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第六章 村の異変

「なによ、これ!」


 銃声を聞いて、すぐにスミレの家に来たヒスイは、そのリビングの様子を見て驚く。


 頭を砕かれた男の死体が、五人も転がっていたからだ。


 スミレの母親が死体の一つを指差す。


「この男の撃った弾が、スミレの背中を貫通してクロに……」


 その言葉の途中でヒスイは外に飛び出す。


 クロの傷を再生するために、スミレはヒイラギの家に行ったはずだからだ。


 音速で走ったヒスイがそこに着くと、家の前の地面に裸のスミレがしゃがんでいて、その前にクロが寝かされている。


 さっきスミレの家で五人の男の死体を見ていたヒスイは、スミレが服を着ていない理由も察して、何も聞かずに近付く。


 だがヒスイはその途中で、クロの頭が砕けているのを見て、思わず手で口を押さえて立ち止まる。


 その時、開いたままになっていた玄関から、世話役の二人の女に連れられてヒイラギが出て来る。


 ヒイラギもクロの姿を見てハッとなり、駆け寄ってその身体に手を当てると、その瞬間に砕けた頭が再生して元に戻る。


 すぐにその身体に覆い被さって、しっかりと抱きしめるスミレ。


 それはクロの再生が間に合って安心したせいもあるが、それだけではない。


 暴走するクロを押さえ付けなければいけないからだ。


 世話役の女の二人のうち、一人はクロの足の方に来て、もう一人はヒスイをクロから遠ざける。


 人間はヒイラギの力を吸収すると、傷付いた身体を再生したり高速で動いたり魔物の武器を使えたりするようになるが、初めてその力を吸収した時はちゃんと制御できないから、とても危険なのだ。


 突然クロが目を開いて叫び出し、抱きしめているスミレごと、その身体が跳ね上がる。


「グワアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 すかさず世話役の女が暴れるクロの足にしがみ付きながら、持っていた黒い玉をその足の裏に触れさせる。


 すると玉は、その形のまま三メートルほどに巨大化して地面にめり込む。


 ドスン!


 それは『暗黒爆弾』と呼ばれる魔物の武器で、投げたりして強い衝撃を与えると粉々に飛び散り、半径一キロ以内にある全てのものを破壊して、再び集束して元の玉に戻るという恐ろしいものだ。


 ただしその三メートルもの巨大な玉を一キロ先に投げるのは、人間ごときにはヒイラギの力を吸収しても絶対に無理なので、実戦で使われた事はない。


 それでも『暗黒爆弾』は、強い衝撃を与えなければ何も起きないので、今のように初めてヒイラギの力を吸収した者から、早く安全にその力を使い果たさせる時には役に立つ。


 世話役の女がクロの足を押さえて無理やりそれに触れさせていると、だんだんとクロの動きが弱まっていき、やがて意識を失う。


 『暗黒爆弾』もしばらくしてから元の黒い玉に戻って、世話役の女がそれを回収する。


 スミレがクロにほおずりしながら、その身体を抱いて立ち上がる。


「ヒイラギありがとう。私の子供を助けてくれて」


「その子、クロって言うんでしょう? 前に湖で会ったわ」


「ええ、そうね。……でも男の子のクロには、あなたの存在は秘密よ。だから助けてもらっておいて悪いんだけど、クロの事は忘れてちょうだい」


「……前にヒスイにも同じ事を言われたわ…………」


 ヒイラギは残念そうに言う。


 そんなヒイラギの頭をなぜ、世話役の女たちにも礼を言ってから、スミレはヒスイの方を向く。


「今から私の家に来てほしいの。男の死体が五つあって、それをここに運ばないといけないから」


「分かっているわ、スミレ。その死体は五つとも私が運ぶから任せて。あとそいつらが乗ってきた車が村の外にあるはずだけど、それも私が見付けて、夜が明ける前に『冷酷な鉄槌』でつぶしておくわ。だからスミレはクロのそばにいてあげて」


「そうさせてもらうわ。ありがとうヒスイ」


 それから何時間か経って、クロは自分のベッドで、スミレに抱かれた状態で目を覚ます。


「お母さん、大丈夫?」


「私は大丈夫よ」


「あの男の人たちは?」


「お母さんが、みんな、やっつけたわ」


「おばあちゃんは?」


「大丈夫よ、クロ。もう何も心配いらないわ」


 クロはしばらく迷ってから、再び口を開く。


「……さっき、ヒイラギを見たような気がするんだけど…………」


「クロ、前にも言ったでしょう? あなたは、その子の事を忘れないといけないのよ」


「…………ごめんなさい、お母さん……」


 次の日その事件についての話をするために、村で生まれた直系の女たちが、ヒイラギとその時間に当番になっている世話役の二人を除いて、全て集められる。


 その女たちは、いつの日か、ヒイラギのような無限の命を持つ者が子孫の中に生まれる可能性がある者たちだ。


 無限の命を持つ者は、この村の直系の女からしか生まれない。


 だからその女たちは、魔物の存在を教えられ、この村から出る事を禁じられる。


 そうしないと、この村の外の結界のない場所で無限の命を持つ者が生まれてしまって、魔物に連れ去られるのを防げないからだ。


 一応その女たちも、五十才を過ぎれば村から出る事を許されるが、五十年間一度も村から出なかった者が、その年になって外の世界に順応するのは難しいから、ほとんどがそのまま村に住み続ける。


