皆目検討もつかないな」


 フローラが不思議そうに首を傾げる。フローラだけなら、まだ納得ができた。あの問題だらけの勇者が何かをしでかした時に、偶にフローラが城に呼ばれる事があったからな。だが、俺とエルザ先輩は別だ。

 確かに、エルザ先輩は騎士団長の娘だが、だからといって国王と話をする機会などあるはずもない。俺なんてただの農家の息子だ。二人以上に呼び出される理由がない。


「詳しい事情を聞いても、騎士の人達は城に着けばわかる、の一点張りだったからな」


「まったくだ。……トムとジャックには稽古をつけてやっているというのに」


 先輩は窓越しに、御者をしている騎士二人を睨みつけた。俺はてっきり、先輩が騎士団の訓練に参加して稽古をつけてもらってると思っていたが、実際は先輩が稽古をつけているのか。相変わらず無茶苦茶な人だ。


 結局、何もわからぬまま城に連れてこられた俺達は、すぐに謁見の間へと通された。いや、謁見の間って……これは本格的に只事じゃないぞ?普通こんなところ一般人が入れる場所じゃない。エルザ先輩だって狼狽えていたくらいだぞ。


 俺達は即座に跪き、頭を垂れる。謁見のマナーは学校でしっかり習ったからな。


「面を上げよ」


 謁見の間に厳かな声が響き渡る。俺は内心ため息をついた。

 1回目の言葉では頭をあげてはいけないらしい。なんとも面倒くさいしきたりだ。時間の無駄としか思えない。まぁ、俺の親友なら最初から頭すら下げなさそうだが。


「面を上げよ」


 2回目の言葉に従い、俺達は顔を上げた。目の前の玉座にはこの国の王、オリバー・クレイモアが座っている。少し顔に疲れが見えるが、中々の美丈夫だ。

 その隣には、いつもの学生服から着替えたシンシアが暗い顔で下を向いている。やっぱり王女様だな。ドレスを着ると、身体のうちから気品が溢れ出している。


「急に呼び出してすまない。恐らく内心では戸惑っている事だろう」


 落ち着いた、それでいて威厳に満ち溢れている声音。一言二言しか話していないのに、知性を感じる。流石は賢王と称されるだけのことはあるな。


 オリバー様が王座についてから魔族との争いが沈静化し、今の仮初めの平和を迎えたって人類史の授業で習ったな。

 無駄な争いを無くすことで、魔族による犠牲を減らしたんだが、それよく思わない一部の連中からは、亀王と揶揄されているらしい。亀のように甲羅に篭って守りを固めているからだってよ。俺から言わせれば、矢面に立たずに陰でそんなこと言っているような奴らの方が、よっぽどドンガメに思えるけどな。


 どちらにせよ、そんな噂を耳にしながらも、自分のやり方を貫くオリバー王は、俺が尊敬している数少ない大人の一人だ。


「ただ、早急にそなた達の耳に入れておきたい事があってな。……特にブルゴーニュ嬢には」


 おっと、色々考えていたら話が進んでいた。ちゃんと王の言葉に耳を傾けないとな。名指しにされたフローラは微かに眉を顰めたが、言葉を発するような無礼は働かない。


 さて、フローラに言いたい事ってのは一体なんだ?






「誠に残念な話であるが……アベル・ブルゴーニュが魔族との戦いにおいて、亡き者となった」





 …………えっ?


 頭が真っ白になった俺の隣で、エルザが息を呑む音が聞こえた。俺がゆっくりと横に目を向けると、フローラは大きく見開いた目で、瞬き一つせずにオリバー王を見つめている。


「…………おっしゃっている意味が……」


 フローラがやっとの思いで絞り出した声は、えらく掠れていた。オリバー王が口を開こうとすると、その隣に控えていた男がスッと前に出る。


「僭越ながらここからは私が説明しよう。お初にお目にかかる者もいるようであるし、一応名乗っておくか」


 えらく高圧的な言い方をする太ったおっさんは、俺の事をギロリと睨みつけてきた。城に来ることなんてないんだから、あんたの事を知らなくてもしょうがないだろ。


「この国の大臣である、ロバート・ズリーニである。城から離れるわけにはいかない王に成り代わって、外での職務を基本としている」


 外での職務ね……その割にはタプタプに肥えてんじゃねーか。胡散臭そうな顎髭といい、なんとなく信用できないおっさんだな。っていうかこの大臣、さっきからフローラとエルザ先輩の胸しか見てねーな。とんだエロジジィだよ。こんな奴が大臣とは。


