第二十三章 切り札
ショウビが飛び退いた瞬間にアオも動いて、クロとユキの切断された頭が入った、小さな金属の檻が森の地面を転がる。
アオから離れて木々の陰に入ったショウビは、握っていた黒い玉を『蟲のオノ』の形に戻しながら、背後からの殺気に反応して跳ぶ。
ゴオ!
『地獄バサミ』の黒い衝撃波が、ショウビの下を通り過ぎ、切断された森の木々が津波のように倒れていく。
ザザザザザザザザザザザザザザザザン!
その間をすり抜けるように跳ぶと、さらにすぐ近くを『激震の弓』の衝撃波が貫き、周辺にあった、あらゆるものが粉々になって吹き上げられる。
ズガガガガガガガガガガガガガガガガン!
「くっ!」
空中に投げ出されつつも、舞い上がった破片を蹴って体勢を立て直したショウビは、木々が密集している場所に着地すると同時に、いつの間にか自分が風下に誘導されている事に気が付く。
「ちっ!」
あわてて斜面を滑ってそこを離れると、さっきまでショウビがいた場所に『腐食大うちわ』の真っ黒い風が吹き荒れて、その一帯の木々が腐る。
ぶわああああああああああああああああ!
両手武器を無限に使えるアオに、こんなふうに遠距離攻撃を連続でやられては、逃げる以外に何もできない。
「おい、アオ! お前、それだけの力を持っているのに、遠距離攻撃ばかりするな! 卑怯だぞ!」
「ハハハハハ! 君を甘く見るほど、私は愚かではないよ!」
今のアオは『死神忍者』と同じ速さで動けるので、やろうと思えば一瞬でショウビに近付いて、その首を切断できるのだが、追い詰められたショウビが何をするか予測できないので、慎重に距離を保っている。
口の中にヒイラギの脳幹がある限り、アオはショウビをはるかに超える力を発揮できるが、逆に言えばそれを失った瞬間に二人の力は互角になってしまう。
アオは、そうなるチャンスをショウビに与えないために、ひたすら遠距離攻撃をくり返す。
「ショウビ! 君が油断できない人間だという事は分かっている! だから危険は冒さず、無難に勝たせてもらうよ!」
「ぐ……………………」
ショウビはアオの一方的な攻撃を避けながら、必死に考える。
ヒイラギの脳幹を口の中に入れているアオは、どれだけ戦いが長引いても平気だが、ショウビの方はそのうち力が尽きてしまう。
そうなる前に、アオの口の中にあるヒイラギの脳幹を、アオの頭ごとふき飛ばすしか、ショウビが勝つ方法はない。
だが問題は、今のショウビが持っている武器だ。
その一つの『灰色爆弾』は、爆発範囲が半径一メートルしかなく、爆発まで十秒もかかる。
それを、爆発するピッタリのタイミングでアオに当てるのは、いくらなんでも難しい。
もう一つの『蟲のオノ』なら、ちょっとでも傷を付ければ蟲がわいて身体を喰い尽してくれるので、かするだけでいいのだが、それだって普通に投げただけでは簡単に避けられてしまうだろう。
だから、それらの武器を使う前に、何とかしてアオの動きを止めなければいけない。
どうすれば、それができるのか?
そう考えながら走っていると、突然、目の前の地面から、『冷酷な鉄槌』の太いイバラのようなトゲが何本も突き出てくる。
ドス! ドス! ドス! ドス! ドス!
身体をひねりながら、その間をかろうじてすり抜けたショウビは、頭上を覆う何かに気が付いて、今度は転がりながらギリギリでその下をくぐる。
その直後に、そこにあった木々を包んだ『ギザギザの網』が、ねじれるようにキリキリと縮んでいき、その網目から粉々になった木の破片がブチブチとこぼれる。
「くそ! 自分より弱い相手に、こんなに容赦のない攻撃を仕掛けて、恥ずかしくないのか!」
そう文句を言うショウビに、アオは笑いながら尋ねる。
「ハハハハハ! ところで、ショウビ! クロとユキが、私の計画に反対するのは分かる! 彼らは、やさしい人間だからね! でも君にとってのヒイラギは、自分の身体を再生するための道具にすぎないんだろ? それなのに、なぜ君は私の計画を手伝ってくれないんだ?」
「ふん! いくら私でも、自分の子供を犠牲にしようとしている親の手伝いなんか、する訳ないだろ!」
「おいおい! 君は勘違いをしている! これでも私は、ヒイラギを救おうとしているんだよ!」
「はあ?」
「魔物にその力を奪われれば人類が滅亡する上に、人々を救おうとしても争いの種になるという無限の命を持つ者は、人々に恐れられ憎まれるしかない存在だ! だけど私の計画がうまくいけば、そんな者でも、みんなから感謝されるようになるじゃないか!」
ガキン! ガキン! ガキン!
