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5.子供の底力は親の想像をはるかに超える

 あのミリタリーバカのせいで、俺は完全に冷めきっている闘技場に立つ。俺に気を遣ってんなら、ちゃんとアルカに戦いの厳しさってやつを教えてやれよ。お前が負けたせいで、俺が決勝まで行かなならんくなっただろうが。


 俺は怖い顔でこちらを睨んでいる美女に目を向けた。おそらく全身が筋肉なんだろうな、無駄な肉が一切付いてない。そして、どこぞの原住民のように胸と腰に布が巻いてあるだけのスタイル。目のやり場に困るパターンのやつや。


「さぁ、気を取り直して準決勝第二回戦に行こうか!先程はトリッキーな戦略で見事に巨人のデカインを下した謎の男ミスターホワイト!わかっていると思うけど闘技大会だからね?よろしくね?」


 いや、そこはなんかカッコいい紹介文じゃねぇのかよ!?普通に盛り上げてくれってお願いしちゃってんじゃねぇか!!


「対するは獣人族の紅一点!だが、侮るなかれ。その実力は幹部のライガに肉薄するウーマンウォーリア!獣人族猫人(ワーキャット)、シェスカ!!」


「おい、ミスターホワイト」


 俺を射殺すように睨んでいたシェスカが、突然俺に話しかけてきた。その声を聞いていると、なんとなくクラスの委員長に説教を受けている気分。


「先程は卑怯な戦法でくだらない勝利を得たようだが、私には通用しない。少しばかり魔法が使えるようだが、そんなので私に勝てると思うなよ」


 なんだなんだ?えらく敵視されてんな。魔法を使う奴が嫌いなのか?


「決勝の相手にしてもそうだ。指揮官の娘だかなんだか知らないが、魔法に頼っているような卑怯者に私は負けはしない」


 あーそういや、獣人族は素手での殴り合いが大好きだって聞いたな。そういう奴は、遠距離から放たれる魔法が卑怯な戦法に見えるんだろうな。


 つーか、アルカの事を卑怯者扱いしたか、コイツ?


