8.慣れないキャラは設定がブレる
魔法障壁越しにも伝わる衝撃。目も開けられないほどの突風が観客席を襲った。
「っ!?どっちも規格外すぎるだろ!?」
ギーが両手をかざし、魔法障壁を維持しながら声を荒げる。他の幹部達も二人の戦いに目を奪われながら、意識だけは魔法障壁に集中していた。
「今のは危なかった。彼奴らの魔法障壁がなければ会場もろとも吹き飛んでいた。……げに恐ろしき力よ」
流石のピエールも顔を引きつらせている。まだ先程の爆発の余韻のせいか、障壁内は砂塵に包まれており、中を確認する事は不可能だった。ボーウィッドが振り返り、セリスとフレデリカの二人に尋ねかける。
「……今の魔法はなんだ……?」
「おそらく、クロ様の得意な重力属性の魔法だと思うんですが……」
「重力属性は爆発なんてしないわよ、普通」
フレデリカが大量の汗を流しながら答えた。二人の戦闘中、魔法障壁を展開し続けているのだ。他の者も同様、疲労の色を隠す事はできない。
「精霊の姫よ。今のは重力魔法を5つ重ね合わせた魔法だ。おそらく、放たれた魔力をその身に吸収し、集めた魔力を周りに拡散する極悪無比な魔法よ」
「ってことは、ルシフェル様の魔法を吸収して、その魔力を使って爆発したってこと?どんだけあり得ないのよ」
「凶悪なんてもんじゃねぇな。魔法を使うやつの天敵みたいな魔法だな」
ギーも引いたように笑いながら、内心戦慄していた。
「だが、あの至近距離で爆発を食らったのだ。あの二人なら死にはしないと思うが、流石に動くことなど……」
ピエールの言葉がそこで止まる。砂埃が晴れ、最早跡形もなくリングが消し飛んだ闘技場で、二人の男が再び殴り合っていた。
「あ、あり得ない……」
驚愕に目を見開くピエールの後ろで、セリスが大きくため息を吐く。
「まぁ……あの二人ですから」
「そうね、あの二人だからね」
さして驚くこともなく、フレデリカとセリスは魔法障壁に魔力を流し込んだ。正直、もう長い時間はこの障壁を維持しておくことなどできない。
拳を振るうだけで轟音が上がり、踏み込むだけで地面を砕いている二人の戦いを見ながら、セリスはある違和感を感じた。
ルシフェルと戦いながら、クロがチラチラ自分を見ているような気がする。いや、確実に見ていた。
セリスは全神経をクロの表情に集中する。
あの人は私に何かを伝えようとしている。それが何か察するのが秘書としての自分の仕事。
あの人のことならなんでもわかる、だから今回も絶対に気持ちを汲みとれるはず。
しばらくクロを観察していたセリスが、静かな声で幹部達に告げた。
「私の合図で魔法障壁を解いてください」
「「「はっ?」」」
他の幹部達が全く同じ反応をする。それもそうだろう、今魔法障壁を解いたらどうなるか。そんな事は火を見るより明らかだった。
「どういうこと?そんなことしたら大変なことになるわよ?」
「えぇ。ですが、指揮官様のご命令なので」
セリスの声に迷いはなかった。それを聞いたボーウィッドが小さく頷く。
「……わかった……」
「ボーウィッド!?まじで言ってんのか!?あいつがセリスに命令なんかする暇なかっただろ!?」
ギーが驚きの目で見ると、ボーウィッドはセリスの方に顔を向けた。
「……セリスが言うなら間違いないだろ……兄弟はセリスに隠し事ができない……」
ボーウィッドがニヤリと笑うと、呆気に取られていたギーとフレデリカが力なく笑う。
「わかったわよ。……何かあったら連帯責任だからね」
「はっ!そん時は指揮官様の比重は重くしてくれよな!」
「ピエールもよろしいですか?」
セリスが尋ねると、ピエールはその紫色の唇を歪めて笑った。
「この状況で魔法障壁を解くとは……まさに狂気の沙汰だな。だが、狂気の沙汰ほど面白い」
言っていることはよくわからないが、おそらく同意してくれたのだろう。セリスは再びクロの方を注視する。
相変わらず防御というものを忘れてしまったかのように、お互い一辺倒で拳を繰り出していた。その余りの迫力に、観客達の興奮もピークに達しようとしていた。
その瞬間、クロが左腕を上げる。
それをセリスは見逃さなかった。
「今です!」
セリスの言葉に反応して、幹部達が一斉に魔法障壁を解く。それとほぼ同時なタイミングで、闘技場からクロの姿が消えた。困惑する観衆達。
「はっはっはっ!!流石は魔王といったところか!!」
闘技場内に不敵な声が響き渡る。その声の主を探して、観客達はキョロキョロと辺り見回している。その中の一人が不意に声をあげた。
「あっ、あそこ!!」
指差す先に全員の視線が集中する。そこには、白いマントをたなびかせた男が、闘技場を見下ろすように、魔王城の屋根に立っていた。
「だが、我々が刃を交えるのは今ではない!!魔王よ、ここは一旦退かせてもらうぞ!!」
観客達はクロの演説に固唾を飲んで耳を傾けているが、ピエールを除く幹部達は白けた目を向けている。
そんな事には気がつかないクロは、芝居じみた仕草でルシフェルをビシッと指差した。
「我々が衝突する時がいずれ来るだろう!私は自らの刃を更に研ぎ澄ませるつもりだ!その時まで首を洗って待っているのだな!!」
はーっはっはっ!!っと高笑いを残して消えていく白装束の男。呆然としている観客達。そんな中、ギーがぼそりと呟いた。
「……あいつはセリスの部下って設定だったよな。なんで悪役になってんの?」
「……私にもさっぱりわかりません」
ギーの疑問に答えられるわけもなく、セリスは痛む頭を抑えながら、呆れたように頭を振った。