15.自分の思いを告げるには勢いが大事
俺はゆっくりと爺さんの机の下から這い出した。そんな俺に爺さんが神妙な顔で頭を下げてくる。
「倅が取り返しのつかないことをしてしまった。今更とは思うだろうが、誠に申し訳ない」
俺は静かに爺さんへと目を向けた。爺さんは身体を震わしながら必死に謝罪の意を示している。
「……爺さん」
「全ての責任は儂にある。だから、セリスのことを悪く思わんでやってくれ!」
「爺さん!」
俺は少しだけ強い口調で爺さんを呼びかけた。爺さんは眉尻をさげながら、ゆっくりと俺に顔を向ける。
「恨むなよ。悪いのは魔族じゃなくて、時代そのものなんだ」
「……それは?」
「親父の遺言だ」
「っ!?」
爺さんが茫然と俺の顔を見つめてきた。
……ったく、らしくねぇ顔してんじゃねぇよ。あんたはいつもみたいに人を食ったような態度でいればいいんだよ。
「だから、俺は誰も恨んじゃねぇよ。それにセリスも爺さんも、俺の両親とは何の関係もねぇじゃねぇか」
「それは……そうだが……」
「セリスの親父についてもだ。目の前にいきなり敵が現れたら、誰だって身の危険を感じるっつーの。だから、あれは事故だ。不幸な事故以外のなにものでもない」
俺が笑顔を向けると、爺さんは全身の力が抜けたように、椅子の背もたれに身を預けた。俺はそれ以上何も言わずに、爺さんの部屋から出て行こうとする。そんな俺の背中に、爺さんが独り言のように声をかけた。
「……屋敷の裏に小高い丘がある。そこにセリスの両親の墓があるんじゃ」
「……あぁ、わかった。サンキューな」
「セリスを頼んだぞ」
「まかせろ!」
俺は勢いよく部屋から飛び出すと、そのまま屋敷の中を駆け抜ける。とにかく、一刻も早くセリスに会いたかった。
屋敷を出ても、俺の足は止まらない。灯りのない道を、ただひたすらに進んでいった。
そして、爺さんの言われた場所に出る。そこは、見渡す限りの草原だった。
果たして、セリスはそこにいた。
月明かりに照らされながら、ぽつんと置かれた二つの墓石に祈りを捧げている。
俺は静かに近づくと、セリスの少し後ろで止まった。こりゃ、セリスの奴全然気づいてないな。
「セリス」
俺が声をかけると、わかりやすくセリスの肩が跳ねる。そして、恐る恐るといった感じでこちらに振り返ってきた。
「クロ様!?なぜここに……!?」
「あー……酔い覚ましに散歩してたら偶然見つけた」
いやそれはありえないだろ。こんな所に来るとなると、結構本格的な散歩だぞ、それ。
セリスは俺を見ながらくすりと笑った。
「こんなところまで散歩に来る人なんていませんよ」
「……うるせぇな。それより早く戻るぞ。アルカも待っているだろうし」
「…………」
回れ右して元来た道を戻ろうとしたのだが、後ろからセリスがついて来る気配がない。俺は足を止め、振り返ると、セリスは寂し気な笑みを浮かべていた。
「……クロ様にお伝えしなければいけないことがあります」
お伝えしたいことねぇ……こんなにわかりきっていることも珍しいな。
セリスは顔を俯かせると、意を決したように顔を上げ、口を開いた。
「私の父親は」
「知ってる」
だが、言わせねぇよ。さっきも聞いたし、そんな辛いことをお前にさせたくねぇ。
セリスは一瞬、呆気にとられた表情を浮かべたが、すぐに眉をつり上げた。
「な、何を言っているんですか!真面目に聞いてください!私の父親は」
「だから、知ってるからいいって言ってんだろ」
俺が面倒くさそうに言うと、セリスが顔が明らかに不機嫌になる。
「適当な事ばっかり……私がどんな思いで伝えようと───」
「俺の両親が誰に殺されたかなんて、どうだっていいって言ってんだよ」
その瞬間、セリスの表情が凍り付いた。だから知ってるって言ったじゃねぇか、バカめ。
「ほら、さっさと宴会に戻るぞ。祝いの席に長がいないでどうする」
俺はセリスに近づき、腕をとるとそのまま引っ張っていこうとする。だが、セリスは根を張ってしまったかのように、その場から全く動こうとはしない。
「……どういうことですか?」
「あ?魔王軍の指揮官だからな。秘書の事くらいちゃんと把握してるっつーの。まぁ、情報源は極秘───」
「そんなことを言っているんじゃありませんっ!!」
セリスの絶叫が丘に響き渡る。俺は掴んでいた腕を離すと、ゆっくりとセリスに向き直った。
