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2.酒に逃げても現実は何も変わらない

 ギガントと話してから、俺は指揮官としての仕事を完全に放棄し、毎日のように『ブラックバー』に入り浸たっていた。朝ご飯を終えたらすぐに顔を出し、閉店間際までだらだらと居座ってるとか、めちゃくちゃ迷惑な客だろうな。

 

 だけど、休みなくずっと働き詰めだったんだ。この辺でガス抜き入れても、別に誰も何も言わねぇだろ。……文句言うやつはもう俺の近くにはいねぇし。


 マキもアルカも辛気臭い顔をしている俺がいない方が、少しは美味しくご飯を食べれるだろうしな。正直、あの小屋にいるといろいろ思い出して、苛立ちが収まらない。


 俺が店に入ると、ゴブ太が呆れたような顔で俺を見つめる。


「また来たのか?」


「おうよ。今日もカウンターを一席借りるぜ」


「オイラ的には売り上げに貢献してもらっているから何の文句もないけど、指揮官として働かなくていいのか?」


「いいんだよ。偶には俺も羽を伸ばしたいんだ」


 俺はゴブ太の言葉を聞き流し、お気に入りのカウンター席に座る。ここは入り口から一番離れてて、目立ちにくいんだ。少し薄暗いのも落ち着くし。とにかく、今は他人と関わりたくない。


 俺が注文する前にバーテンダーのゴブ郎が俺の前にグラスを置く。中身はウィスキーのダブルだろうな。最近それしか注文してねぇから。


「これでいいでやんすか?」


「あぁ。上等だ」


 俺はゆっくりとグラスに口をつける。アルコールの匂いが鼻をついた。結構強めだな。


「ほい、ガーリックフライ」


 続いてゴブ太が、こちらも注文していないのに料理を運んでくる。ニンニクをスライスして揚げた後、塩コショウで味付けした簡単なものだ。だが、酒のつまみにはもってこいの一品。俺の好物ではあるが、最近は食べても美味しいと思わなくなっていた。


「悪いな」


「まぁ、お客さんだからな。でも、ほどほどにしとけよ」


 ゴブ太が一瞬、心配そうに俺を見つめると、すぐに厨房へと戻っていく。なんかオカンみたいになってきてないか、あいつ?


 そういえば、あいつもオカンみたいに口うるさかったな。俺は小さいときに母親を失っているから、そこまで覚えていないけど。でも、確かな暖かさをあいつからは感じた。そして、それが俺にはとても心地よかったんだよな。


 だが、あいつはもういない。


 俺は顔を歪めながら、グラスを一気に傾ける。程よい酩酊感に襲われた俺は、その快楽にゆっくりと身体を委ねていった。



「辞めるって……どういうことだよ……?」


 全くというほど頭が働かない。雨の音だけが、俺の頭の中でけたたましい音を上げていた。


「言葉通りの意味ですが?」


 下げていた頭を上げたセリスの顔を見て、俺は思わず息を呑む。その目は、初めて出会った時と同じように、殺したいほど憎い相手に向けるそれだった。


「今日であなたの秘書ではなくなるという意味です」


「そういうことを言ってるんじゃねぇ!!」


 俺の口から出た声は、まるで砂漠にいるかの如くカラッカラに乾いている。自分の声じゃないみたいだったが、それでも必死に声を荒げた。


「なんで急にそうなったかって聞いてんだよ!?」


「その理由をあなたに話す必要はありませんし、知ったところで何も変わりません」


 セリスは俺の目を見つめながらきっぱりと言い放つ。だが、そんなことで納得なんかできるわけがねぇ。


「そんな勝手は許さねぇ!指揮官として命ずる!お前は俺の───」


「これは魔王様の判断です」


「なっ……!?」


 フェルが許可したっていうのか?俺に話も通さずに?


 俺の中に沸々と怒りが沸き上がる。一体あのバカ野郎、なんの目的があってセリスを……。


 そんなことを考えていると、セリスがつまらないものを見るような目を俺に向けてきた。


「何か勘違いをしているようですが、私が嘆願した結果、ルシフェル様が許可してくださったんですよ?」


 えっ?つまりそれって……。


「秘書を辞めるのは私の意志です」


 ……雷まで激しくなってきやがった。頼むから静かにしてくれ。お前らが気になって何にも考えられないんだよ。


「随分不思議そうな顔をしていますね?」


「……あぁ、不思議でしょうがねぇからな」


 俺はあふれ出しそうな様々な感情に蓋をし、極力冷静な声で言った。そんな俺を見て、セリスは馬鹿にしたように笑う。


「何も不思議に思うことなんてないと思いますが。だって、あなたが言ったんじゃないですか?」


「何を?」


「私の両親は人間の手によって殺されたって」


 一瞬、俺の世界が止まる。


「そんな相手と一緒にいなければならないのがどれほど辛いことなのか……あなたにはよくお判りでしょう?」


 その言い方が引っかかった。あたかも何かを知っているような口ぶりに、俺は眉をひそめる。


「……わからねぇな」


「そうですか」


 セリスは俺の言葉を、どうでもいいと言わんばかりに切り捨てた。


 なるほど。そういう理由かよ。それなら、誠に業腹で、どうしようもなく気に入らねぇけど、納得せざるを得ない。親の仇の種族だ、どんなに割り切ってもやっぱり許せないってなってもおかしくねぇ。


