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7.長としての役目

 私がまとめた避難計画はシンプルなものでした。まずは街の中にいる転移魔法を使える者をリスト化する事。そして、その者が一度に何人転移させることができるのかを調べ、転移魔法が使えない者が誰の所に行くのかを決めました。

 幸いなことに、魔法陣が得意なサキュバスとインキュバスは子供を除く全員が転移魔法が使えるようで、街の住民全員が避難するには十分でした。


 転移先は迷いましたが、城の城門前にしました。本当は中庭にしようとしたのですが、それではあの人に気づかれてしまう恐れがあるので。そうなれば、私が血の涙を流しながらあの二人を突き放した意味がありません。


 そして、対策会議を開いてから4日後の早朝、何度か避難訓練を行い、住民達が淀みなく避難できるようになった頃、偵察部隊の皆様が街へと帰ってきました。


 連絡を受けた私が急いで応接室に向かうと、お爺様と二人の長老様、そしてキールとアトムさんが既に待機していました。


「遅れてすみません」


 私は謝罪しながら中央の席へと移動します。見た限り、アトムさんもキールも無傷のようで、内心ホッと胸をなでおろしました。


「それでは、報告をお願いします」


「では、私の方から話をさせていただきます」


 事前に打ち合わせをしていたのでしょう、迷うことなくキールが話を始めます。


「フレノール樹海は広いので探索に時間がかかりましたが、セリス様の読み通り、人間達はその樹海を渡ってこの街に攻め込むようでした」


 キールの言う通りフレノール樹海は広大な森です。それでも3,4日で見つけることが出来たのは、キール達が頑張ってくれた証拠でしょう。


「規模は小隊一つ、指揮官は"雷神"に相違ありません。ですが、肝心の勇者の姿を捉える事は出来ませんでした」


 小隊一つ……50名程ですか。確かに、あの森を渡るにはそれくらいの人数が妥当ですね。 多すぎても隊列が乱れ、少なすぎてもあの森にいる魔物の餌食になるだけですから。

 しかし、勇者の姿を見ていないというのが気になります。同行しているわけじゃないというわけでしょうか?


「敵はチャーミルの街からおよそ100キロ程離れた場所におります。移動速度から考えても、この街に着くのは明日の夕方頃かと」


 そうなると猶予は一日と半日程でしょうか。あまり時間はありませんね。


「偵察部隊からの報告は以上になります」


「わかりました。本当にご苦労様でした」


 私の労いの言葉に、キールとアトムが頭を下げて応えます。私は二人から視線を外すと、ここにいる全員に顔を向けました。


「戦略として考えられるのは二つだと思います」


 積極的に攻めるか、座して待つか。皆さんの顔を見る限り、同じ考えのようです。


 誰もが牽制しあっている中、口を開いたのはエリゴールのアトムさんでした。


「我は奇襲をするべきだと思います。彼奴らがいるのは勝手知ったるフレノール樹海。地の利は我々にあるかと存じます」


「アトムよ……確かにお前さんの言うことには一理あるが、相手は勇者に"雷神"だぞ?奇襲により有利を取れたところで勝ち目などあるのか?奇襲に割ける人員などたかが知れておるぞ?」


 エリゴールの長老様が諭すようにアトムさんに言います。長老様の言う通り、奇襲はこちらの存在を知られないことが大前提。そうなれば、奇襲をかける人数も自ずと少なくなってしまいます。

 ですが、アトムさんは一歩も引くつもりが無いようです。


「長老様の言う事もごもっともですが、彼奴らは慣れない樹海にかなり疲労しているようでした。そんな相手に奇襲が効果的じゃないわけがありません」


「……僕もアトムと同じ意見です」


 それまで黙って話を聞いていたキールが静かに口を開きました。


「おそらく彼らは覚悟を決めてこの街に攻め込んでくると思います。ですが、今はまだこの街に向かっている段階。その覚悟が希薄なうちに敵部隊を叩くべきです。覚悟を決めた敵というのは手強いですから」


 キールの筋が通った言葉に、誰もが閉口します。奇襲の有効性については皆がわかっている事ですが、どうしてもそのリスクの方に目がいってしまいます。


「……セリス、お前はどう考える?」


 誰一人として結論を口にできないでいると、お爺様が私に視線を向けてきました。正直、私にも何が正解なのかわかりません。ですが、この街の長として判断を下さなければならないでしょう。


