12.維持費を考えたら、捕虜なんて取るだけ無駄
おぉ!流石は俺!!コントロールばっちり!パワーヒッターでもあり、技巧派でもあるのさ!
街の入り口に戻ってくると、大きなクレーターの中に横たわるアベルの姿を見つけた。つーか、こいつまだ生きてんのな。多分聖属性魔法の鎧で守られたんだろうけど、頑丈すぎるぞ。こいつもレックスと一緒で人間やめてんな。
俺に気がついたアベルが、満身創痍といった様子で立ち上がる。
「はぁ……はぁ……てめぇ……本当に何者だよ……」
「魔王軍の指揮官だって言ってんだろ。……あれ?言ってなかったか」
「……はぁ……はぁ……化物め……」
お前も十分化物だろうが。アロンダイト+究極身体強化の俺が本気で斬りかかって普通に生きてんだからな。
アベルは最後の力を振り絞り、聖属性魔法を発動する。見た感じ回復魔法みたいだ。だが、魔力不足なのか全快には程遠いな。だけど息は整ったみたいだ。
落ち着きを取り戻したアベルが、俺に鋭い目を向ける。
「……なにが目的だ?」
「目的?お前らが無様に逃げ帰ってくれることだよ」
「そうじゃねぇ!!」
なんだよ。お前みたいなやつがいるから最近の若者はキレやすいって言われんだよ。少しは自重しろ。
「なんで魔族の側についてんだって聞いてんだよ!てめぇは人間だろうが!!」
なんで?フェルに誘われたから?アルカがいるから?居心地がいいから?もう、魔族領にいるのが当たり前すぎて、考えたこともなかったぞ。
アベルは、端っこで座りながらこちらを見ているセリスを見て、ニヤリと笑みを浮かべた。
「はーん……確かお前はあの女を助けに来たんだったな?」
「だったらなんだよ?」
「お前知ってんのか?サキュバスの女の本性をよ?」
こいつが今から何を口走るのかは知らないが、これだけははっきりしている。それを聞いたら俺の機嫌は確実に悪くなる。
「確かにこいつらの見た目はいいよなぁ……特にあの女は最高だ」
俺は無表情でアベルの言葉に耳を傾けた。どうせこいつの最後の言葉になるんだ、冥土の土産に聞いてやるよ。
「だけどな、こいつらは男の股間にしか興味がねぇんだよ!」
「…………」
「お前がどこまでサービスしてもらったのかは知らねぇが、お前が特別ってわけじゃねぇからな!?何千という男に同じことをしてやがるんだ!!」
「…………」
「所詮はサキュバス!!頭の中はエロい事しかねぇような女どもだ!!どいつもこいつも淫乱くそビッチなんだよ!!」
……そろそろいいか?
「特にあのセリスとかいう女は上玉だからな!?どれだけの男に抱かれてきたのか想像もつかねぇよな!!お前は自分だけだって思いこんでいるが、そんなわけねぇ!!」
俺は静かに魔法陣を組成する。
「お前もいつかぜってぇ捨てられるぜ!?あの女が満足できなくなったらすぐにだっ!!平気な顔で裏切るような女を庇う義理がどこにぶべらっ!!」
あっ悪い。途中から聞いてなかったわ。でも、なんか五月蠅かったから、間近に転移して殴っちまった。
俺はダラダラと鼻血を流しているアベルの胸ぐらをつかむと、顔の位置まで持ち上げた。
「……何発殴った?」
「えっ?」
必死に血を拭うアベルに構うことなく、俺は平坦な口調で尋ねる。
「セリスを何発殴ったかって聞いてんだよ」
「はぁ?そんなの数えているわけ……」
「……二十六発だよ」
声のする方へと顔を向けると、蹲りながらもこちらに笑みを浮かべているキールの姿があった。流石は元俺。わかってるな。アベルが顔を顰めて、キールを睨みつける。
「て、てめぇ!!余計な事をぶぼべ!!」
「じゃあ、あとは二十四発だな」
とりあえず、そのハンサムな顔の原型がなくなるまでは殴り続けるから覚悟しておけよ。
*
アルカとコンスタンの戦いは苛烈を極めていた。コンスタンの顔も鎧も殴られた跡が無数に存在し、アルカの身体にも数え切れない刀傷が刻まれていた。
だが、戦況は確実に傾いている。一つは、コンスタンの頭の中から、アルカが子供であるという事実が消し飛んだこと、そして、もう一つがはアルカが剣の達人との戦闘経験がほとんどないことだった。
