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第二十二章 本物の怪物

 ショウビが手に持っている『灰色爆弾』を、黒い玉から灰色の小さなサイコロのような形に戻すと、それはすぐに点滅しだす。


 手のひらの上でだんだん点滅が速くなっていくそれを、八つ数えたところで投げると、そのさらに二秒後に小さな爆発が起きる。


 ズガン!


 すると、そこにあった二メートルの岩が粉々に砕けて破片がパラパラと散らばり、中心にもとの黒い玉に戻ったその武器が落ちる。


 それは超小型の『暗黒爆弾』とも言える武器で、その爆発範囲に入ったあらゆるものを破壊できる上に、片手武器だから吸収している力だけで何十回でも使える。


 そう聞くと、ものすごく優れた武器のように思えるかもしれないが、『灰色爆弾』の爆発範囲は半径わずか一メートルしかなく、しかも爆発するまでに十秒も待たなければいけない。


 そのため大きくて遅い魔物には爆発範囲が小さすぎて使えず、小さくて速い魔物には爆発のタイミングが合わせにくくて使えないという、実戦では全く役に立たない武器だ。


 それを拾ってポケットに仕舞ったショウビは、しばらく考えてから、もう一つの玉を出す。


 そして、その玉を本来の形である『蟲のオノ』に戻すと、魔物をイメージしながら大木に向かって投げる。


 ザクッ! プチプチプチ!


 その武器が刺さった瞬間に、傷口から大量の蟲がわいて幹を喰い荒らし、葉が生い茂った大木がいとも簡単に倒れる。


 ザザーン!


 『蟲のオノ』は巨大な魔物には効かないものの、五メートルくらいの相手なら一撃で倒せるし欠点もないので、さっきの『灰色爆弾』とくらべれば十分に使える。


 ただし、もちろんそれは相手の魔物に、ちゃんと当てられればの話だが…………。


 倒れた大木のそばに行って、そこに落ちた『蟲のオノ』を拾ったショウビは、それを黒い玉に圧縮して再び考え込む。


 昨日の夜、アオが『死神忍者』を倒した時に持っていた片手武器は、たった今ショウビが使った『灰色爆弾』と『蟲のオノ』の二つだけだった。


 しかもあの時のアオはヒイラギを連れていて、両手武器を使う余裕などなかったはずだから、そのどちらかを使って戦ったとしか考えられない。


 それでショウビはその二つの武器を試しながら、アオがどんな方法で『死神忍者』を倒したのか、ずっと考えていた訳だ。


 だがしばらく考えても何も思い付かず、ショウビは思わず悪態をつく。


「くそ…………」


 するとヘリコプターの音が聞こえてきて、そこからパラシュートで投下された荷物が、クロたちがいると思われる場所に降りていくのが、木々のすき間から見える。


 それはアオがいつも衛星携帯電話で、部下の女に指示して投下させるものだ。


 水や食料や着替えなど、必要なものは全てそうやって手に入るようになったので、以前のように誰かの家に忍び込む必要がなくなり、森から出る事もなくなったので、最近はヒイラギを悪魔と思い込んでいる男たちと出会う事もなくなった。


 その点では、アオと行動するようになって安全性が増したと言える。


 まあ、そのアオの存在そのものが、それ以上に危険だとは思うけども…………。


「はぁ…………」


 考えるのに疲れたショウビは、重い足取りでクロたちがいる場所へ向かって歩く。


 ところがそこへ戻ると、なぜかアオ以外の者たちの姿が見えない。


 『腐海大ダコ』と戦った時に、クロが見ている前ではアオも怪しい動きはしなかったので、ヒイラギの事もクロに預けていたのだが、みんなどこへ行ったのだろうか?