「……なにやらボルテージが上がっているみたいだね。これはかなり期待できそうかな?それじゃ、準決勝第二回戦……始めっ!!」


 悪いな、フェル。ご期待には添えそうにねぇわ。


 開始と同時に転移魔法でシェスカの背後に回った俺は、瞬時に最上級(クアドラプル)身体強化(バースト)を施し、シェスカの首根っこを掴んだ。


「なっ……!?」


 驚いている暇なんて与えない。そのまま片手でシェスカの身体を持ち上げ、場外へと放り投げる。


 呆然と地面に尻餅をつくシェスカ。そしてそれをリングの上から見下ろす俺。


「魔法ってのは遠くから撃つだけのものではない。覚えておくんだな」


 俺はそれだけ告げると、静まり返った会場内を歩いていく。


「勝者、ミスターホワイト!!」


 フェルの声が、そんな会場に虚しく響き渡った。



「嘘だろ……!?シェスカがあんな簡単に……」


 ライガはこれ以上ないくらい目を大きく見開いていた。だが、それはライガだけではない。この会場にいる殆どの者が似たような反応をしている。


 そんな中、驚いていない者達が数人。


「……なぁ、あれってどう考えても」


「えぇ、そうね。あそこまで見事に転移の魔法陣を組めるのは他にいないわ」


「……だが、俺達は認識することができない……となると……」


 三人が同時にセリスはと目を向ける。セリスは何食わぬ顔でアイスティーをストローですすった。


「まぁ、アルカにバレなければいいですからね。三人の思っている通りですよ」


「やっぱりか。んで?目的はなんだ?闘技大会に優勝したいだなんて、そんな玉じゃねぇだろ?」


「アルカに戦いの厳しさを教えてあげることです。最近のアルカは戦いの最中、油断することが多々ありますからね」


「あぁ、そういうことね。それで念には念を入れて自分も大会に参加した、と」


 フレデリカが合点のいったように頷いた。


「……予想通り、自分の娘と戦うことになったのか……」


「アルカの実力が想定外だったこともありますが……」


 セリスがギーの方に目を向ける。ギーは申し訳なさそうに頭をかいた。


「あのバカは指揮官様に心酔してるからなぁ……あいつの娘だと知ったら、ああなるのは必然だな」


「……そうですね」


 クロによってタバニの性格が矯正されたのを目の当たりにしているセリスは、ギーの言葉に納得せざるを得ない。


「……くそっ!!」


 ライガは不機嫌そうに立ち上がると、そのままリングに背を向けた。


「帰るんですか?」


「あぁ。うちの部下がやられちまったからな。……くそつまんねぇ決勝なんて見る価値もねぇ」


 ライガは吐き捨てるようにセリスに言うと、そのまま闘技場を後にする。その後ろ姿を見ながらセリスは呆れたように息を吐いた。


 二人の話になんの興味も持たなかったフレデリカは、ポップコーンを摘みながら楽しげな表情でリングを見やる。


「とにかく、決勝戦は見物ってことね」


 その言葉に他の者達は頷くと、フレデリカ同様リングに目を移した。



 異様な空気に包まれている中、控え場に戻ろうとした俺にフェルが声をかけてくる。


「このまま決勝に行きたいんだけど、構わないかな?えーっと……ミスターブラック?」


「ミスターホワイトだ。別に構わん」


 えっ?バレてないよね?白と黒を言い間違えただけだよね?正反対の色だと思うけど?


「じゃあこのまま決勝いっちゃおうか!アルカっ!!」


「はいっ!!」


 フェルに呼ばれてアルカが勢いよくリングに飛び込んでくる。殺伐とした会場に天使が舞い降りた瞬間だ。


「よし!じゃあ決勝戦行ってみようか!あぁ、あらかじめ言っておくね。恐らく激しい魔法合戦になると思うけど、僕が魔法障壁を闘技場に張ってあるから、思う存分魔法を放つといいよ!……常識の範囲内でね」


 最後の一言は俺に言ったような気がすんだけど。これバレてるよね。セリスの幻惑魔法ってフェルに効かないの?


「さぁ、会場内にいるみんな!決勝戦だよ!盛り上がっていこう!!」


 フェルが観客席を見渡しながら言うと、まるで魔法にかけられたように少しづつ歓声が湧き上がり、それはすぐに大音量となって闘技場を震わせた。その様子にフェルは嬉しそうに何度も頷く。


「大注目の決勝戦は、その可憐な容姿に見合わぬ、大胆な魔法で数多の猛者を蹴散らしてきたアルカ!!もうすでにファンもついているみたいだね!!」


 ……なに?うちの娘にストーカー(ファン)だと?これは一人一人挨拶に行かなければならないみたいだな。


「そしてもう一人は紺の仮面で顔を隠した謎の男!!一切苦戦することなく決勝まで駒を進めてきた!一体何軍の何官なのかも予想がつかないよ!」


 それ魔王軍の指揮官だよね?もう完全にバレてるよね?

 ま、まぁ、いいだろ。あの真剣な顔を見る限り、アルカにはバレてないみたいだからな。


「それじゃあ始めるよ!息詰まる決勝戦……試合開始っ!!」


 フェルの合図とともに、アルカと俺が転移魔法によりその場から姿を消す。


「はぁぁぁぁ!!」


 俺達の姿を見失った観客が、アルカの声に反応して一斉に上空へと目を向けた。

 そこでは中級(ダブル)身体強化(バースト)を施したアルカが怒涛の連続攻撃を繰り出している。俺も同様に中級(ダブル)身体強化(バースト)でそれを受けていた。

 ってか、この子普通に飛んでない?さっき見た"無重力状態(ゼロ・グラビティ)"をもう使えるようになったわけ?あれは重力属性だから結構難しいんだけど?一瞬しか見えなかったはずなんだけど?


