第十六章 バレたウソ
太陽の光が差し込む森の中を高速で走りながら、ショウビは女に向かって怒鳴る。
「怯むな! それじゃ魔物を倒せないだろ!」
その女が使っている『無慈悲なカマ』という武器は、一度投げれば自動的に目標の身体を切り刻んでくれるので、魔物の近くで攻撃を避けていればいいだけなのに、女が怯んで逃げてしまい、その武器が女の方に戻って行ったのでショウビは怒鳴ったのだ。
さらに女は逃げながら足をもつれさせて転んでしまい、『無慈悲なカマ』も受け取り損ねて地面に刺さって黒い玉に戻ったので、仕方なくショウビは体長三メートルの『虫食い猿』とその女の間に割り込む。
「くそ! このくらいの魔物、一人で倒せよ!」
だがそう言いながらショウビも、その魔物の身体の表面にあいた無数の穴から、真っ黒いウジ虫のようなものが出入りしている様子を見て鳥肌を立てる。
しかも『虫食い猿』は動きが素早く、長い腕を振り回すと身体の穴からあふれ出た黒い虫が連なってムチのように伸びるので、近寄るのはかなりの注意が必要だ。
それでもショウビは、そいつの攻撃を最小限の動きで避けてふところに飛び込むと、まるで闘牛士のように、すれ違いざまに持っていた『ギザギザの網』を広げてそいつに被せる。
バサッ!
すると『虫食い猿』の身体を包んだその網は、鋭いトゲが無数に出ると同時に、ねじれるようにキリキリと縮んでそいつの身体をつぶしていき、その網目から黒い肉片がブチブチとこぼれる。
ところがそれを見て女がゲーゲー吐き始めてしまい、『ギザギザの網』を引き寄せながらもとの自分の位置に戻ろうとしていたショウビ、はあわてて叫ぶ。
「おい! すぐに立て! 魔物は他にもいるんだぞ!」
しかし次の瞬間、鋭い触手のようなものが木々の間から伸びてきて、女の身体はバラバラに切断されて血と肉片があたりに飛び散る。
ブシャ!
その触手のようなものは、体長十メートルの『カミソリさそり』の尻尾の部分で、そいつは全身のあらゆる部分が、鋭利な刃物を組み合わせたような構造をしている。
ギチギチと音を立てて木々を切断しながら向かって来る、その魔物に対して、ショウビは『ギザギザの網』を構え直す。
もちろんその『カミソリさそり』が狙っているのは、ショウビの背後にいるクロが抱いたヒイラギだ。
けれどショウビがその魔物を攻撃しようとした瞬間、その横を何かが通り過ぎる。
ビュッ!
それはアオが投げた『裏返りのヤリ』だった。
ドカッ!
そのヤリが突き刺さった『カミソリさそり』は、しばらく身体をビクビクと震わせると、突然、身体の表面が裂けてめくれ、グルっと裏返って内臓と体液を周囲にぶちまける。
ブシャアアアアアアアアアアアアアアアア!
あわてて飛び退いて、ギリギリで魔物の体液をかぶらずに済んだショウビが怒る。
「おい! アオ! その武器は、魔物の近くに誰かがいる時は使うなって言っただろ!」
アオは、『カミソリさそり』が裏返った時にはじき飛ばされて戻ってきた『裏返りのヤリ』を、片手でつかんで黒い玉に圧縮しながら平然と答える。
「ああ、すまない。つい、うっかりしていた…………」
「コラ! おっさん! なんだ、その態度は! ヒイラギの父親だからって、いい気になってるんじゃないぞ!」
その『カミソリさそり』を最後に魔物たちの気配が消えたので、ショウビも『ギザギザの網』を黒い玉に圧縮しながらズカズカと歩いて、アオに詰め寄る。
いつもの事だが、ショウビは十八才も年上のアオにも全く遠慮がない。
すると二人の間に、ヒイラギを抱いたクロが大急ぎで割って入る。
「お、お姉さま! 落ち着いてください!」
「うるさい、クロ! お前は黙っていろ! だいたい、アオ! お前がヒイラギの守護者として集めた女たちは何なんだ! その女たちが合流してから三日経って、もう五回も魔物たちと戦っているのに、七人ともぜんぜん役に立ってないじゃないか!」
そう言いながらショウビは、まわりに倒れている身体のあちこちが欠けた七人の女たちを指さし、アオはそれを素直に謝罪する。
「それについては本当に申し訳ない。でも彼女たちはヒイラギの村の女たちとは違って、小さい時から無限の命を持つ者の存在を教えられてきた訳でもなく、自分の子孫が無限の命を持つ者として生まれるという緊張感もない。だから大目に見てやってくれ」
だがそれを聞いて、ショウビはさらに怒る。
「ふざけるな! 私はヒイラギの村の女じゃないが、初めて魔物と戦った時から、一人でちゃんとヒイラギを守ったぞ! しかもその時は、このクロがのんびりと水浴びなんかしていたから、私はたった一人で戦ったんだからな!」
クロは、突然、自分が責められ、うっかり言い訳をしてしまう。
「いやあの時は、身体は毎日洗えというお姉さまの命令に従って……」
