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第二十章 苦渋の決断

 大きな岩の上に座って木漏れ日に目を細めたユキは、何度目かの文句を口にする。


「…………あのな、ショウビ。……やっぱりお前がリーダーだというのは、どう考えても俺には納得できない……」


 倒木に腰掛けたショウビは、ため息をつく。


「またその話か。嫌なら去れ」


「去れって何だよ! お前をリーダーとは認めてない俺に、命令すんな!」


 ショウビは自分の左右に腰掛けた、ヒイラギの手を握りクロの肩に手をまわしながら、それに答える。


「…………リーダーに必要なものは二つ。一つは経験、もう一つは指導力だ。ここにいる四人の中で、ヒイラギを守った経験が最も豊かなのはクロだが、こいつには指導力がない。だから二番目に経験があって最も指導力がある私が、リーダーになるのは当然だろう?」


 そう言うショウビに、ユキが反論する。


「違う! リーダーに最も必用なのは信頼だ! 無視されたからって、初対面の人間の首をいきなり切断するようなヤツは信頼できない!」


「何だ……まだ昨日の夜の事を根に持っているのか…………。しつこい男だな……」


「しつこくねえよ! いくらヒイラギの力で再生できるからって、首を切断されたのを簡単に許せるか!」


 それから延々と続くユキの文句を完全に無視したショウビは、木に背中をもたれさせて目をつぶっているアオを見る。


 結局アオは『死神忍者』を倒した方法については、何もしゃべらないままだ。


 それでショウビは、いつでもアオから逃げられるように、絶対にヒイラギから手を放さないように注意している。


 ただしヒイラギを両手で抱いて全速で逃げれば、アオでも追い付けない代わりに、クロとも離れ離れになってしまう。


 ショウビが大人だったら、ヒイラギを抱いたままクロを背負って逃げられるのだが、十四才の小さな身体で二人を運ぶのは無理だ。


 なのでアオから逃げたら、これからどんな魔物と出会うかも分からないのに、一人でヒイラギを守らなければいけなくなる。


 そうなるのだけは何としてでも避けたいショウビは、アオを警戒しながらも彼のそばを離れられない。


 この状況をどう打破しようかと考え込むショウビに向かって、ユキが大声を出す。


「おい! ショウビ! オレの話を聞いているか?」


「いや、ぜんぜん」


「くそ! ちゃんと聞け! 人類を魔物から守れるのは、俺たちしかいないんだぞ!」


 ユキがそう言うと、これまで黙っていたアオが、突然、笑い出す。


「ハハハハハハハハハハハハハハハハ」


「…………アオ! なんで笑うんだよ!」


「いや、ユキ、すまん……。君が、あまりにもおかしな事を言うので、つい……」


「俺は何もおかしな事は言ってないだろ! 俺たちがヒイラギを守りきれずに彼女が魔物に捕まれば、その力を吸収されて人類が滅ぼされてしまうじゃないか!」


 そう怒るユキに、アオは静かに言う。


「…………そうだな。ヒイラギが魔物に捕まれば、たぶん人類は魔物に滅ぼされる……。それは君の言うとおりだ…………。だから本気で人類の心配をするなら、ヒイラギを殺すしかない……」


 その言葉にユキが、ぎょっとする。


「え? ……なにを言っているんだ、アオ?」


 するとアオは、上着のポケットから出した黒い玉をユキに向かって投げる。


「これまでは誰もヒイラギを殺す事ができなかったから、私たちには、その子を守る以外に選択肢がなかった…………。その『虚無のヌンチャク』を手に入れるまではね……」


 黒い玉を受け取って呆然とするユキに向かって、アオは言葉を続ける。


「でもその武器でならヒイラギを殺す事ができる…………。そしてその子がいなくなれば、もう魔物はこの世界には出現しなくなる……。だから本気で人類の心配をするのなら、その子を殺せばいい…………。そうすれば人類が魔物に滅ぼされる事はなくなる……」


 それを聞いたクロが、ヒイラギの前に立って両手を広げて叫ぶ。


「やめてください! ヒイラギを殺すなんて、かわいそうです!」


 ユキもあわてて、その黒い玉をアオに投げ返す。


「当たり前だ! そんなひどい事ができる訳ないだろ!」


 アオは受け取った黒い玉を、上着のポケットに仕舞いながら笑う。


「ヒイラギが生きている限り、人類は魔物に滅ぼされる危険がある……。それを知りながら私たちは、個人的な感情や個人的な都合で、その子を生き延びさせようとしているんだ…………。そんな私たちの事を、人類のために戦っているみたいに言うのは、おかしいだろ?」


 そう言われてユキは言葉に詰まる。


「ぐ…………」


 すると、それまで黙っていたショウビが口を開く。


「…………アオの言うとおりだ。私たちは四人とも、個人のエゴでヒイラギを守ろうとしている……。人類なんていう見ず知らずの人間たちなど、虫と同じでどうなっても構わないからな…………。だから私たちがやっている行為は悪だ……」


 その言葉をユキが否定する。


「黙れ! ヒイラギは、自分から望んで無限の命を持つ者として生まれてきたんじゃないだろ! そんな彼女を、人類のために殺すなんて間違っている! だから、この先も彼女を魔物から守るんだ! そうすれば、彼女も人類も両方とも……」


 その瞬間、魔物の気配を感じて、四人ともハッとなる。


 だがその気配が、あまりにも異常なので、クロはショウビにしがみ付いて震える。


「お姉さま…………。こんな魔物の気配は初めてです……」


 ユキも岩の上で、額に流れる汗を手でぬぐいながら焦る。


「何だ、この気配は……。まるで、この森、全体が魔物みたいじゃないか!」


 すると突然、森一帯の地面が割れて真っ黒いヘドロがあふれ出し、地面のかたまりが、まるで流氷のように漂い出す。


 ゴボアアアアアアアアアアアアアアアア!


