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第七章 魔物の大群

 集まっている女たちが騒然となる中でスミレが叫ぶ。


「みんな落ち着いて! 魔物たちが狙うのはヒイラギ一人よ! だからヒイラギの世話役以外の者は、すぐに自分の家の地下シェルターに隠れて!」


 この村ではどんな者でも、魔物に襲われる危険がある時は、ヒイラギの世話役の指示に従う決まりだ。


 だからスミレのその言葉で、世話役以外の女たちは、村長も含めて一人残らず自分の家に急ぐ。


 こんな場合に備えて、それぞれの家には地下シェルターが設置されている。


 核戦争が起きると言われた冷戦時代に、一般住宅の地下に埋めるコンテナ式の核シェルターが売りに出されたのを、全ての家で購入したのだ。


 今はそれが魔物に対しても役に立つ事を祈るしかない。


 スミレは次に、そこにいるヒイラギの世話役たちに指示を出す。


「この集まりに呼ばれていない男たちが、おとなしく家にいれば、帰って来た女といっしょに地下シェルターに入るでしょう。でも家から離れていたら危ないわ。ヒスイとあと三人は、そういう男がいないか見てまわって。残りの三人は、私といっしょにヒイラギの家に行くわよ」


 だがすでにヒスイが泣きそうになっている。


「だけどスミレ! 村の結界が消えたんなら、魔物はこれから無限に出現するんじゃないの? そいつらからヒイラギを守りきるなんて、絶対に不可能よ!」


「大丈夫よ、ヒスイ。魔物が人間の世界に出現していられる時間は、それほど長くないわ。その間だけ、ヒイラギを守ればいいのよ」


 魔物たちはこの世界に居続けるのに、かなりのエネルギーを消費するようで、出現からしばらくすれば勝手に自分たちの世界に戻る。


 なのでこの村の結界が消えても、二十四時間ずっと魔物が出現し続ける訳ではないのだ。


「でもしばらくすれば、また出現するんでしょう? これから明日も明後日も、ずっと魔物たちと戦い続ける事になるの?」


「落ち着きなさい、ヒスイ。魔物が近寄れない結界のある場所は、この村の他にもどこかにあるはずよ。ヒイラギを連れてそういう場所を探すの。たぶんこれから何ヶ月もかかるでしょうけど、あきらめなければ以前のこの村みたいな安全な場所が、きっと見付かるわ」


 しかしそう言いながら、スミレ自身にも、そういう場所が本当にあるのかどうかは分かっていない。


 けれど今は明日の事を心配している場合ではないのだ。


 村のまわりにいる魔物たちから、今ヒイラギを守れなければ、その時点で全てが終わる。


 なぜなら魔物たちがヒイラギの力を手に入れてしまったら、ヤツらは人間の世界にずっと居続ける事ができるようになるからだ。


 そうなったらこの世界に、明日という日など永久に来なくなる。


 スミレはそうなるのを阻止するために、三人の女を連れ、ヒスイたちと別れてヒイラギの家へ急ぐ。


 その頃クロは、ユキが乗るバイクで村を出ようとしていた。


 村を出るたった一本の道は未舗装なので、ユキはスピードを出さずに慎重に走りながら、自分の前に座らせたクロに聞く。


「クロ! 昼は何が食べたい?」


「牛肉!」


 村には鶏と豚しかおらず、外でしか手に入らない牛肉は、なかなか食べる機会がないのだ。


 どういう訳か村の女たちは、五十才を過ぎるまで村の外に出ようとしないので、欲しい物はおばあちゃんが車で買い出しに行く時にお願いするしかないのだが、そういう時は他に買わなければいけない物がいくつもあるので、牛肉みたいな嗜好品は後回しにされるからだ。