 だけど、一つ聞きたい。


「……アルカはどうなるんだ?」


 俺は、持ってきたタオルを抱きしめながら、黙って俺達の話を聞いていたアルカに目を向ける。アルカはビクッと身体を震わせると、縋るような目でセリスを見つめた。


 頼む。別に人間である俺を嫌になってもかまわない。でも、アルカは……アルカだけは……。


 だが、俺の一縷の望みはあっけなく砕け散る。


「どうもこうもありません。アルカは私とは関係ない、赤の他人なんですから」


 ……言った、言っちまった。


「ママ……」


 消え入りそうな声でアルカが呟くが、セリスはそちらに一切顔を向けない。耐えきれなくなったアルカは、涙目になりながら顔を俯かせた。


 俺は煮えたぎる怒りを必死に押さえつけ、セリスを睨みつける。


「この子は……お前のことを本当の母親のように慕っているんだぞ?」


「それはアルカが勝手に思っているだけです。私にとっては……いい迷惑ですね」


 セリスは無表情のまま、淡々とした調子で言った。耐えきれなくなったアルカの目から大粒の涙が零れ落ちる。


 ……なんだよ、ちくしょう。


 俺は崩れ落ちるように椅子に座ると、机に両肘をつき、指を組むと、その上におでこをのせた。


「……行け」


 一切の抑揚のない声で告げる。


「今すぐ消えろ。そして二度と俺達の……アルカの前に姿を現すな」


「……元よりそのつもりです。短い間でしたが、お世話になりました」


 セリスはそれだけ淡白に言うと、俺達の前からいなくなった。


 残されたのは、小さく嗚咽を吐きながら泣き続けるアルカと、例えようもない負の感情に苛まれた俺だけだった。



 誰かに肩を揺らされ、目を覚ます。顔を上げると困り顔のゴブ太の顔が俺の目に飛び込んできた。


「……閉店の時間だぞ」


「もうそんな時間か」


 俺は目をこすりながら、空間魔法からお金を出し、カウンターに置く。


 いつもこうだ。現実から逃げるように酒を飲んで、いつの間にか眠っちまって、そしてあの日の夢を見る。今更あの光景を見せつけられても、なんにもならねぇっていうのによ。


「クロ吉!!」


 フラフラの足取りで店を出ていこうとする俺に、ゴブ太が声をかけてきた。


「オイラが言うことじゃないと思うけど……本当にこのままでいいのか?」


 具体的なことは何も言って来ないが、俺にはゴブ太の言いたいことが伝わってくる。だが、今の俺にはそれに対する答えがない。


 俺は何も言わずに店を出ると、そのまま小屋へと転移した。



 中庭へと戻ってきた俺は、静かに小屋の扉を開く。もう日を跨いでいるからな、アルカを起こさないようにしないと。そんな風に考えていた俺は、真っ暗なリビングで一人ぽつんと座っているアルカを見て目を丸くした。


「アルカ……こんな時間まで起きてちゃ───」


「ねぇ、パパはいいの?」


 俺の言葉を、アルカの真剣な声が遮る。


「パパは、このままママがいなくなっちゃってもいいの?」


 向けられた瞳はひどく揺れていた。それを見て酔いが一気に吹き飛んだ俺は、アルカの隣に腰を下ろす。


「……これはあいつが決めたことだ」


「そうだけど……」


 アルカが俯きながら唇を噛み締めた。おそらくアルカ自身、自分の中で渦巻く感情の正体がわからないのだろう。俺もだ。


「それに、あいつはアルカのお母さんじゃ───」


「ママはアルカのママだよっ!!」


 キッとこちらを睨む大きな目には涙が滲んでいた。……今のは言うべきじゃなかったな。


「すまない。……だが、あの日、セリスに言われただろ?」


 俺の言葉にアルカは思わず顔を背ける。セリスが何を考えているのかはわからないが、あれだけは言って欲しくなかった。しかもアルカの前で言うとは。


 俺は机の下で拳を強く握りしめる。


「とにかく、俺はアルカにあんなひどい言葉を投げかけるようなやつを母親とは認めない」


 それだけ告げると、俺は立ち上がり、自分の部屋へと向かう。アルカは座ったまま、机を睨みつけ、か細い声で呟いた。


「……それでも、アルカのママは……ママだけだもん」


 その言葉は俺の耳に届いていたが、何も答えず、俺は部屋の扉を閉める。そして、そのまましなだれかかるように、ドアを背もたれにして座りながら、リビングから聞こえる娘の泣き声に耳を傾け続けた。

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