「……私は直に敵部隊を目にした者達の言葉を信じたいです」


「つまり、奇襲に賛成ということか?」


 お爺様の言葉に、私はゆっくりと頷きます。奇襲にはメリットもデメリットもありますが、かといって街で待ち構えることにメリットは一切感じません。


「ですが、あくまで撤退させることを目的とします。殲滅するわけにはいきません」


 私の言葉を聞いたお爺様以外の全員が、驚いたように私を見ます。お爺様だけが鋭い視線を向けてきました。


「それは……相手を殺さずにいくということかの?」


「はい」


 私がきっぱりと言い放つと、長老様の二人が難色を示します。


「それは無謀だろう」


「うむ、相手はこちらを殺す気で向かってくるじゃろうて」


 まぁ、当然の反応ですよね。誰も理解できるとは思っていません。ですが、意外なところから私を支持する声が上がりました。


「……僕はセリス様の意見に賛成です」


 声の主はキールでした。長老様達が信じられないといった顔でキールを見つめます。キールは狼狽えながらも、その理由を話してくれました。


「僕は……お互いの精神を交換する幻惑魔法を開発し、それを使ってとある人間と中身を入れ替えたことがあります」


「なんと!?」


 インキュバスの長老様がこれ以上ないくらい目を見開きながらキールに目をやります。幻惑魔法に精通している者なら、キールがどれほど規格外の事をしたのか理解できるのでしょう。

 キールは長老様の反応を気にしながらも、話を続けました。


「その者から教わったのです。……人間というのは強欲で慎重で執念深い種族なのだと。勿論、全ての人間がそういうわけではないですが」


 キールが気遣うように私に目を向けます。大丈夫、それはわかっていますから。


「セリス様のように撤退させるだけならば、おそらく人間達はまだ機は熟していないと諦めるだけでしょう。ただ、攻めてきた者達を皆殺しにしてしまえば……」


「人間達は全勢力を用いて、私達の街に攻めてくるでしょうね」


 私がキールの言葉を引き継ぐと、キールは同意するように頷きました。私もキールと全く同じ考えです。


 私が皆の顔を見回すと、難しい顔をしたまま俯いていました。ですが、アトムさんだけは私に力強い視線を向けてくれています。多分、私達の意見に賛同してくださったのでしょう。


 静寂が応接室を包み込みます。聞こえるのは壁に掛けてある時計が時を刻む音だけ。まるでタイムリミットが迫っている事を教えるかのように、規則正しく私達の耳に響いていました。


「……儂は、長の意見に賛成する」


 長い沈黙を破ったのは、お爺様でした。全員の視線がそこに集中します。


「最善とは言い難いが、それ以上の意見が出るとも思えんしのぉ。相手を殺さないという事だが、お二人も人間の恐ろしさには心当たりがあるはず」


 お爺様が目を向けると、長老様達は重々しく頷きました。


「確かに……身内が殺された人間達は何をするかわからない」


「自分の身を顧みない、復讐の化身に成り果てるじゃろうな」


「そうなれば勇者以上に厄介な相手となる」


「それでは……?」


 私が目を向けると、三人がこちらを見ながら同時に首肯しました。


「奇襲をかけることに賛成だ。実行するのは今夜だろうな」


「ふむ。明日になればこの街に着いてしまうのだ。今夜しかあり得んじゃろう」


「編成はどうする?」


 お爺様がアトムさんとキールに問いかけます。自分達よりも実際に敵戦力を見てきた二人の方が、よくわかっているという考えなのでしょう。


「偵察部隊の7人に加えて、インキュバスかサキュバスが3人、エリゴールが10人といったところでしょうか?」


「我もそれに賛成です。"雷神"以外の騎士団員は、おそらくエリゴール一人で二、三人は相手にできる見込みです」


「エリゴール3人に幻惑魔法でサポートする1人をつければ、まず間違いないと思います」


 二人の話を聞いて、お爺様は納得したような表情を浮かべます。私自身、非の打ち所がないと思いました。


「では、それでいきましょう。とにかく時間がありません。キールとアトムさんを中心に、長老様と話し合いながら奇襲をかける人員を決めてください。揃い次第、フレノールの樹海に向かっていただきます」


 私の言葉を聞くや否や、全員が慌ただしく動き始めました。私はそれを見ながら、小さく息を吐きます。


「疲れたか?」


 そんな私に、お爺様が優しく声をかけてくださいました。私はそれに笑顔で答えます。


「えぇ……長としての役目はお爺様に任せっきりでしたので」


「そうじゃな。だが、立派に果たせていると思うぞ」


 お爺様の言葉は素直に嬉しいと思いました。ですが、立派に果たすだけでは意味がありません。しっかりと結果を出さなければ。


「……今、私にできることは何でしょうか?」


 私が尋ねると、お爺様は真剣な表情を向けてきました。


「作戦の成功を願うこと。あとは最悪の事態を想定して動けるようにしておくことじゃな」


 最悪の事態……奇襲作戦が失敗して、戦力が下がったまま、街の防衛をするということですね。


 私は一つ深呼吸をすると、改めて気を引き締め直しました。


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