「私は仇の娘ですよ!?なんでそんな平然と接することができるんですか!?」
「仇って……あれは事故みたいなもんだろ?」
「事故!?何を言っているんですか!?正真正銘、私の父親はあなたの両親を殺したんです!!」
あー……せっかく言わせないようにしたのに。言っちまいやがんの。俺の気遣いを返せ。
「なのに……それを知ってなお、いつものように私に話しかけてくるなんて……どうかしてます!!」
「どうかしてるって……そういう性格なんだよ。悪いか」
「えぇ、悪いです!!私の事を憎むくらいのことはするべきなんです!!」
「お前のことを憎んでもしょうがないだろ?別にお前がやったわけじゃないんだし」
「どうしてそう割り切れるんですか!?親が殺されているんですよ!?」
「……そういや、お前の両親は俺の両親のせいで死んだようなもんだよな。悪かった」
「あ、あなたという人は……!!」
セリスの身体が怒りのあまり小刻みに震え出した。
「なぜいつもそうなのですか!?どうして自分を大切にしないんですか!?」
「いや、大切にしてるぞ?」
「いいえ、してません!!あなたはいつも他人を優先させます!!自分を犠牲にして、他人を守ろうとばかりしています!!」
「そんなことは……」
「今回のことだってそうです!!人間と敵対させないために冷たく突き放したのに、結局あなたは私を助けに来てしまった!!これであなたは完璧に人間の敵になりました!!」
「だって……」
「だっても何もありません!!あの時に私のことは忘れてしまえばよかったのです!!あんなひどいことをいう女なんですよ!?放っておいて何が問題だというのですか!?」
「…………」
「しかも憎むべき相手の娘ときてますからね!!常識的に考えて、私に接してくる方がおかしいと思いませんか!?」
「…………」
「その上、その事実を知り、私の口からそれを言わせないように気遣いまでしてくる始末です!!もっと他に……両親とか気遣うべき人がいるんじゃないですか!?」
「…………」
「なんでそんなに私を気遣ってくれるんですかっ!?なんでそんなに私に優しいんですかっ!?なんでそんなに私と関わろうとしてくれるんですかっ!?何か明確な理由がなきゃ絶対に───」
「好きだからだよっ!!!」
あまりに捲し立てるように言われ、我慢の限界をむかえた俺は満月に向かって吠えた。
「お前に心底惚れてるからだよっ!!自分の親が仇とか、そんなくだらねぇ理由でお前を失いたくないからだよっ!!言わせんな、恥ずかしい!!」
セリスが口を開いたままの状態で硬直する。やっと黙ったか。こいつどんだけマシンガントークなんだよ、まじで。俺が好きって言うまで、こいつ絶対ずっとしゃべり続けてたぞ。
……。
……………。
………………あれ?
好きだって言わなかった俺?
勢いに任せて告白しなかった俺?
やっちまった……完全にやらかした。やべぇよやべぇよ。めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど。もう、まともにセリスの顔見れねぇんだけど。
セリスから顔を背けてから数十秒が経過。依然、セリスからの反応はなし。
俺は恐る恐るセリスの顔に目を向ける。
セリスはまだ固まったままだった。だが、その目から一筋の涙が頬を伝う。
……結局、泣かせちまったな。
俺は苦い顔をしながら頭をかきむしった。これ、どうすればいいんだよ。
「……俺はお前が好きなんだ」
しょうがないから、ちゃんと俺の気持ちを伝える。
「いつからなのかわからねぇ。気がついたらそうなってたんだ」
気がついたのはつい最近。だけど、抱いたのはもっとずっと前から。
「頼りない男かもしれない。バカな事ばっかやるから今まで散々心配かけてきたし、これからもかけ続けるだろうよ」
でも、セリスだから気兼ねなく無茶できるんだ。セリスじゃないとダメなんだ。
俺は眉を八の字にさせながらセリスに笑いかけた。
「だけどさっ……そんな俺を見捨てずに、側にいてくれねぇかな?」
俺の言葉を聞いたセリスは、しばらく放心状態であったが、ゆっくりと俺の方に近づいてくる。そして、静かに俺の胸の中へと倒れこんできた。俺は、そんなセリスを優しく抱きしめる。
「……私は口うるさい女ですよ?」
「うん」
「……クロ様が他の女性と話していたら、すぐに焼きもちを焼くような、嫉妬深い女ですよ?」
