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2.復調


 昼休み、未だに調子の戻らないフローラを連れて、俺とシンシアは食堂にやって来た。普段は教室で昼ご飯を食べてるんだけどな。帰ってきたその足で学校に来たフローラがお弁当を用意してなかったし、なんとなく気分を変えたくもあったから、いいんだけど……なんかめちゃくちゃ視線感じるんだよな。


 第一席になってから、いろんな奴から見られまくりだ。向けられる視線の種類は様々だが、好意的なものも悪意に満ちたものも、こちとらノーサンキューなんだよ。


「すごい注目されていますね、私達……」


 シンシアが居心地悪そうに顔を顰める。確かにシンシアの言う通り、視線は俺だけに向けられているわけではなかった。

 まぁ、考えてみれば当然か。俺の隣にいる桃髪の美少女は一国の王女だし、フローラだって、この世界で最も強い男の妹だしな。っていうか、あれか。俺はおまけみたいなものなのかな?それならそれでいいんだけど。


「とりあえず、適当に席をとってから、順番に買いに行くか」


「それがいいんじゃないですかね?」


「…………」


 俺の言葉にシンシアはすぐに反応したが、フローラは、返事はおろかこちらを見ようともしない。俺はため息を吐きながら、フローラの肩を軽く小突く。


「フローラ」


「えっ!?なに?どうしたの?」


 完全に俺の話は聞いていなかったな、これ。人間思いつめるとここまで上の空になれるのか。


「とにかく座ろうって話だ」


「座る?あ、あぁ、ここは食堂だったわね」


 これは結構きてるか?まさか、自分が今どこにいるかもわかっていなかったなんて。いや、俺達が無理やり引きずってきたみたいなもんだからな。ぼーっとしてたら場所が分からなくてもおかしくは……。


「だったら、適当に席をとってから、順番に買いに行くのはどう?」


 訂正、これはかなり重症だな。無意識に俺と全く同じこと言ってるぞ。やっぱり、隠しておいて正解だったな。マリアがいなくなったってだけでこれだ、マリアがどこに行ったかなんて知ったら発狂しかねないぞ。


 俺達は混みあう食堂の中で、何とか四人座れる円形のテーブルを確保する。今のフローラは一人で行かせたら確実に戻ってこないだろうから、シンシアと二人で行かせるのがいいよな。


「俺は先に行くから、俺が戻ってきたら二人が買いに行ってくれ」


「わかりました」


 俺の意図を察してくれたシンシアがしっかりと頷き返してくれる。フローラは、また夢と現実のはざまに迷い込んでしまったようだ。


「あ、あの……!!」


 さっさと行こうとした俺に誰かが声をかけてきた。振り返ると、そこには仄かに顔を赤くした女子生徒が立っている。なんだ?見たことない顔だな。顔つきや体格から行って後輩か?


「レ、レックス先輩にお話があります!」


 あぁ、思ったとおり後輩か。それにしても俺が見ていたら、段々顔が赤くなってきたんだけど。熱でもあるんじゃないか、この子。


「き、今日の放課後!お、お時間ありませんか?」


「放課後?今じゃダメなのか?」


「今はちょっと……心の準備が……」


 えっ?心の準備ができてないのに話しかけてきたの?なんだかよくわからない子だな。


「うーん……悪いけど、今日の放課後はランク戦が二つほど予定されてんだよな。また後日ってわけにはいかないか?」


「えっ!?あ……そ、そうですよね!レックス先輩は第一席ですもんね!お忙しい身なのにわがまま言ってすいませんでした!」


 そう言うと、女の子は俺の前から脱兎のごとく走って行った。何だったんだ、一体。


「相変わらず、いたいけな少女を誑かしているみたいだな」


 この背筋が伸びるような凛とした声は……。俺は、ニヤニヤと笑いながらこちらを見ているエルザ先輩に目を向ける。先輩は走り去っていった女の子を一瞥すると、呆れたように肩を竦めた。


