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第十八章 謎の勝利

「なんだ、あのスピードは!」


 深夜になって魔物の気配を感じてすぐに戦闘態勢に入ったショウビは、アオとクロの話から想像していたよりも、はるかに速く移動するそれを見て思わず叫ぶ。


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 月明かりの下で森の中をジグザグに移動するその魔物のスピードは、音速をはるかに超えていて、周りの木々の枝葉が衝撃波で高々とふき飛び、こちらに近付いて来るのが遠くからでもはっきりと分かる。


 ショウビたちもヒイラギの力を吸収しているので、音速で動く事はできるのだが、その魔物のスピードはそれよりもさらに速い。


 なにも障害物がない平地で、ヒイラギを両手で抱いて常に力を吸収していれば、人間でもそのスピードに付いて行けるのかもしれないが、障害物となる木々があるこんな森の中ではまず無理だ。


 呆然とするショウビの前で、魔物はそのスピードを保ったまま、難なく木々の間をすり抜けてこちらに迫って来る。


 それを見ながらアオが叫ぶ。


「あのスピードで動ける相手と戦っても勝ち目はない! とにかくヒイラギを連れて逃げるんだ! この中で一番身体の大きい私が、最も速く走れる! 私にヒイラギを渡せ!」


 だがヒイラギを抱いたクロが、それに反対する。


「この森の中で、木々の間をすり抜けながらあのスピードを出すのは、ヒイラギを両手で抱いても人間には無理です! 全員で迎え撃ちましょう!」


 正反対の事を言う二人に、ショウビは命令を下す。


「アオ、いきなり単独で逃げても、すぐに追い付かれてしまうだろ! まずはここでヤツの足を止めるから、お前はそれを確認してからヒイラギを連れて逃げるんだ! クロ、ヒイラギをアオに渡せ! アオ以外は全員、ヤツの足を止める事だけを考えろ!」


 戦闘時にはショウビの命令が絶対だと最初から決めてあるので、全員がその言葉に従ってすぐに動き始め、さらにショウビは重ねて指示を出す。


「相手は速いから、隙の大きい両手武器は使うな! 片手武器で確実に攻撃を当てろ!」


 しかしショウビは、そう言ってから唇を噛む。


 その魔物が、昼間の戦いの時にクロとアオが見たのと同一のものならば、知能が優れた高等な魔物なのは間違いない。


 下等な魔物はヒイラギに向かってまっすぐ突っ込んで来るだけなのに、昼間のその魔物は遠くからこっそりと、こちらの動きをうかがっていたからだ。


 ならばその魔物は単独ではなく、どこかに別の魔物を隠れさせている可能性がある。


 そうなると、その魔物の足を止めている間にヒイラギを連れたアオに逃げさせようというこちらの作戦も、成功する確率はかなり低い。


 けれど、この状況では『暗黒爆弾』を使う事もできない。


 どこかに別の魔物が隠れているなら『暗黒爆弾』で目の前の魔物を倒しても、爆発で粉々になった自分たちが身体を再生させている間に、別の魔物にヒイラギを捕まえられてしまうからだ。


 だからたとえ成功する確率が低くても、もうこの作戦に賭けるしかない。


 ゆっくり息を吸って覚悟を決めたショウビは、『渇きのナイフ』を持ったクロのとなりで『流血の吹き矢』を口にくわえ、そこに並ぶ七人の女も、それぞれが武器を構えて魔物の接近に備える。


 だが走って来たその魔物が木々の間から飛び出した瞬間に、先頭にいた二人の女が、抵抗するひまもなく頭を砕かれる。


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオ! グシャ! グシャ!


 あまりにもスピードが速くてはっきりとは見えないが、そいつは前にクロが出会ったと言う『四ツ目』と同じような人型の魔物で、ヌンチャクのような武器を持っている。


 そのヌンチャクは、振った時の軌跡に沿って真っ黒い虚無の空間が発生して、それに触れたものを浸食するようだ。


 しかもその虚無に浸食されたものは本当にこの世から消滅するらしく、頭を砕かれ脳幹の部分を浸食された二人の女は、吸収した力がまだ残っているはずなのに、身体が腐ってボロッと崩れた後で何も再生されず跡かたもなく消えてしまう。


「なんだ、あの武器は!」


 ヒイラギを抱いたアオが驚きの声を上げる中で、ショウビは『流血の吹き矢』を吹き、女たちが『切り裂きの輪』と『無慈悲なカマ』を投げ『悲しみの糸』を振るが、魔物はその全ての攻撃を避けて再び木々の間に入ってしまう。


 そのありえない動きに、ショウビは愕然とする。


 こんなにスピードが速い高等な魔物を相手にヒイラギを守りきるなんて、本当に可能なのだろうか?


