第八章 女たちの死闘
魔物たちが押し寄せて来た時、そこにいたヒイラギの世話役の女は、スミレを含めて八人いた。
そのうちの一人が、ヒイラギを両手で抱いて逃げる事に専念して、残りの七人全員で、最初から両手武器を使って魔物たちを迎え撃つ。
もちろん両手武器だと、十秒くらいで力を使い果たしてしまうので、そうなる前にタイミングをずらしながらヒイラギに触って、途切れさせずに攻撃を出し続ける。
だが押し寄せて来る魔物たちは、予想をはるかに超える数で、七人が両手武器で攻撃しても半分も倒せず、すぐにまわりを囲まれて乱戦になってしまう。
不気味な音を立てながら跳びはねる体長五メートルの『吸血イナゴ』たちや、空中を泳ぐ体長十メートルの『人喰いマンタ』たち、そして地響きを立てて歩く体長三十メートルの『六つ足巨人』たちや、酸をまき散らしながら転がる体長十五メートルの『硫酸肉玉』たち。
それらがヒイラギを目指して殺到する。
ヒイラギを抱いた女は、両手から流れ込む力の全てを機動力にまわして、魔物たちから逃げ続けながら隙を見て他の女たちのそばに行く。
他の女たちは魔物たちを攻撃しながら、近くに来たヒイラギから素早く力を吸収して、再び魔物たちへの攻撃に戻る。
普通ならヒイラギだけを狙う魔物たちも、自分を攻撃する者には反撃するので、女たちはそれをくらって手足を失い内臓をはみ出させる。
その傷を再生しながら、なんとか少しずつ魔物たちの数を減らしていく女たち。
しかし乱戦の中での魔物たちは、互いにぶつかり合い絡み合って動きが予測しづらく、それを避けていると、時々ヒイラギの力を吸収するチャンスを逃してしまう。
それでしばらくすると、三人の女が力を使い果たして、血や肉片や内臓をまき散らしながら地面に転がる。
すぐにヒイラギが触れば、その女たちも生き返らせる事ができるのだが、魔物たちはヒイラギを目指して動いているから、彼女が死体に近付こうとすれば、そこにヤツらが殺到して死体が踏みつけられて、どこに触ればいいのか分からないほど散り散りになってしまう。
まだ動ける者が死体をつかんでヒイラギに触らせるという方法もあるが、そうするには魔物への攻撃をやめなければならず、彼女を守るという本来の目的が遠のく。
だからスミレが叫ぶ。
「力尽きた者の事は、あきらめなさい! ヒイラギを守り、魔物を倒す事に専念して!」
その言葉はあまりにも非情だが、もしも魔物がヒイラギの力を吸収したら、この世界がどうなるかは考えるまでもない。
なのでそれを阻止するために、スミレたちは、どんな犠牲を払ってでもヒイラギを守らなければいけないのだ。
スミレは冷静に、両手武器である『無情のドリル』で『六つ足巨人』の腹をつき破って内臓をぶちまけてから、その武器を黒い玉に戻しつつ、ヒイラギの位置を確認しながら動き続ける。
すると、ヒスイともう一人の世話役の女が戻って来たのが見えて、一瞬喜ぶが、その二人がクロと大人の男を連れているのに気が付いて愕然とする。
ヒイラギ一人を守るだけでも精一杯なのに、そこにクロと、さらに大人の男が加わるなんて考えられない。
それでスミレは、戻って来た二人に大声で指示する。
「クロとその大人の男も、ヒイラギに触らせなさい!」
本当ならヒイラギの力の事は、村で生まれた直系の女にしか知られてはいけないのだが、もうそんな決まりを守っている場合ではない。
クロはヒイラギの力を吸収するのが二度目なので、ある程度はそれを制御できるはずだ。
確かユキという名前だった大人の男の方は、どうなるか分からないが、どうせこのままでは、いつ魔物に殺されてもおかしくない。
ならばヒイラギの力を吸収させた方が、生き延びる可能性は高くなるだろう。
ヒスイともう一人の女はスミレの言葉を聞いて、急いでヒイラギの方へ向かう。
けれどクロはその時、思考を完全に停止させていた。
さっきから目に映るものの全てが、どうやっても受け入れられないからだ。
まわりで無数にうごめく巨大で異様な怪物たち。
自分を抱いて信じられないスピードで動く、ヒスイという名前の、いつもお母さんといっしょにいる女の人。
そして巨大なドリルを持って、怪物の腹をつき破って出て来たお母さん。
それらを現実として受け入れるなんて、絶対に無理だ。
ところがそんな中で突然、目の前に幼い少女が現れて、クロはハッとする。
クロを抱いているヒスイが、なんとか魔物たちを避けながら、ヒイラギに近付いたのだ。
ヒイラギは世話役の女に抱かれたまま、必死に手を伸ばしてヒスイとクロに触れ、その瞬間にクロの感覚が加速して、まわりの全てがはっきりと認識できるようになる。
同時に身体の中に力がみなぎって、どんな事でもできそうな気分になるが、クロの身体を抱いているヒスイに警告される。
「クロ、気を付けなさい! どんなに力がみなぎっても、その身体が硬くなる訳じゃないから! 魔物に直接触ったら手足がちぎれるわよ!」
さらにヒスイは両手で抱いていたクロを持ちあげて、背中の方にやる。
「私の背中につかまって! あなたを抱いていたら、私が武器を使えないから!」
そう言われたクロは、背中からヒスイの身体にしがみ付く。
その時、クロといっしょに、ここへ連れて来られた、ユキの絶叫が聞こえてくる。
「グワアアアアアアアアアアアアアアアア!」
ヒイラギに触れられて初めてその力を吸収したユキが、暴走したのだ。
力を制御できずに暴れるユキは、自分の身体をつかんでいた女を振りほどいて、魔物たちがひしめき合う中を転がる。
だがヒイラギを守る事が最優先である女たちには、ユキを助ける余裕などない。
それでも魔物たちは、ヒイラギだけが目当てなので、自分から攻撃を仕掛けなければ襲われる事もないはずだ。
もちろんこれだけ魔物が密集していれば、そこに巻き込まれて負傷する事は避けられないが、ヒイラギの力が残っているうちは死ぬ事はない。
だから運が良ければ、魔物たちが去るまで、その力がもつだろう。
そんな中でスミレが、ヒスイに黒い玉を投げる。
「これを使いなさい!」
それは力尽きた女が持っていた武器だ。
ヒスイはヒイラギの世話役としては最も若く、持たされている武器の威力も弱かったので、スミレはより強力な武器を渡したのだ。
魔物たちを避けつつ、ヒスイがそれを両手でかかげると、『激震の弓』と呼ばれる真っ黒い弓が現れる。
矢のないその弓を引くと、矢をつがえる部分に黒い気流が集まってきて、ヒスイはまわりの女たちに警告する。
「私の前に来ないで!」
そしてそれを放った瞬間、ヒスイの前にいる魔物たちが、轟音とともに次々とふっ飛んでいく。
ズガガガガガガガガガガガガガガガガン!