「よーし、じゃあ知り合いの牧場に行こう! そこは昼に必ずバーベキューをしているから!」


「やった!」


 そしてスミレと別れてから村の中を見てまわっていたヒスイは、スミレの母親が、地下シェルターにも入らずに出歩いているのを見付けて注意する。


「何をやっているんですか! すぐに家に戻って地下に隠れてください!」


「ああ、ヒスイ! クロが家にいないの!」


「ええっ!」


 そこにヒスイと同じく、村の中を見てまわっていた世話役の女の一人が来る。


「ヒスイ! 二日前から村に来ているユキという男が、乗っているバイクごと見当たらないわ! ひょっとしたらクロもいっしょかも! あの二人、仲がいいから! もしもバイクで村を出ようとしているのなら、すぐに止めないと!」


 それを聞いたヒスイは、走り出しながらスミレの母親に避難をうながす。


「私たちがクロを保護しますから、すぐに家の地下へ!」


 スミレの母親がそれに答える前に、ヒスイたちの走る速さが音速に達して、衝撃波が発生する。


 ドン!


「クロ! しがみつけ!」


 ユキは転ばない程度にブレーキをかけながら、後輪を滑らせてバイクをUターンさせる。


 そのままバイクを村へ戻る方向へ急発進させながら、背後から迫って来る巨大な黒い何かの正体を考える。


 戦車?


 獣?


 岩?


 しかしそれは、ユキが知っている何とも一致しない。


 女たちが『ハガネ毛虫』と呼んでいるそれは、体長五十メートルもの巨体をくねらせて、木々をなぎ倒しながら押し寄せて来る。


 何百体ものそれが、すき間なく集まって向かって来る様子は、黒い津波のようだ。


 それに巻き込まれて自分の身体がすりつぶされるところを想像して、ユキは顔を引きつらせる。


 そうならないために、もっとバイクのスピードを上げたいが、未舗装の道で無理をすればコントロールを失って転ぶのは確実だ。


 けれどこのままでは、そのうちに追い付かれるだろう。


 恐怖でユキは、はきそうになる。


 するとその次の瞬間、道のわきの木々の間から飛び出して来た何かにぶつかって、ユキはクロといっしょにふっ飛ぶ。


 そのスピードがあまりにも速くて、ろくに息もできなくなり、血が足の方に引っ張られて意識も薄れかける。


 ぐるぐると回る景色の中で、近付いてくる地面が見えて、これで死ぬのかとユキは覚悟する。


 ところが地面に激突する直前に、ユキの身体が再び空中に向かってふっ飛ぶ。


 それを何回かくり返して、ようやくユキは、自分の身体をつかんだ何かが、森の中を跳んで村へ戻ろうとしている事に気が付く。


 その時ヒスイは、クロを両手で抱いて跳びながら、もう一人の世話役の女が、ちゃんとユキの身体を両手でつかんでいるのを確認する。


 本当はクロとユキを捕まえたら、すぐに魔物たちを飛び越して村の外の安全な場所へ運ぶつもりだったが、『ハガネ毛虫』の大群は何キロもの幅で広がり、何百メートルもの奥行きで連なっているから、それができない。


 しかもヒスイの武器である『悲しみの糸』や『冷酷な鉄槌』や、もう一人の女の武器である『切り裂きの輪』や『腐食大うちわ』では、この大群に穴をあけるのも無理だ。


 今からどこかの家の地下シェルターに入れてもらうのも間に合いそうにないので、仕方なくヒスイたちは、クロとユキを連れたままヒイラギの家に向かう。


 それから点在する家々の間を抜け、さらに四キロほど進んで湖を越えると、ようやく森の奥にあるヒイラギの家に到着するが、そこの様子を見てヒスイは息をのむ。


 破壊された家のまわりでは、村の反対側から押し寄せてきた魔物たちの大群が、ひしめき合っていたからだ。


 その大群の中で、両手武器である『無情のドリル』を持ったスミレが、体長三十メートルの『六つ足巨人』の身体をねじりながら、その腹をつき破って飛び出してくる。


 ぶしゃああああああああああああああああ!


 その魔物の肉体は、らせん状にちぎれながら飛び散り、ぶちまけられた内蔵とともに、スミレの全身にかかった血や体液も、そいつの死と同時に腐ってチリになって風に流される。


 しかしそのまわりの地面には、力を使い果たして手足を失い内臓をはみ出させた女の死体が、すでに三つも転がっていた。

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