 そう思いながらも、ショウビは必死にまわりの者に指示を出す。


「遠距離攻撃できる武器を持った者で、ヒイラギを抱いたアオのまわりを囲め! 近距離攻撃用の武器しか持たないクロとそこの女二人は、そのさらに外側に行け!」


 もはやあの魔物の足を止めるには、外側にいる者が襲われている間に、その者もろとも攻撃するしかない。


 ショウビはさらに叫ぶ。


「あいつの攻撃で脳幹を失えば、二度と再生できなくなるぞ! 気を付けろ!」


 あのスピードの攻撃を避けるのは難しいとは思うが、運が良ければ何人かは生き延びられるかもしれない。


 ただしヒイラギを守り切れなければ、この世界が終わってしまうので、そうなれば生き延びても仕方ないのだが……。


 そんな絶望的な思いを振り払い、ショウビたちは次こそはその魔物の足を止めるべく、再び全員が身構える。


 しかし再び木々の間から飛び出して来た魔物は、『苦悶の剣』を構えた女の頭を簡単に砕いた後、そのまま集まっている女たちの外側を回って、『波動の指輪』をはめた女の頭も砕く。


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオ! グシャ! ゴオオオオオオオオオオオオオオオ! グシャ!


 その先にいるクロが『渇きのナイフ』を振るが、切り裂いた身体をミイラのように干からびさせる、その武器も、魔物に当たらなければ意味がない。


 さらにまわりにいる女たちは、クロに当たるのも構わずに魔物を攻撃するので、それによって身体を引き裂かれたクロは、魔物の攻撃を受ける前に身体をバラバラにされて倒れてしまう。


 するとその魔物は、こちらの攻撃をあざ笑うかのように、無傷のまま再び後退して木々の間に消えていく。


 こうなると完全に魔物にもてあそばれている状態だが、あまりにも能力に差がありすぎて、どうする事もできない。


 倒れたクロが戦力に復帰するのは、もう間に合いそうにないので、ショウビは残っている三人の女に向かって叫ぶ。


「今度こそ、あの魔物の足を止めるぞ! 最後まであきらめるな!」


 けれど三度目の攻撃を仕掛けてきた魔物は三人の女の頭も次々と砕き、一人になったショウビは懸命に『流血の吹き矢』を吹くが、当たれば全身から血がふき出すはずのその矢も、全て避けられてしまう。


 そして魔物が目前に迫った瞬間に、ショウビの意識が途切れる。


 その後どのくらい時間が過ぎただろうか。


 ショウビは、突然、意識を取り戻して飛び起きる。


「っ!」


 その目の前に、月明かりの下でヒイラギが無表情に立っているのを見て、ショウビはゆっくりと身体の力を抜く。


 どうやらショウビは頭を砕かれたものの、ギリギリ後頭部の脳幹の部分は無事だったらしく、ヒイラギに触られて何とか身体を再生できたようだ。


 横に立っていたクロが、起き上がったショウビを見てほっとする。


「……お姉さま。あの魔物の攻撃を頭にくらって生きているなんて、本当に奇跡ですよ…………」


 だがショウビは次の瞬間、なぜ自分たちがまだ生きているのかを疑問に思う。


「ちょっと待て、クロ! あの魔物はどうなったんだ?」


 するとクロは無言でアオを指さす。


 アオはショウビたちから離れて、ヌンチャクのような武器を振り回し、その軌跡に沿って虚無の空間が発生しては消えていく。


「…………女たちは脳幹を虚無に浸食されて身体を再生できずに、全員、消えてしまったよ……。君はとっさにあいつの攻撃を避けて、頭の上半分しか砕かれなかったから、何とか脳幹の部分が残って身体を再生できたようだね。さすがだよ」


 淡々とそう言うアオを、ショウビは信じられない思いで見つめる。


「…………アオ……それは、あの魔物が持っていた武器か?」


「ああ、そうだよ。ところで、これは『虚無のヌンチャク』って呼ぶ事にしたよ。手に入れたのは私だから、私が名付けてもいいだろう? そういえば、私が倒したあの魔物の名前も付けていいかな? 『死神忍者』っていうのは、どうだろう?」


 けれどその言葉も、途中からショウビの耳に入らなくなっていた。


 背中に冷汗が流れるのを感じながら、ショウビはくらくらする頭で考える。


 アオはいったいどんな方法を使って、あの魔物に勝ったんだ?

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