そろそろ決着がつくであろう戦いに、幕を下ろしたのは意外な人物であった。
「よぉ、お二人さん。もうそのへんで終わりにしとけよ」
アルカとコンスタンが同時に声のした方に顔を向ける。そこにいる人物を見て、アルカは笑顔を浮かべながら駆け寄り、嬉しそうに抱きついた。
「パパ!!あのねあのね!あのおじさん、とっても強かったよ!!」
「そうか。あのおじさんはな、人間の国でも相当の実力者だから強くて当たり前だぞ。そんな相手に立ち向かっていったアルカはえらいなぁ」
「えへへー」
クロは左手で自分の胸に張り付くアルカの頭を撫でる。アルカはその手の感触を、気持ちよさそうに楽しんでいた。
そして、クロはもう片方の腕に持っていたものを、コンスタンに投げつける。それは見るも無残な姿になったアベルであった。それを見たコンスタンが慌てて近づき、抱き上げて生死を確認する。顔面を中心に殴られ完全に気を失っているが、命に別状はなさそうであった。
「なぁに、殺しちゃいねぇよ。まぁ、総入れ歯にしなきゃ飯も食えない身体になったけどな」
コンスタンはアベルをゆっくりと地面に下ろし、軽い口調で告げたクロを見やる。
「なぜ殺さなかった?」
「…………」
クロは返事をせずに、興味深そうにコンスタンを見つめた。
「……アルカ、ママの所に行ってやりな」
「はーい!!」
クロはコンスタンから目を外し、アルカに優しく告げると、アルカは勢いよくクロの手から飛び下り、セリスの方に走って行く。遠くで二人が抱き合っているのを見て微笑むと、クロはコンスタンに視線を戻した。
「一番はお前ら人間ってのは殺すと後々面倒だからだよ。後は、あんたらが俺の仲間を殺さずにいてくれたお礼かな?」
クロは縄で縛られている悪魔達に目を向ける。無事とは言い難いが、全員五体満足の姿が確認できた。
「あんたの助言なんだろ?感謝するぜ」
「……いや、こちらも同じような理由だ。恨まれると厄介な上に、人質にするのも都合がいい。だから、感謝を言われる所以はない」
「そっか……まぁ、人間に感謝するっていうのもおかしな話だもんな」
クロは小さく肩を竦める。コンスタンはそんなクロの事を注意深く観察していた。仮面で目元は隠れているものの、かなり若い男のように思える。
「……私は貴殿を知らない」
「ん?俺か?そういや名乗ってなかったな。俺は魔王軍指揮官、クロだ」
「魔王軍指揮官……」
コンスタンには聞き覚えのない役職であった。彼の頭の中にある魔族は、幹部七人と魔王ルシフェルだけ。目の前にいる男はそのどれにも当てはまらない。
「では、改めて名乗らせていただこう。私は王都騎士団団長、コンスタン・グリンウェルである」
「相変わらずお堅いこって」
堂々と名乗りを上げたコンスタンを見て、クロが苦笑いを浮かべる。その反応がどうにも気になったコンスタンだが、それより先に確認しておかなければならないことがあった。
「早速だが、指揮官殿はどうお考えか?」
コンスタンの言葉を聞いた騎士達に緊張が走る。この質問の意図、それはつまり自分達の未来。
こちらの切り札である勇者が負けたのだ。今回の戦いは人間側の完全なる敗北。その証拠に、自分が連れてきた騎士達は、これから下される判断を前に途方に暮れている。
良くて捕虜、悪くて全員処刑……いや、違う。全員処刑は普通の対応だ。最悪、自分達にゆかりのある者を根絶やしにされる可能性だって否定できない。
だが、目の前にいる男は勇者を殺さずに、こちらへと引き渡した。それならば、我々には生き残る道があるやもしれない。自分はいい、せめて部下だけでも。
そんなことを考えていたコンスタンだが、クロの判断は丸っきりそれとはかけ離れていた。
「あんたら全員人間の街の近くまで送るからさ、このボロ雑巾を連れてさっさと帰ってくんない?」
「「「「はっ?」」」」
騎士達が呆気にとられた様にクロを見つめる。それはコンスタンも同様であった。クロはどうでもよさそうに騎士達を一瞥すると、振り返り、街の惨状に目をやる。
