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第二十一章 心の闇

 ショウビは夢の中で思い出す。


 自分を愛してくれた父と母を……。


 自分も父と母を心から愛していた。


 事故で二人が死に、自分の身体に障害を負うまでは…………。


 その事故の後で父が人種差別主義者だったと教えられ、それを理由に三年もの間、看護師たちにひどい事をされ続けて、ショウビは父の事もそんな父と結婚した母の事も憎むようになっていた。


 だが本当はショウビも心の底では、昔と同じように父と母の事を愛したいと思っている。


 しかし看護師たちに言われた事やされた事のせいで、もうそれができない。


 なにしろショウビが看護師たちにされたのと同じ事を、父は違う人種の子供たちにしていたのだから…………。


 ヒイラギの力でもとの身体に戻って、あの看護師たちの全員が死んだ今も、父と母への愛とそれをはるかに超える憎しみが、ショウビの心の中で紫色のドロドロになって、どうしようもない状態で渦巻いている。


 そのドロドロを見つめながらショウビは考える。


 死んだ父と母の事すら愛せなくなってしまったのに、なぜ自分はこんな世界で、まだ生きているのだろうか?


 この世界の人間はどんなに善良でも、虫と同じだと思ってしまった相手には、あらゆる残虐な行為ができてしまうのに…………。


 このままこの世界で生きていれば、また、どんなひどい事をされるか分からないのに…………。


 いっそ、こんな世界など無くなってしまえばいい…………。


「お姉さま! 目を覚ましてください!」


 クロのその言葉で、ショウビは目を開ける。


 身体を起こすと、心配そうにショウビを見ているクロと、その横に無表情に立っているヒイラギと、さらに少し離れて背中を向けているユキとアオの姿が目に入る。


 そこは『闇黒爆弾』の爆発で削られた、半径一キロの巨大なクレーターの底だ。


 差し込む太陽の光にショウビが目を細めながら、まわりを見回していると、クロが男物の服を差し出す。


「お姉さま、新品の着替えです。アオが持っていた予備の服ですが、今はこれで我慢してください。ユキが今着ている服も、同じようにアオから借りました」


 『暗黒爆弾』の爆発で服も粉々になって全裸になっていたショウビは、それを着てベルトをきつく締めてから、その長すぎるシャツのそでと、ズボンのすそを折る。


 するとショウビが服を着るまでずっと背中を向けていたユキが、こっちを向いて憎まれ口をたたく。


「おい、ショウビ! クロが何度も呼んでいるのに、ぜんぜん起きる気配がないから、死んだのかと思ったぞ! まあ、お前が死んでも俺は悲しまないけどな!」


 ショウビはさっきまで見ていた夢を思い出しながら、苦々しげにそれに答える。


「ふん! お前より先に、私が死ぬ訳がないだろ! 生意気な事を言ってると、また首を切断するぞ!」


「なんだと、コラ! 生意気なのは、お前の方じゃないか!」


 それから延々と続くユキの文句を無視してショウビが横を見ると、アオがまだ背中を向けたまま不機嫌そうにしている。


 たぶんアオは、『暗黒爆弾』の爆発で粉々になったショウビの脳幹の細胞を、こっそり『虚無のヌンチャク』で、この世から消してしまおうと考えていたのだろう。


 けれど、そんな事などすっかりお見通しだったショウビは、『暗黒爆弾』を爆発させる前に、クロだけ逃げさせておいたのだ。


 魔物の『腐海大ダコ』は、ショウビとユキの攻撃で移動が遅くなりつつも、ヒイラギを抱いたアオを追っていたので、その逆方向に逃げたクロは、どうにかギリギリ爆発の範囲の外まで逃げられたという訳だ。


 爆発の後ここへ戻って来たアオは、無傷のクロがいるのを見て、しまったと思っただろう。


 自分の計画をクロに手伝わせたいアオは、その目の前でショウビを始末する訳にはいかないからだ。


 ここでいつものショウビなら、アオを出し抜くのに成功した事を喜ぶところだが、さっき見た夢のせいで、今はそんな気分になれない。


 すると、そんなショウビの様子に気が付いて、クロが心配する。


「どうしたんですか、お姉さま? どこか痛むんですか?」


 自分の事を本当に気遣ってくれているその言葉に、ショウビは恐怖を感じる。


 このまま、そのやさしさに慣れてしまったら、それを失った時に心が壊れてしまうからだ。


 ひどい事をされるのは、これからも、まだどうにか耐えられる。


 だがこれ以上やさしさを失うのは、絶対に耐えられない。


 だからショウビは、必死にクロを拒絶する。


「うるさい! いちいち私に話しかけるな! 命令するまで近寄るんじゃない!」


「……すみません、お姉さま…………」


 うつむいて後ろへ下がるクロを見て、胸の奥がえぐられるように痛むが、これを我慢しなければ後でもっとつらい思いをする事になる。


 しかしそのショウビの言葉を聞いて、さっきからずっと文句を言い続けていたユキが、さらに怒る。


「ちょっと待て! お前、クロに向かって、なんてひどい事を言うんだ! クロに謝れ!」


「私がクロに何と言おうと、お前には関係ない! お前こそ黙らないと、本当にぶっ殺すぞ!」


 そう言った直後に、ユキの本気のパンチがショウビの顔に当たる。


 ボカッ!


 鼻血をふき出させながら、バッタリと後ろに倒れるショウビを見て、クロが叫ぶ。


「お姉さま!」


 うっかり本気で殴ってしまったユキもあわてる。


「あっ、ごめん……ショウビ…………。えーと……大丈夫か?」


 けれどショウビは倒れたまま、下から思いっきりユキの股間を蹴る。


 ドスッ!


「っ……………………」


 ユキは両手で股間を押さえたまま倒れてヒクヒクと身体を震わせ、そんな二人を前にして、クロがうろたえる。


「ああ! えええ!」


 そして吸収している力で、すぐに傷を再生したショウビとユキは、立ち上がると取っ組み合いのケンカを始める。


 アオは離れたところからその様子を見て、ため息をつく。


 …………七人も子供がいる二十八才の男が、十四才の少女を相手に、何を本気で怒っているのやら……。


 もういろいろと面倒だから、こうなったら私一人で計画を進めるか…………。


 クロとユキが私をどう思うかを気にしなければ、ショウビなど、すぐに始末できるからな……。


 だが私以外にも、ちゃんと魔物と戦える者がいないと、万が一の時に困る。


 ヒイラギの守護者にするための女は、まだ九十人以上も確保してあるが、私一人で戦い方を教えていては効率が悪いし…………。


 …………仕方がない。


 クロとユキには、私の計画の詳細を教えるか……。


 それで協力するのを拒否するようなら、二人とも始末してしまおう。


 ショウビを始末するのは、その後だ。

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