「おい、アオ。他の者はどうした?」


 するとアオは投下された荷物のそばで、口の中のアメ玉か何かを舌で転がしながら答える。


「ああ…………クロとユキなら、ここだ」


 そう言いながらアオが、足もとにあった小さな金属の檻を荷物の上に乗せると、それを見たショウビがビクッとする。


「……お前…………クロとユキに、自分の計画を手伝わせるんじゃなかったのか?」


 アオは、ゆっくりと黒い玉を取り出すと、それを『虚無のヌンチャク』の形に戻す。


「…………もちろん、そのつもりだったよ……。でも断られてね…………。だけど二人とも、まだ生きている……。この後どうなるかは二人しだいだけど…………」


 小さな金属の檻の中に、切断された頭の部分だけを押し込められたクロとユキは、まだかすかに動いているから生きているのは確かだが、そのままでは吸収している力を使い果たした瞬間に死ぬのは間違いない。


 いくら力を吸収していても身体が硬くなる事はなく、金属の檻は破れないので、二人はそこから出してもらわない限り、首から下を再生できないのだ。


「…………その二人が、まだ生きているのは分かった。だけどヒイラギはどこに行ったんだ? ……まさかヒイラギも、首を切断して檻に入れたんじゃないだろうな?」


 するとアオは、笑みをうかべて話をそらす。


「ヒイラギが今どこにいるのかを教える前に、君にも私の計画の詳細を聞いてもらおうか……。君がいない間にこの二人には話したんだけど、うけが悪くてね…………。こうしている間に、二人が気を変えてくれるといいんだけど…………」


「…………私もお前の計画を手伝うのを断れば、首を切断されて檻に入れられるのか?」


「さあ……。どうしようかな…………」


 アオは口の中の何かを舌で転がしながら、話を続ける。


「……ところで私の計画だが…………まずはヒイラギに、十才になったら子供を作ってもらう」


 それを聞いて、ショウビの声が低くなる。


「…………なんだと?」


「……落ち着け、ショウビ。ヒイラギからは卵子を採取させてもらうだけだ。それを体外受精して代理母に出産させる。無限の命を持つ者は身体が常に健康だから、薬を使えば、毎月十個の卵子を採取できるはずだ。その方法なら一年で百二十人の子供が作れるだろ?」


 その言葉に、ショウビは露骨に顔をしかめる。


「…………無理やりヒイラギの子供を作ってどうするんだ? どうせ無限の命を持つ者は、百年に一人しか生まれないんだぞ」


「それは確率でそうなっていただけだ。あの村で女の子が生まれるのは、平均して一年に一人だった……。それで百人に一人の確率だった無限の命を持つ者が、ほぼ百年ごとにしか生まれなかった訳だ…………」


 アオは『虚無のヌンチャク』でショウビを威嚇したまま、言葉を続ける。


「……だが無限の命を持つ者自身が子供を作れば、その確率はもっと上がるはずだ。あの村では、無限の命を持つ者の存在は男には秘密だったから、その者自身が子供を作る事はなかったが、それをすればもっと高い確率で無限の命を持つ者が生まれるに違いない」


 その後も続くアオの説明に、ショウビはげんなりする。


 どうやらアオは、ヒイラギの卵子を使った上で人工授精の時に精子を選別して、女が多く生まれるようにする事で、十人に一人の確率で無限の命を持つ者が生まれるようにしようと考えているようだ。


 しかも、さらにその子供からも十才になったら卵子を採取して、孫まで作るつもりらしい。


 確かにそれをくり返せば、二十五年後には、無限の命を持つ者を一万人くらいまで増やす事ができるのだろうが…………。


 アオは口の中の何かを舌で転がしながら、誇らしげに言う。


「二十五年後の世界の人口が、どうなっているかは分からないが、一万人の無限の命を持つ者がいれば、たとえ人口が百億人になっていても、その全員が一年ごとに力を吸収する事ができる。それなら世界を混乱させずに、全ての人々を救えるだろ?」


 ショウビはこの話を聞くまでは、アオの計画が、自分たちにとって危険なのかどうかしか気にしていなかった。


 だから世界大戦みたいなものが始まらない限り、その計画には反対しないつもりだったのだが、一応、気になったところを聞いてみる。


「……ところで、アオ。その計画だと、代理母になる女が一万人も死ぬんじゃないのか? 無限の命を持つ者を産んだ母親は確実に死んで、力を与えても生き返らないんだから」


 しかしアオは、そう指摘されても全く悪びれない。


「百億人を救えるんだから、一万人くらい気にするな」


「…………じゃあヒイラギとその子供と、その孫たち一万人はどうなる? 百億の人々に、一年ごとに力を与えるんだろ? 二十四時間、三百六十五日、寿命が来るまで動けないようにベッドにしばり付けておくのか?」