 そして湖のように広がったヘドロの中から、太さだけで十メートル、長さは一キロ近くもある巨大な触手が何十本も持ち上がって、うねり、漂う地面のかたまりを砕いていく。


 ズウウウウウウウウウウウウウウウウン!


 さらにヘドロの湖が盛り上がると、その下から、野球場よりも大きな直径三百メートルはある巨大な頭が出現する。


 ザバアアアアアアアアアアアアアアアアン!


 わずかに残っている地面を必死に跳び移りながら、アオが叫ぶ。


「あれは『腐海大ダコ』だ! 前にヒイラギの村で、魔物狩りをしていた女たちが遭遇したところを見た事がある!」


 ユキはその巨大な触手の下をくぐりながら、今朝、アオから渡された、片手武器の『蟲のオノ』で表面を斬りつける。


 ザクッ! プチプチプチ!


 その武器で斬られると傷口から蟲が大量にわいて、全身がボロボロになるまで喰われるのだが、『腐海大ダコ』はあまりにも大きすぎて、ぜんぜん効果がない。


 それを見て、ユキが顔をひきつらせる。


「片手武器でこいつを倒すのは無理だ! だけど、こんなに足場がないんじゃヒイラギの力を吸収しにくいから、両手武器もほとんど使えないぞ! 村の女たちはどうやって、こんなにバカでかい魔物を倒したんだよ!」


 アオは沈みかける地面を跳びながら、首を横に振る。


「こんな魔物を倒せる訳がないだろ! 女たちは、すぐにあきらめて村の結界の中に逃げたよ!」


「くそ! 今はもう村の結界はないんだぞ! どうするんだ!」


 ショウビはヒイラギをしっかりと抱きかかえて、うねる『腐海大ダコ』の巨大な触手を蹴って跳ぶと、後ろから付いて来るクロの姿を確認しながら叫ぶ。


「みんな今は武器を使うな! できるだけ力を温存しろ!」


 そしてヘドロの湖に落ちないように気を付けながら、一生懸命考える。


 魔物がこの世界に出現していられる時間は限られるものの、この状況が長引けば、ヒイラギを抱いている自分はともかく、他の者は魔物が去るよりも先に力が尽きてしまうだろう。


 だから大事な戦力を失わないためには、何とかしてこの魔物を倒さなければいけない。


「みんな私からなるべく離れるな! この状況で力が尽きたら、絶対に助からないぞ!」


 そう叫んでから、ショウビはさらに考える。


 たぶん『闇黒爆弾』を使えば、この魔物でも簡単に倒せるだろう。


 だが、もしもどこかに高等な魔物が隠れていたらどうする?


 『闇黒爆弾』の爆発で粉々になった脳幹の細胞は、再生が進んである程度の大きさになるまでは、見付ける事ができない。


 なので、ヒイラギを抱いた自分だけが逃げ、他の三人に『腐海大ダコ』の足止めをさせて『闇黒爆弾』を爆発させた場合、その三人の脳幹の細胞が見付けられる大きさになるまで、ヒイラギを守る者が自分一人になってしまう。


 その間、たった一人でヒイラギを守るなんて、どう考えても無理だ。


 最初のころは恐いものなど何もなかったショウビも、『死神忍者』という高等な魔物と戦ってその恐さを知った今は、もう無謀な賭けなどできない。


 さらに、そうやって考えている間も『腐海大ダコ』の巨大な触手は、残り少ない地面のかたまりを次々と砕いて、ショウビたちの逃げ場を削っていく。


 ズウウウウウウウウウウウウウウウウン!


 その触手を避けて地面を跳んだユキが叫ぶ。


「おい! ショウビ! リーダーだったら何か指示を出せ!」


「分かってる!」


 仕方なくショウビは、ついに苦渋の決断をする。


「……………………ちょくしょう! アオ! こっちへ来い!」


 ヘドロの上に漂う地面を跳びながら近付いて来たアオに、ショウビは命令する。


「今から『暗黒爆弾』を使う! その前に私たちで、この『腐海大ダコ』の足止めをするから、お前はヒイラギを連れてできるだけ遠くへ離れろ! たとえ高等な魔物が隠れていても、お前なら一人でヒイラギを守れるはずだ!」


 そう話すショウビからヒイラギを受け取ったアオは、心の中でほくそ笑む。


「……ああ、私に任せておけ!」


 そう答えながらアオは、ショウビの姿を見るのもこれで最後だろうと思う。


 『暗黒爆弾』の爆発が終わった後で、再生する脳幹の細胞を見付けても、それが誰か分かるまではヒイラギに触らせなければいいのだ。


 そうやってクロとユキを見付けたら、残る一人の脳幹は『虚無のヌンチャク』で、こっそりとこの世から消せばいい。


 そうすればクロもユキも、私がショウビを始末したとは思わないだろう…………。


 アオはショウビから離れると、両手で抱いたヒイラギから流れ込む力をフルに使って『腐海大ダコ』の巨大な触手を避け、ヘドロの湖に漂う地面のかたまりを跳び移りながら全速で逃げる。


 そしてアオがヘドロの湖を越えて、その先の地面に到達すると同時に、背後で『暗黒爆弾』の爆発が起きる。


 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!


 その爆発は『腐海大ダコ』とショウビたちと、半径一キロ以内にある全てのものを破壊して、そこに再び静寂が戻る。

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