「私の自己紹介など今はどうでもいい事。ブルゴーニュ氏が待ちきれない、といった顔でこちらを睨んでいるので、さっさと本題に入るとしよう」


 そう言うと、ロバート大臣は懐から一枚の書状を取り出した。


「まずは今代の勇者であったアベル・ブルゴーニュが魔族の街に攻め込んだのは知っているか?」


 俺はさりげなく左右に目をやる。エルザ先輩は知らないようだったが、フローラはそれどころではない、といった様子だった。


「ふむ……まぁ、知らなくても仕方がない事か。簡単に説明すると、勇者アベルはコンスタン隊を引き連れて、魔族の街へと赴いたのだ。……目的は国家秘密だがな」


「父上の隊がっ!?それではまさか……!?」


「落ち着け、コンスタンの娘よ」


 エルザ先輩が思わず、といった感じで声をあげると、ロバート大臣が鋭い視線を向けた。


「結論を急ぐでない。ここにある書状はそのコンスタンから送られてきたもの。その中には、魔族の街に攻め込んだ我々は返り討ちにあい、命からがら逃げ出したものの勇者を失った、という内容が書かれていた」


 その言葉を聞いた先輩は微妙な表情を浮かべる。多分、父親が生きていたという喜びと、勇者を守れなかった父親に対する失望がないまぜになっているんだろうな。俺はそのままフローラに視線を向ける。


 フローラは無表情だった。と、いうよりも、顔から色がなくなってしまったかのようだった。あまりの衝撃的な事実に涙も出ていない。ただただ呆然と、ロバート大臣の方に目を向けていた。そんなフローラを見ていられなくなったシンシアが、目に涙を溜めながら顔を背ける。


「……話は大体理解しただろうか?」


 誰もが言葉を発せない中、オリバー王が静かに口を開いた。


「……現実を受け入れられないのも無理はなかろう」


 茫然自失な様子のフローラを痛ましそうに見ながら、オリバー王は俺とエルザ先輩に顔を向ける。


「其方達、二人がここへと呼ばれた理由はわかるか?」


「……想像もつきません」


「私にもわかりかねます」


 俺とエルザ先輩はそう答えたが、俺のは嘘だ。勇者が死んだこと、この話題に全くというほど関係ない俺が呼ばれた事。この二つが揃えば呼ばれた理由は想像に難くない。


「と、言う割には落ち着いた顔をしているな、レックス・アルベールよ」


 そして、俺が察していることは王様にはバレバレのようだ。


「概ね其方の考えている通りだろう。勇者がいなくなってしまった今、世界は新しい勇者を求めている」


 やはりそう来たか。でも、それなら……。

 俺が隣にいるフローラに視線を向けると、オリバー王はうむ、と頷いた。


「そうだな。前勇者のアベル・ブルゴーニュの妹である、フローラ・ブルゴーニュが勇者を引き継ぐ、というのが一番自然だな」


 オリバー王の言う通り、勇者が死んだ場合、その兄弟が新たな勇者になるというのが普通だ。にも関わらず俺は城に呼ばれた。


 オリバー王は少しだけ前かがみになると、試すような視線を俺に向けてくる。


「だが、其方は肉親を失い、悲しみに暮れる友を放っておくほど軽薄な男ではない、と娘から聞いているが?」


 ……なるほど、流石はオリバー王だな。全く面識がないっていうのに、俺の事をよくわかっている。


 俺の瞳に力が宿ったことを見て取ったオリバー王は、満足したように静かに頷いた。


「フローラ・ブルゴーニュ、レックス・アルベールよ。二人に王として命令を下す。直ちに霊峰コルンにある聖都・エルサレンに向かい、勇者の試練に挑戦するのだ」


 勇者の試練。それはエルサレンで行われる、勇者としての資質があるかを試すもの。見事、その試練を越えることができれば、その身体には聖痕が宿り、人知を超える絶大な力を得ることができる。


「そして、エルザ・グリンウェルよ。其方には二人を護る任についてもらいたい」


「二人をですか……?」


「うむ。勇者がいなくなったということで、国は魔族による侵攻に備え、騎士団をまとめあげなければならない。そのため、二人に護衛をつけるわけにはいかないのだ」


 勇者は魔族にとって脅威になる存在。云わば抑止力なんだ。それがなくなった今、魔族達がいつ人間の国を攻めてきてもおかしくはないからな。そうなった場合にすぐに動けるよう、騎士達は国に集めておかなきゃいけないんだろ。