「全ての人々を救うためだから、そうするのも仕方がないだろうな」


 ショウビは、アオのその答えに吐き気がする。


 多数のために少数を犠牲にする事は、社会を維持する上では時には必要だろう。


 けれどそれは、どうしてもやむを得ない時に仕方なくする事だ。


 それを正しい事として語るアオの考えは、どうやっても受け入れられない。


 しかもアオが犠牲にしようとしている二万人のうちの半分は、アオ自身の子供であり孫なのだ。


 いくらショウビでも、そんな計画を手伝うのは絶対にお断りだ。


「ちょっと、考えさせてくれ」


 そう言ったショウビは、すぐに頭を切り替えて、クロとユキを助ける方法を考える。


 アオがさっきから、ずっと持ったままでいる『虚無のヌンチャク』は、両手武器だから形を維持するだけでも力を消費するので、今のアオの身体の中には、もうそれほど力が残っていないはずだ。


 さらにクロとユキは頭だけになっているから、あの大きさなら、ショウビ一人でヒイラギといっしょに抱えられるだろう。


 アオが『死神忍者』を倒した方法はまだ分からないから、戦いは避けなければいけないが、二人の頭を奪って逃げるだけなら何とかなる。


 だが肝心のヒイラギは、どこにいるのか?


 アオも、吸収した力が尽きる前にヒイラギに触る必要があるから、この近くにいるはずなのだが…………。


 するとアオが、『虚無のヌンチャク』をショウビに向けながら、警告する。


「…………ショウビ。私の力が残り少ないと予想して、この二人の頭を奪って逃げようと考えているのかもしれないが、君には無理だ……。あきらめた方がいい…………」


「そんなに自信があるのなら、ヒイラギがどこにいるのか、さっさと言えよ! お前の計画を聞き終わったら、教えてくれる約束だろ?」


「確かに、そうだね……」


 アオは微笑みながら、うなずく。


「…………ここだよ」


 そう言ったアオが口を開き、舌を出すと、その上には血だらけの肉片が乗っている。


「ウゲッ! 何だよ、気持ち悪いな! なんで、そんなもの……………………」


 しかし、その言葉の途中でショウビは、その肉片の正体に気付いて愕然とする。


「……………………って……まさか…………お前……」


「そうだ……。この肉片こそが……………………ヒイラギだ」


 その瞬間にショウビは、アオが『死神忍者』を倒した方法に気付く。


 あの時アオは、自分の子供であるヒイラギの頭をえぐって、脳幹の細胞を抜き取り、それを自分の口の中に入れたのだ。


 そうすれば、その脳幹の細胞から体内に直に力が流れ込むので、ヒイラギを両手で抱いている時よりも、さらに感覚が鋭くなるし高い機動力で動ける。


 しかも両方の手があいたままになるから、両手武器が使える上に、常に力が流れ込むからその武器を無限に使う事ができる。


 加えてその状態は、常にヒイラギに触っている訳だから、どんな傷も瞬時に再生できる。


 それほどの能力があれば、『死神忍者』を倒すのだって簡単だっただろう。


 けれどそれを思い付いたとしても、実際にやるのはあり得ない。


 なぜなら抜き取られたヒイラギの脳幹は、口の中にあっても、しばらくすれば再生が始まって大きくなってしまうからだ。


 つまりアオは、そうなってしまうのを防ぐために、その脳幹の細胞が再生を始めるたびに、口の中でそれを噛み砕いて、大きくならないようにしているのだ。


 自分の子供に対して、そんな事ができるヤツは、最早、人間ではない。


 こいつは本物の怪物だ。


「どうする、ショウビ? 私の計画を手伝ってくれるかい?」


 『死神忍者』以上の強さを持つ、その怪物を目の前にして、ショウビは恐怖で震えそうになる足を必死に踏ん張る。


 今の自分は、片手武器の『灰色爆弾』と『蟲のオノ』しか持っていない。


 この状態で、『死神忍者』と同じ速さで動けて、全ての両手武器を無限に使えて、どんな傷も瞬時に再生できる怪物に勝てる可能性など、ほとんどないだろう。


 だが、とショウビは思う。


 この怪物は、どんな事をしてでも倒さなければいけない。


 なぜならもう自分には、ヒイラギを守る事しか、この世界で生きる理由がないのだから。

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