 本当にアルカには驚かされるな。こんなに全力で俺に攻撃してきながら、常に無詠唱で魔法を撃ってんだから。


 俺は飛んでくる炎や水を、全く同じ魔法陣で迎撃する。当然、無詠唱。

 その間にもアルカは転移魔法で俺の隙をつこうとするが、そんな事は許さない。そもそもその戦法は俺が考案したもんなんだからな。後れを取るわけにはいかねぇんだよ。


 俺はアルカから離れるように宙を舞い、アルカに向けて手をかざした。構築するのは最上級魔法(クアドラプル)の魔法陣。


「無詠唱ばかりでは芸がないぞ。"煌めく氷の星(ダイヤモンドダスト)"」


 俺の魔法陣から無数の氷の破片が飛び出した。その様は夜空をかける流星の如し。アルカめがけて氷の星が降り注ぐ。


「氷属性魔法……!!」


 一瞬、焦った表情を浮かべたアルカだったが、冷静に転移魔法陣を展開し、その場から離脱した。甘いぞ、アルカ。この魔法はアルカの魔力に反応するようになってんだよ。


 転移した自分に氷星が向かってきていることに気がついたアルカは、自分の魔力を滾らし、ゆっくりと手を前にかざす。


「えっ?」


 俺はアルカの作り出した魔法陣を見て目を丸くした。なんか四つ重なっているように見えるんですが?アルカは上級魔法(トリプル)までしかできないはずなんですが?


「吹き飛んじゃえ!!"火山さん、力を貸して(ヴォルケーノバズーカ)"!!」


 アルカの魔法陣から飛び出したのは極大の火山弾。フローラルツリーで火山と対峙した時に見た火山弾より数倍でかい。俺の氷を蹴散らしながらこっちへ……ってやべぇ!!


「くっ!!」


 俺は慌てて魔法障壁を張る。火山弾がぶつかるとありえない衝撃が俺の腕を襲った。本当に子供が放った魔法かよ!?


 俺は壁を張りながら火山弾を囲うように魔法陣を展開する。四方の魔法陣から噴き出した水により、アルカの火山弾はゆっくりと消失していった。


「隙ありっ!!」


「なにっ!?」


 火山弾に夢中になっていた俺の背後に、いつのまにか転移したアルカの姿が。しかも、その身体には上級(トリプル)身体強化(バースト)がかけられている。もうアルカの成長速度には驚きません。とりあえず、やべぇよやべぇよ。


 アルカの拳を受けて、リングへと叩きつけられる俺。いつのまにかこんな重い拳を放つようになっていたとはなぁ。子供の成長は測り知れない。


 リングに寝そべって迫り来るアルカを見ながら、俺はそんな事を考えていた。


「でも、まだ負けるわけにはいかねぇわな」


 俺は最上級(クアドラプル)身体強化(バースト)を唱えると、一直線に突っ込んでくるアルカを迎え撃つ。


「えっ?」


 先程とはまるで違う俺の動きに、アルカが戸惑いの色を浮かべた。だめだぞ、アルカ。心でそう思っても、戦っている最中は顔に出したらいけない。


「わっわっわっ!!」


 アルカが必死に俺の拳を受け流している。俺はこっそりとアルカの背後に風属性の魔法陣を構築した。


「"空気砲(エアーショット)"」


 唱えたのは初級魔法(シングル)。だが、俺の攻撃に手一杯なアルカは、それをまともに背中に食らった。


「うわー!!」


 アルカが叫び声をあげながらリングの端に吹き飛ばされる。まぁ、初級魔法(シングル)だからな、怪我する事はないだろう。……あれをおでこに食らって倒れた女中は知っているが。


