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第九章 はてしない逃走の始まり

 クロは身体を起こそうとして、初めて自分の下半身が無くなっている事に気が付いて息をのむ。


「っ!」


 さっきは一瞬で身体を切断されたので痛みを感じる暇もなく、すぐ再生が始まって傷口がふさがったので、その後も痛みがなくて下半身がない事に全く気が付かなかったのだ。


 この戦いの間ずっとヒスイの背中にしがみついていたクロは、女たちが失った身体を再生するところも見ていたけれど、自分の身体にそれが起こると改めて驚いてしまう。


 ただ、あらかじめ吸収していた力で身体を再生するのは時間がかかるようなので、まだしばらくは動けそうにない。


 それでクロが反対の方を向くと、遠くに立っている巨大なハサミのような武器を持った人型の魔物が、全裸のヒイラギの首すじを口にくわえていたのでギクッとなる。


 ヒイラギの首からふき出す血が肌をつたい、したたり落ちて地面に溜まっていく様子を見て、思わず手で口を押えるクロ。


 その魔物は四つの目を細めて、まるで笑っているように見える。


 するとクロと同じように上半身だけになって倒れていたスミレが叫ぶ。


「ヒスイ! 今がこの『四ツ目』を倒すチャンスよ!」


 『四ツ目』をはさんで反対側に倒れていたヒスイも、スミレやクロと同じように上半身だけになって動けないが、スミレが何を言っているのかは分かる。


 ヒスイは、以前にどうやったら『四ツ目』を倒せるのかを考えたスミレから、その方法を聞いていたからだ。


 だがヒスイは、それの実行をためらう。


 スミレの方は、さっきヒイラギを飲み込んだ『死骸サンショウウオ』を倒すために、両手武器である『無情のドリル』を使ったばかりだからだ。


 身体を切断される直前にヒイラギの身体を抱きしめたヒスイや、戦っていないクロとは違って、スミレの身体に残っている力はかなり少ないはずだ。


 それを使い果たせば、スミレはもう身体を再生できなくなる。


 だからヒスイはとるべき行動をためらう。


 しかしスミレはそんなヒスイに命令する。


「早くしなさい!」


 今すぐ『四ツ目』を倒さなければ全てが終わるからだ。


 人間と違って、魔物はヒイラギの力を吸収するのに時間がかかるが、その猶予も残りわずかだろう。


 ここでためらっていれば、取り返しがつかない事になる。


「くそっ!」


 ヒスイは覚悟を決めて『激震の弓』を構え、それを『四ツ目』のいる方向に放つ。


 ズガガガガガガガガガガガガガガガガン!


 けれど『四ツ目』は簡単にそれを避けて、全裸のヒイラギを口にくわえたまま、手に持った巨大なハサミをヒスイに向ける。


 だがヒスイが狙ったのは『四ツ目』ではなかった。


 その向こうに倒れているスミレを狙ったのだ。


 上半身だけになって倒れていたスミレが、最後の力をふり絞って、持っていた黒い玉を直径三メートルの『暗黒爆弾』の形に戻す。


 ドスン!


 それが『激震の弓』の強い衝撃を受けてはじける。


 その瞬間、スミレも、『四ツ目』も、そいつがくわえていたヒイラギも、ヒスイも、クロも、まわりに集まっていた魔物たちも、『暗黒爆弾』から半径一キロ以内に存在するものは全て粉々になる。


 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!


 そしてはじけた『暗黒爆弾』の粒は、再び集束してもとの小さな黒い玉に戻ると、地面が削られてできた半径一キロのクレーターの底に転がる。


 それからしばらくしてヒスイが目を開けると、心配そうに顔をのぞき込んでいるヒイラギと目が合う。


 どうやら脳幹の細胞から頭を再生してる途中だったヒスイを、ヒイラギが一瞬で再生させてくれたようだ。


「大丈夫、ヒスイ?」


「ええ、大丈夫よ。ありがとうヒイラギ」


 『暗黒爆弾』で粉々になった身体を再生したヒスイは、服も粉々になったので、ヒイラギと同じように全裸で身体を起こして立ち上がる。


 まわりを見回すと、二人の他に動くものは何もなかった。


 なんとかヒイラギの力を吸収される前に、あの『四ツ目』も倒せたようだ。


 本当は『四ツ目』がもっと早く現れてくれたら、その時すぐに『暗黒爆弾』を使って魔物たちを一掃できたのだが、それを使うと普通の人間であるヒスイたちが身体を再生させるまで、ヒイラギが無防備になるので、その姿を確認するまで使えなかったのだ。