「うん」
「……あれこれ考えてドツボにはまってしまう、面倒くさい女ですよ?」
「うん」
「……そんな女でいいんですか?」
「そんなセリスだからこそ、俺は好きになったんだ」
セリスは俺を見上げると柔らかく微笑んだ。その笑顔がたまらないほど魅力的で、俺は胸が一杯になる。
「……今度は時計の鐘なんかに邪魔させません」
そう言うと、セリスはスッと目を瞑った。
「酒の勢いってのもごめんだぞ?」
「……意地悪言わないでください」
セリスが少しいじけるように唇を尖らせる。
その艶やかな唇に、俺は自分の唇を重ねた。
どれくらいの間、口づけしていただろうか。ゆっくりと唇を離すと、セリスは俺の胸に顔をうずめた。
「……もう絶対離しません。離れたいと思っても、逃がしませんから」
「それは……覚悟しねぇとな」
「えぇ……覚悟してください……」
セリスがクスッと笑う。そして、背中に手を回し、ギュッと俺の身体を抱きしめた。
「クロ様……あなたを愛しています」
*
勇者騒ぎも一段落ついたところで、俺はセリスとアルカと三人でフェルの所に赴いた。目的はセリスが俺の秘書に復帰すること、そして……あれだ……うん、報告だ。
セリスが秘書に戻るのは二つ返事でOKをもらった。肝心の報告はというと……。
「えっ?付き合う?」
フェルが驚いた顔で俺の方を見る。なんだよ?そんなに俺とセリスが付き合うのが意外かよ?
「結婚じゃなくて?」
……そっちでしたか。ちょっと、その手の話はナイーブな内容なんで、そっとしておいてもらっていいですかね?既にこちらでもめた案件なので。
「セリスはそれでいいの?」
「……小心者のクロ様は踏ん切りがつかないそうで」
うはっ、久しぶりのニードルセリス来ましたよ。つーか、小心者じゃなくて慎重派と呼べ。
「でも、ママもアルカ達と一緒に暮らすんだよね!!」
アルカはセリスの身体に引っ付きながら、嬉しそうに言った。
あの日、俺とセリスが無事結ばれたあと、セリスはアルカに謝りに行ったんだけど、まじで大変だったんだよ。セリスが優しく声をかけるとアルカ号泣。それを見て涙腺が馬鹿になっているセリスも号泣。俺蚊帳の外。
なんか長くなりそうだなーってその辺プラプラしてたら、例のサキュバス軍団に出会ってさ。ウハウハ気分で酒飲んでたら、突然、サキュバス達がサーって俺の周りいなくなったんだよ。どうしたのかな?って思って振り返ったら菩薩の笑みを浮かべたセリスが立っていました。以下、想像にお任せいたします。
とにかくあれ以来、アルカはセリスにべったり。多分、もうどこにも行かせないっていうアルカの猛アピールなんだろうな。可愛くてたまらんのだが、全然かまってもらえないお父さんは一人しょんぼりしてる。
「そうですよ。……でも、私はアルカの本当のママになりたいのに、パパが意地悪してママにしてくれないんです」
「えー!?なんでそんなひどいことするの、パパ!?」
あっ、こら!アルカを使うのは反則だろうがっ!!
「いや、あれだよ?もうママみたいなもんだからさっ!」
「ならちゃんとしたママにして下さいよ」
セリスがジト目を向けてくる。それはいけねぇ!!いくら惚れてても、その願いはまだきけねぇ!!ちゃんと段階を踏んで、ベストなタイミングで───。
「要するにヘタレってことですよね」
「はっきり言うんじゃねぇよ!」
「ママー、へたれって何?」
「パパの事です」
「ちげぇからっ!!」
「……とりあえず、幸せそうなのはわかったから、用事が済んだら帰ってくれないかな?」
ギャーギャーと喚き散らす俺とセリス。そして楽しそうに笑っているアルカ。
フェルはそんな俺達を見ながら、砂糖を丸々一瓶、飲み干したような顔をしていた。
そんなこんなで奥さ……彼女ができました。断じて奥さんではない。まだ奥さんを作るような年齢ではないはずだ。
とはいっても、このまま済し崩し的に奥さんになる可能性が……うん。ほぼ百パーセントだろうね。
そうなっても、今と大して変わらねぇだろうけど。
今回の一件で、人間界にも俺のことが知られるだろうし、この先どうなるかマジで予想がつかねぇな。
まぁ、出たとこ勝負は俺の得意技!なんかあったら、そん時考えればいいだろ!
とにかく、はっきりしているのは俺は今、猛烈に幸せってことだ!
これにて第一部、完です!