「まったく、罪な男というのはお前みたいなやつのことを言うんだぞ。シンシアもフローラも大変だな」


「……もう慣れました」


 少し疲れたように笑うシンシア。慣れたってなんだよ。なんかよくわからないけど、いい意味ではないことは確かだな。先輩の顔を見ればわかる。


「……っと、シンシアはいいにしろ、フローラは全く反応してなかったな。なにかあったのか?」


 大好きな先輩に話しかけられているというのに、フローラは答える気配がない。エルザ先輩は眉をひそめながら、俺の方に視線を向けた。


「……マリアの事で」


「あぁ、そういうことか」


 短い言葉で全てを察した先輩は、気を取り直したようにシンシアに向き直る。


「シンシア、先生が探していたぞ。なんでも城の者が学校に来ているみたいだ。至急、職員室に行った方がいいぞ」


「えっ?本当ですか?」


 驚くシンシアに、エルザ先輩は頷いて応えた。城の者が学校に?今までそんなことあったか?……これは面倒くさいことが起きている匂いがプンプンするな。


「わかりました。レックス君、ごめんなさい。お昼ご飯はご一緒できないみたいです」


「気にすんな。それよりも早く行けって。お城の人を待たせるわけにはいかないだろ?」


「そうですね。では、失礼します。エルザ先輩、教えていただきありがとうございます」


 シンシアは王族らしく、丁寧にお辞儀をすると、足早に職員室に向かっていった。


「何かあったんですかね?」


「さぁ……私は教師からの伝言を伝えただけだ。詳しいことは何も知らない」


 そう言うと、先輩は当然のようにシンシアが座っていた席に腰を下ろす。先に買いに行こうとしていた俺だったが、意味ありげな視線を先輩が向けてくるので、仕方なく俺も席に座った。


「さて、フローラ……そろそろ私の存在に気がついてくれてもいいのではないか?」


「えっ?……って、えぇ!?エルザ先輩!?いつのまに!?」


 突然現れた(と、フローラは思っている)エルザ先輩に、フローラは目を丸くしている。そんなフローラを見て、エルザ先輩は思わず苦笑いを浮かべた。


「マリアが気になるか?」


「っ!?」


 一切の回り道をせず、先輩はいきなり核心をついていく。流石はエルザ先輩だな。俺にはできないことを、容易にやってみせる。まじでこの人には頭が上がらないな。


 戸惑いを隠せないフローラを、先輩は何も言わずに真っ直ぐに見つめていた。


「……先輩は気にならないんですか?」


 静かに開かれた口から出た声には、微かに非難の色が滲んでいる。エルザ先輩は一切フローラから目を逸らさずに淡々と答えた。


「気にならないと言えば嘘になるだろうな。突然の事ではあったし、マリアの家族も必死に捜索をしているという話も聞いたしな」


「……だったら、なんでそんなに冷静でいられるんですかっ!?」


 無意識なのだろうが、フローラの声が感情的なものになる。だが、そんなフローラを前にしても、先輩は態度を変えることはなかった。


「そうだな……フローラは私とマリアが戦ったときの事を覚えているか?」


「覚えてますけど……?」


「あの時は驚きだったな。私が驚いたんだから、お前らの驚きは相当なものだったんじゃないか?」


 フローラが話の意図が見えず、顔を顰める。だが、そんなフローラにはお構いなしでエルザ先輩は話を続けた。


「私はあの時、あの子の覚悟を見たんだよ」


「……覚悟?」


「あぁ」


 先輩が俺にちらりと視線を向ける。俺はフローラに気づかれないよう、僅かに首を左右に振った。


「理由は定かではないがな。何か大事なもののために戦っているようだった」


 あの戦いの後、俺は先輩にマリアがあんなにも必死だった理由を教えたからな。だが、今のフローラには教えない方がいいことだろう。先輩もそれを理解してくれたようで、答えをぼかしてくれたみたいだ。


「大人しいあの子が何かを成し遂げようと必死になっているんだ。……それを邪魔する権利は私にはないだろう」


「何かを成し遂げようと……」


 フローラが噛み締めるように、エルザ先輩の言葉を反芻した。そんなフローラに、エルザ先輩は優し気な笑みを向ける。


「親友が大きな一歩を踏み出したというのに、お前は応援してやらないのか?」


 エルザ先輩の声は優しかった。フローラもその声に少し来るものがあったようで、目を赤くしながら先輩に笑いかける。


「そうですね……私に何も言わずにいなくなったのが少しショックで、柄にもなく落ち込んじゃいました。でも、二度と会えないってわけじゃないですもんね?」


「別に死別したわけじゃないんだ。そのうちひょっこり顔を出すかもしれないぞ?」


「そうですよね!……あーなんか安心したらお腹すいてきました!エルザ先輩!ご飯買いに行きましょう!」


 フローラは笑顔でお腹をさする。やっといつものフローラに戻ったようだ。先輩のおかげだな。


「そうだな。レックス、留守番頼むぞ」


「よろしくね!」


 二人はそう言うと、そそくさと人波の中へと紛れていった。俺は二人の背中を見つめながら、何とも言えない罪悪感に苛まれている。


 言えなかった。


 マリアが向かったであろう場所の事を。


 もし、俺の予想が当たっているのであれば、マリアに再び会える可能性は限りなく低いことを。


 そんなこと……言えるわけがないんだよ。


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