「なんだ、クロ。お前、奴隷のくせに、主人である私の命令が悪かったと言うのか?」
「うっ、すみません、そういう訳では……」
そんなショウビに、アオは大人の対応をする。
「ショウビ。君は他の誰よりも、あらゆる能力が優れている。私や、私が集めた女たちや、クロが、君なら当然できる事もなかなかできないのは、君よりも能力が劣っているからだ。それを分かってくれ」
さすがにそうまで言われては、ショウビもそれ以上は怒れない。
「…………そんな事は分かっている……。ただ、あまりにもお前たちに進歩がないから、ちょっと腹が立っただけだ…………。クロ、ぼさっとしていないで、早く倒れている女たちのところへ行って、ヒイラギの力を吸収させてやれ」
そう言われたクロが、ヒイラギを抱いて女たちのところへ走るのを見ながら、ショウビはアオに尋ねる。
「ところで、アオ。そろそろお前の計画の詳細を教えてくれ」
「……前にも話したとおり、私の計画を進めるには、ヒイラギの守護者を増やし、魔物が近寄れない結界のある場所を見付けて、あの子の安全を確保しなければいけない。…………あの子の村の結界がなくならなければ、こんな手間はいらなかったのだが……」
「そうやってヒイラギの安全を確保した後で何をするのかを、私は聞いているんだ」
「…………この世界の全ての人々を救う……」
「それは前にも聞いた! そんなあいまいな言葉じゃなくて、具体的に何をするのか計画の詳細を聞かせろ!」
「……私はヒイラギが生まれるまでの一年間、あの子の村に週末ごとに通って、三才のクロと何度も遊んだし、母親のスミレとも何度も話した。だからクロがどういう人間かは、ある程度分かる。でも村の人間じゃない君については何も知らない…………」
ショウビはその言葉を、そっくりそのまま返す。
「それは私だってそうだ! お前がどういう人間か、私は何も知らない! だけど私は、こうしてお前のために、ヒイラギの守護者を育てるのや、結界のある場所を探すのを手伝っているだろ!」
「…………それは私のためじゃないだろう、ショウビ?」
アオはショウビの目を見ながら、言葉を続ける。
「たぶん君は、昔、病気かケガで大きな障害を負っただろ? そのせいで身体が治った今も、再びそうなるのが恐くて、ヒイラギから離れられないんじゃないか? そして自分たちだけで、あの子を守るのは不安だから、仕方なく私のそばにいる。違うのか?」
ショウビはそれを鼻で笑う。
「ふん。それはお前だってそうだろ? あの村の結界がなくなって、魔物たちがいつ襲って来るか分からない今の状況じゃ、お前一人で、女たちをヒイラギの守護者として育てるのは難しいからな。だからお前も、自分の計画のために私たちが必要だ。違うのか?」
すると肩をすくめてアオは降参する。
「そのとおりだよ、ショウビ。今の状況では、私の計画を進めるのに君たちの協力が必要だ。だから時が来れば、その計画の詳細もちゃんと説明する。ただ、出会って四日しか経ってない今は、さすがにまだ話せない。もう少し君の事が分かるまで待ってくれ」
そう言うアオに、ショウビは警告する。
「言っとくが、七人の女たちの全員が一人前になるまで、説明するのを延ばそうなんて思うなよ! 説明が遅ければ、私たちはヒイラギを連れてお前のそばから消えるからな! それを止めようとしても、私とクロの二人が相手ではお前に勝ち目はないぞ!」
「分かっているよ、ショウビ」
そう言ってアオは女たちの方へ歩き出すが、ふと何かを思い出して足を止める。
「ところで、ショウビ。さっき魔物たちと戦っている時に、遠くの方にやたらとスピードが速いヤツが一瞬見えたのに、気が付いたか?」
「いや。そんなヤツ、見ていない」
「そうか……。私の気のせいかな…………」
それからアオは、なにげない口調で言葉を続ける。
「……あとそういえば、あの女たちがクロから聞いたんだが、君はその胸が小さいのを気にしているらしいな?」
その突然の反撃に、ショウビは顔を真っ赤する。
「な、な、な、なにを言ってるんだ! わ、わ、わ、私が、む、む、む、胸が小さいなんて、き、き、き、気にする訳がないだろ!」
「…………どうやらクロはそんな君に、ヒイラギの力の副作用で胸が小さくなる事もあると言っていたみたいだが、それはウソだ」
「なんだとおおおおおおおおおおおおおおおお! じゃあ私の胸が小さいのは、生まれつきかああああああああああああああああ!」
そこへ自分のウソがバレた事も知らずに、クロが戻って来る。
「お姉さま、女たちの身体はみんな再生できました!」
アオは素知らぬ顔でショウビから離れながら、そこに走って来たクロを見て思う。
クロさえ自分の味方になってくれるのなら、ショウビのような面倒くさい少女など、今すぐに始末するのだが…………。