 しかし魔物たちの気配はまだ残っている。


 村の正面から押し寄せて来ている『ハガネ毛虫』の大群は、まだあきらめていないのだ。


 そいつらも、そのうちにここへ着くだろう。


 それまでに急いで生き残りの人間を探さなければいけない。


 ヒスイはヒイラギを両手で抱き、流れ込む力の多くを視力にまわして、生き残りの人間を探しながら、あちこちに転がっている魔物の武器である黒い玉を回収していく。


 どうやらさすがの『暗黒爆弾』でも、他の魔物の武器までは破壊できなかったようだ。


 黒い玉に触れると、それの持ち主だった魔物のおぞましい姿が頭の中に流れ込み、何の武器なのか分かるのだが、その一つが『四ツ目』の姿だったのでヒスイの動きが一瞬止まる。


 その黒い玉は『四ツ目』が持っていた、巨大なハサミのような武器だったのだ。


 複雑な思いを抑えて、ヒスイはそれを他の黒い玉といっしょにヒイラギに持たせて、再び生き残りの人間を探すために走り出す。


 するとしばらくして、遠くの方に知っている人間の再生している途中の姿が見えたので、ヒスイは喜ぶ。


「クロよ!」


 そして急いでそこに走ったヒスイは、石がゴロゴロと転がっている地面に、裸足のヒイラギをそっと降ろす。


 足の裏を怪我しても、ヒイラギなら一瞬でそれを再生できるが、できるだけ痛い思いはさせたくないからだ。


 しゃがんだヒイラギが、抱えていたたくさんの黒い玉を地面に置いてクロに触れると、瞬時にその全身が再生して目を開け、身体を起こす。


「……ヒイラギ、助かったんだね…………。あれ? ヒスイまで、なんで裸なの?」


 ヒイラギがクロに教える。


「クロだって裸よ」


「え? …………あっ!」


 ヒスイは、再び黒い玉を抱えたヒイラギを両手で抱き上げながら、クロに背中を向けてしゃがむ。


「まだ魔物たちが残っているわ! もうすぐ、そいつらも、ここに来るわよ! クロ、私の背中につかまりなさい!」


「え……でも…………」


「恥ずかしがってる場合じゃないでしょう? 早くしなさい!」


 それでクロが背中につかまると、ヒスイは再び生き残りの人間を探して走り回る。


 けれどそれからは誰も見付からず、ヒスイは苦い顔をする。


 世話役で生き残ったのが自分一人だなんて、これからどうやってヒイラギを守っていけばいいのだろうか。


 そう思っていたら、誰かの再生している途中の身体が見えて、ヒスイは思わず大きな声を出す。


「見て! まだ誰か生きているわ!」


 だがそこへ近付いてヒスイはがっかりする。


「…………まさか、この男が助かるとは思っていなかったわ……」


 それは、クロを連れてバイクで村から出ようとしたところをヒスイたちに保護された男、ユキだ。


 しかしユキと仲が良かったクロは、ヒスイとは対照的に喜ぶ。


「やった! ユキも助かったんだ!」


 ヒイラギが触れて全身を再生させたユキは、目を開けると身体を起こしながら叫ぶ。


「うわああああああああああああああああ! ……あ? …………俺、生きてる? あの怪物たちは? ……え? …………夢? ……ところでお前たち、なんで裸なんだ?」


 クロがユキに教える。


「ユキも裸だよ」


「へ? ……ああっ! …………って、ちょっと待ってくれ! 財布も携帯電話も、全部なくなってるじゃないか!」


 その時『ハガネ毛虫』の大群が『暗黒爆弾』でできたクレーターの端に現れ、それを見たヒスイが急いでヒイラギを抱いてクロを背負う。


「ユキ、もうあなた、ヒイラギの力で暴走する事はなさそうね。私に付いて来なさい」


「……あの怪物たち…………夢じゃない?」


「今は説明している暇がないわ。死にたくなかったら、しっかり走るのよ」


「え? こんな石コロだらけの地面を、裸足で走るのか?」


「あなたは今、ものすごく反射神経が良くなっているから、石の尖った面を避けながら、高速で走れるわ。集中すればね」


「おい、なに言って……」


 ヒスイは、そんなユキに構わずに走り出す。


 すると、その背中にしがみついたクロがヒスイに尋ねる。


「……ヒスイ、ボクのお母さんは、どこにいるの?」


 けれどヒスイは答えない。


「ねえ、ヒスイ?」


 それから何度クロが尋ねても、ヒスイはずっと無言のままだった。

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