 アルカは体勢を整えると、息を荒げながら俺の方に顔を向けた。


 ふむ。


 やはりアルカは着実に強くなっているな。ちょっと怖いくらいに。

 いつのまにか苦手な身体強化(バースト)上級(トリプル)まで使えるようになってるし、最上級魔法(クアドラプル)も撃てるようになってるからな。


 でも、俺にはわかる。アルカはまだ自分の力にリミッターをかけてやがる。


 多分無意識なんだろうな。相手を傷つけたくないっていう、あの子の優しさがそれをさせているんだろ。……魔物に対する慈悲は全くないけど。


 フェルが魔法障壁をかけてくれてるし、せっかくだから全力を出させてやりたいな。


「小さき戦士よ」


「……なに?」


 突然話しかけてきた俺に、アルカが警戒心を見せる。だが、俺は構わず話を続けた。


「貴様は全力で戦っているのか?」


「ア、アルカは全力で戦ってるよ!!」


「ならば失望せざるを得ないな」


「っ!?」


 アルカの顔がトマトのように真っ赤になる。本当はこんなこと言うのは心苦しいんだけどな……アルカに全力を出させてやるためだ。


「その程度の実力で決勝に出てくるとは、片腹痛いことこの上ない」


「なっ……!!」


「それとも金でも払って勝ちを譲ってもらったか?」


「そんなことしてないもんっ!!」


 アルカが怒気を発しながら俺へと突っ込んでくる。うん、アルカがそんな事してないのはお父さん知ってるぞ?さっき戦ったバカは自分の意思で負けに走ったんだもんな。


 アルカが必死に拳を、蹴りを出してはくるが、成長したといっても所詮は上級(トリプル)身体強化(バースト)。俺の相手じゃない。

 しかも、冷静でいられないせいか、さっきまで使っていた無詠唱は一切なし。近距離戦闘だけしかしてこない。これならさっきの方が大分手強かったぞ?


「怒りに我を忘れるか……哀れだな」


「おじさんの言ってる事は難しくてよくわからないよっ!」


 お、おじさん……まさか精神攻撃を仕掛けてくるとは、地味に効いた。

 確かに、アルカ相手に難しい言葉を使っても意味ねぇわな。もっとわかりやすく煽らないと。


「そんな鈍いパンチに当たるわけがない」


「の、鈍くないもん!」


 お、これくらいの罵声ならいい感じに反応してくれるな。なんとか怒らせたいんだが……アルカってどうすれば怒るんだ?

 

 やべぇ!いっつも天使のような笑顔ばっかりだから、怒ったとことか見た事ねぇ!


 いや、待てよ……フレデリカがセリスの敵だと思ってた時、信じられないほどおっかない空気を纏ってたな。

 とは言っても俺は悪魔族っていう設定だから、セリスの事を悪くいうわけにはいかねぇな。


 ならターゲットは俺自身が。


「確か、お前は人間の親に育てられてるんだってな?」


「っ!?そ、それがなに!?」


 アルカの瞳に明らかな動揺が走る。これならいけるか?


「娘のこんな情けない姿を見て、父親もさぞ嘆いているだろうな」


「…………」


 アルカがこちらに攻撃をしながら、落ち込んだように目を落とす。そんな事ないぞ!お父さんはアルカの成長を噛み締めて、喜んでばかりだぞ!誰だ!うちの天使にこんな顔をさせたバカ野郎は!?俺か!?くそが!!


「いや、情けないのは父親の方か……娘の体たらくを見る限り、父親もくだらない奴なのだな。所詮は人間と───」



 ぞくっ。



 おっふ……思わず、思いっきり距離を取っちまったぜ。娘に寒気を感じるなんて、俺もまだまだだな。


 俺は少し先で俯いているアルカに目を向ける。あからさまに纏っている空気が変わった。


「……おじさんもパパのこと悪く言うの?」


 静かに告げられた声には感情という色は一切ない。


「パパの事悪く言う人は嫌いだよ?」


 アルカがゆっくりと顔を上げる。その光の宿らない瞳で俺の事を見つめてきた。


「パパは人間だけど、優しくて強くてかっこいいんだよ……!!」


 おぉ、アルカ。嬉しい事言ってくれるじゃないか。それにしても、アルカから溢れた魔力で蜃気楼みたいに空気が揺らいでいるんだが、これはまじでやばいんじゃね?


「そんな……そんなパパを悪く言う人なんて……」


 目に涙を溜めながら、身体に力を込める。


「大っ嫌いだーーー!!!!」


 その瞬間、空気が爆発した。


 アルカの周りに尋常ならざる大きさの魔法陣が一瞬で作り出される。構築されたのは三種(トリオ)最上級魔法(クアドラプル)。属性は風、地、重力……ってまさか!?


 俺が慌てて止めようとしたが、遅かった。


 アルカは風と地の魔法を重力属性で無理やり結びつけ、新たな属性の魔法を生み出す。しかも無詠唱で。


 俺が考えた合成魔法は、重複魔法や無詠唱なんかより遥かに難しい。おそらくアルカは見様見真似でやってみたのだろう、それで出来てしまうのだから、我が子は天才と言わざるを得ない。


 だが、アルカは合成魔法を発動させただけだ。コントロールなどできるわけもない。

 初めての合成魔法を無詠唱との合わせ技でなんかやったら、当然その魔法陣は……暴走するに決まってる。


 アルカと俺は、アルカの合成魔法により一瞬にして流砂に飲み込まれた。


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