放たれた『無慈悲なカマ』が襲って来るのを、『蟲のオノ』ではじき返しながら、ショウビはアオを否定する。
「ふざけるな! 何がヒイラギを救うためだ! 寿命が来るまでベッドに縛られて、人々に力を与える事を強要される、ヒイラギの身にもなってみろ! しかもお前は、そんな子供を一万人も作ろうとしているんだぞ! そんな事が許されるものか!」
「ほう! まさか君が、そんなふうに他人を思いやるとは思っていなかったよ! でも君がどう思おうとも、神は私の計画を止めようとはしていないぞ!」
「ちくしょう! また神の話か!」
「よく聞け、ショウビ! もしも神が私の計画をお許しにならなければ、私は七年前に、猛毒を飲んだ時点で死んでいたはずだ! それに私だって、自分の子供の脳幹をくり抜いて口の中に入れる事が、普通ならば絶対に許されない事だというのも、ちゃんと自覚している!」
さらにアオは続ける。
「だから私は『死神忍者』を倒した直後に、君に殺されてもおかしくない状況を、わざと作ったんだ! 私がヒイラギを君のそばに置いたまま、『虚無のヌンチャク』を振り回して、力のほとんどを使ったのを覚えているか? あの時、君はそんなチャンスでも、私を殺さなかっただろ? それは神が私をお許しになったからだ!」
キン! キン! キン! キン!
ショウビは、木々の間から飛んで来る『流血の吹き矢』をはじきながら、言い返す。
「バカ言え! お前が毒で死ななかったのは、ただの偶然だ! それに私が、あの時お前を殺さなかったのは、単にお前を警戒しすぎただけだ! 神など、ぜんぜん関係ない! お前いいかげんに、自分の行為の言い訳のために神を使うのはやめろ!」
アオは、それにも平然と答える。
「では私がまだ生きている事は、神の意志とは関係ないとしよう! ならば私の行為が正しいかどうかは、世界中の人々の判断で決まる事になる! 自分の子供を犠牲にして、多くの人々を救おうとする私の行為を、それらの人々はどう判断するかな?」
その言葉に、ショウビは木々の間を走りながら顔をしかめる。
「くそっ! そりゃあみんな、自分の利益になる方を正しいと判断するだろう! だけど、みんながどう判断しようと関係ない! 親が自分の子供を犠牲にするのは、絶対に間違っている!」
それを聞いてアオは笑う。
「ハハハハハ! そうか! やっと分かったよ、ショウビ! どうやら君は、昔、親のせいで何か嫌な目に遭った事があるようだね! だからヒイラギの親である私が、自分の子供であるヒイラギを犠牲にする事が許せないんだ!」
ショウビはそう言われて初めて、自分が無意識のうちに、ヒイラギを自分自身と重ね合わせていた事に気が付く。
男たちに殺され続けたせいで心が壊れてしまったヒイラギは、ショウビがあのまま看護師たちからひどい事をされ続けていればなったはずの、自分の姿だったからだ。
アオは、ショウビに向けて攻撃を続けながら、再び笑う。
「ハハハハハ! でも君一人が何と言おうとも、民主主義社会では、多数が正義だ! だから多くの人々が正しいと判断するであろう私こそが正義で、それに逆らう君は悪なんだよ!」
ショウビは、アオの攻撃を避けながら必死に言い返す。
「それがどうした! 私は自分がどう思われようが平気だ! 世界中の全ての人々が敵になろうとも、私はヒイラギを守る! 彼女を人々のための犠牲になんかさせるものか!」
しかしその瞬間、アオの声とは反対の方向から迂回して飛んで来た『切り裂きの輪』が、ショウビの片脚を切断する。
スパッ! ブシャアアアアアアアアアアアアアアアア!
「しまった!」
さらに血を流しながらバランスを崩して倒れたショウビの、『蟲のオノ』を持っている方の腕に『悲しみの糸』が巻き付いて赤く焼ける。
ジュ!
「ぐっ!」
そのまま焼き切られた腕が、『蟲のオノ』といっしょに落ちて腐ってボロッと崩れたので、ショウビは最後の武器である『灰色爆弾』を反対の手でつかむ。
けれどその腕に、飛んで来た『渇きのナイフ』が刺さり、腕はミイラのように干からびながらカサカサと崩れ、まだ黒い玉の状態だった『灰色爆弾』が、地面に落ちてコロコロと転がる。
そして、そこへ再び戻って来た『切り裂きの輪』が、ショウビの首をあっけなく切断する。
スパッ! ブシャアアアアアアアアアアアアアアアア!
首の切断面から大量の血をふき出させたショウビの身体が、倒れると同時に腐ってボロッと崩れる。
アオはその様子をしばらく観察して、何も罠が仕掛けられていない事を確認してから、地面に落ちたショウビの頭ところへ、ゆっくりと歩いて行く。
「…………勝負あったな、ショウビ……。さすがの君でも、頭だけの状態では反撃はできないだろ?」
「……………………」
無言でいるショウビの頭のそばには、『蟲のオノ』と『渇きのナイフ』が落ちているが、いくらなんでも頭だけでは、それを使いこなす事はできない。
さらに『灰色爆弾』の方は、黒い玉のまま、かなり離れたところに転がっている。
どう考えても、ショウビがアオを倒すのは、もう絶対に不可能だ。
だがショウビは、頭だけになって武器も持たないはずのその状態で、まだアオを倒すための切り札を使うタイミングを計っていた。