「いや、結構派手に暴れちゃったからさ。さっさと終わらせないとセリ……ここの長にぐちぐち言われちゃうんだよね。だから、おたくらの相手をしている暇なんてないんだよ」
目をぱちくりと瞬かせるコンスタン。もう二度と人間界には戻れないと腹を括っていた周りの騎士達が安堵の表情を浮かべる。
「ただし」
クロが不敵な笑みを浮かべながら、背後に七つの巨大な魔方陣を構築した。その構築速度、魔法陣の大きさ、そこから発動されるであろう魔法、その全てに騎士団達は震えあがる。
「まだこの街に侵攻しようとか、戻って兵をかき集めようとか考えてるなら、俺がこの場で全員消すけど?」
クロの目は本気であった。そして、それを実行するに足る実力があることを、コンスタンは十分すぎるほど理解している。
コンスタンは苦笑いを浮かべながら武器を腰に差し、両手を挙げた。
「指揮官殿の力を肌で感じた今、我々に選択肢はない……おい」
コンスタンが目で合図をすると、慌てて騎士達が武器を捨て、縛り上げていた魔族達を解放する。クロはチラリと弱っている魔族達に目を向け、傷だらけの騎士達に目を向けると、おもむろに片手を上にあげた。
「“手が届くものに癒しを”」
組成したのは回復属性の最上級魔法。魔族達だけでなく、騎士達の傷も瞬く間に癒えていく。アルカにやられた傷がなくなっていくのを目を丸くしながら見ているコンスタンにクロは笑いかけた。
「サービスだ。貸し一ってことで」
「……指揮官殿には頭が上がらんな」
「まぁ、そいつはいろいろやりすぎたから、回復させてねぇけどな」
クロはしかめっ面で、完全に伸びているアベルを指さす。コンスタンは何とも言えない表情でアベルの身体を担ぎ上げた。
「さて、そろそろお帰り願おうか。おう、お前ら。隣の奴と手をつなげ」
クロが騎士達に声をかけると、騎士達は戸惑いながらも素直にクロの言うことに従う。コンスタンも、その列に加わったところでクロがコンスタンの肩に手を置いた。
「クロ殿!!」
そんなクロを呼びかける魔族が一人。クロが振り向くと、エリゴールのアトムが恭しく膝をついていた。
「流石のお手前、感服したぞ!……ところで、我々は何をしていればいいか?」
「うーん……敵もいなくなったことだし、宴会でもしとけばいいんじゃねぇか?」
「承知っ!!」
そう答えると、アトムは意気揚々と街の中へと消えていった。コンスタンが気遣うようにクロに視線を向ける。
「今のは冗談だったのではないか?」
「……冗談が通じないやつだっての忘れてたんだよ」
何とも言えない顔をしながら、クロはコンスタンの肩に触れ、転移魔法を発動した。
一瞬のうちに景色が変わる。あまりの出来事に、コンスタンは目を丸くした。
「これは……なんとも……指揮官殿には驚かされてばかりだな」
クロが転移したのはコンスタン達も見覚えのある森。ここからなら三十分とかからず、アーティクルの街へと戻ることができる。
転移魔法は魔法陣の中でも習得と扱いが難しい魔法。それを、この人数を連れて、ここまで遠方に、しかも魔法陣の構築に時間を要さずに発動させるとは、もはやコンスタンの常識では目の前にいる男を計ることはできない。
「王都付近はちょっと都合が悪くてな。ここらへんで勘弁してくれ」
「いやいや、十分だ。助かったよ」
コンスタンが手を差し出すと、クロは微妙な顔をしながら頬をポリポリと掻いた。
「一応、俺は敵方の幹部みたいなものなんだけど?」
「それでも、礼を尽くすのが騎士団というもの。……それは指揮官殿も重々承知しているのでは?」
コンスタンの言葉にクロはピクッと反応する。今更、紺の仮面で顔を隠したところで、クロが人間であることはコンスタンにはわかっていた。
クロはゆっくり手を伸ばし、コンスタンの手を握る。そして、少しだけ顔を近づけると、ニヤリと笑みを浮かべ、コンスタンにだけ聞こえる声で呟いた。
「エルザ先輩によろしく」
「なっ!?」
驚きに目を見開くコンスタンを見て、クロは笑いながら即座に転移していく。残されたコンスタンはしばらく茫然と佇んでいたが、完全に一本取られた、と苦笑いを浮かべることしかできなかった。