「聞けば、其方はマジックアカデミアを卒業後、騎士団に入るとのこと。少し早くはあるが、騎士の仕事としてこの任務を受けてはくれないだろうか?」


「…………騎士の誇りにかけて、お二人は我が身を盾にしてでもお護りさせていただきます」


 エルザ先輩は恭しく頭を下げると、オリバー王は満足そうに頷いた。


「以上で謁見を終了としたいのだが、何か聞いておきたいことはあるか?」


 オリバー王の言葉に、フローラがピクリと反応する。だが、少し逡巡した後、何も言わずに顔を俯かせた。……そうだよな。それは気になるよな。


「オリバー王、一つお伺いしてもよろしいですか?」


「なんなりと言ってみるがよい。答えられる範囲であれば答えよう」


「アベルさんを打ち負かした相手は一体誰なのですか?」


 フローラが勢いよく顔を上げて俺の方を見た。そして、すぐに必死な形相でオリバー王の方へと顔を向ける。


 この質問は予想していたのか、オリバー王はゆっくりと顎を撫でると、ロバート大臣の方に目をやり、小さく頷いた。オリバー王から許可を得たロバート大臣は、神妙な顔を浮かべながら、再び前に出る。


「……これは国家機密であるため、他言は無用なのだが、勇者アベルは今まで存在が確認できなかった新たな魔族に倒された」


「新たな魔族……でも、アベルさんは勇者ですよ?そんな一介の魔族がアベルさんに勝てるとは思えないんですが?」


 俺は林間学校で襲撃してきたアトムという魔族を思い出す。確かに、普通の人間に比べれば頑丈で、高い戦闘力を有していたが、それでも勇者の力を持つアベルさんに勝てるとは思えなかった。


「確かに、勇者アベルの力は本物である。おそらく、魔王軍の幹部にすら引けを取らないだろう。だが、そんな勇者アベルはひとひねりにされたのだ。魔王軍指揮官を名乗る魔族にな」


「……魔王軍指揮官!?」


 それまで一言も発しなかったフローラが目を見開きながら大声を上げる。その瞬間、フローラに全員の視線が集まった。その反応……まさかフローラは、その魔王軍指揮官って奴を知っているのか?


「フローラ嬢、魔王軍指揮官に何か心当たりでも?」


「いえ……何でもありません」


 フローラは静かにそう答えると、俺に一瞬視線を向け、すぐに顔を下へと向けた。これは後で話がありそうだな。


「わかりました。俺からの質問はもうありません」


 そうとなれば、さっさと謁見を終わらせるに限る。オリバー王は鋭い視線をフローラに向けていたが、特に言及してくることはなかった。


「……他に質問がある者はおるか?」


 オリバー王が俺達に視線を向けるが、口を開こうとする者はいない。


「ふむ、大丈夫そうであるな。では、これにて───」


「お父様!!」


 そのまま謁見が終わると思ったら、王の隣に座っていたシンシアが緊張した面持ちで、自分の父親に声をかける。この感じ……まさか、シンシアの奴……。


「私も」


「ならぬ」


 だが、オリバー王の答えは早かった。流石に娘の事であれば、何を言おうとしているのかすぐにわかったのだろう。有無を言わさぬ様子でバッサリと告げる。


「お前は王女なのだぞ?自分の立場を弁えよ」


「…………わかりました」


 厳しい口調だが、オリバー王の言う通りだと思う。噂では、聖都・エルサレンまでの道のりは、強靭な魔物がはびこる険しいものとされている。勇者の素養を確かめるにはもってこいなんだろう。その程度の困難を打ち破れなければ勇者になる資格はないってことだな。そんな危険な旅に、大事な娘を同行させるわけがない。

 だけど、シンシアの気持ちもわかる。傷心のフローラを支えてやりたいんだろう。マリアがいなくなったショックから立ち直ったと思えば、大事な肉親を失ったんだからな。


 悔しそうに唇を噛むシンシアを見ながら、オリバー王は一つ咳をついた。


「……もし、村娘の服に着替え、今日はなぜか見張りのいない城の裏手から抜け出したりしたら、二時間は説教すると思え」


「……!?は、はいっ!!」


「話は以上だ。これにて謁見を終了する」


 あぁ、やっぱり俺は尊敬する大人を間違えていなかったみたいだ。嬉しそうに笑っている娘から逃げるように、足早に謁見の間を後にするオリバー王の背中を見ながら、俺は心の中で思った。

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