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第十七章 怪しい魔物

 午後の日差しが森に差し込む中、心が死んでいるヒイラギが無表情に立つ横で、正座したクロがうつむいて冷や汗をダラダラと流していると、その前で仁王立ちになったショウビが口を開く。


「私はなあ、胸の事だから怒っているんじゃないぞ。お前がウソをついた事を怒っているんだ」


「すみません。お姉さま」


「そもそも私は、胸の大きさなどぜんぜん気にしていない。だから私の胸が小さいのは、なぜだと私が聞いた時に、それは生まれつきだとお前ははっきり答えれば良かったんだ」


「すみません。お姉さま」


「それなのにお前は、ヒイラギの力の副作用で胸が小さくなる事があるかもしれないと言ったな? それがウソだと知った時、私がどれだけ傷付いたか分かるか? もちろん私は、胸の事だから傷付いたんじゃないぞ。お前がウソをついた事に傷付いたんだ」


「すみません。お姉さま」


 謝りながらもクロは、あの時、自分がウソをついていなければショウビは間違いなく自分を殺していたはずだと思うが、それを指摘すればもっと怒るだろうから黙って耐える。


 だがその時ショウビはふと横を見て、離れたところにいるアオが、七人の女たちと涼しい顔で自分たちの様子を眺めているのに気が付いて顔をしかめる。


「ちっ! どうやらアオは、お前を自分の味方に付けたいみたいだな。それでわざと、お前と私の関係が悪くなるようにしているんだ…………。おい、クロ! アオやあの女たちには、もっと気を付けろ! 私にウソをついた事なんて簡単に教えるんじゃない!」


 クロは自分でも軽率だったと思いながら再び謝る。


「すみません。……あの女たちがみんな巨乳だったので、このままではボクのウソがお姉さまにバレると思って、なるべく胸を強調しない服を着てもらえないかと相談したんです…………。その時にボクがついたウソの内容や、理由も言う必要があって……」


 その言葉の途中から、ショウビはクロをガスガスと蹴り始める。


「だからお前がそんな事を相談する必要など、最初からなかったと言っているだろ! 私は胸の大きさなど、ぜんぜん気にしていないんだから! 何度も同じ事を言わせるな!」


「すみません、すみません、すみません……」


 それからしばらくして、ようやく気が済んだショウビは、アオに聞かれないように小声でささやく。


「ふう…………。いいかクロ。アオには本当に気を付けろ……。どう考えてもアオの計画は、この世界を混乱させるからな…………」


「どういう事ですか、お姉さま?」


「……アオは、この世界の全ての人々を救うなんて言っているだろう? という事は、たぶんヒイラギの力で人助けをするんだと思うが、それはとても危険なんだ…………。ヒイラギは悪魔と思われるより神と思われた方が、世界が混乱するから……」


「え? なんでヒイラギが神と思われた方が、世界が混乱するんですか?」


 ショウビはヒイラギを見ながら言う。


「あのな、クロ。悪魔が実在したとして、わざわざそこに向かって行く人間は、ほんの一部だ……。でも神が実在するのなら、世界中のほとんどの人間がそこに集まって来る…………。いいか、何十億もの人間がヒイラギの力を求めて集まって来るんだぞ……」


「…………大変な事になりますね……」


「大変どころじゃない……。ヒイラギの力は病気やケガを治すだけでなく、その力を使い切らなければ、寿命が来るまで絶対に死なない事を保証するんだからな……。だから病人やケガ人だけでなく、健康で長生きしたいと願っている人間はみんな来る」


「…………そう願わない人間なんて、ほとんどいないでしょう……」


「ああ。そして問題はその後だ……。ヒイラギの力を初めて吸収した者は暴走するから、集まった者たち全員に対して、その力を安全に消費させる儀式をしないといけない……。でもそれは、どんなに効率よくやっても一人あたり三十秒はかかる……」


「アオは猛毒を飲んで、一瞬で暴走を止めたって言ってましたよ」


「バカ。毒の正確な致死量は、年令や体重で人それぞれ違うから、ピタリと合わせるなんてものすごい運が必要だ。アオはたまたまピタリと合わせられたが、そんな賭けを大勢の人間にさせたら暴動が起きるぞ」


「確かにそうですね……」


「そうすると一日二十四時間、休みなくその儀式をやっても、ヒイラギの力を吸収できる人間は一日で約三千人。一年で約百万人にしかならない……。今七才のヒイラギの寿命が八十才としても、残りの七十三年間で約八千万人しか力を吸収できないんだ…………」


 その事実にクロは愕然とする。


「何十億もの人が集まるのに、力を吸収できるのは一億人に満たないのですか!」


「……しかもその最後の一人は七十三年も待たされ、さらにヒイラギの寿命が本当に八十才かも分からないから、ちゃんと順番が来る保証もない…………。病人やケガ人だけに絞って、症状が重くて若い者から順番にすると決めたとして、みんなそれに従うと思うか?」