 七十才を過ぎた女の村長が、その集まりの中で事件の確認をする。


「その男たちの全員を殺して、死体も消したのですね?」


 ヒスイがそれに答える。


「はい。その男たちが乗ってきた車も調べましたが、六人目がいた形跡はありませんでした。昨日の事件にかかわったのは、スミレが殺した五人だけです。あとその車は、男たちの銃や携帯電話などの所持品といっしょにつぶして、森の中に隠しました」


 続けて、昨日の深夜に当番だった、ヒイラギの世話役の女の一人が答える。


「ヒスイが運んで来たその五人の死体は、夜明けの直前まで待ってから、ヒイラギに触ってもらって腐らせました。腐らずに残ってしまう髪の毛と爪と歯は、服を燃やした灰といっしょに森に捨てたので、誰にも見付かる事はないでしょう」


 隠したい死体を腐らせて消すのは、ヒイラギの力を応用した裏技だ。


 ヒイラギの力が人間に入ると、二つの条件がそろっていれば死んだり傷付いたりした身体が再生されるが、その条件がそろわないと瞬時に腐る。


 その条件の一つは、脳幹の細胞がまだ鮮度を保っている事、もう一つは、その身体が脳幹の細胞とちゃんとつながっている事だ。


 なので死んでから時間が経って、脳幹の細胞の鮮度が落ちた死体にヒイラギが触れれば、それは腐ってしまうし、ヒイラギの力を吸収している者が身体を切断されれば、脳幹の細胞とのつながりが切れた部分は腐ってしまうのだ。


 そして女たちが集まってそんな話をしている頃、クロは、ある女の家に泊っているユキ(雪)という名前の二十八才の男のところにいた。


 ユキは、キーが刺さってないバイクにまたがっているクロに尋ねる。


「クロ、昨日の夜お前の家に、銃を持った男たちが押し入ったんだって?」


 いつも夜になると大量の酒を飲むユキは、昨日の騒ぎの間もずっと寝ていたようだ。


「そうだよ。だから家のリビングはメチャクチャだよ」


「誰も怪我しなかったのか?」


「うん。男たちが何発も銃を撃ったけど、誰にも当たらなかったみたい。ボクはいつの間にか気を失ったんだけど、お母さんも、おばあちゃんも、朝から元気だったよ」


「そうか、良かったな。……ところでその男たちは、どうなったんだ?」


「お母さんが、みんなやっつけたって言ってたよ。その後で誰かが、警察に連れて行ったんじゃないかな」


「へえ。お前のお母さん、強いな」


 ユキは十年前から時々この村に来ていて、いつも泊っている家の二十六才になる女との間に、七人も子供がいる。


 なのにその女と結婚もせず、子供の世話もせず、養育費も払わず、何ヶ月かごとに現れて何日か泊って、又どこかに行くという事をくり返している、男のクズだ。


 ところが普通なら、その女もその母親もまわりの者たちも怒るはずなのに、なぜかこの村ではみんな、いつ来てもやさしく歓迎してくれるので、ユキもそんなクズの生活をやめられない。


 それから、なにげなく外にある蛇口の水を飲んだユキが、思わずそれをはき出す。


「うえ! なんだ、この水!」


「どうしたの、ユキ?」


「へんな味がする……。でも、おかしいな……。朝、飲んだ時は、なんともなかったのに……」


 そしてユキは何かを考え込む。


「ユキ、何を考えているの?」


「いや、この村からかなり離れている場所でなんだけど、シェールガスの採掘が始まっているんだ…………」


「シェールガスって?」


「地下のもすごく深いところにある、シェール層って言う地層に含まれる天然ガスだ……」


「それが、どうしたの?」


「…………そのシェールガスの採掘をしている場所では、地下の広い範囲が汚染されて、周辺の環境が変化するらしい……。ひょっとしたらこの村の地下にも、その汚染が広がっているのかもしれないな…………」


 しかしクロは、そんな事に興味はない。


「ねえユキ、そんな事より、このバイクで前みたいに遠くまで連れて行ってよ!」


「今からか? 昼飯の時間までには、女たちも戻って来るんだろう?」


「お母さんは、今日の話し合いは長くなるから、お昼ご飯はボク一人で食べなさいって言ってたよ! だから夕飯までに戻れば大丈夫じゃないかな!」


「そうか……。じゃあ今から、どっか行くか!」


「うん!」


 その時、ヒイラギの家にいる二人の世話役の女が、この村のまわりで異変が起きている事に気が付いて、身体を硬直させる。


 同じ頃、女たちの集まりの中にいるヒスイや他の世話役の六人も、それに気が付いて青ざめ、すぐにスミレが村長の話に割り込む。


「村長! 待ってください! 多くの魔物の気配を感じます! ものすごい数が、この村を囲んでいるようです!」


 それを聞いて女たちがざわめき、村長がうろたえる。


「……ヒイラギは、結界のあるこの村の中にいるんですよね?」


「ええ、そうです!」


「ではなぜ魔物たちが、出現したんですか?」


 スミレは、いつか来ると思っていた事態が、ついに来た事を悟る。


「…………村の結界が消えたようです!」

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