内臓をまき散らしながらバラバラになった魔物の肉片は、地面に落ちると腐ってボロボロと崩れていく。
最初からその武器を持っていれば、村の正面で横に広がって進んでいた『ハガネ毛虫』の大群に穴をあけて、クロとユキを村の外に逃がせたのだが、多くの魔物が密集したこの場所では、さすがに群れに穴をあける事まではできない。
さらにヒスイといっしょにユキをここまで連れて来た女が叫ぶ。
「みんな、私から離れて!」
その女が持つのは『腐食大うちわ』と呼ばれる真っ黒い巨大なうちわで、振り下ろされたそれから黒い風が吹き荒れる。
ぶわああああああああああああああああ!
その風に巻き込まれた魔物たちは、表面から腐って黒い汁をふき出して、ドロドロと溶けて崩れていく。
ヒスイの背中にしがみ付いていたクロは、その様子を見て震える。
魔物たちも恐ろしいが、それと戦っている女たちも普通じゃない。
しかしそうやって魔物たちを倒しながらも、女たちも次々と力尽きていく。
四人目の女が『人喰いマンタ』に身体を喰いちぎられ、五人目の女が『六つ足巨人』に踏みつぶされ、六人目の女が『硫酸肉玉』に捕まって全身を溶かされ、七人目の女が『吸血イナゴ』の尖った口に突き刺されて体内の全てを吸いつくされる。
そして気が付いた時には世話役で生き残っているのは、スミレと、クロを背負っているヒスイと、ヒイラギを抱いている女の三人だけになる。
それでスミレは警戒を強めて叫ぶ。
「みんな、気を付けて! そろそろ、ヤツが来るわ!」
ヤツとはもちろん、あの黒い衝撃波を放つ、四つの目がある人型の魔物の事だ。
以前はそいつの攻撃で、世話役の九人が行動不能になったが、スミレだけは片脚しか切断されなかったので、ヒイラギを連れて逃げる事ができた。
だからそいつはその時の失敗をくり返さないように、世話役の全員を一度に行動不能にできるチャンスを、ひそかにうかがっているはずだ。
こちらの人数がこれほど減った今なら、その攻撃がいつ来てもおかしくない。
ヒイラギに触れて力を吸収していたヒスイは、すぐに彼女から離れて魔物たちを避けながら、まわりを警戒する。
ところがそんなスミレたちの裏をかいて、突然、地面が崩れ、地中から体長二十五メートルの『死骸サンショウウオ』が飛び出してくる。
ゴバアアアアアアアアアアアアアアアア!
黒光りする骨と皮だけのゴツゴツした巨体をくねらせた、その魔物は、世話役の女ごとヒイラギをくわえて噛み砕きながら飲み込んでしまう。
ボリボリ、ゴクン!
「ヒイラギ!」
そう叫んだスミレは、すぐに『無情のドリル』でその魔物の身体を貫く。
ギュリリリリリリリリリリリリリリリリ!
らせん状にちぎれた『死骸サンショウウオ』の骨と皮が腐って崩れていく中で、そこに跳び込んだヒスイは、服を失って全裸で再生したヒイラギの身体を抱きしめる。
ゴオッ!
その瞬間に通り過ぎた黒い衝撃波が、そこにいた全員の身体を切断し、それぞれの上半身がふっ飛んで離れ離れに転がる。
普通の人間であるスミレたちは、ヒイラギから吸収していた力だけで身体を再生するには、それなりの時間がかかる。
それでただ一人、瞬時に下半身を再生させたヒイラギが、倒れているスミレたちを助けようと身体を起こすが、そこに跳んで来た人型の魔物が、巨大なハサミのような武器を両手に持ったままヒイラギに覆い被さり、その首すじを口にくわえる。
ぶしゅ!
ヒイラギの首すじからふき出した血が、その肌をつたう。
そしてその魔物は、口からヒイラギをぶら下げたまま立ち上がり、光る四つの目を細める。
けれど、まわりで倒れている者たちは誰も、それを止める事ができなかった。