 クロは首を横に振る。


「いいえ……。病人やケガ人だけに絞るのは健康な人間が反対しますし、若い者からというのも年寄りが反対します。とにかくみんな、自分や家族や友人をその順番に割り込ませようと必死になるでしょう…………。わざと手足を切断する者だっているかも……」


 ショウビはうなずく。


「そうだろう? だけど本当に恐いのは、順番に割り込もうとする一般の人々じゃない……。世界中の権力者たちだ……。やつらはヒイラギの力を手に入れるためなら、なんだってやるぞ……。その力を吸収すれば、核戦争でも生き延びられるんだからな……」


「…………ヒイラギの力をめぐって、本当に世界大戦が始まりますね……」


 血の気が引いた顔で、クロが弱々しく言葉を続ける。


「……ボクは今まで、ヒイラギの力を求めて世界中の人々が争うなんて、考えてもみませんでした…………」


 ショウビは腕を組んで遠くを見る。


「たぶんお前の村の女たちは、そういう争いが起きる可能性も考えて、無限の命を持つ者の存在をひたすら隠していたんだろう……。世界大戦が始まるとまでは、想像しなかったのかもしれないが……」


 そしてショウビは、さらに小さな声で続ける。


「だから、この世界の全ての人々を救うなんて考えているアオの計画は、きっと世界を混乱させるはずなんだ……。アオの頭は悪くなさそうだから、なにかすばらしい対策を考えているのかもしれないが、それは計画の詳細を聞いてみないと分からん……」


 すると離れたところにいるアオが、こっちに声をかけてくる。


「おーい! そろそろ次の場所に移動しないか?」


 いつもショウビたちは、魔物と戦った後で十キロほど移動して、再び魔物が出現するのを待つという行動をくり返していたので、アオはその移動を始めようと言っているのだ。


 そうやって移動して、ヒイラギがいるのに魔物が出現しない場所があれば、そこには魔物が近寄れない結界があると分かるからだ。


 ちなみに十キロという距離は、ヒイラギの村で魔物が近寄らなかった領域の大きさがそのくらいだったからで、科学的な根拠はない。


 ショウビは大声でアオに答える。


「もうちょっとだけ待て!」


 それからショウビは、再び小声でクロに話す。


「いいかクロ。そういう訳だから、アオの計画が世界を混乱させるものだったり、あるいはいつまでも計画の詳細を教えようとしなかったりした場合は、私たちでアオを殺さなければいけないんだ…………」


 それを聞いて、クロは思わずため息をつく。


 これからはヒイラギを狙う魔物や男たちだけでなく、いっしょに行動する仲間まで殺す事を考えておかないといけないのか…………。


 しかもその仲間は、ヒイラギの実の父親だというのに…………。


「でもお姉さま……。今はアオの事よりも、結界のある場所を探す事に集中したいです……。ボクが前に出会った『四ツ目』のような高等な魔物に襲われたら、今の戦力ではヒイラギを守るのは難しいですから…………」


 それにはショウビも同意する。


「そうだな……。私もアオも高等な魔物というものを見た事がないから、お前から聞いた話で推測するしかないが、知能が優れている魔物というのは厄介だ……。半径一キロ以内の全てを破壊できる『暗黒爆弾』があっても、使うタイミングは限られるからな……」


 そう言ってショウビは目をつぶる。


 四日前の夜にアオに助けられた後、ショウビたちは男たちの町に戻って、残りの黒い玉を回収して魔物の武器は全てそろったものの、まともに戦える人間が三人しかいない今の戦力では、高等な魔物に出会ったらまず勝てないだろう。


 その時クロが、ある事を思い出してショウビに尋ねる。


「ところで、お姉さま。さっき魔物と戦っている時に、ものすごくスピードの速いヤツが遠くの方に一瞬だけ見えた気がするのですが、お姉さまは気が付きましたか?」


「ん? アオも同じような事を言っていたな…………。だけど私は、そんなヤツ気が付かなかったぞ……」


「そうですか……。いえ、ボクの気のせいかもしれません…………」


 クロはそう言って立ち上がり、両手でヒイラギを抱きかかえる。


 しかしショウビはまだ動かずに、そのまま考え込む。


 アオだけでなくクロも見たと言うなら、そのスピードが速いという魔物を、もう気のせいで済ます事はできない。


 しかも普通ならまっすぐヒイラギのところへ向かって来るはずの魔物が、遠くでコソコソと行動していたというのは何か変だ。


 ひょっとしてその魔物は、本格的な攻撃を仕掛けてくる前に、こちらの戦力がどの程度かを探っていたのだろうか?

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